紹介
天気が良いので中庭に出てボンヤリと草むしりなんかをしていると、広間に来た恭治が何事かと中庭に出て来た。それもその筈、今の時間、夜中の1時。
「如何なされた?」
特になんでもないんだけど、ただ眠れないというだけの話。どうして眠れないのかって聞かれても、お腹が空いてるだけだし。で、なんで中庭の草むしりと言う事になったのかと言うと、ポチが台所まで食料調達にこっそり行ったから、その帰りを待ってるだけで…ここに恭治がいると非常にマズイ事になる。
いや、本当にマズイのはルシファーの紹介をまだ出来てない俺自身だ。
いつ言おうか?どう言えば良いのか、そればかりを考えているから屋敷内の居心地はすこぶる悪い。
「えっと…あっ!この草!薬草に使えないかな~って…アハハ…」
こうして誤魔化し続けていたってしょうがないんだけど、ルシファーを封じてからもう1年が経ってしまった。そりゃ友にしたのはバレンタインの時だけど、魔石を売らずに隠し持っていた事には変わらない。
丁度1年目突入と共に、実は~って発表すれば良かったのだろうか?いやいや、それはあまりにも軽過ぎる。
「キリク~炊き込みご飯残ってたぞ~」
中庭に恭治がいる事を知る由もないポチが、手に残り物の炊き込みご飯を豪快に入れたボールを持ってやって来る、しかもしっかりと俺の名前を呼びながら。
実は食事が取れるまでに回復しているとバレたかも知れない。そんな恐怖心から恭治の顔が見れないでいると、
「ポチ殿、夕飯が足りなかったんでござるか?」
と、暢気な声が隣から。
「あ~、まぁそんなトコ。ホラ、食欲の秋って言うしな」
頭をガリガリと掻きながらポチは恭治に話を合わせている。
秋ってよりも冬に近いんだけど…ここはツッコまない方が良いんだよね?
「ならば明日から少し量を増やすでござるよ」
今でも皆の分とポチ達の分で大量に食事の支度をしていると言うのに、更に量を増やすってなると毎日の買い物だけでも大変な事になるよね…それだけじゃなくて調理まであるんだ、しかも朝、昼、夜の3回も。
「食料の買出し手伝うよ」
荷物持ち位しか出来そうにないけど。
「キリク殿は依頼があるでござろう?それに傷薬の調合も。食事の事は拙者にお任せくだされ」
依頼は確かにここの所よく来てるし、時間が空いた時に傷薬の調合してるのも確かなんだけど、忙しいって感じじゃないからお手伝いはしたいのに、爽やかな笑顔で「手伝いはいらない」って言われると、これ以上食い下がって良いのかどうか迷う。
だったら本格的に傷薬は買い足さなくても良い位作り置きしようかな?
屋敷にある分は全部俺が調合した傷薬なんだけど、用心棒の仕事に出かける時のカフラは薬屋で傷薬を買って行ってるし、依頼に行く時のエドも手ぶらで出かけてる。それなのに時々足りなくなるんだから1日10個は作った方が良いのかな?としたら乾燥させた薬草を仕入れなきゃならない。
暖かくなってくれば草原に薬草が生えてくるんだけど、今は毒消し草。冬にはもう少し複雑な薬草が…そうだ。
「ねぇ恭治、頭の矢は抜かないの?」
急に話題を変えた俺をポカンとした表情で見つめる恭治は、少ししてから質問内容を理解したんだろう、表情を改めると、
「何度か抜こうとしたんでござるが、引くと痛む故」
と、矢羽にそっと触れた。
何度か抜こうとしたってのが驚きなんだけど、やっぱり痛覚が戻ってからじゃあ激痛だよね…蘇る前に抜いてあげれば良かったって、今更か。
じゃなくて、冬に生えてくるややこしい薬草を駆使すれば、もしかしたら抜く時の痛みを軽減させる事が出来るかも知れない。
「ね、聖水飲まない限り昇天しないんだし、ちょっと痛覚麻痺させて、一気に引き抜くとかどうかな?」
神経を一部分だけ麻痺させる訳だから塗り薬にするか、それとも飲むタイプの…仮死状態か何かにしてる間にズバッと抜き取る感じにするか。どっちにしたってまだ肝心の薬草が手に入ってないんだからボンヤリとしか分からないけど。
「そのような薬があるんでござるか?」
あ、物凄く良い反応だ。
やっぱり頭に矢が刺さってるのは邪魔なんだなぁ。スグ枕に穴が開くって言ってたし。
「模索しながら作るよ。調合が完成したら知らせるから気長に待っててねん」
もしかしたら来年まで待たせてしまうかも知れないけど、完成を目指すよ!間違っても安全確認が出来てない代物を飲ませたりはしないから安心してね。
冬に生えるのは、それ単体では必ず吐き気や頭痛、下痢などの症状に見舞われると言うとんでもなく完璧な毒草。しかし全身麻痺や血圧低下などの症状も引き起こすから、毒の部分を少し緩和させると使えるんじゃないかってね。けど、使用する薬草が毒草だってのは黙っておこう…。
「キリク殿はスッカリ薬師でござるな、感服致す」
こんな俺を凄いと言って笑ってくれる恭治。
違うんだ…確かに生前の俺は薬に関係する事をしていたんだとは思うんだけど、そうじゃなくて…俺は皆の仇を、何の相談もなく開封して友に迎えたんだ。自分の友を堂々と紹介も出来ないような、そんな奴なんだよ。
全然、凄くなんてないんだよ。
「そんな、大袈裟だよ…えっと、その…おやすみっ!」
あまりにも不甲斐なくて、そのままルシファーの紹介をしようとしたのに、やっぱり勇気が出ずに部屋まで逃げ帰ってしまった。
逃げてどうするんだよ…このまま皆に紹介しないまま過ごすなんて嫌なんだ。
歓迎されるなんて毛頭思ってない。だけど、友に迎えたって事実は知って欲しい。
よし、朝食の時に言うぞ!もう逃げられないようにルシファーにも協力してもらうしかない。
「明日の朝、広間に行く時魔石から出たまま着いてきて…魔石に戻れって言うかもだけど、無視して…明日、皆に紹介したい」
無言で頷いてくれたルシファーを前に、眠れないまま夜を明かし、いつもの時間ピッタリに広間に向かう。
隣の部屋にいるエドは少し前に起きて広間に向かったから、きっと今頃皆は朝食中だと思う。
「おはよう。今日は随分と早いね。もしかして寝てない?」
広間に行くと真っ先に声をかけてくれたサクリア。
いつもの時間ピッタリなのに「早い」と声をかけてきたのはどうしてだろう?ガスマスクをして顔を隠しているのに徹夜だとバレたのは?なのに後ろにいるルシファーについてのリアクションがないのはどうして?
「おはよ…あの…こっちにいるのはルシファーって言って…その…俺の友なんだ…」
皆の視線がルシファーに注がれ、広間から物音がしなくなった。だけど、なんだろうな、物凄く気まずいけど、モヤモヤしてた気分がパッと晴れ渡って…はいないけど、スッキリした。
ちゃんと紹介出来たって達成感で胸がいっぱいだ。
さぁ皆、存分に非難して拒絶してくれ!
「ふふ、やっと紹介してくれた。俺はエンゼルンから聞いていたから知っていたんだよ」
え?知ってたって…え?しかもエンゼルンから聞いた?
どうして俺の友だって事を知ってるのかは分からないけど、やっぱりルシファーとエンゼルンは知り合いなんだ。でも、墜天使と天使なんだから仲は良くないんだよね?あれ?けど、ちょっと待って…なにか、思い出せそうな気がする。何をって訳じゃないけど、ボンヤリと…天使がいてルシファーがいて?
「ルシファーとやら、茶はいらぬか?」
脳裏に浮かぶ風景に集中しようとした所でカフラの声がして、それで頭に浮かんでいた物は一瞬にして消えてしまった。
今のはなんだったんだろう?
薬草の事を思い出す時のような感じじゃなくて、もっとこぅ、意識の向こう側って言うのか.…かなり遠くの方にボンヤリと浮かんだんだ。
いや、それよりも皆の態度が可笑しいよね?自分の敵だよ?茶はいらぬかってお客さん扱いしてない?
そんなカフラは何も答えないルシファーに紅茶を淹れている。
何故こんなにも穏やかなの?
どうしてこんな受け入れ態勢が整っているの?
サクリアはエンゼルンからどの程度まで話を聞いたんだろう?もしかすると、俺ですらまだ知らないような詳しい話を聞いてる可能性はないだろうか?
時々エンゼルンはルシファーの事を「あの方」と呼ぶ。そしてルシファーも俺を「貴方」とか呼ぶ。俺達は一体どんな関係だったんだろう?生前の俺って一体何者だったんだろう?薬の事は思い出せるようになってきてるのに、こう言う事は全然思い出せないや。
「ルシファー殿“奪う者”が蘇る事の答えは本当に知らないんでござるか?」
サクリアが出勤すると、カフラも用心棒の仕事があるからって出て行き、エドも依頼箱を確認しに行くと広間から出て行った。
残った俺と、ディルクと、恭治は3人でルシファーを眺めて時間を過ごしてたんだけど、不意に恭治がそう質問をした。
蘇るメカニズムはエンゼルンも知りたがっていた所だし、1年前にはルシファー本人が分からないと公言している。
「分からない…」
そして今回の答えも同じ。
蘇った者としてその答えはかなり興味深い所ではあるんだけど、聞いてもどうしょうもない。もし蘇る方法が分かった所で俺達はもう蘇ってる訳だし、蘇らないで済む方法が分かった所で…もう手遅れなんだ。
不浄な魂になってしまったんだから、後は聖水を飲む事以外には何者にもなれない。
「蘇りたく…なかった?」
生前に何を目指していたのかも、大事な人の事すらも忘れ、まるで魔物のような姿で目が覚めて…けど、それももう1年も前の事。なにを思うにも今更だ。
ルシファーの紹介を伸ばし伸ばしにしたせいで皆の本音を聞きそびれてしまったのかも知れない。
「拙者は蘇りになれた事を光栄に思っているでござるよ。聖水を飲まねば昇天しない体な故、存分に敵を討つ事が出来るでござるから」
本当にそれが恭治の願いだったの?今の状態が1番良いなんて前向き過ぎる。
俺達と出会う前、恭治は旅人だった。旅を始めた切欠は分からないけど、目指していたのはルシファー。確か、倒したい者がいるとか言ってたような気がする。
恭治にとってのルシファーは確実に敵だった筈、なのに今は敵を見るような目をしていない。
そうか、恭治の言う敵と言うのは人間を襲う魔物なんだな。
「俺は…俺は蘇りに…いや、なんでもない…」
途中で言葉を止めたディルク。だけど、言いたい事はなんとなく分かった。
以前から蘇りである自分ではエルナさんを幸せに出来ないって言ってたから、その考えが変わってないんだと思う。
確かに恭治の言った通り俺達は聖水を飲まない限りは昇天しないから、多少無茶な事をしたって大丈夫。それを強みにして守りたいモノを全力で守る事が出来るんだけど、逆に言うと聖水を少し飲むだけで昇天してしまうと言う不確かな存在。
それでもディルクと一緒にいるエルナさんは、俺から見ると凄く幸せそうだ。その笑顔を誰よりも近くで見ているんだから蘇りたくなかったなんて思う筈がない。ならディルクが望む事は…生きた人間のままエルナさんを幸せにしたかった、かな。




