ただいま
昨日の今頃、ピヨが町に向けて出発した。だからそろそろ帰って来る頃だ。
手紙を託したついでに皆の様子も見て来てくれるように頼んであるから、ピヨが帰ってくれば皆が元気にしているのかどうかを知る事が出来る。
あっ!帰ってきた!
「キリク。手紙を受け取ってきた」
食料などの物資をペペに手渡した後こっちに向かってきたピヨは、確かに手紙を持っている。
「誰から?」
もしかして、依頼の手紙?
「屋敷にゾンビンしかいなくて、手紙渡したらスグ返事書くからってそれ預かったんだ」
ゾンビンしかいなかったんならきっとお昼頃に行ったのかな?それならハクシャクンはお店だし、フラケシュンはエルナさんとデート。オチムシャンは夕飯の買い物で…ミイランは用心棒の仕事かな?
「見る~~~」
手紙を受け取ってワクワクしながら読んでみると、意外にもその文章は短くて、たったの4文字しかなかった。
「なんて書いてた?」
手紙を届けた本人からしてみると、その内容は嫌でも気になるんだろう。だけど、期待しているような…面白い話なんかじゃなくて、これは…。
「会いたいって…なにかあったのかな…?」
ゾンビンは俺が樹海に行く前、笑顔で送り出してくれたじゃないか。その時にちゃんと回復するまでは戻るつもりがないって事も言ったのに、どうしたんだろう。もしかして、物凄く厄介な依頼が来たのかな?それならそう書くよね…スグに返事書くって事で焦ってたのかな?
「3ヶ月も経ったんだから、単純に会いたくなったんじゃないか?」
そっか、俺は2ヶ月間寝てるだけだったからそんな時間が経ってるって感覚ないけど…いつの間にか夏が終わっちゃってるんだから、そりゃ長いよね。だったら3ヶ月もなにしてんだーって感じで書いてくれた方が安心出来たよ。
どうしようかな…物凄く心配になってきた。だからって会うにはまだ勇気が出ない。
「ね、ねぇ。俺、もう全回復したと思う?」
回復したら帰る、そう伝えたんだから回復していれば帰る口実にはなる。別人になってようがなんだろうが、回復したから会いに来たよって軽い感じで言って、拒絶されたらそのままここに戻ってくるって感じで…駄目だ、拒絶されたら立ち直れる自信がこれっぽっちもない。
「肌がちょっと捲れてる部分あっけど、服きりゃ見えないし…後は肌の色か…」
捲れてる部分と言いながら胸元を指差すポチ、だから襟元を広げて胸元を確認すると、確かに皮膚がベロンと捲れ上がっていた。痛みよりも嫌な感じの痒みがあるから、あまり良い状態ではなさそうだ。
「目の下のくまも酷いわね」
くま!?2ヶ月も寝てたのにくまがあるの?顔は見られないから本当に怖いや。でも、くまが酷いなら、生き生きはしてなさそうだ。
「細かい説明ありがと」
回復率は良くて80%って所かな。腕と足は血色悪いけど皮膚があるし、髪もある。ポチが言うように可笑しな所は服とかガスマスクを着ける所だから気にする事もない。
「会いに行く?」
いやいや、そう簡単に言わないでよ。だって3ヶ月だよ?物凄く気まずいじゃないか!だからってこのままズルズルと時間を空けたら、余計に会い辛くなるんだよね…それに、まだある程度生きた人間には見えない容姿の時に戻ってた方が俺だって信じてもらいやすいかも知れない。あ、それはポチ達を見せれば問題ないか…そうだ、ルシファーの紹介もしなきゃ駄目だよね。けど、戻って行き成り全部言ったら流石に受け入れてくれないだろうな…だったら戻って、ちょっと落ち着いてからルシファーの紹介だ。
「うん、行こう」
荷物をまとめ、ピヨに乗り町に向かって出発すると、歩けば2日はかかる距離をたったの数時間で戻って来れた。
移動の間に心の準備を、とか思ってたのに、思ったより早いから中途半端な覚悟しか出来てない。
目の前には町の入り口、どうしよう…緊張してきた。
「どうした?」
思わず立ち止まってしまった俺の隣では、ピヨが心配そうに覗き込んできている。別に体調不良とかそんなんじゃなくて…。
「えっと…最初どう喋れば良いのか考えてたんだけど、今頭が真っ白で…」
それに、今になって会いたいって手紙の内容が重く圧し掛かってきたと言うか…だって、ゾンビンが手紙を送った相手は今の俺じゃなくて、ガイコツ姿だった頃の俺でしょ?
「どんだけ緊張してんだよ」
そう言う為だけに魔石から出て来たポチは、俺が着けているガスマスクの目の部分をコンコンと突いてそのまま魔石に戻ってしまった。
けどさ、緊張するに決まってるよ、だって3ヶ月ぶりなんだよ!?会いたいとか言われても皆が望む俺じゃなくなったんだよ?
駄目だ、足が完全に動かない。
「その為のガスマスクとアフロでしょ?しっかりなさい」
町の入り口で立ち止まっている俺は、旅人にとってかなり邪魔になっていたんだろう、しっかりしなさいと言いながら出て来たペペに引っ張られ、町に入ってスグにあるベンチに座らされた。
「ゴメン…でも、やっぱり怖くてさ…」
回復の進んだ体を見せて、どんな反応が帰って来るのかが想像出来ない。けど、拒絶って所までは流石にない…よね?少なくともこのガスマスクとアフロを着けていれば俺だ。だったらこれからも外さないで一生過ごせれば良いんだけど、そうにもいかない。
回復が進んだこの体は、もうちゃんとお腹が空いてしまうし、お風呂に入らなきゃ痒くなる。どうしたってガスマスクを取らなきゃならない場面が存在してしまうんだ。
食事と入浴は屋敷ではしないのが唯一の解決法かな?だからってお腹が空く度に外食って言うのも高くつくし、銭湯に行くにはまだ少しばかり回復が足りない。
3日に1回樹海に行っての水浴び?ピヨに悪過ぎる。
部屋の中でひっそりとご飯を食べて、浴室にガスマスクを着けたまま行くってのが当面の対処法かなぁ?
なんとなくこれからの事が見えてきて、それでもまだ屋敷には足が向かずにベンチに座ったままでいると、急に後ろから肩を叩かれた。
どうせまたポチ達の誰かが、さっさと帰れ、的な事を良いに魔石から出て来たんだと思って振り返ったんだけど、そこにいた人物を見た途端、さっきまで色々と考えていた事が頭からフッ飛ぶ程の衝撃を受けた、だって真後ろには…、
「…そんな所でなにやってんだよ」
顔色が物凄く良くなったゾンビンと、
「何故このような場所に?もしや具合でも崩しておられるのか!?」
頭に矢が刺さりっぱなしのオチムシャンが立っていたんだ。
「あ、いや…大丈夫だよ」
なんとか返事は出来たものの、何をどう思って良いのかが分からない。それより、この2人が普通過ぎるから1人で緊張してた俺がバカみたいなんだけど。
でも、ゾンビンの手紙にはもっとこぅ…切羽詰った感じがしたよ?返事を書く時間がなかったから簡単に済ませたとか?
「さ、屋敷に戻るでござるよ」
えぇ!?ちょっと、そんな即効?もう少し心の準備をさせてくれても…。
「なにやってんだよ、早く来いよ」
いやっ、だから心の準備をね?だからゾンビン、そんな引っ張らないでぇー!
強引に手を引かれて連れ戻された屋敷の広間にはミイランとハクシャクンもいて、優雅なティータイム中だった。
ガスマスクとアフロのカツラを着けてるんだから大丈夫、それにゾンビンとオチムシャンはちゃんと俺だって分かってくれたし、だから絶対に大丈夫。
「お、お邪魔しまーす」
なんとなく広間に入り辛くて入り口に立ったままいると、包帯と言う軽装著しい格好ではなくなったミイランが、それでも腕に巻いていた包帯をムチ変わりに伸ばしてくると、
「遅かったな。それに、ただいま、であろうが!」
と、怒鳴りながら俺からアフロのカツラを奪って高い場所にあるシャンデリアにかけてしまった。
あぁ、この真下から見上げるアフロの姿は、懐かしい…。
「ふふふ、お帰り。差支えがないなら健康診断がしたいんだけど、どうかな?」
ふわっと飛び上がり、シャンデリアからアフロのカツラを救ってくれたハクシャクンは、もうとっくに出勤時間を過ぎていると言うのに俺の健康診断をしたいと申し出てくれた。夜でも良いとか言っても聞いてくれないだろうし、だったら早く終わらせて…でも、健康診断って事は、8割回復した体を見られるって事なんだよね…胸の所以外ならもうモザイク無しでも見られるようになったのに、どうしたって顔だけは見られたくない。
「ガスマスクは…着けたままでも良い?」
駄目だと言われたら…その時は逃げよう!
「顔はまだ見られたくないんだね?良いよ」
アレ?良いんだ?
ハクシャクンの事だからちゃんと診ないと分からないでしょって怒られるかと思ったんだけど…もしかしたら逃げ出すってバレちゃったのかな?まぁ、走り出す準備は整いましたって感じでスタンバイしてれば誰だって分かるか。その証拠にゾンビンは入り口の前に立ち塞がっちゃってるし、オチムシャンは真後ろに立ってる。ミイランに至ってはムチを手にスタンバイ。もうそれは攻撃準備ですよね。
身体検査を受けるべく、本当に久しぶりにハクシャクンの部屋に入って椅子に座る。
服を少し捲るよって確認の後に体を見られた訳なんだけど、俺がまだ骨だった時はそんな断りもなくガット捲り上げて見てたのに、なんかそう一言付けられるだけでなんだろうな…なんか恥ずかしい。
皆と比べて俺だけ可笑しいとか、そんな事ないよね?
「3ヶ月…遅かったね、と言いたいけど、この姿を見ると早かったねと言いたくなるね」
緊張している俺の体を回復の経過をメモりながら見ていたハクシャクンは、身体測定後にそう言って笑いかけてくれた。
3ヶ月も帰って来ない事を少しは気にかけてくれたんだ…半分別人なこの体を、回復が進んだって受け入れて喜んでくれるんだ?
じゃあ、俺も良いのかな?
回復が順調なら、俺だって呼んでも良い…よね?
「サクリア…」
あまり自信がないから小声でハクシャクンを生前の名前で呼んでみた。
「ふふふ、違和感凄いね」
ハクシャクンの本名がサクリアだってのは知ってるし、皆もサクリアって呼んでるし、今更違和感があるなんて可笑しい。それは、やっぱり俺から呼ばれる事への違和感なんだろう。そりゃ、行き成り帰ってきて、半分別人になった相手から急に名前呼ばれたら恐怖に近い違和感はありそうだ。
口元を押さえながら笑うハクシャクンに合わせて笑ってみたのに、なんとなく寂しい。
「なら、これからもハクシャクンって呼ぶね」
それなら皆の事もあだ名で呼び続けないと…オチムシャンは頭に矢が刺さったままだから違和感ないし、ミイランは腕に巻いた包帯を武器変わりにしてるから、何とかミイランでもいけそうだけど、ゾンビンはもう何処をどう見たって普通の人間にしか…待てよ、目が伸ばせるならそれだけでもゾンビンでいけそうだ。だったら広間に行って目を伸ばせるかどうか聞いて…良いのかな?
肌の色も良かったし、至って普通に見えたゾンビンの体、けど、目に眼帯をしていたんだ。回復が進んで目が飛び出なくなったんなら眼帯なんかしなくて良いよね?なのにしているんだから目は飛び出るんだ。3ヶ月前なら視野が広くて便利だって事で戦闘中とか、飛び出て弱点になる場面以外では眼帯をしてなかったのに、今着けていた理由は…ゾンビンにとって目を出したくないと感じる場面が変わったからだろう。
普通の人間に見えるのに、目だけが異常…そう感じているのならゾンビンなんて呼び方したら可哀想だ。
「違うよ、嬉しいんだ。でも、呼びたいように呼んで。俺は町ではハクシャクンって呼ばれてるし、どっちでも構わないよ」
え?好きに呼んで良いの?だったら俺も呼びたい…皆の事を、ちゃんと本名で呼びたい。
「えっと…じゃあ本当にサクリアって呼ぶよ?」
今ここでハクシャクンを本名で呼んだら、皆の事も本名で呼ぶんだ。まだフラケシュンには会えてないけど、顔を合わせてまず「ディルクただいま」って言ってやるんだ。どんな顔するかな?元が無表情だし、ノーリアクションかな?
「うん。キリク、お帰り」
一瞬、誰の事か分からなかった。
あぁ、本名で呼ばれるって、こう言う事なんだな…ポチ達からはもうズット本名で呼ばれてたのに、イザこうしてハクシャクンに呼ばれると、物凄く恥ずかしいような、フワフワとした気分になる。
「い、違和感が…」
「俺はキリクって呼びたいな」
そんな台詞を笑顔でサラッと言いますか…流石ハクシャクン、雰囲気がそのまま伯爵さんだ。いやいや、でも真顔ならもっと恥ずかしかったんだろうから、この笑顔はありがたいような?とにかく、本名で呼ばれる事に全力で慣れないとね!




