弟子
皆が今日は格別に寒いと言うので率先して買い物に来た町の中、正月気分も抜け切った市場では売れ残っていた正月商品の特売なんかをしている。
「寒くない?」
隣を歩くフラケシュンに話を振ってみるが、無言。
帰りは荷物が重くなるだろうからって着いてきてくれているのは、物凄くありがたいよ?けど、そんな不機嫌そうにされるとさ…帰っても良いよ、とも言いたくなる訳で…でも着いて来てくれてる理由は俺を気遣っての事で…。
「新しいカツラでも見に行こうかな~…」
寄り道せずに帰って来るんだよ、そんな事を言われた俺達。カツラを見に行くってのは完全に寄り道になるんだけど、やっぱりフラケシュンからの反応ない。
本当に行こうかな。
無表情で無口で、そんなフラケシュンの態度はいつも通りで、俺がよく知るフラケシュンの姿。けど、四六時中こうって訳でもなく、愛想はないもののハクシャクンとは喋ってるし、ミイランやオチムシャンの質問にだってちゃんと答えてる。ゾンビンに至っては自分から喋りかける事もある位。俺には余程の時しか喋りかけてくれないし、質問だってスルーだ。
無言のまま頼まれていた食材を買い、最後にワインを買う為に酒場に入ると、俺達を見付けたマスターが大きく手を振ってきた。
「おぅ、頼まれてたモン入ったぜ」
どうやらハクシャクンは何日か前に赤ワインを注文していたらしい。
出されたワインを持って帰ろうとした時、1人の女性が俺達の前に立ち塞がり、見る限りは何も封じてない空の魔石を見せて来ると頭を下げ、
「お願いします!!」
と、大声で何かを頼んできた。
俺にはこの女性に見覚えもないし、生前の?とか思っても俺は骸骨だからその可能性はない。ならフラケシュンの知り合い?とフラケシュンを見ても首を傾げた状態で迷惑そうにしているだけだ。なら生前のフラケシュンの…聞けば良いだけか。
「どうしたの?」
流石に出入り口では邪魔だから、酒場を出た所で話を聞く姿勢を取ったんだけど、フラケシュンは俺が持っていた荷物を奪い去り、
「寄り道せずに帰る」
と言い残して本当に帰ってしまった。
確かに2人残って話を聞けば帰りが遅くなるばかりか、遅いって皆が心配するかも知れない。なら1人は帰って皆に説明した方が良い。でもさ…愛想なさ過ぎでしょ?この女性からしたら物凄い嫌われてる~とか思われてもしょうがない態度だよ?
フラケシュンが去ってもまだ俺の前にいる女性。だから俺に何か用事があったのかな?見覚えとか心当たりとかなにもないんだけど…。
「あ、あの、私…」
なんだろう、緊張してるみたいなんだけど、なに言われるんだろう…あ~俺まで緊張してきちゃった。
「あの、私…奪う者なんです…でも、まだ誰も契約結んでくれなくて…そ、それであの、もし…もし、ごっ、ご迷惑…でなければ…私を一人前の奪う者にしてください!!」
ご迷惑じゃなかったらって言われても、俺はそんな大層な奪う者じゃな…いや、まぁ、“黒き悪魔”は封じたけど、それは皆の力あってこそだから、俺1人が偉そうに教えられる事なんか何もない。それでも誰も契約を結んでくれないのにこれから先奪う者として活動していくのは辛いよね…だったら契約を結ぶ所まで、それなら俺にだって教えられる事がある…かも知れない。
「えっと、仲間が出来る所までなら…良いよ」
「はっ!ありがとうございます!私、リルと言います、よろしくお願いします!」
リルは始めに自分は奪う者だと言っていたから、魔石に魔物を封じる事は出来るんだろう。それから誰も契約をしてくれないって事は、既に何人かの魔物との交渉もした筈。
魔石に封じられた魔物は、契約しなきゃ魔法石の材料にされるって事は知ってた筈なのに、それでも拒むってどんな状況なんだ?
「あ、うん。よろしく。えっと、早速だけどリルの実力を見たい、かな」
町を出て、少し東に行くと洞窟がある。なんでもちょっと前に魔物が住み着いて町を襲って大変だったとか言う話しだけど、今はその洞窟には時々魔物が出る位。しかも洞窟に隠れて奪う者を避けていると言う初心者向け。
リルと2人で洞窟に入ると、そこには魔物が3人いた。
3人共呆然としていると言うか、腰が抜けてると言うか、そんな感じ。逃げたいけど逃げられないと言う絶望的な…そんな表情もしている。
俺達は完全に悪者扱いだよね、これ。
「今からちょっと付き合ってね」
と、一応声をかけてからリルに合図を出して実力を見せてもうと思ったんだけど…リルは数回叩いただけの魔物に直接魔石を押し当て、封印出来ないと判断した後はまた数回叩いて魔石を押し付ける、を繰り返した。
これは…奪う者と言う所から怪しい戦いっぷりだ…。
それでも結果的には魔石に封印する事に成功しているんだから、まぁ…奪う者、なんだよね…一応…。
「封じた!よし、契約を結ぼう!」
えっと、リルさん?これ、どうしようかな。
数回叩いただけで魔石を押し付ける、と言う戦闘スタイルに対して先にツッコんだ方が良いか、それとも契約を結ぶ時の誘い文句に対してツッコむべきか…難しい問題だ…。
「貴様っ!仲間を返せ!!」
始め俺達がここに来た時には恐怖して身動きさえ取れなかったのに、仲間を魔石に封じられた怒りが恐怖に勝ったんだな、今は2人してリルに開封を迫っている。
「リル、開放してあげて」
「はい!」
開放された魔物は恐怖に身を震わせ、出来るだけ俺達から離れるように洞窟の1番奥にまで這って行き、後の2人は俺達の前に立ち塞がっている。
始めに説明不足だったからだろうな、物凄い険悪なムードになってるんだけど、この空気感って実戦と良く似てる。
普通は魔物の方が戦いに対する積極性は高いから、今見せてもらったリルの戦い方じゃ全く通用しない。今までどうやって奪う者として暮らしていたのかが不思議でしょうがない位。で、奪う者なんて倒してやる!的なテンションの魔族との戦い方を今から教えなきゃならないんだから、練習相手には本気で俺達を拒絶してる魔物が良い。
「魔石に封じられるのは弱った魔物、だけとは限らないんだよ」
言いながら空の魔石を手に持つと、呼び出してもないのにポチが手伝おうか?とか言いながら出てきた。
「なっ!どうして?!」
呼び出してもないのに魔石から出て来ると言うのは、やっぱり異常な事のようだ。
「大丈夫、手出し無用だからね」
さて、弱らせなくても魔石に魔物が封じられると言う実演だ~…って、えっと…なんで俺そんな事知ってんだろ?
蘇って初めて封じたのは“黒き悪魔”だし、“黒き悪魔”は全員で弱らせてから封じたんだ。弱らせなくても良いなんて誰からも聞いた事がないし…これ、もしかして生前の記憶?蘇った時、魔石と言う言葉に聞き覚えがあった。それと似たようなものなのかな?
そんな事より大変だ、弱らせなくても封じられる、それは知っているのにどうするのかが分からない。
弱らせないって言うんだから攻撃はしないんだろうな、だったら話し合い?それこそ戦う~ってテンションの時に出来る訳がない。
自分が如何に強いのかって力自慢みたいなモノを見せるのかな?いやいや、それはただの挑発だよね…。
険悪なムードの方がやりやすかったんだけど、弱らせずに封印の方法が分からないんだからどうしようもない。だったら、いつまでも敵が帰らない、なんて恐ろしい状況に置かれてしまっているこの3人を少しでも安心させるため、ここに来た経緯を説明しよう。
「こっちにいる子はリルって言う奪う者なんだけど、なかなか契約が結べないって悩んでたんだよ。それでここまで来たら君達がいて、魔石に魔物を封じる様子が見たくて実践してもらったんだ~。始めに説明すれば良かったんだけど、なんと言うか、リアルな戦闘雰囲気?の中でやってもらいたかったんだよ。怖がらせちゃってゴメンね」
謝る相手に対して魔石を見せている状況は違うから、一旦魔石はカバンに入れ、更に何も持ってない事を示す為に両手を軽く上げ、出来るだけゆっくりと歩いて洞窟の奥にいる魔物に近付いた。
途中で2人の仲間が俺の歩みを止めようとしたんだけど、それはポチが止めてくれた。
「ね、封じられた後に契約を迫られたでしょ?どう思った?」
視線を合わせる為にしゃがみ込み、まだ震えている肩をポンポンと叩く。
「魔物にとって魔石に封じられる事はイコール魔法石の材料。とてつもない恐怖だし、屈辱。そこへ契約を結べとか言われても拒否しかしない。それが残された唯一のプライドだ」
震えている魔物に変わり、2人いた仲間の1人が喋ってくれた。口調からして落ち着いている。
しかし…そっか、いや、そらそうなんだよな…魔石に封じられたら普通は呼び出されない限りは出る事さえ出来ないし、声すら外には届かない。閉じ込められる状態なんだから屈辱だろうし、魔法石にされると言う決まった未来が待っているんだから計り知れない恐怖。なのに契約を拒否するのは、封じられた時に感じた奪う者への印象?魔法石にされる方がマシだと思える何か、それを残された唯一のプライドと言うんだから相当追い詰められるんだ。
うん、ちょっとタイム。
俺は洞窟の入り口付近にまで戻ると、ピヨとペペを呼び出した。
「どした?手出し無用じゃなかった?」
ピヨは首を傾げながら出て来ると、まだ洞窟奥にいる魔物の近くにいるポチに手招きし、ペペは腕を組んだまま無言で出てきた。
「魔石の中が怖いなら、ズット出てても良いから。俺、魔石に戻れなんてもう言わない」
ポチ、ピヨ、ペペと契約した時の事は全然覚えてないけど、魔石に封じて契約を結んだと言うのは間違いないんだ。魔法石にされるかも知れないと言う恐怖と、魔石に封じられたと言う屈辱を味合わせてしまったのに、それでも3人は俺と契約してくれた。それなのに呼び出してないから魔石に戻れ、なんてよく言えたもんだよ!
「キリク、よく思い出してみて。私達はもうズットそうしてるわよ?」
ん?
「魔石ん中は自分の部屋、みたいな感じだしな」
自分の部屋?魔石の中って寛ぎの空間なの?!
「何を今更気にしてんだよ」
しょ~がないじゃん気になったんだから!けど、言って良かったよ。そっかぁ~魔石の中は住み慣れたら寛ぎ空間なんだなぁ~。
よし、心配事がなくなった所で実演の続きだ!
「今から君達3人を魔石に封じるよ。ポチ、ピヨ、ペペ、洞窟から逃げられないように出入り口見張っててね。リル、ちゃんと見て覚えるんだよ~」
全員に声をかけてから武器を構えると、ターゲットとなる3人の魔物はジリジリと洞窟の奥へと後退りして行く。それでも恐怖に震えているばかりじゃないのは目を見れば分かる。隙さえ見せれば飛び掛って来るだろう。
「おっと」
ワザと足を取られた風にヨロけて見せると、思った通り攻撃を仕掛けてきた。1人は右から、1人は上から、もう1人はまだ蹲ったまま。多分腰さえ抜けてなければ左側攻撃担当かな。
上と右の攻撃を剣で受けて弾くと、2人は大袈裟に飛び退き、またジリジリと間合いを空けた。
もしかしたら恐怖で後退りしてるんじゃなく、3歩程の助走で勢いを付けてから飛びかかるって言うのがメイン攻撃なのかな。なかなかの単調攻撃だから読まれやすい。なのにこれ、2回目同じパターンで来るとか…ないよね?
「おっとと」
もう1度バランスを崩した振りをすると、また上と右から似たような攻撃が……。
「こらぁ~!!1回目と同じ攻撃って勝つ気はないのかよ!」
怒鳴りながら同じように攻撃を剣で受け止め、次は弾かずに引いてから剣の柄の部分で頭を叩かせて頂きました!これ、本当の戦いだったらここで終わりだからね?!
「痛った…」
そりゃ痛いだろうさ!結構思いっきり叩いたからね。って、思いっきりやり過ぎた?
急いで叩いた箇所を確認すると、赤くなってるけど骨には異常ない。
も~、これ位で大袈裟に痛いって連呼しないでよ~ビックリしたぁ。
「これでもし俺が魔石持ってたら、君達は3人仲良く封印って事になってるからね」
と、偉そうに説教してから思い出した。俺ってリルに弱らせないでも封印出来るって実演最中だった。
俺の眼下には叩かれた頭をさすっている2人の魔物と、洞窟の奥にはリルによって1回封じられて弱りきっている1人。
うん、弱らせないままって実演はもう無理だ。
どうしようかと考えていると、リルは洞窟の奥にいる魔物に近付いてしゃがみ込み、震えている魔物をしっかりと抱き締めながら謝った後、俺の足元で座り込んでいる2人の所に来て頭を下げ、俺の目の前に立った。
「未熟なのに奪う者だと名乗っていた自分が恥ずかしいです。私は修行の旅に出ようと思います」
え…?急にどうしたの?
修行する事は良いと思うし、自分が未熟だって自分で気が付けたんだから、それだけでも充分立派になったと思うんだけど、なに?修行の旅?そんな、仲間もいないのに旅ってハードル高過ぎるから!
「ねーちゃん待ちや!なんや知らんけど…奇遇やな、俺らも修行が必要な身や…」
一礼して洞窟から出て行こうとしたリルを呼び止めようかと思ったんだけど、俺より先に声を上げたのは、洞窟の奥で蹲っていた魔物だった。
「おまっ、大丈夫か?」
ヨロリと立ち上がった仲間に駆け寄った2人の魔物は、自分だって叩かれた頭が痛いくせに仲間を支えるように寄り添っている。
「大丈夫…。俺らも修行の旅に出ようや。あの骸骨さんの言う通り、攻撃の研究しよ」
が、骸骨さん?!間違ってはないけど…いや、ここで俺が喋ると話の腰をおってしまうんだろうし、訂正は入れない…自己紹介しなかったのが悪いんだし。
「お前が封印されるのを目の前で見せられたし、2回目がないように強くなりたい!」
そんな言葉をボンヤリ聞きながらちょっとだけ考えたのは、もし、もし蘇った奪う者自体が魔物扱いだったら?って事。
ハクシャクンやオチムシャンは倒されてから蘇るまでの時間が短かったから生前の姿を保ったままだけど、俺やゾンビンは容姿的には立派な魔物。
もし、俺達の事を知らない奪う者が町に来て、町中で買い物途中の俺やゾンビンに出会ったら?確実に魔物だと勘違いするだろう。町にいる魔物は、それだけで駆除の対象になるんだから間違いなく戦闘になる。
もし、その奪う者が俺達よりも強くて、俺の目の前でゾンビンが封じられたら?
怖い…想像しただけなのに酷く怖い…。
ここにいる3人は実際にそんな怖い思いをして、心から思ったんだろう、2回目があるなら助けたい、助けられる強さを身に着けたいと。
青春ドラマみたいな台詞だなって思ってゴメン。
「決まりやな。半人前同士修行の旅と行こか!骸骨さんに恥ずかしないよう成長せな」
あ、なんか急に話しがまとまって来てる?それに俺の事は、骸骨さんで定着したらしい。
俺に恥ずかしくないようにとか言われると、物凄く偉い人になった気分なんだけど、特に何も教えてないよ?戦い方がなってないって怒りながら頭叩いただけで…叩かれると叩いた相手をボス的扱いする、とか言う特性でもあったのかな?
「私、頑張ります!師匠、私が一人前の奪う者になった時、もう1度会いに来ます」
これからの事が決まったらしく、リルは改めて俺の前に来ると頭を下げてきた。
「うん、待ってる。けど、死んだりしたら蘇っても許さないからね!後…師匠って言うの恥ずかしいから止めてね」
骸骨さん、は良いけど師匠はやっぱり可笑しいから訂正させてもらうからね。話も付いてたし今から出発って雰囲気だから腰はおってないよね?
けど、旅に出るのは危険過ぎるって心配は声には出さない。3人の魔物が一緒だから大丈夫だとは思ってないし、スグに諦めて帰って来るだろうなんて事も思ってない。
強くなろうって意思を尊重って言うのかな…まぁ、俺が行くなと言った所でこの4人は行くんだろうし、だったら気持ち良く見送って、1人前になった4人がいつか俺を尋ねてくれるんなら、それを楽しみに出来る。
「キリク、やんな?俺等も強くなったら戦いを申し込みに来るからな」
おっと、楽しみがもう1つ増えちゃったよ♪
「じゃあ…ガイコツン、行ってきます」
最後に頭を下げたリルは魔物3人と一緒に旅に出た。そんな後姿を見送りながら俺は今日と言う日を頭の中で思い出している最中だ。
フラケシュンと買い物に来て、酒場の中でリルに会った。その時点で俺はリルを知らなかったし、途中で帰って行ったフラケシュンも知らない感じだった。
で、リルは俺に修行を頼んだんだ。かなり元気良く挨拶されて名乗られたんだけど、俺はその時…うん、名乗ってない。あまりにも元気の良いリルに圧倒されたってのもあるんだけど、魔石に封じた魔物が契約を拒否するって謎で頭がいっぱいだったんだ。
魔石を使う様子が見たいからこの洞窟に来て、3人の魔物に会って…やっぱり俺は名乗ってない。
ポチ達は俺をキリクと呼んだから、3人の魔物は俺をキリクと呼んだ。
リルは、どうして俺の名前を知ってたんだろう?
これは、一人前になって俺に会いに来たリルに直接聞かないとね。だから、早く一人前になるんだよ!