誕生日
“黒き悪魔”を封印したあの一件から数日、エンゼルンの聖水飲め攻撃もなく、かなり平和に時間は過ぎていた。
そんな中、俺は言い出せずにいる…“黒き悪魔”を封じた俺の魔石、商人にも売らずに手元に置いてるって事…とは言ってもハクシャクンやオチムシャンは売払ってたから、もし開封ってなっても前程強くはないだろう。
手元にある“黒き悪魔”の破片は2つ、俺が封じたのとゾンビンが封じたヤツ。俺が“黒き悪魔”の知り合いだったのかも知れないからと言う理由で売らずにいてくれたらしい。
で、俺は2つに別れてしまっている“黒き悪魔”を1つに戻したいなぁって思ってる最中で…つまり意図的に開封しちゃおうかな…なーんて。
もし本当にそんな事したらフラケシュンとミイランに100回ずつ位叩かれるだろう。
「みーんな。メリークリスマース♪」
買い物から戻って来たゾンビンは、なにやら角の付いた服に身を包み、聞き慣れない言葉を言った。
メリークリスマース?何の事だろう?
知らなかったのはどうやら俺だけじゃないみたいで、皆が興味深そうにゾンビンの方を見ていた。
「メリークリスマースとは何でござるか?」
「さっき聞いたんだ~今日はクリスマスイブって言うんだって。なんかね、欲しい物を書いた紙を靴下の中に入れておくと良いらしいよ?」
オチムシャンの問いに答えたゾンビン。
何がどう良いんだろう?
欲しい物かぁ…俺は新しいカツラ!アフロ以外にもなにか欲しい。それで、そう書いた紙を靴下に入れておいてどーするんだろう?
「我は新しい包帯とコロンが欲しい」
ビシッと手を上げて発言したミイランの手には既に“包帯とコロン”と書かれた紙が握られていて、靴下まで用意されていた。
「コロンなんてミイランも女の子らしー所あるんだー」
俺は率直に思った事を口にしたが、ミイランの尺に触ったらしくてカツラを取り上げられ、高い位置にあるシャンデリアに掛けられてしまった。
「コロンとは何でござるか?」
「匂いのするヤツだ」
オチムシャンの問いに対して答えたフラケシュンは“欲しい物を書いて…”と言う会話自体には全く興味がない様で、ただ窓の外を腕を組みつつ眺めていた。一見して機嫌悪そうなんだけど、それがフラケシュンのいつもの姿なので気にしない。
「香水ってのとはまた違うの?」
「似たような物だ」
「だったら香水でもいーじゃん」
「五月蝿い!!」
「ワーイ、ミイランが真っ赤だ~」
「女の子だねぇ。いつもそれ位可愛らしかったら…」
「ころーす!!」
屋敷の広間が収拾のつかない状態に陥った時、タイミング良くハクシャクンが仕事から帰って来た。その手にはゾンビンと同じ赤いブーツの形をした何かを持っていて、
「メリークリスマス!」
と、クラッカーとか言う大きな音と紙を撒き散らすモノを鳴らした。
「…で、皆は何を暴れていたのかな?」
ようやく広間の惨状に気が付いたらしいハクシャクンは、フフフと恐ろしい笑みを湛えつつ特に暴れていた俺とゾンビンの方に近付いて来る。
「ハ…ハクシャクン、メリークリスマスって何の事?」
怒られる、そう思って話題を振った俺にハクシャクンはハァと惜しみもなく溜息を吐きかけ、
「クリスマス。キリストが生まれた日とされていて、サンタがプレゼント持ってお祝いに来るんだよ」
と、買ってきていた赤ワインをテーブルに置いた。
「欲しい物を紙に書いて靴下に入れるってのは?」
「あぁ、サンタがね、良い子にその“欲しい物”をプレゼントするんだ」
良い子に?
「広間で暴れるガイコツンとゾンビンは悪い子だね」
ハクシャクンは再びフフフと恐ろしい笑みを浮かべ、俺とゾンビンを1回ずつ軽くコンと叩いた後、翼を広げて飛び上がってアフロカツラをシャンデリアから救ってくれた。
何も言わなくても分かってくれるって所が大人だ。
それにしてもクリスマスねぇ…キリストって人の誕生日なんだ~フーン…俺達の誕生日って、いつなんだろうか?そもそも何歳なんだろう?生前の記憶がないから分からないんだけど、何かこー言うイベントは楽しいよね!
「明日俺の誕生日~」
カツラを被り直した俺はそう宣言し、
「じゃー俺明後日~」
と、ゾンビンが続いた。
皆が溜息を吐く中オチムシャンだけが、
「そうでござったかー」
と、感心したような声を上げた。
「それにしてもどうやって思い出したんでござるか?何かヒントのようなモノでもござったか?」
えっと…ゴメンなさい、嘘です。
「はいはい、純な子をからかわないの!」
いつものようにパンと手を叩いたハクシャクンがその場をどうにか鎮め、俺達はパーティーなるものを体験した。
いつもよりも数倍豪勢な食事とケーキ、お茶じゃなくワインが出てきて、ハクシャクンは“無礼講だ”と笑った。でも、無礼講ってなんだろう?
食事が一段落付いた後、ハクシャクンの提案で“欲しい物発表会”が行われた。
「俺は新しいカツラ!」
「我は新しい包帯と…香水だ」
「アレ?コロンじゃなかった?」
「五月蝿い!」
「ハイハイ、喧嘩しちゃーサンタ来ないよ?」
またパンと手を叩いたハクシャクンが俺とミイランの言い争いへの発展を諌めた。
「拙者は…んー…新しい枕が欲しいでござるな。頭に刺さったこの矢でスグに穴が開くんでござる」
「ハイハーイ、俺カメラ!」
俺達が発表し終えるとハクシャクンは最後となったフラケシュンの方に注目した。その視線に気が付いたらしいフラケシュンは俺達を一通り見回し、
「生前の記憶だ」
と、呟いた。
「なるほどね…」
納得したらしいハクシャクンは気まずそうにワインを口に運び、密かに溜息を吐いた。でも俺は違うな、って思った。それはゾンビンも同じだったらしく首を傾げている。
うん、やっぱり違うよ。
「フラケシュンのは無理だよ」
俺が人差し指をフラケシュンの鼻先に突き出して発言し、そうする事によってハクシャクンは腕を組みながら俺に注目した。
「そうそう、フラケシュンのは反則だよねー」
すると同じように違和感を覚えていたゾンビンも人差し指をフラケシュンに突き付けた。
「だって生前の記憶は“もの”じゃないもん」
綺麗にハモッた俺達の声と、鼻をツンツンと突く行動に、フラケシュンは鬱陶しそうに数回俺達の手を払った後、いつもの表情に戻し、
「だったら新しい剣だ。それで文句ないだろ」
と、発言し直した。
「OK、皆ありがとう!今日はもう遅いし、おやすみ」
慌しくこの場を仕切ったハクシャクンは1番に部屋に戻り、自然に俺達も解散となった。
翌朝、布団の中から腕を伸ばしていつものようにアフロのカツラを掴もうとして、いつもと違う手触りに飛び起きる。
枕元に、アフロのカツラと一緒においていた靴下の、更に隣。そこにはショートヘヤーの見慣れないカツラが置かれていた。
サ、サンタが来たんだ!
オニューのカツラを被って広間に急ぐと、そこではもう皆が揃っていて、皆の手には昨日発表があったモノがあった。つまり全員の所にサンタは来たんだ。
カシャ、
眩いフラッシュの光、それはゾンビンがプレゼントされたカメラのものだった。
「記念すべき1枚目はガイコツンのオニューカツラ姿~♪」
「じゃー2枚目は俺がゾンビン撮ってあげる~」
「うん!このボタン押すだけで良いから~」
ゾンビンがいつもよりも良い匂いのするミイランと枕を抱えたオチムシャン、新しい剣を手に珍しく機嫌良さそうなフラケシュンをカメラに収めた時、眠たそうに大きな欠伸をしながらハクシャクンが起きて来た。
「ねぇ!ハクシャクンの所にはサンタ来た?」
そう聞いてから気付いた。
昨日の発表会で、ハクシャクンの“欲しい物”を聞いてなかった事。
「俺はコレ」
そう言ってハクシャクンが取り出したのは未開封の赤ワインだった。
「年代モノだよ~ズット飲んでみたかったんだ」
ハクシャクンは嬉しそうに笑ってるんだけど、なんだろう…何か違う気がする。
「どうしたの?ガイコツン」
いつまでもハクシャクンを見ていた俺にそう不思議そうに聞いたハクシャクン、その手には年代物とか言う赤ワイン…。
うん、やっぱり間違いない。
その赤ワインは、昨日俺達を叱り付ける前、大事そうにテーブルの上に置いたあの赤ワインだ。そう思うと何となく今回のサンタ騒動の謎が解けた気がした。
サンタは…ハクシャクンだったんだ。
「ありがとう、ハクシャクン」
素直にお礼を言った後、ハクシャクンは照れた風に笑い“皆には内緒だからね”と小声で言った。
やっぱりハクシャクンは、なんか一味違うんだなーって思った一件でした。でも、来年のクリスマスには絶対俺からもハクシャクンに何かプレゼントするんだ!否、ハクシャクンにだけじゃなくて皆に!
まぁ…覚えてたらね。