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ディスペル  作者: SIN
15/122

キリク~ガイコツン~

 その日は朝から変だった。

 いつもなら魔石から出て来て“散歩に行こう”と言うポチが大人しかったし、“羽を伸ばしたい”とせがむピヨも大人しい。それにいつもなら朝の10時を過ぎれば“早く起きなさい!”と怒るペペだって大人しいんだ。

 この時既に時計は11時を軽く回っていた。

 「おはよー」

 そう窓際に立つ3人に声をかけるが返事はなく、ただ外ばかりを気にしている。

 3人の様子が気になって俺も外を眺めて納得、天使族が来ていた。んだけど、天使が人を襲う姿に俺はいつも疑問を抱く。ただ攻撃をしているんではなくて誰かを狙っている感じだ。

 天使を攻撃している奪う者の中で、反撃を受ける者と、何をしても手を出されない者がいる。つまり、天使は攻撃する人間を選んでいるんだ。だったら天使が町にやって来たとしても必要以上に騒ぐ必要なんかない。

 って事で眠気覚ましに朝食でも食うとするかな。

 「キリク」

 おっと?

 外で暴れている天使が俺の名を呼んだ。

 ポチとピヨ、ペペは一斉に俺を取り囲むようにして立ち、大きな鎌を手に死神のような風貌の天使は窓を蹴破って入って来た。

 寝起きの頭でもすんなりと分かったのは、今日俺はここで殺されるって事。

 あいにく今は魔法石も持ってないし、第一寝起きで戦うってテンションでもない上に、2度寝だってしたい程まだ眠いんだ。戦って勝てるって相手でもなさそうだし、ここは腹をくくって大人しくしてようかな。

 奪う者は時々蘇る人がいるって言うし…いや待てよ、俺って奪う者なのか?

 俺が子供の頃、綺麗だからって拾ってきた魔石の中にポチ、ピヨ、ペペが入っていて、魔石から勝手に出てきた3人と仲良く育って、今に至る。

 契約とかを交わした覚えが全くない上に、ポチ達の正式名すら知らない。

 だいたい契約した魔物は、契約者の生命力を餌に生きるらしくて、いっくら頑張った所で2人と契約するのが精一杯。なのに俺は3人もいて、しかも3人は俺の生命力を餌にしてない。

 普通に魔石から出てきて、狩に行って、飯作って食ってる。

 魔石を使えたら奪う者って言うんだから奪う者か…ポチ達が仲間かどうかは別にして、俺は魔物を魔石に封じる事が出来てる訳だし。

 んじゃ、ここは蘇る事を前提に待っててもらうとするか。

 多少の時間はかかったものの考えがまとまった俺は、ポチ達の魔石をポケットに入れ、一思いにしてくれと言わんばかりに寝転んだ。

 しかしだ、いくら待っても攻撃が来ない。

 デカイ鎌を構えたまま電池でも切れたのか?と言いたくもなる位微動だにしない天使は、どうやら俺の顔を物凄い時間をかけて見ているようだ。

 なんかの儀式中?

 天使が直接命取りに来てる訳だし、なにかとあるんだろうか?まぁ、天使って言うんだから普通に人殺しは駄目なんだろうな…だったら儀式が終わるのを待ってた方が良いかな。まぁ、丁度眠たかったし、2度寝しててもきっとバレない筈。

 「キリク、起きなさい!」

 2度寝から目覚めた時、俺は急にまったくの別世界に…来てはいなかった。

 確かにここは俺の部屋じゃないけど、ただの森の中っぽいし、目を開けた視界の中にポチ、ピヨ、ペペの3人がいるんだから何処でもない。

 多分アレだ、天使から逃げる為かなにかで森に逃げ込んだって所だろ。

 「おはよ~」

 本日2回目の挨拶をしながら起き上がって辺りを見回してみると、森ってよりももうちょっとだけ深い感じの…樹海?そんな感じの所だった。遠くには高い山まで見える。

 「何故、逃げないのですか?」

 聞き覚えのない声がして振り向くと、あの天使が立っていた。

 ポチ達が警戒してない所を見ると悪い奴ではないのか。じゃあ逃げる必要もないだろ?それとも始めに逃げなかった理由か?

 「蘇るから良いかなって思って」

 言って聞こえる3人分の溜息。

 そりゃ考えなしって言うか、確信もない事を前提にしてる訳だから溜息位はしょうがないかとは思うんだけど、もうちょっとさぁ、こう…コイツめ☆的な…ないか。

 「蘇る…そのメカニズムを知っているのですか?」

 天使族は蘇る奪う者を良く思ってなくて、蘇るメカニズムさえ掴めてない状態なんだな。で、その方法をどうにかしてでも知りたいと、そんな所なのかな。俺をすぐに殺さない理由は、逃げなかった俺がなんらかの情報を持っていると思い込んだから、かな。

 なんにも知らないんだけどね。

 「…他の天使に見付かる可能性がありますので、少し寒いでしょうが火はおこさないでください」

 天使は自分の上着を俺に投げてよこし、後は“蘇るメカニズム”も聞かずに空を注意深く見上げ始めた。

 他の天使に見付かっても、同じように“蘇るメカニズム”を知ってますよーみたいな態度をとれば良いんじゃないだろうか?それともこの天使が俺を攻撃しないのは、他にも何か理由が? 

 「俺はキリク。なぁ、何で俺を助けるんだ?」

 上を見張っている天使に握手を求めながら言ってはみたが、まぁ、当然天使は俺を見ようともせず、黙ったまま何もない空を見上げるばかりだ。隣に並んで同じように見上げてみたって何もない事に変わりはない。

 天使にしか見えない何かがあるとか?もしかしたら俺には他の天使の姿が見えないようになってるんじゃないだろうか?

 まぁ、なんにせよ、腹減った。

 ポチ達が家から持ってきた食料をいくらか分けてもらって空腹を満たし、晩飯用の魚でも釣ろうと川に移動して、後ろから微妙について来る天使を気にしつつ5匹釣った方が良いのだろうか?とか考えてみても1匹も釣れないまま時間が過ぎる。

 ポチ達は木の実や野草、きのこの類を探しに別行動で、俺は天使と2人無言だ。

 朝までは確かに俺の命が目的だった天使と2人きりなんだから、本当なら怖いとか逃げたいとか、そう思うのが多分普通な筈だし、逆立ちしたって仲良くなりたいなんて事は思わないんだろう。けど、なんだろうな…無言のこの空間が気まずくない。そりゃ居心地が良いって訳ではないんだけどさ、名前位は教えて欲しいかな~って。

 「俺は一旦戻ります。絶対に火はおこさないでください。後、この樹海からは出ないでください。良いですね?」

 ポチ達がそれぞれ食料を手に戻って来ると、今まで延々空を見上げていた天使が持っていた鎌の柄の部分で俺達を囲むようにグルっと円を描き、心配性の親みたいな台詞を吐いてから飛んで帰った。

 樹海からは出るなって説明だったんだけど、多分この円からは出るなって事…なのかな?え?じゃあコレって結界みたいな奴?

 あの天使、本格的に俺を守ろうとしてないか?

 飛んでいく天使の、既に小さくなっている後姿を見上げながら今日と言う日を振り返ってみた。

 「変な一日だったなぁ」

 まぁ、助かったって事は良い事に違いないんだし良い、かな。

 あの天使が俺を助ける理由なんか考えてたってどーにもならないんだし、また来た時にでも聞けば良い。とか言っても“蘇るメカニズム”なんか知らないってバレた時には予定通り殺されるんだろうけどさ。

 翌朝、俺はいつものようにペペの“早く起きなさい!”の声に目を覚ました。上半身を起こしてみるとポチが俺の隣で“散歩に行こう”と尻尾を振っていて“探検に行きたい”とピヨも俺の上を飛び回っていた。

 それは、ここが樹海の中だと言う事以外は昨日までと何の変わりもない光景だ。

 「キリクはこの円から出ちゃ駄目よ」

 探検に行こうと言うピヨに賛同して立ち上がろうとした所で、ペペがニッコリと微笑みながら忠告してきた。

 あ~…そっか、火をおこすなってのと樹海から出るなって言われてたんだっけ。円から出るなと直接言われた訳じゃないんだけど、ペペが駄目だと言うんだから駄目なんだろうな。例え無視して出ようとしたって全力で阻止されるんだろうし。

 「んじゃ俺、食えそうなモン探して来る!」

 「じゃあ俺はキリクの寝床を豪華にする!」

 探検に出る立派な口実を得たポチとピヨは、俺の返事も聞かないうちには既に樹海の奥の方に行ってしまった。

 樹海での生活が1週間程続いたある日、久しぶりにあの天使が俺の前に姿を現した。

 “火を使うな”の忠告通り俺は寒くても火をおこさなかったんだけど、普通もっと早めに来るよなぁ?今日まですっげぇ食う物に困ったんだぞ?寒いのはポチ達を布団代わりにしてたから良いケドさ。

 「まだ生きていましたか」

 降りてきての第一声がこうだった。

 ちょっとだけビックリしてるような、嬉しそうでもあるような…そんな表情を浮かべている天使は、もうとっくに消えていた円の描き直し作業に入った。

 俺は、本当なら1週間も前に死んでいた筈。その運命を変えて今、こうして生きてる訳なんだけど…この天使大丈夫か?運命を捻じ曲げるなんて事は天使族の間ではかなりの重罪になる筈だろ?何のお咎めもないのか?それとも俺の存在を隠して…るんだろうな。

 その為の“火を使うな”と“円から出るな”な訳だし。

 「それはそーと、いつんなったら火ぃ使って良いんだ?火の通った魚が食いてぇ!!」

 腹の虫がけたたましく鳴り響き、途端天使は声を上げて笑い出し、

 「分かりました、俺がいる間だけ火を使っても良いですよ」

 と、笑いも治まらないうちに言い、俺がしようとした火おこし作業を華麗な手捌きでやってくれた。

 そんな横顔とか手とか眺めながら、また名前位は知りたいって欲求が出てくる。どうせまた無視されるんだろうけど、今日は笑いも取れたと言う事でこの前よりもなんとなく親しみやすいと言うか…緊張感がなくなったと言うか~教えてくれるような気がしたんだ。

 この際だから名前だけじゃなくて、疑問に思っている事全部を聞こうと思い、結構長い時間独り言を言い続けた。そんな俺を天使は少し困ったように見ていたが、それでも

 「ルシフェル」

 と、小声だったけど名前だけは教えてくれた。

 その日以来ルシフェルは毎朝7時頃火をおこしにやって来るようになったらしい。

 らしい、と言うのは単純に7時と言う早朝に俺が起きてる訳がないのでポチ達から聞いた話って事。で、その間に1日分の料理をペペがして、それが終わったら火を消したルシフェルが“仕事”に行くらしい。

 まぁ、火はそうやってルシフェルがおこしてくれるから食料の問題はそれで良いとして、円の中から出るなと言うのはまだ続行中。多少円の直径は広がったものの探検に出かけられる訳もなく、川に行って釣りって事も出来ない。そんな暇で単調な日々に自分が何日運命を捻じ曲げて生き長らえてるのかさえ分からなくなる。

 「キリク、今日は大漁だぁ!」

 「木の実もいっぱい採って来たぞ」

 「ルシフェルが来た時にその木の実でジャムを作ろうかしら?」

 最近では魔石から出っ放しになっているポチ達の楽しそうな声を遠くに聞きながら、俺は唯一持って来ていた手帳に“正の字”を書いた。寝て、起きた回数をこうして記す事で少しでも時間の感覚を取り戻そうと思ってさ。まさかこんな所で一生を暮らすって事もないだろうし、いつか町に戻れた時の為に。

 空が少しだけ夕日に染まると、そろそろルシフェルが来る時間だ。多分~5時ちょっと前かな。

 予定通りの時間、ルシフェルはいつも通り空からスッと降りてきた。でも、その様子は昨日とは全く違ってて、一瞬別人かと思う程変わり果てていた。

 昨日まで穏やかな表情だったんだ…そりゃ俺の質問なんか無視してた訳なんだけど、全然怖いとかってイメージなくてさ、けど、今は只管怖い。妙にギラギラとした目は見開いちまってるし、不気味に笑う口元には牙まで生えてるし、背中についてた綺麗だった翼は所々羽が抜けててボロボロになっていた。

 「ルシフェル?どーしたんだよ…」

 怖いのを我慢して近付こうとした時、ポチ達が俺を守るように囲んで歩みを止めさせた。

 な、なんだよ、そんな敵を見るような顔してさ…今日の朝までは普通だったんだよな?昨日なんか皆で魚食ったじゃねーか。ルシフェルも天使族だけど、たまにはこう…機嫌が悪い日だってあるんだよな?そうなんだろ?

 「…俺はもうルシフェルではない…堕ちた天使、ルシファーだ」

 堕ちたって…もしかして俺を助けた事がバレたからだよな?

 「俺は“蘇るメカニズム”なんか知らないんだ!まだ間に合うかもしれない、早く殺せ!」

 元々はもう随分前に失っている筈の命、こんな命でルシフェルが堕ちるなんて可笑しい。俺は絶対に蘇ってみせる!だから…怖くない。うん、怖くなんかないぞ!さぁ、早く!

 「奪う者が蘇るメカニズムは俺が突き止めます。貴方を殺すのは、それからでも遅くはありません…」

 なにそれ。

 じゃあ初めから俺が“蘇るメカニズム”を知らないってのは見破ってたって事?だったら余計可笑しい。何故生かしておく必要があるんだ?しかも“蘇るメカニズム”が分かってから俺を殺す?それって殺すけど同時に蘇らせるって意味だよな?やっぱり変だ。

 「俺をどうしたいんだよ…」

 「…一度助けたその責任を…最後まで持ちたいだけです…」

 ギラギラした目で真顔になられると非常に恐ろしいんだけど、喋り口調が全く変わってないから、なんかちょっと安心して笑いそうになった。でも本気で笑うのは悪いから、だからもう黙っておく事にした。

 ルシファーが“黒き悪魔”と呼ばれるようになったのは俺が30回寝て起きてからだから、多分1ヶ月程の事だった。

 堕ちてから少しの間は一緒に過ごしていたんだけど、背中の羽が徐々に黒く変色し始めてからルシファーは時々何処かに出かけていくようになって、1人で樹海奥にある山頂に拠点を移していた。だから俺は追っ手の天使を追い払う為に空に近い山頂が最適な場所なんだろうな、なんて思ってたんだ。

 その考えが甘いと教えてくれたのは、西の方角からやって来た奪う者3人組だった。

 3人は俺に“黒き悪魔”は何処だ?と訊ねてきた。でも、俺はそんな単語を聞いた事もなかったから説明を求め、そして知った、ルシファーが狂ったように人間を殺しまわっている事を。奪う者に限らず、女や子供まで根絶やしにされた村が沢山あるのだと…。

 その話しが信じられなかった俺は、ルシファーの口から直接デタラメだって言葉が聞きたくて、3人を案内する形で山頂に行き、声をかけたんだ。

 「…俺に客、か」

 3人の奪う者を確認したルシファーは、まず俺を岩の陰に押しやろうとしてきたんだけど、その扱いに納得出来なくて掴みかかった。

 「どー言う事なんだよ!!何で人間を殺すんだ?何で村を滅ぼすんだ!!」

 そんな話しはデタラメですよ、なにを言ってるんですか?っていつもみたいに呆れた風に笑って欲しかった。なのにルシファーは困った風に溜息を吐いた後、

 「蘇るメカニズムを調べる為ですよ」

 と、何でも無さそうに淡々と説明したんだ。

 その言葉を聞いて、考えるよりも先に手が出た。

 俺の攻撃なんか目を閉じてたって避けられる筈なのに、ルシファーは俺に殴られ、静かに鎌を振り上げた。

 「貴方が嫌だと言うのなら、俺はもう奪う者しか殺しません」

 俺の目の前で鎌を構えているルシファーは、俺の意向に従う的な台詞を吐いた。なら今鎌の餌食になろうとしているのは俺の後ろにいる3人の奪う者だ。そうか、それで奪う者しか殺さないって言ったんだ。

 駄目だ、助けないと駄目だ。

 「殺すな!もう誰も殺すな!!」

 俺は叫びながらルシファーの腕にしがみ付き、奪う者3人はきっととんでもない相手に喧嘩を売っていた事に気付きでもしたんだろう、腰を抜かせ、何度も転びながら山を下っていった…。

 「貴方が…そう言うのなら…ただ、向かって来る奴は殺します」

 山頂は天使の目に触れやすいですから、そんな事を言ったルシファーは俺を抱きかかえて拠点にしている川近くまで送り届けてくれた。

 そこではポチ達が遊んでいて、ルシファーはそんなポチ達に手だけを上げて挨拶した後山頂に戻っていった。

 その後姿を見送りながら俺は自分がまだ信じられずにいたんだ…俺は確かにルシファーの暴走を止めたんだろう。けど、違うんだ…駄目だ、そう思ったのはあの奪う者3人が殺されると思ったからじゃなくて…そうじゃなくて、俺はルシファーがこれ以上罪を重ねるって事が嫌なだけだったんだ。

 そして俺は今、樹海の入り口から程近い場所に拠点を移している。理由なんか“黒き悪魔”討伐に来る人を追い返す為、以外のなにものでもない。

 俺は天使族から指名手配されているらしいけど、そんなの、これ以上ルシファーが罪を重ねる事に比べたらちっぽけな事柄だ。

 討伐に来る奪う者の身を案じてる訳じゃないって事実はいくら気に病んだって変わらないから、受け入れた。だから全力でルシファーだけを守ろうと思ってさ。

 討伐に来る奪う者を帰らせるのは一苦労だけど、丁度暇を持て余した生活を送ってたんだから苦にもならない。と、思う事にした。

 そして今日もルシファーを倒すと言う無謀な夢を持った奪う者達が樹海にやって来たんだけど、今日はかなりの団体さんだ。数を集めれば勝てると思って?いや、そんな感じではないな…装備品から見ても今までの奪う者とは比べ物にならない程立派だし、こんな人数が多いのに統一された鎧を着ている。奪う者で構成された軍隊か…。

 「我らはこの先にいる“黒き悪魔”討伐に来た。通せ」

 そう言って先頭を歩いていた女が魔石を翳し、俺は同じように魔石を掲げてからルシファーには勝てないと言う説明を出来るだけ詳しく時間をかけてした。

 多分でも、きっとでも、おそらくでもなく、絶対に太刀打ち出来ないと言う説明をしたんだ。

 「ならば何故お前は生きている?」

 全く引き下がらなかった女は、的確な質問を投げかけて来た。

 各地でルシファーに滅ぼされた村があると言うのに、俺だけが守られているなんて説明出来ない。しかも、その理由は“蘇るメカニズム”を知り、俺を殺した後で蘇らせるって目的の為だなんて言える筈がない。

 「我らは王の命によって討伐に来た。我らを止めるという事は謀反の罪に問われるが?」

 んなっ!

 王の軍隊が直々にルシファー討伐に?!それ程に罪を重ねたと言う事…なのか?もっと早くに俺がルシファーを止めていればこんな事にならなくて済んだかも知れない。いや、そもそもは俺のせいなんだ、俺が“蘇るメカニズム”を最初から知らないって言ってればそれで済んだ話なんだ…。

 女は項垂れてしまった俺の横を通り抜け、山頂に向かって進軍した。

 今は意気揚々としているが、女はきっと来なきゃ良かったって激しく後悔するだろう。そうなった時、ちゃんと逃がす事が俺の役目だと思うし、きっとルシファーを止められるのは俺だけだと思う。だから付いて歩いた。

 多くの部下を引き連れた女と共に山頂に着く頃、ルシファーはボンヤリと空を見上げていた。天使の追っ手を見張っている、とかそんな感じじゃなくて、多分暇だったんだろう。俺の言う事聞いてジッとしてくれてたんだな…だったら時々は遊びに来た方が良かったのかな?いやいや、俺には入り口で奪う者を追い返すって仕事があるだろ。遊んでどうする。

 声をかけるよりも早くにこっちを向いたルシファーは、自分を敵意剝き出しの顔で見ている大勢の奪う者を確認し、途端表情が豹変した。

 酷い殺気で気分が悪くなる、あまりもの恐ろしさに足が震えた。

 「多勢、しかし無勢だ。一気に…来い」

 向かってくる奴は殺す、そうルシファーは俺に言った。その言葉通り、なんの躊躇もなく鎌を振り上げて攻撃を繰り出したルシファーの足元には、魔石すら手にする暇もなく倒された奪う者達が人形のように転がっている。

 怖い、なに?あれは誰?駄目だ、これ以上罪を重ねるなって、そう思うのに足が震える。

 この現状に目を背けたいよ、周りが静かになるまで目を閉じて蹲ってたいよ。けど、それじゃ誰も助けられないじゃないか、がんばれ俺!少しでも、ほんの少しでもルシファーの罪を減らさなきゃならない!

 「ルシファー!もう止めろよ!!」

 俺は震える足でどうにか踏ん張り、怖さを誤魔化すために大声を張り上げ、ルシファーの目の前で腰を抜かしている兵士の前に立って庇った。

既に振り上げられていた鎌、ルシファーは慌てた様子で攻撃の手を止めたが、止まった鎌の先はほんの少し顔に当たって、俺の頬に一筋の血が流れた。

 「キリク…邪魔だ。退け」

 名前で呼ばれ、妙に突き放された感じがした。

 ルシファーは俺を貴方とか、そんな呼び方をしてて、名前を呼んだのなんて命を取りに来た初めだけだ。だから名前で呼ばれるとさ、仲良く過ごした時間を否定されたような…そんな気になる。

 だからってこのまま引く訳にもいかない。

 「頼むから、もう止めてくれ…こんな事して何になるってんだよ」

 ただの気紛れか何かで助けた俺のせいで堕ちてさ、もう天使に戻れないまでに悪行を重ねてさ、その理由が俺を蘇らせるため?頼むから、そんな事はもう止めてくれ。蘇った者には記憶がないんだぞ?恩人である筈のルシファーの事だって綺麗サッパリ忘れるんだ。そんな奴の為になんでルシファーがここまでしなきゃなんないんだよ。可笑しいだろ。

 鎌を持つ方の腕にしがみ付くと、困った風な表情を浮かべたルシファーは、目だけで女と、生き残った兵士達が逃げて行くのを確認したようだが、しがみ付いている俺を振り払おうとはしなかった。その代わりにポケットの中からポチ達の魔石を掴み取り、眼下に広がる樹海に放り投げていた。

 「あ~~~!!!」

 思わずルシファーから手を離して樹海を見下ろし、文句を言う為振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。きっとあの女を追いかけたんだろう…そして俺は少しだけ思った。今からルシファーを追いかけて女を助けるのか、それとも拾われて魔法石にされるかも知れないポチ達を見付けに行くのか。でも、その結論は自分でも考えられない程速攻出た。優先されたのは友の命だった。

 急いで山を下り、樹海の中で焦りながらポチ達の魔石を探す。山頂から放り投げられたのだから割れてしまったのではないか?既に魔法石の材料として持って行かれたのでは?そんな嫌な事ばかりが頭を過ぎった。

 「ポチ!!ピヨォ!!ペペェ~~~!!」

 お前らいつも勝手に魔石から出てただろ?返事ぐらいしろよ!!何処にいんだよ…出て来いよ!くそ…くそっ!

 ルシファー、もっと早くに気付けば良かった…俺、お前を魔石に封じる事にしたよ。返り討ちには合うんだろうけど、もうどーだって良い。元々ない命なんだから最後位デカイ事して散ってやる。

 決意を新たにした俺はポケットの中から手帳を出すと、そこに走り書くようにして奪う者について、魔石について、黒き悪魔についてを書き込んでいた。

 蘇るかどうかなんて分からないけど、記憶のない自分が少しでも役に立ててくれればいいと思って。

 手帳を雑にポケットに入れた俺は、ポチ達の捜索活動に戻った。

 しばらく探していると不意に何かの視線を上に感じた。一旦ポチ達の捜索を中断して見上げると、そこには酷く無表情なルシファーが飛んでいて、ゆっくりと降りて来ると少しだけ距離を開けた所に立った。

「元々は天使族だったアンタが何故今、黒き悪魔とか呼ばれてんの?」

 その理由は知ってるんだけど、直接聞いた事はないから、もしかしたら別の理由もあるんじゃないかなって…いや、封印すると決めた自分への言い訳を捜したいだけなのかも知れない…。

 「俺は…前長と天使を殺したんですよ…」

 お、長を?!それ…俺が切欠なんだよな?

 「なんでそこまでして俺に執着すんだよ!」

 俺なんかあの時スパッと斬れば良かったんだ!命乞いとか何もしなかっただろ?殺りやすかった筈だろ?なのに何で…。

 「そりゃ執着しますよ…貴方は俺の掛け替えのない……友人…ですから。蘇るメカニズムはまだ解明していませんが、ご安心ください。俺が、必ず蘇らせますから」

 少しだけ笑ってみせたルシファーはスグに表情を改めて鎌を構える。向かって来る敵は殺す、それには俺も含まれているようだ。

 いや、まぁ…封印しようとは結論付けてたし、実際今の疑問だって最後の締め括りに~的なテンションで言いましたよ?でも、マズイ…今、何の武器も持っていない上にポチ達もいない状況って事を思い出した。辛うじて封印用の魔石を1個持ってるんだけど、それだけでどう戦えと?いきなり魔石を付き付けて封じられるような相手じゃないってのは百も承知で…他に手がある訳じゃない。やるしかないんだけど、少し位は弱らせなきゃな…どうする?

 んん??弱らせる?なんで?

 王の軍隊が来たんだ、きっとルシファーの名は“黒き悪魔”としてかなり有名なんだろう、ならルシファー自身に恨みもない奪う者が、ただの力試しと向かって来るかも知れない。そんな奴らをいちいち倒してたらルシファーの悪行は果てしなく増えてしまう。それが嫌なんだ。

 あ、だったら魔石に封じて俺が隠し持ってれば良いんじゃない?

 そう思い立ったのがさっき。それで、なんで弱らせるって発想になるんだよ。戦うって事になんだよ。

 「なぁ…俺と契約しよ?蘇らせるとかって言っても違うだろ?俺、もっとルシファーと話したい。だから…」

 確かにルシファーは今日までに多くの罪を犯してきたかも知れない。多くの人、天使に恨まれているだろう。でも俺は、怖いなって思う時はあるけど、友達だって思ってる。ルシファーだってたった今俺を友人だと言ってくれたよな?

 「キリク、ルシファーとなら契約はいらないわよ」

 ペペの声がした。見ると樹海の奥から自分の魔石を自分で持ったペペが歩いて来てて、その後ろにはポチもいた。見上げるとピヨまでいる。

 俺が魔石を持ってないのに堂々と出て来れている3人は、やっぱり俺とは契約してないようだ。でも、ルシファーとも契約しなくて良いってどう言う意味なんだろ?

 契約がいらないって事は、普通に封印するみたいに突き付けて良い…のかな?いや、寧ろ契約ってどうすりゃ良いんだ?

 「…キリク、始めてください」

 そんな丁寧に頼まれても良く分からないんだけど…とりあえず魔石に封じれば良い…んだよな?多分…間違ってたらポチ達からの指摘があると期待して…始めるよ?

 魔石を突き付けると、ルシファーは始め不安そうな表情を浮かべていた。でも抵抗をする様子もなく、間もなく魔石の中に消えた。

 ドンッ

 この後どうしたら良いのかが分からなくて、ポチ達の方を振り返った所で突然右肩に激痛が走り、俺はルシファーの入った魔石を地に落とす羽目になっていた。

 自分の右肩を恐る恐る見ると、後ろ側から矛が深々と突き刺さっていて、矛の先は前方の方に突き出していた。

 「黒き悪魔を渡してもらおう!」

 遥か頭上で聞こえた声に見上げると天使が飛んでいて、俺の足元に転がる魔石を確認したんだろう、渡してもらおう、とか宣言したくせに自分で拾い上げて飛び去ろうとした。だから咄嗟に天使の足にしがみ付き足止めを図ったのだが、天使は俺ごと飛んで、更に高度を上げた。

 「右肩、痛いよねぇ?安心して、ここから落ちたら即死だろうから」

 何をどう安心すれば良いのか分からない台詞を吐いた天使。でも、俺をここから放り出そうとしているんだろうとは分かった。

 「キリク!」

 ピヨが追いかけて来るのが見える、それと同時に何人かの天使も見える。どうやら俺達の居所はとっくに天使にはバレていて、攻撃の機会を伺われていたんだろう。

 「ルシファー、動けるだろ?出てきて…」

 まだ封印したばかりのルシファーは、呼ばないと出て来れないようで、俺が声をかけると勢い良く飛び出してきた。そして天使をアッと言う間に仕留めたのだが、その天使の手からスルッと落ちたルシファーを封じていた魔石。途端ルシファーは魔石に吸い込まれるようにして俺の視界から消えた。

 急降下しているだろう俺の体、下に着地すると同時に即死なんだろうと考えるとやたら焦った。

 俺はこんな所で死ぬのか?折角ルシファーと友になれたって言うのに、まだ何も話してないのに…嫌だ、こんな運命なんか受け入れられない!こんな最後を迎える位ならあの時ルシファーの手で殺されている方がマシだった。

 これが…運命を捻じ曲げた事への罰だというのか?

 「ルシファー!!!」

 ゴッ!

 俺は体が引き千切られたような感覚と同時に鈍い音を聞いた気がした。

挿絵(By みてみん)

 目覚めると俺は1人だった。

 目覚めるとソコは樹海だった。

 目覚めると俺は白骨化していた。

 目覚めると俺の頭は醜く陥没していた。

 何故?何も分からない。

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