ディルク~フラケシュン~
人間と魔族と天使族。
魔族と天使族は人間を支配しようと攻撃し、降伏させようとしている。しかし俺達人間にだって意思がある。慕うべき王がいる。だからこれ以上好きにはさせない…その為に俺達奪う者がいるのだ。
魔石を使えば魔族が封印出来る。封印したモノから魔法石が出来る。魔法石は天使族を攻撃出来る唯一のモノ…そしてこの城では基本となる魔石が作られている。
俺は王に仕える兵の1人、奪う者だけで編成された部隊の一員だ。
王は俺達に重要な任務を与えた。“黒き悪魔”の討伐だ。“黒き悪魔”とは最近奪う者だけを殺し続けている最強最悪の魔物の事。しかしその任を聞いた時違和感を覚えた。王は奪う者ではない。だから奪う者だけを殺す“黒き悪魔”をわざわざ殺しに行くと言う意図が分からない。そして嫌な噂も聞こえて来る…王が不老不死を研究する為奪う者を実験台にしようとしている事…奪う者が時折蘇ると言う話は余りにも有名、だからそう言われれば十分にあり得る話しだ…。しかし王の命令ならば従うのが俺の役目だ。
“黒き悪魔”が現れたと言う報告を受けて現場に向かうと、そこでは1人の奪う者が息絶えていた。珍しい事にその奪う者は魔物で、胴を切り裂かれ出血死したようだった。が、もう近くに“黒き悪魔”の気配はなかった。一応この奪う者を報告の為に持ち帰ろうとした時、
「触るな!!」
そんな声が後ろから聞こえた。
振り返るとそこには1人の魔物がいて、俺に鋭い視線を向けていた。足元が透けている事から魔石に封じられた魔物のようだ。きっとこの遺体の仲間だったのだろう。
「お前が封じられている魔石は何処だ?開封してやろう」
本来魔石に封じられた魔物は魔法石の材料として持ち帰るのが普通だった。が、俺は何故かそうしたくはなかった。理由はどうあれ俺は自分の直感には従う事にしている。
「五月蝿い!サクリアは蘇る。俺はそれまで守ると約束したんだ!」
サクリア…この死体の名前か。しかし珍しい、ここまで信頼関係を築ける奪う者は少ないだろう…でもどうする?任務は“黒き悪魔”の討伐、奪う者の回収ではない。ならもう好きなようにさせてやろう。
「分かった、しかし分かっているだろうな?蘇った奪う者には生前の記憶が全くない。お前の事など覚えてはいないぞ?」
「そんなのどうだって良い。サクリアが蘇ればそれで良いんだ」
少しばかりの楽しかった思い出に浸り、蘇るかどうかも分からない主人を待つか…哀れな。封じられた魔物は老いない。そんな永遠とも呼べる時を、朽ちて行く主人を眺めて過ごすのもまた…。それを望むというなら、そうするが良い。
「行くぞ」
そして俺はその場に、魔物でありながら奪う者となった男の死体と、魔石に封じられた魔物を置いて去った。
「ディルク、ちょっと良いかな?」
その日の夕方、幼馴染で同じ兵士のエルナが珍しく俺を呼び出した。
エルナは奪う者ではないので詰所自体が別の建物にあり、会おうと言う明確な目的がない限り会う事は難しい。
「なんだ?」
いつまでも人の目を気にして辺りを警戒しているエルナを、使い古された防具の並ぶ倉庫内に引っ張り、念のために小声で尋ねる。
「あ、あのね…無理してないかなって思ってさ…」
「は?」
俺達奪う者隊は“黒き悪魔”の目撃情報に振り回され、ここ最近では移動位しかしていない。それを言うならば俺達が抜けた分の警備や賊の討伐を一般兵が全て行っているんだから、寧ろエルナの方が無理を強いられていると思うのだが。
「は?ってなにさ!人が折角心配してあげてるのに」
急になにを怒ってんだ?折角コソコソ隠れて喋ってるのに、そんな大声上げたらここまで来た意味がないだろ。
「俺は良いとして、お前はどうなんだよ」
「良くない!知ってるんでしょ?王が“黒き悪魔”討伐を命じた本当の理由…」
エルナは俺と視線を合わせないようにと俯き、小刻みに震える程強く拳を握っている。どうやらそんな事を伝えにわざわざ俺を呼び出したらしい。
「それ位は知ってる。でもな、実験材料になるつもりはない」
王が俺達に何を期待して“黒き悪魔”を倒せと命じたのか、その真意が実験材料集めの為に死ねと言う事だとしても、直接死ねと命じられた訳ではない。だったら“黒き悪魔”を倒して生き残るのみ。そもそも倒される事を目的とした兵などいない。敵に勝つ為、王の為にと日々鍛錬しているのだ。
「絶対に死なないって、約束だよ?」
何を縁起でもない事を言い出すんだ?腐っても幼馴染だろ。だったらもっと…いや、ガンバレ、よりも励みにはなったな。
「約束だ。今度、非番の時にでも1杯飲みに行こうか」
「それも約束ね。はい、指きり」
俺の前に右手小指を差し出したエルナは、いつまでも小指を出さない俺に痺れを切らした風に左手で俺の左手を持ち上げ、半場無理矢理に指切りをさせた。その強引な態度に少しばかりの仕返しをと小指に力を込める。
「いたたたた、痛いぃ~~~」
涙目になったエルナは、恨みを込めて叩いてくるが、俺はなぜかこのひと時がもう少し続けばいいと思っていた。
数日後、再び“黒き悪魔”の目撃情報が入り現場に向かう。が、やはり一足遅くそこにも奪う者の死体だけが残されていた。
「隊長、今回は奪う者の死体の回収も任務に入っております」
1人の部下が報告したが分かっていた。王の手口は…分かっている…集めた奪う者の死体から何かを知ろうとしている。実験の表立った目的は奪う者以外の者、即ち一般の人間にでも魔石を使えるようにする為。そして本当の狙いは不老不死…奪う者が蘇るメカニズムを紐解いて王は不老不死になろうとしている。それこそ俺達を“黒き悪魔”に倒させてまでもだ。
ついていけない、心底思う。でも口に出す事は出来ない、何故なら俺は王に仕える兵だからだ。
「だったら早く回収しろ。魔石も忘れずに持ち帰れ」
「はっ!」
王にとっての土産を持って城に戻った俺は、次の“黒き悪魔”出現の情報があるまでの休息に入った。
10人部屋の奥から2番目、2段ベッドの上が俺の場所だ。狭い空間に押し込められてはいるが個々の荷物など魔石位しかないので不自由はしていないし、全くプライバシーが守られていないが部屋にはただ眠るだけにしか戻らないので、これもまた不自由さは感じない。
「俺、最近のお前嫌い」
眠ろうとしていた俺に話しかけて来たのは、魔石からまた勝手に出てきた仲間のフウリだ。
「俺はただ命令に従っているだけだ」
「じゃぁ俺を殺せって王様が言ったらそーすんのかよ」
フウリはたまに有り得ない事を言って俺を試す癖がある。
よく考えてもみろ、もし本当に王がフウリを殺せと俺に言ったとして、お前は俺よりも強い。だろ?
「俺はフウリを殺さないし王もそんな事は命令しない」
「…そんなに王が大事なのか?頭イカレた、ただのオッサンじゃねーか。部下の命よりテメーが不老不死になりたいだけじゃん。ろくに政もしねーでさ、“黒き悪魔”が倒した奪う者の死体集めて何が楽しーんだっての!」
大声を上げて文句を言い始めたフウリの言葉を部屋にいた皆が黙って聞いていた。フウリの言葉は…今の俺達の心の叫びそのものだった。
「フウリ、言葉を慎め」
だからと言ってこんな事を王に聞かれでもしたら本当にフウリを殺せと命が下るだろう。そう言う人なのだ、王は。
「隊長!“黒き悪魔”が現れました!!城のスグ近くです!!」
報告を受けスグに現場に急行すると、そこには1人の魔物がいた。きっとコイツが“黒き悪魔”なのだろう。確かに“黒き悪魔”と称されるに相応しい黒い服装と長くて黒い髪なのだが、何よりこの凄まじい殺気。最強最悪の悪魔、確かにその通り名に相応しい…俺達全員でかかっても勝てるかどうか分からない。が、見逃してくれるような相手ではないだろう。
「…多勢に無勢…蘇ってみよ」
ゆっくりとした口調にもかかわらず流れるように素早い動き、無駄のない攻撃に俺達は成す術もなくただ呆然と立ち尽くす。いや、もしかしたらその攻撃する姿に見惚れているのかも知れない
「何ボーッとしてんだよ!」
また勝手に魔石から出て来たフウリが叫んだ。そうだ、何も成さねば負けるだけだ。精一杯の悪足掻きを!
「魔石を構えろ!奴を封じるぞ!!」
俺達は弱いかも知れない。が、全員が一斉に魔石を突き出せば…もしかしたら封じられる可能性だってある。もし封じるのが無理でもある程度の力を封じる事は可能な筈だ。そうなれば勝てる確立は大きく上がる。
既に生き残っている兵の数は半数近くにまで減っている。が、それでも10人はいるんだ。きっと勝てる。負ければただの実験材料だ!
全員が空の魔石を手に取り、一斉に奴目掛けて突き出すと、今まで流れるようだった奴の動きが完全に止まった。しかしまだ弱らせるまでには至っておらず、指揮をとった俺の方を睨み付けている。それに、感じられる殺気は始めの頃よりも増している気がした。
「…この程度か」
そう聞こえた刹那、奴は持っていた鎌を大きく振り回した。奴の周りを取り囲むようにして魔石を突き付けていた俺達は、それで全員が少なからずのダメージを食らった…中には近付き過ぎた為に胴を真っ二つに切り裂かれた部下もいる。
くそ…ここで終わるのか?こんな所で…こんな力の差、万が一にも勝てる可能性なんかない。俺達はここで死んで王が不老不死になる為の実験材料と化してしまうんだな…冗談じゃない!!そんな事の為に俺は奪う者になったんじゃない!
「フウリ、魔石の中に戻れ」
俺は傷の応急処置を施すよりも、“黒き悪魔”に最後の攻撃を仕掛ける事よりも、フウリの開封を優先させた。が、フウリは一向に魔石に戻ろうとはせずに“黒き悪魔”を睨み続けていた。
「何してんださっさと戻れ!!」
「…蘇ってみよ」
真後ろで声がした。
振り返る間もなく自分の身に何が起こったのかを悟る。背中に激しい痛みが走ったのと同時に腹部にも同じような痛みが走った。俺は後ろからあの鎌で突き刺されたのだろう。
「フ…ウリ…早く…」
口の中に血の味が広がって気分が悪い。
一気に鎌を引き抜かれたのだろう、支えを失った俺は立つ事すら出来ずにその場に崩れていた。
フウリは倒れ込んでしまった俺の傷の手当てを始めたようだった。
「頑張れ!絶対助かる!頑張れ!!」
目の前にいるフウリの声が遠くの方で聞こえて、いよいよ俺も死ぬんだな…手足の感覚すらもうないし、いよいよ…。嫌だ…ただの実験材料にされるなんて嫌だ…フウリはどうなる?魔石に封じられた魔物なんか魔法石の材料にされるに決まってる。
「…戻ってくれ…」
「五月蝿い!もう喋んな!!」
朦朧とする意識の向こう、白い服の研究員達が俺達を回収しに来るのが見えた。
「奪う者23名回収完了」
俺は…材料となる。フウリもまた魔法石の材料となるのだろう。ゴメン、俺が無力なばっかりに…ゴメンな…。
「あ、ガイコツン。目ぇ開けたぞ!」
「本当?蘇るのって時間関係ないんだねぇ」
目覚めると俺は半分腐った奴と骸骨の2人に担がれていた。が、何故今そんな状況になっているのかが全く分からない。それに俺の手足には無数の縫い跡があった。
俺は何だ?この半分腐った奴と骸骨の仲間なのか?でも全く覚えがないのはどうしてだ?俺は…魔物か?
「始めまして、俺はゾンビン。一応奪う者」
半分腐った奴が俺の視界に無理矢理入ってきて自己紹介した。でも奪う者とは?聞き覚えがあるのは何故だ?
「俺はガイコツン。魔石って言葉に聞き覚え、あるでしょ?」
骸骨もまた俺の視界に無理に入って来て言った。でもコイツの言う通り魔石と言う言葉に覚えがある。しかし何に使う物だったのか全く分からない。
「俺も…その奪う者とやらなのか?」
「うん。で、蘇ったんだ」
蘇った…と言う事は1度死んだのか?何故?何処で…誰に…。
「もうすぐ町が見えて来る。そこに俺達の本拠地があるから、詳しい話はそこに着いてからにしよう」
そう言った骸骨に連れられてやって来たのは悪趣味としか言いようのない屋敷だった。中には背に翼のある1人の男がいて、自分達は仲間なのだと始めに言った。
俺は1度死んで蘇ったらしい。そしてコイツらもそうだと言った。全員が魔石と言う言葉に覚えがあり、それが何なのか覚えていないと言った。そして生前の記憶がないのだと言った。俺と全く同じ境遇、1人でいるよりこの3人と一緒にいる方が情報も色々入って来るだろう。だから俺はここに留まる事にした。俺が一体何者なのか、そして何故蘇ったのか、その答えを見つけるために。