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寺の名前

作者: 石田徹男

 小林一郎は、小説を書いている。


 ごくまれに素晴らしいアイデアみたいなものがさっと頭をよぎることがある。すぐに幻のように消えてしまう。

 残念だし、もったいないので、昨日から創作ノートをつけ始めた。


 ノートはなるべく持ち歩くことにしよう、と、心に決めた先からとある場所に置き忘れた。

 ノートをあきらめた小林は喫煙室に入ってタバコを吸うことにした。悪いことに、ライターもどっかに置き忘れてきた。借りようにも小林のほかに人がいない。火をつけることが出来ない。ちょっと待ったがだれもこない。


 イライラしながらタバコ部屋を見回すと、ちょっと風変わりなマッチ箱が置いてある。

 どう奇妙かというと、なんか、でっかくて紫のカラーで不気味な存在感を放っているのである。


 マッチ箱の表面(裏面かも? どっちでもいいか)には、ある寺のネームと住所と電話番号がでかでかと印刷してある。その、どうでもいい情報に添えて、寺の家紋と徳川将軍家の葵の御紋が並べて印刷してある。


 一介の田舎寺ふぜいが何様のつもりになってんだろう。イラッとはしないが、生臭坊主の頭のテカリ具合が手に取るようではある。「こちらは先の副将軍・水戸光圀公におわすぞ、頭が高い、ひかえおろう」の葵の御紋マークと田舎寺の家紋が肩を並べているわけである。そうか、寺ってそういうシステムだったんだよな。江戸の昔からずっと。


 で、ひっくりかえすと、なんか相田みつををもっと説教くさくしたような、お言葉が一層でかでかと刷ってある。ひたすら感謝せよ、という主旨の。で、マッチをとって擦ろうとしたら、

 その箱の中から、小林のオジサン(名前はウィリアム)がボワッと飛び出してきたのである。


 「元気だったか、一郎」。オジサンは、よく通る声を出し、喫煙室のソファにどっかり腰を下ろす。頭にポマードをつけて、いつも通り身なりをきちんとしている。相変わらずおしゃれだ。


 オジサンは若い時、やんちゃばっかりしているヤクザもどきだった。女たらしで、悪いこといっぱい知っていて、話が面白くて。「女は埋めても埋めても、埋まらない穴持ってるからな、ヒヒヒ」なんてうそぶいていた。確か10年前に死んだはずだが―


 そして、どうでもいいような思い出をくどくどと話し続ける。小林はオジサンの話に耳を傾ける。熱心に相槌を打つ。オジサンはこの前も同じ話をしていた。だが、もしかしたら今回は違う話かもしれない。真実に迫る伏線が張り巡らりめぐらされてたりして、と淡い期待を持ちながら。


 オジサンの話は段々とクライマックスに近づいてきた。小林は、適当に考えたオチをぶち込むタイミングを計る。なぜ、オジサンがマッチ箱から飛び出したかって? それはマッチ箱の引き出した内側の容器のにおいが、オジサンのポマードのにおいにそっくりだったからだよ。


 どうだ、しょうもないだろう。 


 と、陳腐に見せて、使っていたのが「マッチ棒」ではなくて「村上春樹棒」だったんだよ、実は。春樹棒ってのはねえ…


 ってな意味ありげで、なさそに気分次第で延々と攻め続けるのである。小林は。中身ゼロなのに。


 小説書くの久しぶりだから。


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