飲地獄
現代ではない事だろうが、飲食物製造業界の皆様、味見をしてから販売してください。
いつも炭酸ジュースは、頭に悪いだの骨が溶けるだのと言って、全く炭酸ジュースを買う事のなかった父親が、その日は珍しく、ジュースをケース買いしてきた。
当時、私は小学生で、そのケース買いされてきたジュースを見て無邪気に喜んだ。
当時の価格は覚えていないが、そのジュースの値段は、はっきりと覚えている。1本10円で、1ケース24本入りだったので240円。メーカー希望小売り価格は、当時の他のジュースと同じにもかかわらず、そのジュースは1本10円という破格の値段で販売されていたのだ。
ここまでだと、消費期限や賞味期限が近かったのだろうと推察するであろう。しかしながらそれは間違いで、消費期限も賞味期限も、まだまだ先だったのだ。
父親は、掘り出し物を見付けたと両手を挙げて喜んでいたが、幸せな雰囲気と家庭風景はそこまでだった。
家族4人で楽しげに乾杯をして缶を開ける。ブシュウ! と炭酸ジュース独特の音が聞こえると、プルタブを一気に剥ぎ取り喉へ流し込む。
「…………」
「な、何……これ?」
味は格別だった。口の中に広がる炭酸の心地良さ。喉を通り過ぎるシュワシュワとした感覚。そして……今までに味わった事の無いその味。
ジュースに浮かれて、全く見ていなかった缶のラベルを確認する。そこに書かれていた商品名。
【芋ソーダ】
家族全員が固まっていた。あまりのマズさに固まっていた。味を表現するならば、サツマイモそのもの。焼き芋をミキサーにかけて、出てきた汁に炭酸水を足しました……的な……。
その硬直を打ち破ったのは、父親だった。その手に持った残りのジュースを、しかめっ面で一気に飲み干すと、「お前らの欲しがっていたジュースだぞ。後は全部飲んでいいからな」そう言って席を立つと、自分達の部屋へと消えていった。
子供心でその時思った事。
『こんなジュースいらないよぉ!!』
現在は、何処を探しても見つからない。何処に行っても、売っていない。話を聞いた人は皆、疑いの目で私を見るけれど、本当にあった【芋ソーダ】の話。
きっと安くなっていたのは、売れないから店舗内での処分品だったんだろうなぁ……。
飲ませてあげられるものなら、飲ませてあげたい。じゃないと、100%信じてなんてもらえないだろうし……。
いや、本当に格別にマズかったんだって!!






