私のカレシは音楽PD
2026年3月。小春日和。
私は東京の下町の商店街で小さな子供服のお店を経営している、芹川れいな。40歳。
独身・・・
親はいない。
10歳の時、両親が離婚してからアパレルと不動産を経営していた父親に、妹、弟と共に引き取られた。
妹は8歳、弟はまだ3歳だった。
父親は私が20歳の時に病気で他界。
さぞ可哀そうな生い立ち...と思われがちだが会社経営を一緒にやっていた父の弟と妹が
小さい頃からとてもかわいがってくれて、その会社の子供服部門を20歳の時から任されている。
勉強が好きだったわけではないので、地元の高校を卒業後、2年間は叔母が社長を務める衣料品店でバイトをしていた。
父親が亡くなったのをきっかけに、正社員として働く覚悟を決めた時に子供服部門を作ってもらった。
私の店は商店街の一角にある。
2階建ての建物の1階にあり、入り口には季節の花を植えた花壇を作ったり、ブルーベリーとミモザを植えてある。
店の壁はオフホワイト、入り口ドアは水色、窓枠はピンク、カーテンは黄色。ポップでカラフルな店構えを心がけて、不動産部門のインテリアコーディネーターと一緒に造りあげた。
2階は1月に不動産部門を訪ねて来た、京都出身の男性の弁護士さんに個人事務所として貸している。
こちらはとても事務的なクールでシンプルな内装にしてある。
佐々木先生と言うらしいが、事務所を引っ越して来た初日に簡単な挨拶をして以来、まだほとんど会ったこともなければ話をしたこともない。
私のお店では半年前から、あゆむ君と言う服飾の専門学校へ通う学生さんをバイトとして雇っている。
身長178センチ、やせ型、少し癖のある金髪。
若くて体力があるので、さすがに荷物運びなどの力仕事や高い場所の作業を任せやすい。
「あゆむんって呼んでください!」
採用を決めた時に電話越しに言われた。
(まったく・・・最近の若い子は。距離感が分からないのかな。)
しかし彼は初日から本当によく働いてくれている。
服飾の知識も豊富なので商品説明が上手な上に、店内のディスプレイのセンスもいいのだ。
今では、彼目当ての若いお母さんの常連さんもいるくらいだ。
お客様も最近はみんな
「あゆむん」
と呼んでくださっている。
今までは店の閉店時刻を17時にしていたが、彼が学校終わりに働きに来てくれて19時ぐらいまで働いてくれ、閉店作業までしてくれるようになり、私一人でやっていた頃よりも売り上げが上がった。
ずっとこんな平穏な日々が続いてくれるといいな・・・
[ある日の橋口家]
橋口一家は、私が23歳の時にこの商店街の一角のマンションに引っ越してきた。
ご主人のジンさん。ボイストレーニングの先生と、古武術の師範で両方の仕事をしている。
奥様の静香さん、しーちゃんと呼んでいる。
週2のスーパーのバイトに出ている、お料理が上手な綺麗なかた。
ジンさんは職業柄、顔が広くて人の面倒見が良い。
橋口家には、よくジンさんの後輩や生徒さんが集まっていて、食事を出してあげたりたまに酔っぱらって終電を逃した人のために泊めてあげたりもしている。
橋口家には、来客用の寝室がこじんまりではあるけれど用意されている。
私も何度がしーちゃんに甘えて、泊めさせてもらったことがある。
元カレと別れて、一人でマンションに帰りたく無かった日・・・
仕事でトラブルが起きて、自分の責任だけでは収まらず、しんどくなった日・・・
私よりも10歳年上のこの夫妻はいつでも、弱った私を受け入れていれた。
[1年前・・・]
当時、バンドでボーカルをしていた当時の彼氏と、行き詰った関係が続いていた。
出会いは2年前。
地元の友人、真由ちゃんに誘われて、地元のライブハウスへロックバンドのライブを観に行った。
ライブが終わって真由ちゃんとドリンクを飲みながら今日のライブの感想を談笑していたところ、彼が現れた。
「今日は誰目当てで来たの?名前なんて言うの?」
ライブに行き慣れている真由ちゃんは答えた。
「今日はセブンのリョウ君に誘われて来ました~。真由と、れいなでーす!」
「え、そうなの。うちのライブ観に来たんじゃなかったんだねー、でも二人ともかわいいね。これ俺のSNS。良かったら今、フォローして。ね、れいなちゃんも!」
彼の名前はNEONと言うバンドのボーカルのシンジと言うらしい。
スマホの画面を突き出されると断ることはできない。
「は~い、フォローしておきますね」
真由ちゃんはライブの雰囲気に慣れているので、そつなく対応した。
彼は私より8歳年上の当時46歳だった。
年齢よりもとても若く見えたけど、彼の表情や声、しぐさには大人の色気が漂っていた。
肩下のサラサラなセミロングの黒髪。
バンドのジャンルはジャズロック。
5人編成、ボーカル、ギター、キーボード、ドラム。あと少し変わっていると言えば、ベースが大きなウッドベースな事だ。
ライブを観た限りでは全員の技術は高かった。
後から彼に聞いたところによると、それぞれが音楽教室の講師をしていたりプロのサポートミュージシャンとしても活躍するなど、本格的に音楽に携わっているらしい。
ボーカルの彼だけは、ずっとバンドマン一筋で10代の後半からアマチュアとして渡り歩いてきたらしい。
作詞はすべてシンジ。
シンジの歌詞には色気とダメな女と男のドロドロしたストーリーが混在している。
現実から遠い物語なのに、聴けば聴くほど不思議と引き込まれる世界観だった。
かすれたハスキーボイスが体に吸い込まれていく感覚をおぼえた。
それからはSNSで連絡を取り合うようになり、一人でライブに何度か通った。
そのたびに彼は私を見つけてくれて、お店にも遊びに来てくれて休みを合わせて会うようになった。
彼から
「付き合おう」
と言ってもらって、しばらくは浮かれていて幸せな日々だったのだが・・・。
シンジに会えるのはたいてい仕事が終わって夕方から。
実家が経営するコンビニの仕事が休みのは、バイク仲間と出かけたりバイクや車をいじっているらしい。
昼間にデートをしたことがほとんど無いまま交際は終了を迎える。
そう、浮気をされていたのだ。
浮気と言うより、他にも何人か彼女がいて、私はそのうちの一人だったのだ。
38歳から39歳の大切な時間を振り回された・・・
シンジのためにライブにも行けるだけ通った。
そう言えば「常連」と言われる若い女の子が何人かいた。
きっと彼女達もシンジの彼女だったのだ!!
彼は悪びれる事が全く無かった。
「悔しい!悲しい!騙された~!」
だけどシンジは凄く魅力的な男性だったと思う。
今まで付き合った人の中で1番ハマってしまったので仕方ない・・・。
[ある日の橋口家]
「もうやだ!もう誰とも付き合わないからねっ!」
私はとてもふてくされた態度だった。
「まぁ、今はそうかもなー、でもそう言うなよ。なぁ?」
「うん・・・でもハマちゃったんだね。モテるって言うか勘違い男じゃない。もっと良い男は世の中にまだまだいると思うから、諦めちゃダメよ!」
奥さんのしーちゃんが励ましてくれる。
「そう言えば、来週うちに音楽仲間が集まるけど来る?。」
「また音楽関係?ん~・・・せっかくだもんね。あんまり期待せずにとりあえず来てみる~」
[1週間後]
仕事中にバイトのあゆむんから
「な~んか、いいことありましたー?楽しそうですね~?」
と言われた。
「そうかな?ははは・・・」
ごまかしきれない。
今日は橋口家で、ジンさんの友人達と鍋パーティーだ。
私の場合、男性に会うと言えば店であゆむんに会うくらいだ。
20歳も年下のかわいい男性、全然恋愛対象にはならない。(苦笑)
ピンポーン
橋口家到着
「入っておいで~!もうみんな待ってるよ!」
「こんばんは・・・」
緊張してリビングに入る。
キッチンでは、しーちゃんが鍋の下準備をしてくれていた。
「こんばんは」
「はじめまして」
口々に挨拶をする。
ジンさんが1番かっこよさそうな人の隣に促してくれる。
ソファーに座っている大柄の人は、加門さん。
私の隣でカーペットに座布団を用意してもらって、ニコニコしている男性がケンジさん。
みんなからは「ケンさん」と呼ばれていた。
「飲み物たくさん持ってきたよ。お酒、飲む?」
ケンさんに、にっこりと穏やかに聞かれた。
「あ、いえ、お酒は飲めない体質なんです。すみません」
ケンさんは私が指定したオレンジジュースのペットボトルを優しく渡してくれた。
(身長は低そうなのがちょっと残念だけど、細身の筋肉質なのはタイプだな。顔立ちはハッキリしていてカワイイ系。何歳なんだろう。この人が、しーちゃんが言ってた「もっと良い男」なんだろうか。笑顔が素敵だなぁ、こっちまでつられちゃうな。)
橋口夫妻、加門さん、ケンさん、私で鍋を食べながら色々な話をした。
加門さんが話を面白くしてくれて、それにケンさんがのっていく。
ジンさんと3人で時折まじめに音楽やボイストレーニングの話をしている。
「あ、ごめんね。3人揃うとつい仕事の話になっちゃうねぇ。つまんなかったねー。ごめん」
ケンさんが気を遣ってくれる。
「いえ。知らない業界のお話、凄く面白いです。夢のような世界っていうか。やっぱり好きな事をお仕事にされているとお若く見えますね。」
ケンさんはニコっとして答えた。
「好きな事を仕事に出来る人って本当に奇跡なんだよね。趣味までにしか出来ない人が大半だもんなぁ。だかられいなちゃんも好きな事を仕事に出来てて幸せ者だと思うよ。」
(私は今の仕事に不満は無い。だけど本当に好きな事だったっけ・・・親の敷いたレールを歩いてきただけだ。よく分からない。)
「私、何も考えずに今の仕事をやってきました。好きか、得意かも分かりません・・・」
「いいんだよ、それで。続いてるって事が凄いじゃん!」
その夜、23時まで橋口家でケンさんと話をして、その間彼はずっとニコニコしてくれていた。
我が家までは自転車で3分、無事帰宅。
加門さんとケンさんは橋口家に泊まって、お酒を飲みながらまだまだ仕事の話を続けていたらしい。
[2度目の再会]
ジンさんから電話。
「今度、加門とケンさんと俺でライブやる事になったから、良かったら観においで。」
当日、真由ちゃんを誘ってしーちゃんと合流。
ステージでの3人はこの前と同じように、ポジティブでノリノリでとても輝いていた。
ジャンルはファンクにラップなどを織り交ぜたもの。
メインボーカルとラップはケンさんが担当。
3人のハーモーニーに感激した。
大人の余裕を感じる。
ケンさんはステージでも、この前と同じようにニコニコだった。
ライブ終わり。
楽屋に招待された。
「おつかれさん。さぁ、打ち上げ行こうか!」
加門さんとジンさんが近所の居酒屋へ向かおうと帰り支度をする。
真由ちゃんは明日も仕事があると言って帰った。
ケンさんが
「れいなちゃん、大丈夫?来れる?無理しなくてもいいよ。来てくれたら本当に嬉しいけどなぁ・・・。来て欲しいな!ダメですか?」
大きな瞳の笑顔に一発でやられた私・・・。
「えーっと。しーちゃんも行くし、大丈夫です。行きます!」
打ち上げ会場、居酒屋。
地元のこじんまりとしたお店。
丸テーブルを囲んで橋口夫妻、加門さん、ケンさん、そして私。
乾杯をして、それぞれが今日のライブの感想を述べる。
音楽の話になると真剣な眼差しになる男性3人。
会話が落ち着いたところで、ケンさんから話しかける。
「今日どうだった?疲れた?」
「みんな歌が上手で。びっくりしました。楽しかったです。刺激的な1日だったので、今日はぐっすり寝れそうです。」
「あ~、良かった、うん。俺達やっぱり音楽で繋がってきた3人だからね。努力もして来たし、最高のライブをお見せしたいって言う気持ちだけは、全員若いころから変わらないんだ。」
また、ニコニコしている。
「すごい・・・。プロ意識、ですねぇ」
「またライブの時は来てもらいたいなぁ、結構ね、ステージから見えるんだよ、お客さん一人一人の顔が。今日、れいなちゃんを見つけた時に目が何回か合ったと思うんだよねぇ。」
「あ、やっぱり目が合ってましたか?笑ってくれた気がしました!」
「俺のほう見てくれてたんだと思って、嬉しかったな~。ライブの告知とかラインしてもいい?交換しない?」
今までで最高にニッコニコのケンさん。
大きな瞳が半分になってる。そういえば、唇も厚めで魅力的だなぁ。
ぼーっと考えながらラインを交換した。
「俺、夜型人間でさぁ。あんまり睡眠とれてないんだ。たまに夜ラインしてもいい?れいなちゃんとラインしてたら癒されそうだから。あ、ごめん変な意味じゃないからね!」
ケンさんの顔が赤くなった、恥ずかしそうだった。
「いいですよ~。私、毎日してもいいですか?ふふ」
「うん、うん!俺もする!」
二人きりの世界に入ってやり取りをしてしまった。
加門さんから
「二人でいい雰囲気になりやがって~(笑)」
と冷やかされる。
それから1時間ほど、打ち上げが終了するまでケンさんと私は2人きりで話が盛り上がった。
帰りは橋口夫妻と同じ方向なので一緒に帰ろうとしたのだが
「たまには夫婦で夜の街を楽しむわ、ケンさん、れいなの事を送ってあげてね。」
と、しーちゃんに言われてしまった。
反対方向の加門さんは最終電車に乗るためにホームへ向かった。
「俺んち、ジン君ちからチャリで10分くらいなんだ。れいなちゃんち、ジン君ちから近いって聞いて。今夜はタクシーで帰ろう。れいなちゃんちに着いたら歩いて帰るから。」
タクシーの中。ゆらゆらと体が揺れてライブの余韻に浸る。
眠たい・・・二人ともしばらく黙っている。
「じゃあ、また!連絡するよ。」
「今日はタクシー代まで出していただいて・・・。本当にありがとうございます。」
「うん、おやすみ。」
叔父が所有する築浅低層マンションに、妹家族、弟家族が別のフロアに住んでいて、私は独身なのでこじんまりとした2LDKに住んでいる。
都内独身女性にしては十分過ぎる。
ピコン
コンビニに寄って部屋に戻ったらメッセージが入ってきた。
「走って帰ってきた!おかげで酔いが覚めたよ。今夜はお疲れ。ゆっくり休んでね。(ニコニコマーク」
「お帰りなさい。早かったですね。今夜は眠れそうですか?おやすみなさい。」
「れいなちゃんとラインしたら嬉しくて眠れないかも!!」
[それから]
1週間、朝昼夜とお互いラインでやり取りをしていた。
店では、バイトのあゆむんに
「なぁんか、怪しいっす。スマホ気にしすぎでしょう。」
「違うよー、今〇〇衣料の営業さんに在庫確認してもらってるから。返事を待ってるだけだよ。常連さんが欲しがってた商品だから・・・。」
「最近、楽しそうっすね、オーナー。じゃ、上がってくださいね。18時になりましたよ。」
「今日はもうちょっと商品出ししていこうかな。」
「え、珍しいですね。どうしたんすか。」
最近、仕事にハリが出てきた。
ピコン
「急なんだけど、夜ご飯に行かない?今日が無理ならまた今度で!」
ケンさんからだ。
「悪い、あゆむん。やっぱり帰ります!あとは任せたよ。」
「ふ~ん、やっぱりそう言う事っすね、はいはい。」
「品出しは明日の午前中にするから置いといて。ゆっくりしてていいから。」
一人になったあゆむんがつぶやく。
「彼氏が出来た以外にないだろ、この態度。めっちゃ分かりやすー(笑)」
一度帰宅してから、シャワーを浴びてメイクを直す。
約束の時間まであと30分。
ライブの日に送って貰ったので場所は分かっていて、今日はチャリで来ると言っていた。
この前、ジンさんちで愛車の話もしていたのを聞いていた。
「うちのマンションは来客用の駐車場もあるので車でもいいですよ」
とラインしたのだが体を動かすのが好きなタイプらしい。
ピンポーン
部屋のチャイムが鳴った。
住宅地を抜けたらすぐに商店街に入る。
食べたいものを聞かれて、イタリアンのお店に入った。
ケンさんの好きな食べ物は和食とコーヒーと言うことが分かった。
次は和食系の居酒屋に行きましょう、と提案。
コーヒーも本格的なお店がこの商店街にはいくつかある。
ケンさんの住んでいる町はこの町よりも大きいので、こちらにはほとんど来たことが無いと言う。
「この商店街、居心地いいなぁ。気に入ったよー。コーヒーも旨い。」
食事を終えて、次に入ったカフェでのんびりしている。
ケンさんの仕事の話になる。
「自分でも歌うんだけど、普段はね、音楽プロデューサーって言うの。自分で言うのも恥ずかしいんだけどさ、作詞作曲、音作り。そう言うのやっててね。この子達知ってる?」
スマホの画面にある男性ダンスアイドルグループの画像。
「えーーー!?知ってます!このグループの曲ってケンさんが作ってたの?」
「あ~、初めてため口になった(笑)そんなにビックリした?」
「するする!だってこのグループ、姪っ子が大好きなんですよ。あ、妹の娘、中三です」
この時から、ため口で話そうって言ってくれてた。
帰り道。
「もう、本当びっくりした~。このこと、姪っ子に話しても大丈夫?」
「メンバーに合わせて、とかは無理だけど。サインなら貰えるかもだよ。」
「そんなのいいよー、ただプロデューサーが知り合いなのを自慢したいの。」
「なんだよ、それーー(笑)」
ふいに優しく頭をなでられた。
その手が降ろされた時、私の手にそっと当たった。
勘違いじゃなかった!
手が、しっかりと握られた。
ドキドキする。
ケンさんのほうをもう向けない。
ケンさんもこっちを見てないみたい。
お互いの手にじんわり汗を感じる、熱い・・・。
「嫌じゃない・・・?」
小声で言われた。
「うん、嬉しい」
恋人繋ぎに変えられた・・・。
「あぁ、良かった。でも、もしかしてこのグループの関係者だから、良いって思ってくれてる?」
「あ、それは尊敬はしてるけど、関係ないよ。一緒にいて安心する。」
ケンさんの顔を見ると真っ赤になっていた。
鍋パーティーの日にほろ酔いになった勢いで話してたけど、あんまり恋愛は器用じゃないそうだ。
30代半ばの頃、6年付き合った20代後半の彼女に結婚を申し込もうとしたところ、あっさり浮気されていた事を伝えられ、一方的に別れを告げられたそう。
それがトラウマになり恋愛を10年以上していないと言う。
今47歳。
そのおかげでずっと仕事に熱中してきたらしい。
[それから]
仕事は毎日18時に店をあとにする。
もちろん、バイトのあゆむんに締め作業を任せて。
あれから毎日のように、夕方は近所の川沿いをケンさんと散歩していた。
2週間くらい経った。
毎日もちろんラインをやり取りしている。
休日にはケンさんの都合に合わせて、ランチやお茶、たまに夕食に出かけたりしていた。
「今夜、これから用事ある?疲れてなかったらちょっとだけ良いお店、あるんだ。うちの近くに!
そこに連れて行ってあげたいなぁ?と思ってるんだけど。無理なら別の日でいいよ。」
いつものニコニコ笑顔でケンさんが言う。
「大丈夫、疲れてないよ。そのお店、連れて行ってほしい。ケンさんが知ってる場所、もっと知りたいな。」
その瞬間、ケンさんの大きな瞳が笑顔で半分くらいになった。
「よっし!」
そこは、半個室の和食居酒屋だった。
部屋数はわりと多いものの、仕切りがあるのでお互いの声はとても鮮明に聞こえる。
「好きなもの、あるかな?なんでも食べて~。俺はサラダと豆腐と枝豆で焼酎飲める!」
ケンさんは夜は粗食だ。
今夜は特別ご機嫌に見えた。
チーズ入りの卵焼き、軟骨のから揚げ、刺身盛りはケンさんと一緒につまむことにして注文した。
「れいなと知り合ってから、本当に毎日楽しくって。仕事もはかどっちゃうしさ、曲もバンバン作れる!
一緒に居る時間があるからこそ、がんばれるんだ。」
「うん、それは私も一緒」
「俺さぁ、好きだよ、れいなのこと。だから、付き合ってください!」
ナチュラル過ぎる流れに、(え、今!?)
と度肝を抜かれた。
いつかは言われるかな~、と期待はしていた。
もし言ってもらえないなら、自分から言おうとさえ思っていた事だった。
「ありがとう。嬉しい・・・よろしくね!」
「あーーー、良かったぁぁ。ここで断られたらどうしようって思ってた!一人で泣きながら帰る事になったらどうしようかと思っちゃったなぁ!!ははは。」
半分泣きそうになりながら、大笑いしているケンさん。
「ケンさん、手を出して。」
「えっ、なに?」
「いいからっ。」
出された手を握ってあげた。
ケンさんは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに見えた。
沈黙のあと。
私の手の甲に、優しくキスをしてくれた。
「ボチボチ行こうなー。」
ケンさんらしい、優しい言葉。
「今夜、うちに来る?」
聞いた途端、ケンさんの顔が真っ赤になったのを見逃さなかった。
お酒のせいではない。
二人でのんびり商店街を歩きながら帰宅・・・。
お互いの手は恋人繋ぎでしっかりと握られている。
体をピッタリと寄せてみた。
道すがら、この本屋さんは小さいけど色々なジャンルの小説を揃えている、とか
この雑貨屋さんのオーナーはセンスが良いとか、このケーキ屋さんは人気店で昼にはもう
完売している。
など話ながらうちに着いた。
「おじゃまします・・・。女の子の部屋に来るのなんてほんと久しぶり過ぎて・・・。って言うか部屋広いし部屋数多いな!そのわりに物が少ない!」
「そうなの。私、ミニマリストってやつでして。」
「俺の部屋は物で溢れて片付いても無いから。恥ずかしくて呼べないな・・・!」
二人でソファーに腰を下ろす。
「コーヒーがいい?それとも違うものにする?」
「そうだね、歩いて暑くなったから、冷たいお茶とかがいいなぁ。」
二人で冷えた麦茶を飲む。
穏やかな時間が過ぎていく。
「れいな?」あケンさんの手が私の手の甲の上に重なってきた。
ぎゅっとされるとドキドキする。
「ゆっくり行きたいんだけどさ。俺も男だから、理性が利かない時もあるんだ。でも今日は本当にその・・・我慢するからね。だからさ、そのためにも。そろそろ帰ろうかなぁって思うんだけど。」
「そっか。うんうん、いいよ。今日は刺激的な1日でした。お互い明日も仕事だし、ゆっくり休もう。」
ピコン
ケンさんのラインが鳴る。
そこには
「お疲れ様です。明日は〇〇(音楽雑誌)のインタビューですので、朝早いですが8時にお迎えに上がります。遅刻しないように準備をお願いします。」
とある。
「あぁ、明日いつもより早いんだった・・・。ほんとに帰らないとな。」
玄関でどちらかともなく軽くキスを交わした。
「おやすみ。早く寝るんだよ。」
「うん、気を付けて帰ってね。」
23時になろうとしていた。
それから少しして私達は体も繋がることが出来て、アツアツカップルと言う言葉通りの生活を送っていた。
何もかもが順調に感じる、順風満帆な日々だった。
[しばらくして、ある日の橋口家]
「ねぇ!ケンさんのマネージャーの園田シオってどんな人なのっ!?かなりケンさんと親密そうなんだけど!!ケンさん信じらんない!」
先日、ケンさんから
「音楽仲間と飲みに出かける。」
と言う連絡を受けたあと、加門さんがジンさんちで家飲みをしている事をしーちゃんから聞いた。
「じゃあ、あいつは一体誰と飲みに行ってんだ?交友関係多いとは言え、俺らにも名前を言わないなんてちょっと今まで無かったよな。」
その日の夜、園田シオのSNSに
「お誕生日をお祝いしてもらいました。(感涙)ありがとうございました。」
と言うコメントと共に、向かい側にケンさんのTシャツが写っていた。
それを見つけた加門さんは絶句して固まり、すぐに私にバレた。
投稿された次の日
ピコン
「おはよう。昨日は帰りが遅くなってごめんね。もう寝てたよな?」
ケンさんからのライン、返事もしたくないところだが・・・
「誰とどこにいたの?」
「ごめん、実はマネージャーさんの誕生日で。アシスタント君と3人で軽くお祝いしてた。
夜しか時間作れなくて。でも誤解されるような関係じゃないからね、絶対に!」
「分かった。じゃ、出勤の支度します。」
その日は、お昼ご飯食べるよ、のラインも、夕方仕事が一区切りついたよ、のラインも無視した。
全スルー。その様子を見ていた、あゆむん。
(機嫌わりぃな・・・。今日は無駄話はやめておくか。)
「ねぇ、あゆむん。今日18時に店閉めて、たまには夜ご飯でも行かない?もちろんおごるから。食べたいもの、何でもいいよ?」
「そんなん初めてじゃないっすか。肉、食いたいっす!あざっす!」
ケンさんに連絡しないまま、夕方あゆむんと商店街のステーキ屋さんへ入った。
「何か嫌な事でもあったんすか?」
「分かる?何で男の人ってすぐ浮気するのー?」
「浮気されたんすか?あのケンさんに!?」
ケンさんは何度か仕事終わりにお店に迎えに来てくれるようになり、あゆむんとも顔馴染みになっていた。
「あんな善良そうな顔して。やっぱ音楽プロデューサーってイメージ通り、えぐいっすね。いい歳した男が最低じゃん。俺は浮気ってした事ないっすよ!Z世代は基本、そう言うリスキーな事はしないんす。」
「まだ真相が分からないんだけどね。」
なぜだか今日は、あゆむんに話を聞いてほしかった。
詳細を伝えたところ
「誤解を招くような行動がそもそもありえない。」
と言う回答だった。
今夜はステーキを頬張るあゆむんがキラキラした青年に見える。
ケンさんから2回ほど着信があったが、あゆむんとの食事を楽しんだ。
実は来年の彼の専門学校卒業と同時に、正社員としてうちの会社の本社へ招き入れたいと考えている私なのだ。
そこには紳士服部門があってセミオーダーのスーツも造れる。
彼の能力を子供服よりも存分に活かせると思うのだ。
その話も追々していかなければ。
[次の日]
ピコン
「お、は、よ、う。なんで無視するの?怒ってる?ちゃんと会って話がしたい。」
「しばらく仕事が忙しいの。来年度の採用の人事もあって。」
「いつなら時間取ってくれる?」
「今週いっぱいは無理かな。」
1週間、何度もジンさんちへ入り浸り、推理合戦をみんなで続けたが
「直接会って確かめるしかない。」
と言う、加門さんの一言でそうする決意を固めた。
人事で忙しいのは嘘だった、ただ、あゆむんだけはうちの会社で絶対取りたい人材であるには変わらない。
暫くケンさんの着信は出ず、ラインは既読だけにした。
「既読ついてるね。見てくれてるなら、いいよ。」
ケンさんはほとほと困り果てていた。
次の週になると、結構元気になった。
「おはよう、忙しくて疲れてて返事できなかったよ、ごめん。今週会いたいな。」
[商店街のこじんまりとした珈琲店にて]
待ち合わせ時間より早めに着いた。
時間になるとケンさんが入店してきた。
そこには、なんと・・・
園田シオも一緒だった。
細身で高身長、ライトグレーのパンツスーツ。
小柄で自分で言うのもアレだけど、胸はあるし、キュートなタイプの私とは全然正反対な女性。
「れいな。仕事お疲れ様。来てくれて良かった・・・。こちら、知ってると思うけどマネージャーの園田さん。」
「はじめまして。園田です。この度は、本当にごめんなさい!
誤解を招くような行動を取ってしまいました!申し訳ありません。
ケンさんからは、素敵な・・・とてもかわいらしい彼女が出来たんだ、って聞いていました。
お互いのお祝いと言うことで、つい誕生日に3人でちょっと飲みに出かけてしまったんです。
れいなさんもお誘いすれば何もこんな事にならなかったんですよね。反省しています。」
深々とお辞儀したまま頭が上がってこない。
「わ、分かりました。私も話を聞かずに大人げなかったです。」
「園田さんは、20年間俺のマネージャーしてくれてるんだ。
そんで、その間に大病をされて。
色々大変な決断をされてきてる。
それでも俺の仕事のバックアップはずっとしてきてくれたんだよ。」
「私、結婚はおろか、たぶん恋愛もこれからしないし、出来ないと自分で決めてるんですよね。病気をしてから余計仕事命になちゃって。子供を産めない体なんです。って言うか年齢的にもう無理ですしね。ケンさんと同い年!47歳なんですよ。今はケンさんよりも若いミュージシャンのマネージャー業務で忙しいんです。正直、ケンさんはほっといても自分でお仕事出来るかたですしね。サポート役って感じですよ。」
(なんて素直で誠実な女性なんだろう・・・)
ボーっとしていたところ、
「やっぱりれいなさんって、話を聞いていた通り、かわいくて素敵~!癒し系だなぁ。オシャレだし。ケンさんの事、幸せにしてあげてください!私が言う事じゃないか。あはは。でも。本当によろしくお願いします!」
また深々と頭を下げられた。
店を出てシオはタクシーで帰って行った。
「誤解とけた?」
「うん。ごめんね、なんか頑固だったよね、私」
「そうだな。無視されるの凄いきつかった!手、繋いでくれる?」
「腕組もう?」
私は自分の胸をわざとケンさんの腕にぎゅうっと押し付けて腕を組んだ。
「今日は泊まりたいから、このままれいなんち行く!ずっと我慢してたんだからな~!」
ドラッグストアで下着と避妊具を購入してわが家へ。
情熱的な一夜が明けて、
「おはよ・・・ん~」
ベッドの中でケンさんが私の唇に自分の唇を何度も押し当ててくる。
幸せなんだけど、たまにちょっと重たい。
私は40歳、ケンさんは47歳、始めに話し合ってきちんと避妊をする約束にしている。
今まで守ってきている。
「なー、れいな。やっぱりちょっと赤ちゃん欲しいなって俺たまに思っちゃうんだよな。男なのに変かな。」
「変じゃないよ。私もケンさんの赤ちゃん、欲しかったな。あと10年か20年若かったら、の話だけど。」
「うん。分かってるんだ。頭では理解してる。だけど、昨日も避妊具外したい衝動にかられた。」
「ケンさん、オスだね。正真正銘の(笑)」
「そうだな。今更だよなー・・・。もっと早く出会いたかったなぁ。」
「若い頃に出会ってたら、お互い好きになってないかも知れないよ(笑)」
その時、シンジの存在を思い出した。
シンジ以上の男はいない。
ケンさんでも、だ。
自分の事を不純な女だなと思った。
[朝の店先]
ブルーベリーの苗と花壇の花に水をやっていた。
「おはようございます。」
ふいに声をかけられて振り向く。
「あ。佐々木先生。おはようございます。」
「心地良い天気ですね。秋晴れ。いつも丁寧にお世話をされているんですね。」
「ほんと。良いお天気ですよね。あ、事務所に花瓶置かれませんか?ここのお花。」
「あー、せっかくなんですが、うち花瓶も無いような殺風景な事務所でして・・・。」
「いえ、花瓶は店にありますので!迷惑じゃなければで。」
「ありがとうございます。いやぁ、華やかになるだろうなぁ・・・。」
「後でお持ちします。」
佐々木先生は細身で高身長、はっきりとした顔立ち。
ケンさんとはちょっと系統の違う顔の濃さがある。
時折、黒のクラウンで外出しているのを見かける。
不動産部門のパートのおばちゃん曰く、バツイチで独身らしい。
おばちゃんは、そう言う事をサラっと聞ける才能が凄い。
建物横のチャイムを鳴らす。
弁護士事務所は普段外階段のドアも施錠してある。
「あ、どうぞー。」
鍵が自動で開く。
階段を昇った先に事務所の受付があり、いかにも賢そうな美人な若い職員さんが窓口にいた。
「入っていただいて~。」
中から佐々木先生の声が聞こえる。
「どうぞ、こちらからお入りください。」
事務所には勝手に入れないシステムで、胸元まであるガードの操作を職員さんが解除してくれた。
「あ。どうも。お忙しいのにわざわざすみません。」
「いえ、どこに置きましょうか?こことかどうですか?」
「おー、良いですね。やっぱり華やかになる。コーヒーでも飲んで行かれませんか?
今ちょうど事務処理が一段落したところで。」
「ありがとうございます。いただきます。」
「ユウコちゃん、ごめん、コーヒー2つ入れてくれる?あ、お砂糖とミルクは?」
この事務所に入ったのも初めてで、佐々木先生がこんなに喋っているのを聞いたのも初だった。
コーヒーを飲みながら、15分くらい世間話をした。
「事務所を独立してやり始めましたけどね、これが結構孤独で(笑)たまにお店に喋りに伺ってもいいですか?あの、お仕事の邪魔にならない程度で・・・。」
「どうぞ、どうぞ。いつでもお待ちしています、リフレッシュしに来てください。うち、栄養ドリンクを置いてますので。疲れたらいつでも(笑)」
店に戻る。
「お帰りなさい。佐々木先生って、オーナーの事、好きなのかな。よく店の方見てる事がありますよ。」
「え、なんでそんな細かいとこ見てるの?しかも先生、ちょっとストーカーちっくじゃない?」
「大丈夫っす。ケンさんが来たときにバッティングしてた時ありましたから。単なる憧れ?片思いっすよ。」
ピコン
「仕事が一段落したから、今日泊まりに行ってもいい?」
「いいよー。夜ご飯、作るね。待ってる!」
ピンポン
約束通り19時にチャイムが鳴る。
ケンさんは時間に正確だ。
早過ぎもせず、遅れない。
きっと早過ぎた時は、どこかで時間をつぶしているんだと思う。
玄関でキスをする。
「あ。やっぱり。コーヒー飲んできたでしょ?たばこの味もする。早く来てもいいって言ってるのに~。」
「いやー、女性は何かしら準備があるから時間通りがいいのかなって。」
いつものニコニコ笑顔。
和食が好きなケンさんのために、豚汁と雑穀米と刺身を用意した。
「いただきます。あぁ、最高だなぁ。彼女の手料理食べれるのって。あ、でもね、女性に料理とか
家事をしてもらいたいわけじゃないんだ。俺もね、独身生活長いからさ。ある程度出来るし、あ、
全然マメじゃないし綺麗好きでもないから、相変わらず部屋はごちゃごちゃだけどさ。
してもらえる事の幸せを噛みしめてる。」
明日はあゆむんにお店を任せて、急遽休みを取った。
久しぶりにゆっくりデートすることにした。
夕食のあと、一緒にお風呂に入って夜中までのんびり録画していた映画を観た。
朝・・・。
昨夜もラブラブあつあつの一晩だった。
眠い。
「おはよう!今日はドライブデートしない?体調は大丈夫そう?」
優しく後ろからハグをしてくれる。
ケンさんの行動は全てに柔らかさがあり、優しいのだ。
「眠いかな。でもドライブデート初めてだね!行きたい!」
付き合いはじめて2カ月が経とうとしていた。
「じゃあ、あの喫茶店でモーニングしてから、俺んちに行って横浜へ行こう!実は横浜デート、してみたかったんだよなぁ。」
ケンさんは商店街にお気に入りの喫茶店とカフェを2軒見つけている。
喫茶店のほうは園田シオが来た店だ。
沢山の豆の中から選んでじっくり淹れてくれる店。
カフェのほうは夜中まで営業しているので、静かな時間帯になって入店してPC作業をしたり物を書くのに居心地がいいんだとか。
ゆっくりと支度をする。
ケンさんと付き合いはじめてから、ボブだった髪の毛を少し伸ばしている。
今は肩下になった。
多めの前髪だったが幼い印象かなと思い、年上の彼氏に合わせてシースルーバングにして少し長めにしている。
「れいな、前髪長くない?目に当たって邪魔そう。もう少し短くても、れいならしくって俺は好きだよ?」
ケンさんはオシャレだ。
音楽と同じで自分の癖が多少強めだけど・・・。
はやりに関係なく自分が好きなものを、素直に好きと言える人だ。
洗面所で私は自分の前髪を少し切った。
「え!自分で切るの!?」
ケンさんが驚く。
幼い頃から母親が居ない私は、今まで自分の前髪をずっと自分で切ってきた。
美容院は後ろの髪が長くなった時に、思い切り短く切る時だけ。
おかげで学生時代、友達から
「美容師になればいいのに。」
と言われていた。
「あぁ、切るの上手いな。いいじゃん。さぁ、出掛けますか。」
服はケンさんにコーディネートしてもらった。
手を繋いでいつもの商店街を歩く。
惣菜屋のおばちゃんやお肉屋さんのお兄さんと挨拶を交わす。
喫茶店で30分ほど過ごし、いざケンさんの自宅へ。
なんと一軒家。
20年前にプロデュースしたグループが大人気になり
「その時に無駄遣いせずに購入した、地味で堅実な買い物。」
らしい。
とりあえず・・・と言われてリビングに入れてもらった。
相変わらず部屋はごっちゃごちゃだ。
雑誌、レコード、CD、趣味のフィギュア、音楽関係の物もそうじゃない物も、とりあえず置かれている状態だ。
「今度・・・掃除しに来よっか?」
「あー、すぐに散らかるから無駄だと思う(笑)俺全然、片付けとか出来ないんだ。なんならこの家売って、れいなんちに住みたいくらいだよ。でもまぁ、コイツら(音楽制作の機器)があるから、居候は無理だなー。座るとこはあるから。ここへどうぞ~。」
寝る時はロフトへ上がっているらしい。
食事は粗食なのでキッチンが荒れる心配は無いが綺麗とは言えない。
「やっぱりさぁ、今度キッチンだけでも掃除しに来るよ(笑)」
「そうだよな、お願いします。」
全然落ち着かないので早々に出発する事にした。
ケンさんの愛車は黒のスポーツカーだ。
「キーボード運ぶのに全然向いてない。」
と言う愛車。
シンジの時は広々として乗り心地の良かったミニバンだった。
(スポーツカー酔いやすくて苦手なんだよね・・・)
近所のドラッグストアで酔い止めを買って飲んだ。
初めてのドライブデートで粗相はしたくない。
車は高速に入った。
SAで降りて、メロンパンを半分こする。
若いカップルみたいな事してるなぁ・・・
と、自分でも思ってしまう。
大きな橋を渡る。
都会の景色に海が映える。
「いい景色だね。この車、ここの道に雰囲気ピッタリじゃない?」
素直な感想を述べる。
「だよね。俺も思った。スポーツカーで走るのは爽快だなぁ。もうすぐ着くよ。」
車をパーキングに停めた。
「ちょっと距離あったけど疲れてない?」
いつも通り優しい。
こんなにいつも気遣いをして、疲れないのかと思うほど優しさで溢れた言葉をかけてくれる。
きっと言葉を仕事にしてるから「癖」なんだろうなぁ。
ボーっとしながら考えていた。
中華街で食事に入ろうか、それとも今朝から色々食べているので食べ歩きにしようかと話をしながら
お土産屋さんの覗いたりしていた。
結局さっきのメロンパンもお腹に残っているので、中華まんや豚の角煮をつまみながら歩いた。
「ケンさん、口についてるよー。」
「え?チューして取って?」
いたずらっこみたいな表情でニコニコしながら小声で返してくる。
「人が多いから、今はダメー。」
私は腕を組んで顔を近づけた。
公園へ移動する。
「歩いたな。ちょっと座ろっか。」
ベンチに腰をかける。
後ろから肩に手が回ってきた。
「キスしたい・・・。」
「あとでねー。今は我慢してー。」
二人で笑顔になった。
高校生カップルの列に紛れて、観覧車に乗る。
乗り込んだ途端に、もう我慢できない!とばかりに体を寄せてくるケンさん。
「真上に行ったらさ、キスしてもいいだろう?」
真上に行くまでが凄く長い時間のように感じた。
ずっと肩を抱き寄せてくれていた。お互い顔を寄せ合って見つめあった。
「恥ずかしいね。」
「ちょっと、なぁ。」
ニコニコしながら頭を撫でてくれる。
約束通り真上でとても濃厚な、熱いキスを交わした。
梅雨時期なので蒸し暑い。
観覧車から降りても、私たちはベッタリとくっついて、次は買い物へ。
「アクセサリー屋さんがあるね。」
「いいねー。お店の雰囲気も素敵。ちょっと覗いていい?」
「このハワイアンジュエリー、れいなに良く似合いそうだなぁ。」
「このネックレス、かわいいって私も思った~。」
シルバーのハワイアンジュエリーを何種類か鏡の前で着けて、ケンさんが大絶賛したものが
私も1番かわいいと思った。
3万円もしたけど、値段を気にせずサラっと買ってくれた。
「さてと。これは普通に旅のお土産、プレゼント。次は婚約指輪、探しに行くぞ。」
「え・・・?」
「冗談だよー、でも半分本気。れいなに指輪しててもらわないと。」
「え、どういう意味?」
「あのさぁ、店の2階の弁護士先生とかさ、商店街の肉屋の兄ちゃんとかさ。
みんなれいなの事、狙ってんの。それがもう鬱陶しすぎなんだよ!れいなは俺のカノジョだっつーの!」
「ケンさん、ずっとそんなこと考えてたの?」
「ついでに言うけどさ、バイトのあゆむんもだよ。まずはアイツからなんだよな。」
だんだんと独り言のようになっている。
百貨店に入った。
本格的な物を購入する気でいるらしい。
「れいなはどこのメーカーがいい?」
「百貨店でアクセサリー買ったことないから・・・こんな高級そうなお店も来た事ないよぅ・・・。
正直わかんない。先に予算決めた方が良くない?」
「婚約指輪だからなぁ、それなりの物にしよう。」
ケンさん、お金持ちなのかな・・・・
「いらっしゃいませ。」
リングを見ながら二人で話をしているとスタッフに声を掛けられた。
幾つかのメーカーをうろうろして、結婚指輪でよく聞く人気のメーカーで立ち止まった。
品揃えはさすがだ。
沢山あるので目移りするほど。
スタッフの対応も品があって素晴らしかった。
今までの彼氏には買って貰った事がないくらいの高価な指輪を買って貰った。
ケンさんが言うには「婚約指輪」らしいので、当たり前か・・・。
私は彼に何かをしてあげているだろうか。
いつもしてもらってばかり。
[次の日]
仕事中に真由ちゃんからラインが来た。
「れいなとケンさんのこと!ネットニュースになっちゃってる。大丈夫なの?」
「えぇぇぇ???」
転送された記事を読んだ。
「敏腕音楽プロデューサー、横浜の百貨店で高級指輪を彼女にプレゼント!」
どうやらあの時に対応したスタッフからのリークだったようだ。
ケンジのスタジオ
「くそー、何だよ、コソコソかぎまわって。卑怯だな。」
ベテランのスタッフと2人で、若手のアイドルダンスユニットの音楽制作をしていた。
「今の時代は怖いよなぁ、何でもネットでコソコソやられるよな。俺の後輩も若いスタッフ同士が
そばにいるのに会話をSNSでやりやがってるんだぜ。訳わかんない時代だよなぁ。」
「だよねぇ。よし、今夜インスタにアップするか。その前に一応マネージャーに相談しておかないと、か。めんどくせー・・・。」
その夜、ケンさんからラインが入り
「付き合ってる事、婚約してるって事、インスタで発表してもいい?マネージャーにはオッケー貰いました!」
「分かった、ここまで来たら仕方ないね。ってか、婚約、したっけ?約束(笑)」
「それは今度ちゃんとする!じゃ、今から文章考えてアップする前にまたマネージャーに確認して貰わないとだから。後でまた連絡する。」
約1時間後、ケンさんのインスタに、お知らせが投稿された。
電話がかかってきた。
「急なやり取りになっちゃったな。巻き込んでごめんな。俺、テレビにもほとんど出たこと無いけど、
まだ顔覚えて貰ってたんだなーって、ちょっと思ったわ(笑)でも迷惑だよなぁ。」
「インスタ、いいねが1万ついてたよ。やっぱり芸能人なんだね、ケンさん。ちょっと異次元の人かと
思っちゃうよ。」
「いや。そんな事ないよ!もう表に出ずに15年は経ったし、ジンくんと加門くんとやってるライブなんてファンでも知らない人とか来てくれない人のほうが多いからね。俺はもう、裏方の人間なんだよ。」
そう言えば、私も始めはケンさんの顔を知らなかった。
ライブもせいぜい100人くらいの規模だった。
それからすぐに、このちょっとした騒ぎはおさまった。
騒動の時にやっていた若手のアイドルダンスユニットの制作も完了した。
あとはネット配信の発売日を待つまで。
限定で発売されるCDの完成品も届き、チェックも済んだ。
「ふぅ、一仕事終わったな・・・。あとはプロポーズかぁ・・・。トラウマだな。でも
もう指輪は渡しちゃってるからなぁ。順番間違えたな。困ったなー。」
いや、間違ってはいない。
前の彼女に10年以上前にプロポーズした時、指輪をサプライズで用意していた。
「結婚しよう。」
の言葉と同時にふられてしまった。
指輪は渡せなかったので、帰りにリサイクルショップで売った。
その日の夜はジンくんちで荒れて、とにかく酒を飲んで、気づいたら朝になっていた。
「人生の先輩と親友に相談、だな。」
その日の夜、早速、橋口家で橋口夫妻と加門さんに「会議」を開いてもらった。
ピコン
「れいな、お疲れ様!今夜、時間ある?疲れてなかったらちょっと出掛けない?」
「いいよ。どこ行くの?」
「ご飯食べて、散歩でもしないかなって。18時に店に迎えに行くな。」
いつも通り時間通りに来た。
駐車場で2階の弁護士事務所の佐々木先生とばったり会う。
「こんにちは。」
だいぶん日が長くて明るいので、あえてこんにちは、を使った。と自分に言い聞かすケンジ。
「あ、どうも。あのー、実は。あゆむ君から・・・。婚約?れいなさんと。されたとお聞きしました。
おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます。あゆむん、口が軽いなぁ・・・。」
「若いですから。ははは。」
「そうですね、若いですよね。ははは。あ、先生・・・本当はプロポーズ、まだなんです。
あのー、一応これから。その、しようかなぁと思ってるんすけど。」
「おぉ!そうでしたか。緊張しますね!でも自然体で気持ちを伝えれば大丈夫ですよ。わたしは1度プロポーズってやつ?成功してますから。でも離婚しちゃいましたけどね。ははは。頑張ってください!」
(この先生、良い奴じゃん。そうか、プロポーズ経験者ここにもいたか。)
[商店街のいつもの創作和食屋]
「リリースおめでとう~。」
「ありがとなー。」
「乾杯~。」
今日はこの前の若手アイドルダンスユニットの配信、CDリリース日だった。
「これなんだ、良かったら聴いてみて。」
CDを渡される。
「ありがとう、お店で流すね。」
「これがさプロポーズの品っぽくなってしまってるけど、違うんんだ(笑)
俺ね、指輪渡した日からずっと考えてた。色んなシチュエーション。
でもさ、俺らってこの町で出会って、この商店街で散歩したりデートしてきて、
美味しい店も2人で行くようになって。
だから「ここ」が良かったんだ。
これからも、この町で、れいなと一緒に人生を歩いて行きたい。結婚してください!!」
頭を深々とさげている。
「ケンさん、頭。あげて・・・。」
頭を支えると緊張が伝わってきた。
「こちらこそ。よろしくお願いします。」
緊張が伝わってしまったが、自分なりに必死で笑顔を作った。
「ケンさん、大好きだよ!」
そう言った途端、ケンさんが寄ってきて思い切り抱きしめてきた。
「痛いよー、恥ずかしいよー。」
ここのお店は簡単な個室になっている、廊下ではスタッフや席を外した人が行き来しているのが
格子から見えることは見えるのだ。
額に軽くキスをされて、元の位置に戻った。
「良かった。指輪渡してたけど、やっぱり不安だったんだよ。」
「え?私はもう、これからの生活をどうしよっかなぁー?ってずっと考えてたんだよ?
ほら、ケンさんちごちゃごちゃだから。結婚してもあそこには私は引っ越せないなぁ、って思って(笑)
それに私のマンションも一応私の持ち家なんだよね。」
「そうかぁ、そんな事まで考えてくれてたのか。さすがだな・・・。心配して損した。」
「だって、もう「婚約者」だよね?」
右手の薬指にキラリと光る指輪を見せた。
「あ。そうだ、ついでだからさ。こうしよう?」
ケンさんが指輪を外す。
「左手出して!俺の奥さんになってください、と。」
左手の薬指に、指輪をはめ変えてくれた。
「えー!こう言うの初めてだから嬉しい!テンションあがっちゃった。」
左手の甲にキスをしてくれた。
「れいなんちに(笑)帰ろう。」
その夜、2人とも最高潮に達した。
一晩で2回もヤったあと、朝は6時に目が覚めてケンさんはもう目を開けていて。
そのままもう1度ヤった。
新婚夫婦そのものだ。
それから暫くは私のマンションで半同棲と言う形で、のんびり過ごしていた。
結婚しても避妊は続けて、子供は作らない事。
お互い仕事は辞めない事。
私は旧姓で仕事を続ける事。
ケンさんの家は音楽制作のためと荷物置き場にしておいて、すこしずつ片づける事。
生活の基盤は私の部屋にする事。
などを二人で決めた。
あと、料理や掃除はなるべく一緒にする。
いわゆる家事分担をお願いした。
現代では当たり前だ。
ケンさんは夜ご飯は基本、豆腐や枝豆くらいしか口にしない。
付き合ってすぐの頃、はりきって夕飯に慣れない手料理を出していたら消化不良を起こしたそうで、
体調を崩してしまった。
私はずっと20年間、昼・夜と食事は店の近くで手作り弁当を買って食べていた。
商店街には他にも弁当屋がたくさんあって、コンビニに行かなくても美味しいお弁当が
日替わりで選び放題なのだ。
あとは妹家族、弟家族のフロアへお邪魔して、甥っ子姪っ子達と食事をしたり、頻繁に行っている橋口家で料理を手伝って、ごちそうになっていた。
外食も好きで、一人で出かけれるタイプ。
実は結婚して料理を任されるのはとても気が重かった。
朝食だけならなんとかなりそう。
ケンさんは不眠症気味で、朝は早く目が覚めて喫茶店へモーニングに行くのも好きだ。
「へぇ、料理苦手なの?知らなかった。気にすんな。」
にこにこと笑顔で答えてくれた。
ケンさんが少しずつ自分の身の回りの物や服などをうちに運んでくるようになった。
8畳の部屋は使っておらず来客の寝室用にしていたため物を置いてなかったが、あっという間にケンさんの物置き部屋になった。
洋服やアクセサリー、バッグ、スニーカーも多い。
「ケンさん・・・オシャレが好きなんだねぇ。」
「ごめん、持ってき過ぎちゃったなぁ。うちにはまだあるんだ。うん・・・ちょっと片づけていかないとだな・・・。」
寝室は12畳あって、クローゼットには私の物がきちんと整頓されて入れられていて、広々としている。
ずっとセミダブルのマットレスを使っていたけど、ダブルベッドを買わないか、とケンさんが提案してきた。
「ゆっくりと寝たいだろ?」
どんどんケンさんの物に占領されていく気分になった。
いや、同棲なんてこんなもんなのかな。
シンジとは同棲をしなかった。
泊りもほぼ無かった。
シンジは実家暮らしだったそうだけど行ったことすら無かった。
ずっと他の女の子達の部屋を行ったり来たりしていたと後から人に聞いた。
リビングダイニングだけは、個人の物を置かないで欲しいとお願いをして、今まで通りの風景がある。
だけど、ケンさんは帰宅したら帽子やバッグ、上着などをそこら辺に置きっぱなしにする癖があるとすぐに気づいた。
「半同棲とは言え・・・前途多難な気がして来た・・・。」
しーちゃんがコーヒーを淹れてくれた。
「そんな事言ったらねぇ、結婚したらもっと苦痛になるよ?うちはもう息子が二人独立したからいいものの。子育て中は本当に大変だった。自分の時間も無くて、家の事ばっかりしてて。ノイローゼだったよ、あの頃は。うんほんとに。でもさ、ちょっとケンさん、子供っぽいとこがあったんだね。片付けが苦手なのは昔から聞いてたけどさ・・・。」
「妹家族の4LDKのフロア、隣が空いてるから。叔父さんに頼んで買おうかな。今の部屋売って・・・。」
「夫婦二人でそんな広い部屋買っちゃたら、余計な物どんどん持ってきちゃうよ?カレ!やめといたほうがいいと思うなぁ。」
「うん、それは俺も同感。」
ジンさんも大きくうなずく。
[二人で休みを合わせた日]
ケンさんの家に行って、キッチンの片付けと掃除をした。丸二日かかった。
ポリ袋や食器洗剤やスポンジなど、使える物はは全部うちに運んできた。
食器などはほぼ処分する事に二人で決めた。
私は料理は苦手でも食器やマグカップはオシャレなお店で一つずつ選んだお気に入りの物ばっかりだ。
処分するものは大きなケースに入れて、うちの商店街の役員さん宅へ持って行った。
季節ごとに開催される、商店街の「ボロ市」で提供させてもらえる事になった。
「こんなにたくさん・・・!ありがとうございます。きっと奥様方に大盛況よ、これは!」
役員さんご夫妻がとても喜んでくれた。
「キッチン、やっつけたね。今度はお風呂とトイレを綺麗にしようね。ロフトの布団どうする?
もう家に泊まらないなら捨てちゃう?」
「え。ちょっと待って。そんなに俺の物を一気に捨てたがらないでよ・・・。めっちゃ疲れたよ。苦手な事ってするもんじゃないな。帰ったら休みたい・・・。」
珍しく弱音を吐いている。
夕方帰宅して一緒にお風呂に入り、ソファーで並んでTVを観ていたらケンさんは私にもたれかかってきた。
いつの間にか寝ていた。
「お疲れ様。ちょっとやり過ぎたかな。ま、いっか。」
頬に軽くキスをして、毛布を掛けてあげた。
2時間くらいして、寝室でゆっくり横になっていたところにケンさんが入ってきた。
「今夜は快眠できそうだよ。俺ってもしかして嫌いな片付けしたら疲れて眠れるのかな(笑)運動は足りてるはずなんだけど。夜の運動も。ふふっ。」
ぎゅーっとしてくる。
「薬、飲まなくていいの?」
ケンさんは病院で不眠症の薬を処方してもらっている。
毎日は飲んでないけど、必要だと自分で感じた時には飲むようにしているそうだ。
「さっきの2時間睡眠でもかなり眠れたほうなんだ。でもまだ寝れそうだから今日は薬はいらない。」
おやすみのキスをきっちり忘れていない。
狭めのセミロングのマットの上で、ケンさんはわたしの胸に顔をうずめるようにして眠り始めた。
(かわいい・・・。)
暫く、頭を撫でてあげたり、背中をさすってあげた。
スースーと寝息を立てて眠り出した。
リビングのソファーに戻って、ジャスミンティーを飲む。
真由ちゃんに最近の出来事をラインした。
「今度、飲みに行こう!ゆっくり聞きたい。れいな達、面白すぎ~。高校生みたいなんだもん(笑)」
その日は私が寝付けなくて、ネットでやっているドラマをイヤホンを付けて観ていた。
「おはよー、7時間も寝た。」
ケンさんが抱擁と何度も頬や唇にキスをしてくる。
「おはよ。よく寝たね。顔がスッキリしてるように見えるよ!朝ごはん出来たよ。」
トーストとスクランブルエッグとサラダとコーヒー。
ケンさんは最近コーヒー豆のお店に出向いて、自分でブレンドした酸味が強めの豆を買ってきた。
結構お値段がしたみたいだけど、満足そう。
私は酸味が苦手なので、スーパーで買ったモカブレンドのドリップコーヒーだ。
「今夜はちょっと作業に集中したいから、スタジオに行ってくるよ。遅くなると思うから、先に寝てて。」
「スタジオ・・・行っちゃダメ?」
「えっ?来てくれるの?一緒に作業してる先輩がいるけど。良かったら紹介したいし。来て!場所は
・・・知ってるよね。近くまで来たら外に出るから。連絡して。何時頃に来る?」
嬉しそう。
[その日の夜]
仕事終わりにスタジオへ向かった。
1階は駐車場、2階ガスタジオ。
「着いたよ」
駐車場で電話をかける。
颯爽と降りて来てくれた。
2階へ案内される。
「倉田さん、来たよ~。」
「やぁ、どうも、いらしゃい。どうぞどうぞ。」
中に入るとリラックスできるように、ソファーが置いてあった。
そこに腰を掛けるように倉田さんに促される。
倉田さんは58歳だそうだ。
音楽の専門学校で制作を学んでから、ずっとこの仕事だけをしてきた。
ケンさんが3人分のコーヒーを持ってきてくれた。
「いいなぁ。いつかね、横浜のお土産のお菓子、ケンさんからいただいて。デート楽しかった?」
「はい。あんまり隠したりしないんですかね、ケンさん。」
「そうだね、よく話は聞いてるよ。結婚も考えてるんでしょ?今が一番いいころだ!うちもね、奥さんと
2人なんだ。保護猫が4匹もいるけどね(笑)今度わが家にもおいで。猫アレルギー大丈夫?」
「ぜひ。いつかケンさんと2人でお伺いしたいです。ねぇ?」
「うん。あのさ、婚姻届けの証人、一人は倉田さんでお願いしたいと思ってるんだ。
もう一人はれいなのほうで探してくれたらいいけど。」
「あ、そうなんだ。そう言うのもいるんだっけ?」
「誰でもいいらしいよ、友達とかでも。俺はなぁ、25年間くらい倉田さんに仕事を教えて貰ったり、
お世話になってるから。」
保証人も考えておかなくちゃなぁ・・・。
「で、いつ籍いれるの?」
倉田さんの一言。
正直、私はまだ先のことだと思っていた。
今は8月だ。
「まだ話してないんだよな。ね?でも俺としては年明けくらいには入籍したいかなぁって希望はあるんすよ。」
(え、知らなかった。婚約って1年先くらい猶予があるもんだと思ってたけど、別に規定は無いんだよね。)
結婚すると言うことは、北海道のケンさんのご家族や親戚に挨拶に行かなければいけない。
急に気が重くなってきた。
「今夜、遅くなるんでしょ?近くにデリカキッチンがあったから、何か夕飯になりそうなもの、買ってこようか。」
この話から逃げたくなった。
サラダとローストビーフと雑穀おむすびを二人分買って来た。
「それじゃ、おじゃましました~。」
「もうちょっと居ても良かったのに。」
ケンさんはそう言うと下まで送ってくれた。
駐車場で軽くキスをする。
今日はなんだかそんな気分になれなかった・・・。
帰宅してからも、そわそわしていた。
区役所のサイトで婚姻届けのページを見てみる。
あと1年くらいはこの気楽な独身生活を満喫したい。
ケンさんは来年の1月48歳になる。
運動神経がいいし、食生活も乱れていないし健康そのもの。
不眠症は心配だけどこれは学生時代からの癖のようなものらしい。
メンタルは安定しているし、何より性格が良い。
精力も並みの47歳よりは旺盛な気もするし。
何も不安を抱えなくていいようにと、事前に色々条件も話し合ったじゃないか。
しーちゃんとジンさんが口を揃えて言う。
「マリッジブルーだね。間違いない。」
「ちょっと結婚の話は控えてもらったら?」
「そんな事言ったら男は萎えちゃって、もう結婚をしなくなっちゃうぞ。それはダメだ。ケンさんは今気分がノッテるんだよ。れいなちゃんの様子も冷静に見れないくらいに。」
加門さんが
「男は具体案が欲しいんだよね。あと1年、待ってもらったら。もう半同棲してるんだしさ。しばらくはこのままが、れいなちゃんはいいんでしょう?素直に話したら。」
と提案してくれる。
[ある日の休日]
久しぶりに二人の休日を合わせられた。
昨夜はケンさんが泊りに来て、録画していた音楽番組を観ながら最近の流行りについて話をして楽しんだ。
朝、リビングで考え事をしていた。
「おはよう、れいな。モーニング行く?」
「そうだね、いつものとこね。」
ハグをしてキスを何度かしたあと、支度をして出かけた。
喫茶店でいよいよ、思ったことを伝えた。
「えっ・・・(絶句)あと1年も先延ばしにすんの?それで良いって言うか、そのほうがれいなは良いって事なんだね?」
「ごめんね、長いよね。さっきも言ったけど、今の生活で大満足なんだよね。今のところ。」
「女の人って付き合ったら早く結婚したいんだと思ってたから。いや、それは俺の人生の経験不足だよな。そうかぁ・・・。」
「困らせてたらごめんね。本当に今凄く幸せなんだよ。指輪も外さずにずっと付けてるしね。」
「じゃぁ、逆に俺に求めてる物って、何かある?」
「焦らない事、かなぁ。」
「そうかぁ・・・。ちょっと一人で突っ走り過ぎたな。」
「でも、婚約者って事には変わらないんだよ、何度も言うけど。だからこれからもよろしくね。」
「うん、楽しく仲良く、やっていこうな。」
帰宅してから、ソファーでいちゃいちゃしていたけど、本格的に寝室へ入った。
昼間からこんなに濃厚な時間を過ごすのは久しぶりで、お互い燃えた。
ケンさんの背中からじっとりとした汗が止まらない。
燃え尽きたケンさんの額からも汗が落ちる。
一緒にお風呂に入って体を洗ってあげた。
手にボディーソープを付けてなでてあげる。
下半身を優しく洗ってあげると反応した。
浴槽の中で向かいあって抱っこ状態で座ったまま、ディープキスが止まらなかった。
夏なので二人とも下着のまま夕方までソファーで過ごした。
ずっと胸を揉まれたり吸われたり、体中を触られている。
私も興奮が止まらない。
ご飯を食べる以外はずっと体が触れ合っていた。
夜、シャワーに入って寝る時にはお互い疲れていた。
普段寝つきの悪いケンさんが今夜は私より先に眠りについたようだ。
[夜カフェにて]
真由ちゃんと話が盛り上がる。
「え、何それ。じらしたら余計カレシが燃えちゃったって感じじゃん。」
「そうなのよ。でも揉めたりしなくて良かった。」
「それで文句言うような男は最初からその程度って感じだよね。で、1年待たせちゃうわけ?」
「うん、でもさすがに1年は長いかって最近自分でも思うようにはなってきた。でも年明けすぐは、ちょっとねー。覚悟が出来ない。」
「そっかそっか。タイミング分かんないよね。私達、結婚ていうものを経験したことが無いんだもん。当たり前だよね。まぁ、カレシもそれは同じだろうけど。れいなが結婚したいって思ったときに、言ったらいんじゃないの?ねぇ、今日泊まりに行ってもいい?なんかもっと深い事、聞きたいな~。ふふふ。」
部屋に着くと、珍しくケンさんが何も言わずに来ていた。
帽子とボディーバッグをソファーに投げっぱなしのまま、ダイニングテーブルで冷ややっこでハイボールを飲んでいた。
「あー、すみません。はじめまして。ケンジです。今日は連絡せずに合鍵で入ってしまったよ。そんなときに限って。ねぇ。俺帰ろうか?」
「あ、こちら真由ちゃん。」
「はじめまして。真由です!れいながいつもお世話になってまーす。いいですよ、今夜は3人で楽しみましょう。私達はお酒飲めない体質なんですけどねー。」
2時間ほど3人で喋って、真由ちゃんは帰って行った。
同じ町内会で、うちから徒歩1分と言う超ご近所の実家に住んでいる。
高校時代からの友人だ。
「いい子だね~。なんか明るかったなぁ(笑)」
「だれかカレシに合う人いないかなぁ。」
「明るいって言えば、あいつしか思い浮かばないなぁ。」
「加門くん!」
「加門さん!」
橋口家で加門さんと真由ちゃんを引き合わせてみる作戦は失敗に終わった。
真由ちゃんは商店街の個人経営の商社で20年間事務職をしている。
「加門さんは見た目がタイプじゃない。」
そうだ。
加門さんは真由ちゃんの事を「いい子だな」と好印象を持ってくれた。
けれど、真由ちゃんのほうから会ったその日のうちに
「付き合うとかそう目線は無いです。」
とラインをしたそうだ。
バンドマンが好みなので音楽を仕事にしている加門さんが合うかと思った。
それよりも二人の会話は明るくて楽しそうに見えた。
だからうまくいくと思ったんだけど。
真由ちゃんはギタリストとかベーシストとか、そういう系統じゃないとときめかないんだそうだ。
私とケンさんの作戦はあっけなく終了した。
人を繋げようとしてる場合じゃないのだ。
自分はどうしよう・・・。
あれから、ケンさんからダイヤ入りのネックレスを買ってもらった。
会社で季節ごとに出かけるアパレルの展示会や、高校時代の友人と会った時などに着けて行った。
仕事に着けて行ったら、あゆむんから
「ダーリン、まめっすねぇ。しかも高そう。大人の男の余裕感じますね。俺、そんないいもの買ってあげれないっすよ。」
「ごめん、給料安いよねぇ。」
「いやいや!そう言う意味じゃないです。俺なんか、まだまだ自己投資したい年代だよなーって思って。」
「あゆむん、来年、卒業したらうちの本社で正社員にならない?」
「えー。そうなんすか。セレクトショップの〇とか、スポーツブランドの〇に採用もらってるんすよね。
でも、ぶっちゃけれいなさんとは離れたくないなぁ。考えさせてください!」
「本社行くと、私とは離れちゃうよ?でもスーツのセミオーダー創れるから。ショップ店員みたいに売り上げノルマだけの仕事じゃないから。専門学校で服創ってるんでしょ?それを活かしてほしいなぁって思って。」
「俺、本当はデザイナー志望なんすよ、でも全然そっちの採用は貰えなくて。落ち込んでたんです、才能ないんだなぁって。セミオーダー、やってみたいです。」
あゆむんは洋服の事になると本当に真面目な子だ。
だからこそこの人材は手放したくない。
ちなみにあゆむんは同じ専門学校の同じコースの女の子と、最近付き合い始めた。
[9月]
9月になってもまだまだ暑い。
ケンさんは仕事が立て込んで帰りが遅い日は自宅に帰り、それ以外は私の部屋に帰ってくるようになった。
半同棲、から、ほぼ同棲、に進化した。
相変わらず、ケンさんは夕飯は粗食が良いというのでそうしている。
私は18時に仕事が終わったら豆腐を買いに行くのが習慣になった。
自分は相変わらずお弁当を食べて、ケンさんの帰宅、だいたい21時頃まではゆっくり過ごすことが多い。
ケンさんは私と付き合うまでは、夜中や明け方まで仕事をする事が多かったらしい。
私に合わせてくれているのだ。
ケンさんが帰宅したら粗食で晩酌するのを見ながら、1日の出来事をお互いに報告する。
そのあと一緒にお風呂に入って、しばらくいちゃいちゃしてから寝る。
だいたいルーティンが決まってきた。
休みが一緒になるのはだいたい週1日。
ケンさんはフリーランスなので私の店休日の日曜日と月曜日に休みを合わせてくれている様子。
定期的に一緒に橋口家にもお邪魔している。そこには真由ちゃんも参加するようになり、賑やかになった。
[橋口家]
「もうすっかり新婚さんみたいんだなぁ。」
加門さんが悪気無しに言う。
「それ、言っちゃダメなんだってば。」
しーちゃんが入る。
「え、そうなの?なんで・・・」
「男性には分かんない事もあるのよ。」
「ふ~ん、そんなもんかい。」
今夜はケンさんは仕事が入っているため、欠席。
真由ちゃんが
「このまま同棲をずっと続けるのもマンネリになんない?大丈夫なの?」
と心配する。
今日は餃子パーティーをしている。
「確かにね、もうマンネリなのかも・・・。全然好きな感情が薄れたわけじゃないのよ。」
「付き合うのと結婚って全然違ってくるからね。私は20歳でなんにも分からず結婚しちゃったけど(笑)」
しーちゃんの言葉にジンさんが思わず
「それって後悔してるって事?なんだか分かんないな。オンナって生き物は。ケンさんはれいなちゃんを手放したくないから早く結婚したいんだろ?ケンさんにとって、自分は価値がある存在だって思えない?」
「うーん。価値、ねぇ。いつも出掛けるのに連れて行ってくれたり、色々買ってくれたりするんだけど。
私は何かしてあげられてるかと言ったら、これと言って思い浮かばないんだよねぇ。ご飯も作ってないし。」
「それよ。料理よ。ちょっとはやってみたら?食べてくれるかどうかは別として。いざとなったら基本的なものは作れたほうが、いいわよ。でも、それは自分のためにもなると思うから。」
しーちゃんの言葉に真由ちゃんもうなずく。
「れいな、本当に料理毛嫌いしてるよね。静香さんに教えてもらって練習してみたら?」
「そうなのかなぁ?何のためになるの。」
「理屈じゃないよ。やってみな!」
最後は全員に押されて、早速明日からしーちゃんに和食を習うことになった。
[次の日]
「じゃ、今日はしーちゃんに、肉じゃが習ってくるね。帰りはケンさんが帰ってくる頃に合わせるから。
21時くらいになると思う。」
「おぉ・・・。うん、分かった。頑張ってな。包丁、気を付けて。」
(何で急に料理を始める気になったんだ。嫁入り修行、張り切り過ぎてやっぱり婚約破棄しますとか言わねぇだろうな・・・。怖いな・・・・。)
「いってらっしゃい」
ケンさんに見送られる。
今日は私のほうが早く家を出た。
(一応、ジン君にラインしとくか。)
「しばらく、れいなが料理を習うのでお世話になるみたいだね。大丈夫そう?」
ピコン
「うちの奥さんが言うには、結婚へのモチベを上げさせるためらしいから。途中で嫌になったらストップかけるから、心配するな。今夜、旨い肉じゃが持って帰ってもらうから、食えよ?」
「そうか。ありがとう。楽しみに待っとくよ。」
しーちゃんにだしの取り方の基礎から習った。
今までは粉末や液体タイプを使っていたが、煮干しや鰹節でだしを取るととても風味が良くて優しい味付けに仕上がった。
「6人分は作ったわね(笑)この大きいタッパーに入れて持って帰りな。待ってるんじゃないの?
旦那さん。ふふふ。」
しーちゃんも熱血指導を終えて、満足そう。
「来週はかき揚げと天ぷらやってみましょ。」
美味しい白ワインもお土産で持たせてもらい帰宅。
ケンさんはもう帰って来ていて、ソファーでスマホのゲームをしていた。
「あー、お帰り!どうだった?」
「疲れたけど楽しかったよ。一人で料理するより楽しかったし、しーちゃんに基礎から教えてもらってきた。はい、ワインももらってきたよ。」
「いただきます。」
ケンさんは夜は炭水化物を摂らないので、肉じゃがとワインで夕飯を堪能した。
「うん!旨いよ。凄いじゃん。」
「良かった~。来週はかき揚げと山菜の天ぷらを作るらしいの。昼食にうどんをして乗っけたらいいんじゃ無いかって。」
「いいな!休みの日に作ってほしい。楽しみにしてるよ~。」
ワインを少し飲んだら酔っぱらった。
慣れない事をしたので疲れていたようだ。
以前、付き合いたての頃に出していた夕飯は、簡単な肉料理ばかり出していた。
おまけに白ご飯を無理やり出していた。
だから胃もたれを起こしていたんだろう。
そもそもケンさんの主食は買って来たものでも何でも、和食なのだ。
ワインのせいでソファーで横になっていたら、朝まで寝てしまっていた。
布団が掛けられていて、枕も頭の下にちゃんと置かれていた。
「あ、お風呂入って店に出なくちゃ・・・」
「れいな、おはよー。トーストとサラダで良かったら用意してあるよ。目玉焼きもしてみたんだ、食べよ。」
コーヒーも淹れてくれた。
「ありがとう・・・至れり尽くせりだね。」
一緒に朝風呂に入って、体と髪を洗ってくれた。
お風呂から上がったら、バスタオルで体も拭いてくれた。
洗面所で濃厚なキスをする。
後ろから抱きつかれた。
「ここでする?」
「ダメだよ、ゴムが無いもん。」
「そっか、取に行ってくる!」
ケンさんが戻ってきた途端、指が下半身をなぞってきた。
全身が熱くなる。
立っていられず、そのままどうにかしてソファーまで来た。
朝からするのは久しぶりで興奮した。
「遅刻していいから、もう1回しようよー?」
「あ、今日は俺がもう仕事行かないとだ。続きはまた今夜ね!」
ケンジは先日ジン君から言われていた。
「押すばっかりじゃダメだぞ。たまにはこっちも我慢してじらさないとな。オンナって面倒な生き物なんだ。そこは忘れちゃいけないぞ。」
本屋で1時間ほど時間潰しをしてから、のんびりスタジオに向かった。
(最近、れいなって本当に良いオンナになってきたよなぁ。前よりも色気が出てる気がする。体つきも
俺の好みまんまになってきたしなぁ。あぁ、今が1番幸せなのかも知れないな。もう少しこの楽しい時間を堪能するのも悪くないか。しっかし、胸が良い感じにデカくなったな・・・ふふふ)
[れいなの店]
今日はあゆむんは17時出勤。
最近は専門学校での勉強に集中しているらしい。
彼女も出来たので忙しそうだ。
(なんか、体がダルいな。顔もむくんでるかも。すっごい眠い・・・休みまであと3日かぁ。次の休みはしーちゃんに料理を習いに行く予定だったけど、出掛けずに家にいよう。)
休みになっても倦怠感と眠気はおさまらなかった。
しーちゃんに電話する。
「そう言うわけで、今週はキャンセルさせてください。」
「どうしたの?疲れた?料理は無理しなくていいから、休みな。あ!ねぇ!もしかして。妊娠とかしてないよね?その症状、妊娠初期と同じだから。ちゃんと生理来てる?」
「そう言えば、ここ半年、ケンさんと付き合い始めてから予定日から遅れる事がが多いんだよね。今月は予定日はまだ。でもちゃんと避妊はしてるはず・・・あぁ・・・分かんない。たまにちょっと心配になる時があるんだよね。」
「どんだけ激しいのよ、あなた達は・・・。いいから暫くはエッチも禁止よ。大人しく寝てなー。生理来なかったらちゃんと検査薬するんだよ!」
まさか・・・妊娠!?
最近、気が緩んで最初だけ避妊具を着けない事が増えた。
お互いその時の気持ちよさ・・・快感を覚えてしまったのだ。
なんか怖くなってきた・・・どうしよう。
ちょっとケンさんに話をしてみないとな。
[その日の夜]
「え・・・。出来たかもって事・・・?」
暫くは恋人としての時間を堪能しようと心が決まったばかりなのに。
妊娠したかも知れない?
「もし出来てたら。産むしか・・・ないよな!そしたらすぐに結婚しよう!」
状況がコロコロ変わる。
正直気持ちが追い付かない。
だけど、この場合、これしか答えはないじゃないか!!!
それから2日間は大人しく夜の営みはやめていた。
(こう言う時に、男って言うのはお腹をさすってあげたり、抱きしめたり、腕枕をしてあげる事しか出来ないのか、ほんと無能な生き物だな・・・)
ケンジはモヤモヤしていた。
3日間、熟睡が出来た私は体力が戻った感覚になった。
(下腹部が痛い・・・これは・・・)
「ケンさん!来た!生理が来たよぅ!」
「えっっ!そうかぁ・・・!俺、昨日本屋で名づけの本を見て来たばっかりなんだ(笑)そっか・・・うん。」
(勝手に見に行っただけだ。振り回されてるわけじゃないぞ。うん・・・)
「橋口夫妻にも心配かけただろう?連絡しときなよ?」
「うん。」
(れいなは妊娠していなかった事が嬉しそうだ。二人で決めてた事だから。いいんだよ、これで。)
この騒動以来、二人の関係がだいぶん落ち着いてきた。
避妊はきっちりやるようになり、行為をする回数が少し減ってきた。
付き合い始めて半年になる。
今は、夕方に川沿いを散歩をしたり、相変わらず商店街の美味しいお店に行ったり、町のほうにも出たり。
休日には都内を離れて、ドライブがてら他県に出掛けることが増えて来た。
二人して道の駅巡りにはまっている。
ちょっと高級な温泉旅館にも泊りに行った。
この日はさすがに二人とも夜の営みを思い切り楽しんだ。
[橋口家]
「はい。温泉のお土産~。」
しーちゃんに渡す。
「ありがとう!あー、これ美味しいよね。大好き!今みんなで食べようよ。」
「婚前旅行って感じだねぇ。いいなぁ、相変わらず仲良くて。」
加門さんが半分うらやましがって半分調子に乗って言う。
「新婚旅行、行くとしたらどこがいい?」
真由ちゃんに聞かれる。
「うーん。ハワイかヨーロッパがいい。ねぇ、ケンさんは?」
「俺はどこでもいいかな。NYは昔仕事で行ったことがあるけど楽しかったよ。ハワイもヨーロッパも行った事ないなぁ・・・ハワイでバカンスのほうが好きかも。ヨーロッパは普通に芸術を楽しむ旅行で行ってもいいしなぁ」
「よくもまぁ、妄想でそこまで楽しめるな~。いいなぁ。うらやましいぜ。」
ジンさんが面白がって言う。




