第7話 戦うために生まれた存在
ふと、隣に座っていたポラリスを見遣れば、彼女は黙ってちびちびとコーヒーを飲んでいた。
一気に飲むわけでもなく、少しずつ。変わった飲み方をするのだなと眺めていれば、ふいっと顔が向く。
「大丈夫?」
「……まぁ、少し」
「そう」
じっと顔を見つめてからポラリスはまたコップに口をつけた。彼女の表情はいつ見ても読めず、何を考えているかも分からない。
戦っている時も、帰還した後も、こうして黙って隣にいることも。表情一つ変えず、黙っていることが不思議だった。
男の自分ですら、恐怖や不安で吐きそうになっているというのに、彼女はそんな気一つ見せていないのだ。
怖くないのだろうか、不安じゃないのか。アルフィルクは気になった、ポラリスのことが。
「お前は怖くないのか」
だから、そう聞いてみた。ポラリスはマグカップから口を離すと顔を向ける。
「怖くはないの」
「どうしてだ?」
「私はこのために生まれたから」
ポラリスの返答にアルフィルクは首を傾げた。彼女の言っている意味が理解できなかったのだ。
このために生まれたとはどういうことかと見遣れば、ポラリスは何でもないように言った。
「ワタシはお母様……フォルティアの遺伝子を元に生み出されたの、ザフィーアの調律者となるために」
「……はぁ?」
異星の民、機械生命体オリジンビリーブから生み出されたミソロジアの調律者をこの星から探すには、時間がかかるだけでなく、力を発揮できるか不確かだ。
けれど、同じ異星の民であるフォルティアの血を継いた者ならば、調律者になれる可能性がある。機械生命体との相性も良いはずだと。
「そうして、フォルティアの遺伝子から生み出されたのが私だった」
ザフィーアの調律者として、フィーニスコアと戦うために育ったのだとポラリスは話す。淡々と、何もおかしいことはないといったふうに。
「十六年間ずっとザフィーアの調律者として育ってきた。戦うために生まれたから」
フィーニスコアと戦うために生まれたのだから、恐れることはない。自分が此処に居るのはそのためなのだから。
ポラリスの言葉にアルフィルクは目を開く、彼女はそれの意味を理解しているのかと。
戦うためだけに産み落とされたのだ、彼女は。フィーニスコアとの戦いこそが彼女の存在意義であり、負ければ、全てが終われば、それに意味はなさない。
残酷ではないか、その人生はとアルフィルクは思う。
「戦うためだけに生きるっていうのか、お前は」
「それがワタシの生まれた理由だから」
「じゃあ、戦いが終わったらお前はどうする」
フィーニスコアとの勝敗が決まった後、お前はどうするのだとアルフィルクが問えば、ポラリスは目を瞬かせてから眉を寄せた。
「……考えたこともなかった」
やっと人間らしい表情を見せながら悩むポラリスに、アルフィルクは感情がないわけではないのだと知る。
彼女はうーっと小さく呻りながら思案していたが、思いつかなかったらしく俯いた。
「分からない。どうすればいいの?」
「俺に聞くな。俺だって生きる意味が分かってないんだ、他人のなんて知るわけがねぇだろうが」
自分自身のことが分かってないのに、他人のことを知れるわけがない。アルフィルクの言葉にポラリスは納得したように頷いてまたうーんと悩みだす。
そんな様子に戦うために生まれたことへの疑問は無いようだ。そうやって生まれて、育てられてきた、その後のことなど考えもせずに。
残酷だ。アルフィルクは嫌悪した。ポラリスに対してではない、彼女をそうやって創りだして、育てた人間たちに。
自分の遺伝子を提供したというフォルティアにも、オリジンビリーブにも。道具のように生み出されたように感じたのだ。
「戦うために生まれて育てられて、だからってこの星のために命を使えるのか、お前は」
何の疑問も持たずに、未来があるかも分からないというのに。
アルフィルクの疑問にポラリスは顔を上げてサファイヤのように煌めく瞳を瞬かせた。
「ワタシにできることはそれだけだから」
ワタシが生まれたのはこの時の為。ワタシにできることはザフィーアの調律者としてフィーニスコアに立ち向かうこと、ただそれだけだから。
ポラリスの真っ直ぐな瞳はフォルティアに似ていた。あの迷いのない人離れした眼に。
問い返すことも、否定することもアルフィルクにはできなかった。ポラリスが残酷なまでに受け入れてしまっているから。
嫌悪感が胸を抉る。胃の中のものがせり上がってくる感覚にアルフィルクは嘔吐く。マグカップを床に置いて口元を押さえながら丸くなった。
呼吸が荒くなる、吐き気は止まらない。苦しさに胸を押さえれば、背を優しく擦られた。
視線を持ち上げれば、ポラリスが抱くように寄り添っている。擦られる温かさに呼吸が落ち着いて、咽喉まで出ていたモノが沈んでいく。
ポラリスは黙って背を擦っていた。励ますこともせず、責めることもせずに。何故だか心地良くて、アルフィルクは瞼を閉じて彼女に身を任せた。




