第3話 生きる意味を知らぬまま、死にたくはない
「自分の星で何もできなかったのに、対抗できるのかよ」
アルフィルクは思ったままの疑問をぶつけた。自分の星で何もできぬままに逃げてきたというのに、この星で何ができるのかと。
フォルティアは「時間がなかったの」と答えた。
「癌の進行は早かった。対応する間もなく星は壊滅したの。けれど、この星に降り立って人々の力を借りることで対策ができたわ」
フィーニスコアがこの星に降り立つまで数年はかかるだろうとオリジンビリーブは予測していた。
たった数年。それでもかき集めた情報と、オリジンビリーブたちの技術、アリアの人々の知恵によって対抗できうる力を得たのだという。
フォルティアの返答にアルフィルクが納得できたかと問われると、微妙なものだった。たった数年で星一つを破壊した存在に立ち迎えられるのかと。
だから、正直に「立ち向かえられるのか」と問う。あれだけ破壊を尽くし、見る影もなくなった土地は多い。この巨大空母艦へと戻る時にも空から見たのだ、荒れ果てた街たちを。
対抗できうる力として生み出されたエクエス機とミソロジアだけで、あの化け物たちを倒すことができるか。アルフィルクの問いにフォルティアは「倒すのよ」と答えた。
「倒せるか、じゃないわ。倒していかねばらならないの」
自分たちの力を信じて。フォルティアの言葉には力が籠められていた。
絶対に倒すという決意なのか、信じる力なのかは分からない。けれど、迷いはなく、真っ直ぐだった。
「そのためにはアナタの力を貸してほしい」
「俺の……?」
「アナタはミソロジア――ザフィーアに選ばれた戦士だから」
そうだ、自分は選ばれたのだ。アルフィルクは何故、自分が選ばれたのかが知りたかった。どうして、自分なのだと。
「どうして、俺なんだ。俺は何もしちゃいない」
「ザフィーアはオリジンビリーブによって生み出された機械生命体。彼にも自我があり、人間の心を感じることができるの」
ザフィーアのパイロットに必要なのは強い精神でも、正義感でもない。誰かを想う感情でも、恨みでもない。〝生きたい〟という命の灯火だ。
死にたくないという願い。それは怒りにも、恐怖にも、悲しみにも変わり、喜びや幸せへと繋がる強い感情だ。強い精神だけではならない、ただの正義感でも意味はない。
誰かを想うだけでも、恨むだけでも。〝生きたい〟という命の叫びが、生命への強い想いがなくてはならない。
「アナタは生きたいと強く願った。理不尽に殺される怒りと、死への恐怖を抱きながら、命を叫んだ。違うかしら?」
フォルティアの問いにアルフィルクは黙った。あの時の自分は確かに死にたくないと、生きたいと願っていたから。
殺される恐怖、生きる意味を見出せないまま死ぬ悲しみ、理不尽な運命への怒り、それらを抱いて、死にたくはないと叫んでいた。
「生きたいという命の灯火はね、どんな想いよりも強い。それは正義感も、憎しみをも超えるの。だから、アナタのその叫びにザフィーアは強さを抱き、選んだ」
例え、正義感があろうとも、命を叫ぶ強さがなくてはこの戦いを終わらせることはできない。
戦い抜かなければならないのだから。フォルティアは問う、アナタは生きたいのでしょうと。
死にたくはない、死にたくは。けれど、だからといって。
「俺は戦場に立ちたいわけじゃない。勝てるかも分からない戦いになんて」
戦場に立ちたいわけでない。あの化け物と戦って生きていられる保証は何処にもないじゃないかとアルフィルクは声、強めに言った。
それは少しばかり震えていて、フォルティアはゆっくりと目を細める。
「そうね。保証はないわ」
これは戦いなのだから死と切り離すことはできない。エクエス機に搭乗しているパイロットも死傷者が出ていることを、フォルティアは隠すことなく話した。
そうでしょうと彼女に問われて、クリフトンは頷く。
「エクエス機はオリジンビリーブから与えられた技術を元にこちらで研究開発した戦闘機だ。オリジンビリーブから生み出されたミソロジアであるザフィーアよりも脆い。今回のアポストルスの襲撃でエクエスのパイロットに死傷者が出た」
少なくはない兵士たちの死を知り、アルフィルクは表情を固くさせる。その反応にクリフトンは無理もないと息を小さく吐いた。
誰だって死にたくはないのだから、恐怖を抱くのは当然のことだ。
ミソロジアに選ばれたから戦ってくれなどと言われて、納得できるわけもない。形は違えど戦争となんら変わりないのだから。
この星を守るために誰かが戦わねばならない、それは理解できる。誰かが動かねば、ただ蹂躙されて終わるだけなのは。
自分の力が役に立つというのも、パイロットをやれる存在が限られていることも。頭では分かっていても、恐怖を抱かずにはいられない。
怖かった、あのアポストルスと戦うことが。
もし、何の役にも立たずに死んでしまったらと考えて。
それでいて、そんな恐怖を抱く自分への怒りもあった。
立ち向かうことができる力があるというのに、生に縋りついているだけの弱い心に対して。目の前の現実に怖気づいている自分が嫌だった。
「怖いのね。それから怒りもあるのね。でも、それは当然の感情よ。死ぬかもしれない、何もできずに終わってしまうかもしれない。それらに恐怖を抱くことは悪いことではない。怒りだってそうよ、抱かない方がおかしいの」
それらの感情を抱くことは当然だ、理不尽さを感じることだって。それを抱いたからといって悪いわけではなく、責めることもしない。
皆、同じ感情を胸に秘めているのだから。フォルティアはダイヤモンドをそのまま埋め込んだような瞳を向けた。
「ねぇ、アナタはどうして生きたいの?」
どうして生きたいのか。そう問われてアルフィルクはフォルティアを見た。
不思議な感覚だった、彼女の眼と合わせると何もかも見透かされてしまうようで。
「死にたくないからだ」
死が怖いから、それもある。けれど、一番の理由は――
「生きる意味を知らないままに?」
「っ!」
本当に見透かしているのかもしれないとアルフィルクは身構える。
死への恐怖も、怖気づいてしまう自分自身への怒りもあったけれど、それよりも生きる意味を知らない悲しみのほうが強かった。
黙るアルフィルクにフォルティアは「人間には生きる意味があるわ」と告げた。それは己自身で見つけて、意味にするのだと。
「どんな些細なことであっても」
「この星を守るために戦うことを意味にしろと?」
「いいえ。そうではないわ。自分が納得しなければ、それに意味はないの。ねぇ、何もしないで〝それ〟は見つかると思う?」
ただ、生きていくだけで。フォルティアの言葉にアルフィルクは返せなかった。何もせずに見つかるなんて思えなくて。
「きっとこれをこの星の人間は強制と言うのでしょう。それを否定することはしないわ。何の保証もできないことも。けれど、この星を救いたいというのは本当なの」
真っ直ぐに見つめるフォルティアの瞳から目を離すことができない。クリフトンが「君にしかできない」と深く頭を下げる。
彼女たちは嘘一つ、言っていない。現実を誤魔化すこともせず、保証することもなく。それは覚悟の表れでもあった。
アルフィルクは拳を握った。何もせずに生きていていいのかという不安が押し寄せる。
自分が逃げ出して、生き延びたとしても、フィーニスコアとの戦いで負けたら死ぬのだ。それは生きる意味ではないじゃないか。
ぐちゃぐちゃになった感情が胃の中で渦を巻く。自分の弱さに苛立って、アルフィルクは唇を嚙みしめた。
そんな弱さを彼女たちは責めない、同じだと言うように。




