第1話 死に際で思い出される、記憶
生きる意味を見出せず、少年は死を選んだ。
死にゆくなか、幼き日の思い出が過る。愛されてなどいなかった、邪魔者でしかなかった。
生きる意味が欲しかった、道標になるような。
あぁ、もし生まれ変われるならば、そんな道標がほしいと望みながら少年は眠りについた。
***
いつしかの遠い記憶が蘇った――死に際で。目の前に広がる光景をその瞳に映しながらアルフィルクは立っていた。
建物が燃え崩れ、溢れる悲鳴。機械と機械がぶつかり合い、弾丸の放たれる音が支配する戦場に、華やかな街の面影などもうない。
瓦礫と化した建物の下には無数の屍が埋まっていた。
何の前触れもなく、この星は襲われた。機械の身体を持つ巨体なロボットのような存在は破壊を尽くす。
色鮮やかな機体の人型ロボットが、破壊を尽くす彼らと対峙している。倒しては撃墜されていくのを繰り返している戦況は、とてもじゃないが良いとは思えない。
瓦礫に散らばるガラス片に、太陽のような日差しの温かさをもつ金糸の短い髪がくすんでいるのが見えた。紫の瞳に光はなく、大人びた少年の顔を歪ませている姿が視界の端に映る。
月明りに照らされて、一機の機体がアルフィルクを見止めていた。
赤黒く、ムカデのような多脚をわきわきと動かす。機械的なフォルムの、ロボットと敬称していいのか判断のできない機体は、人間的な身体の上半身だけを向けていた。
手に握られた銃のような武器がアルフィルクを捕らえている。あぁ、自分は死ぬのだなとアルフィルクは悟った。
逃げることも、戦う術もないのだから蘇った遠い記憶のようにまた死ぬのだ、自分は。
ごうごうと呻る炎に、悲鳴が遠くの方から逃げ遅れた人間の死んでいく声が耳に木霊する。
遠い記憶、こんな死に際で自分は何を思い出しているのだろうかと、アルフィルクは吐き気がした。
殺される恐怖、生きる意味を見出せないまま死ぬ悲しみ、理不尽な運命への怒り。
胃の中でぐちゃぐちゃに煮詰まったそれらを吐き出したくなるのを堪えて見上げる。
ぎらりと銃口が輝いて、放たれる。アルフィルクは諦めたように瞼を閉じようとして、目を開かせた。
それは白金の隼だった。隼の面影がある風貌の、白と金を基調にした鎧に翼のようなマントを身に纏った騎士が降り立つ。
巨体な身体であるとは思えぬ優美な姿で現れた、二足歩行する機体は翼のようなマントを盾にしてアルフィルクを守った。
『私に乗れ、少年』
凛とした低音の声がした。誰の声だとアルフィルクは周囲を見渡すが、人気などない。すると、白き隼の顔が向けられた。
機械が喋ったと、アルフィルクは思った。何がと困惑していれば、「乗って」という可憐な声がする。
「早く乗って」
少女の声だ。控えめで、けれどはっきりと紡がれる言葉にアルフィルクはこの機体に人が乗っているのだと気づく。
白き隼の機体は翼を盾にして放たれる弾丸を防ぎながら膝をついた。
パシュっと静かに胸のハッチが開閉されて、中から藍墨茶の長い髪を靡かせながら少女が顔を覗かせる。
宝石だった。サファイヤのような輝きを放つ、人離れした瞳がアルフィルクを捉える。
白地に黒のラインがあるパイロットスーツに身を包む少女は、アルフィルクの動揺を察してか、「ワタシはいいから、早く乗って」と急かす。
アルフィルクは困惑したが、相手は待ってくれなかった。わきわきとムカデのような足を動かして接近してくる。
迷っている時間などなく、アルフィルクは少女に導かれるままに乗り込んだ。
見ただけでは分からない機器が配置されているコックピットに座ると、ハッチが閉まりゆっくりと機体が立ち上がった。
目の前のモニターには襲い来る敵機の情報が流れている。
【アポストルス・リーダー機――タオゼントリア】
自分を襲っていた機械はタオゼントリアというらしい。アルフィルクは攻撃を仕掛けてくるタオゼントリアを見つめる。
「操縦桿を握って」
後部座席から声をかけられてアルフィルクは操縦桿を握る。
何をどうすればいのか分からず、モニターと配列された機器を交互に見遣っていれば、通信が入った。
『こちら、母艦オリジンビリーブ。オペレーターKR、ミソロジア機:ザフィーアにパイロットの搭乗を確認。説明を求む』
「こちら、ポラリス。ザフィーアがパイロットを選別しました」
ポラリスと呼ばれた少女がオペレーターに返答している。どうやらこの白き隼の機体はザフィーアというらしい。
彼女が言うには自分はザフィーアに選ばれたパイロットということのようだ。と、アルフィルクは理解して、何故と疑問を抱いた。
自分は何もしていない。ただ、立ち尽くし、死ぬのを待っていたにすぎないのだ。
何処をどう見れば、パイロットの適性があるというのか。アルフィルクは信じられなかったが、『少年』と凛とした低音の声に呼ばれた。
『今、私は自立して動いているがこれには限度がある。君にも手伝ってもらわねばならない』
「なにを……」
『補助などはポラリスに全て任せるといい。君は操縦桿を握り、モニターを操作すればいい』
この声がザフィーアのものであるのだとアルフィルクは気づく。
機械が喋っているという驚きに声が出なくなるも、『安心しろ、難しくはない』と指示されて、はっと我に返った。
アルフィルクは操縦桿を握り、モニターに目を向ける。敵機であるタオゼントリアの情報が端に表示されていた。
操縦桿の傍に小型モニターが設置されており、そこにはコマンドのようなものが表示されている。
【起動:自立 損傷度:低 天候適応:良好
機動稼働率:50% セーフティーモード:起動】
羅列されている情報の意味がアルフィルクには分からなかったけれど、ザフィーアはまだ損傷しておらず、機動力も残されているのだけは把握できる。
アルフィルクが小型モニターの操作をしている間、ザフィーアはタオゼントリアの攻撃を避けていた。
ザフィーアが自立して動いている間に、アルフィルクはモニターから読み取れる情報を頭に叩き込む。
このミソロジア、ザフィーアという機体は近距離と格闘攻撃が得意だということ。
白翼のマントはシールドであり、耐久値はあるものの、ある程度の攻撃を防ぐことができることを。
難しい設定などは読み取れないにしろ、攻撃方法や性能などはパイロット経験のないアルフィルクでも理解できた。
アルフィルクは小型モニターから、視界モニターへと目を移し、タオゼントリアの動きを確認する。
タオゼントリアはその巨体からは想像ができないほどに素早い。ムカデの足をわきわきと動かしながら瓦礫をものともせずに駆ける。
突進してくるタオゼントリアをザフィーアは避けながら槍を振るう。槍先が左腕を掠るも、傷を負わせるほどにはならない。
アルフィルクはザフィーアだけの感覚では戦うことができないのだと気づく。震える手に力を籠めて操縦桿を握って、切り替えした。
ザフィーアは地面を蹴って宙を舞い、一回転しながら槍をタオゼントリアへと向けた。
武器を持っていた右腕が刃によってばちばちと音を鳴らして吹き飛ぶ。
動きが変わった。ザフィーアだけでなく、アルフィルクが操縦することによって、機体の性能が上がっている。
タオゼントリアが後方に飛んだのを確認し、アルフィルクは操縦桿を傾ける。
ザフィーアはすっと距離を詰めると、タオゼントリアの肩を掴んで地面に投げ飛ばすも、相手は転がりながら立ち上がった。
アルフィルクは混乱する頭でも必死に現状をどうするべきかを考える。小型モニターを操作し、動きをどうにかできないかと。
ザフィーアの装備の一つに拘束具があることを知る。これならば、アルフィルクは操縦桿を握って旋回させた。
突進してくるタオゼントリアの動きに合わせて距離を取って見極める。
多脚をこれでもかと走らせてその巨体を武器に突進する相手を、アルフィルクはぎゅっと操縦桿を握り締めて見つめた。
迫りくる巨体が距離を詰める瞬間、その瞳は捉える。
操縦桿を切り返し、ザフィーアの左手首から複数の鎖を放つ。真っ直ぐにタオゼントリアへと向かい、生き物のように動いて巻き付く。
唸り声を上げながらタオゼントリアは鎖を引き千切ろうと暴れるのを引っ張ることでザフィーアは抑える。
ザフィーアは鎖を思いっきり引っ張ると拘束されたタオゼントリアごと振り回す。
ぐるんぐるんと振り回して、勢いよく地面に叩きつけた。軋む音を鳴らしてタオゼントリアの身体が破損する。
ザフィーアはたっと地面を蹴って飛んだ。白翼のマントをはためかせて宙を舞い、手にした槍を構えて勢いよくタオゼントリアの首に突き刺す。
槍先が咽喉を貫いて、腕を力に任せて引けば、頭部が引きちぎれた。血飛沫のように溶解液と火花を散らせて、タオゼントリアの身体からは液が滴っている。
視界モニターの端に【生命反応無し】と表示されているのを見て、相手の死に気付く。
「たお、した……」
自分がこの機体を操作して、あのバケモノを倒したのか。
生き物なのか、中に生命体がいるのか、分からないけれど、倒すことができたのだと、混乱している頭でやっと理解して、アルフィルクは操縦桿から手を離した。
これは何だ、どういうことなのか。冷静になっていく頭の中でアルフィルクはどうして自分が搭乗しているのかが気になった。
「おい、どういうこうとだよ、これは……」
「それを説明するために、ワタシたちの基地に来てほしい」
ここで説明するのは難しいのとポラリスに言われて、アルフィルクは腹が立った。
何の説明もなしについてこいと言われて、どう納得するれ場いいのかと。アルフィルクはそう言い返してやりたかったけれど、理由は知りたかった。
自分が選ばれた訳を。あの化け物が何なのか、どうしてこの星を襲っているのかを。
乗ったからには知る権利が自分にはあるはずだとアルフィルクはそう言い聞かせることにした。ここ喚こうとも、彼女は何も話してくれないのだろうと察して。




