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翌朝、セレスティーナは静かに支度を整えた。
計画が煮詰まってきた。このままでは、アリシアがレオナルトの興味を引くどころか、余計な誤解を募らせてしまうだけだ。それに、レオナルトも幼馴染たちも、やたらと自分を囲い込もうとしている気がする。
(……もう、息が詰まりそう。)
こんなときは、息抜きに王宮を抜け出すのが一番だ。
王宮での生活は、常に格式と規律に縛られている。王妃教育に王族との付き合い、礼儀作法や社交界の駆け引き——一日中、気を張り続けなければならない。だが、一歩外に出れば、それらから解放される。
セレスティーナは、用意していた町娘の服に身を包んだ。シンプルなブラウスに軽やかなスカート、髪も三つ編みにまとめ、目立たぬようにスカーフを巻く。これなら、遠目には王宮の使用人か、町の商人の娘に見えるだろう。
(よし、準備完了。)
扉の外に誰もいないことを確認し、そっと部屋を抜け出す。
向かう先は、王宮の庭の奥——生垣の穴。
王宮の敷地は広大で、裏庭には手入れが行き届いていない場所もある。その一角に、ほんのわずかに隙間があるのを、以前から知っていた。ここを通れば、王宮の外へ抜けられる。
「……ふぅ……」
生垣の穴を抜けるだけでも、意外と骨が折れる。王宮の敷地はあまりにも広く、移動するだけで息が切れそうになる。普段は馬車や従者付きの移動ばかりだったせいで、こうして自分の足で歩くと、体力のなさを実感する。
(もっと鍛えたほうがいいかしら……)
そんなことを思いながらも、やっとのことで王宮の外へと足を踏み出した。
さぁ、自由な時間の始まりだ。
「……つまり、お前の話をまとめると——」
レオナルト・アシュレイは、ゆっくりとした動作でティーカップを置き、黄金の瞳をわずかに細めた。
「セレスティーナは、アリシアに親切心で最低限のマナーを教えようとした。しかし、アリシアはそれを『いびり』だの『嫉妬』だのと言って騒ぎ立てた……そういうことか?」
書斎の静かな空気の中で、カイル・ブレイザーは肩をすくめる。
「おう、そんなところだ。」
「……全く。」
レオナルトは、心底呆れたようにため息をついた。
「セレスティーナは傷ついていなかったか?」
「傷つく?」
カイルは一瞬、怪訝そうな顔をした後、口の端を引き上げた。
「いやいや、あいつに限ってそんなことはねぇよ。むしろ、元気に街に繰り出したぞ。」
レオナルトの眉がぴくりと動いた。
「……街?」
「おう、今朝早くに城を抜け出したらしい。ちゃんと町娘の格好をして、生垣の穴を使ってな。」
「……」
沈黙が落ちる。
「もちろん、後ろからこっそり護衛はついてる。まぁ、俺たちにバレずに出られると思ってるあたり、まだまだ甘ぇよな。」
カイルはくつくつと笑いながら言ったが、レオナルトの表情は沈んだままだった。
「……あいつは、どこまで行くつもりだ?」
「さぁな。たぶん、適当にぶらつくだけだろ。」
「……」
レオナルトは、しばし沈黙した後、静かに立ち上がった。
「なら、俺も行くとしよう。」
「……は?」
「このまま放っておくと、また余計なことをしでかしかねない。」
レオナルトはカイルを一瞥し、涼やかに言い放った。
「行くぞ。」
「おいおい……やれやれ、相変わらずセレスティーナには甘ぇな。」
カイルは肩をすくめながらも、内心では面白がっていた。
(あいつ、本気でセレスティーナを逃がすつもりはないんだな。)
そんなことを思いながら、レオナルトの後を追った。




