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逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子  作者: つむぎ


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3/5

3

夜会の後、アリシア・ローゼンベルクは王宮での存在感を急速に増していった。


彼女は男爵令嬢でありながら、聖女としての力を持つ。そのため、王宮では特別な待遇を受け、貴族たちからも一定の敬意を払われていた。もちろん、王族に近づくことも許されており、特にレオナルトには何かと理由をつけて接触を試みていた。


「王子さま、お疲れではありませんか? 光魔法には癒しの効果もありますので、少しでもお役に立てれば……」


「王子さまの剣技は素晴らしいと評判です。もしよろしければ、今度ぜひ拝見したいです!」


「先日、書庫で素敵な本を見つけました。王子さまもお好きかと思いまして……」


そうやって、彼女は健気で控えめな態度を取りながら、さりげなく距離を縮めようと試みていた。


——素晴らしい! その調子よ、アリシア!


セレスティーナは、にこにこと満足げにそれを見守っていた。


(順調ね! このままレオナルトが彼女の魅力に気づいてくれれば、私は自由になれるわ!)


そんな期待を胸に、日々の王宮生活を過ごしていた。


しかし——


「はぁ……」


ある日の午後、セレスティーナは自室のソファに腰掛け、目の前に立つレオナルトを見上げた。彼は滅多に見せない疲れた表情で、ゆっくりと息を吐いていた。


「どうかしたの?」


「少し、疲れた。」


「まあ。」


セレスティーナは優雅に微笑む。


(王宮での仕事が忙しいのかしら? でも、この人なら慣れているはず……)


そう思いながら、彼の様子をよく観察してみると、どうもいつもの疲労とは違う気がする。


「……もしや、アリシアのことで?」


問うと、レオナルトは静かに目を閉じた。


「正直、少ししんどい。」


(……え?)


意外な答えに、セレスティーナは目を瞬いた。


まさか、アリシアのアプローチにうんざりしている?


「別に害があるわけではない。だが、あまりにも近づかれると……対応に困る。」


(困る? いや、そこは惹かれるところでしょう? なんで困るの?)


乙女ゲームの記憶では、レオナルトはヒロインに次第に心を開き、彼女の純粋さに惹かれていくはずだった。だが、現実の彼はむしろ、ヒロインの接触に辟易している。


(……どうして、こうなるのよ。)


本来なら、ここで彼がアリシアに惹かれることで、婚約破棄への道が開ける。しかし、彼はむしろセレスティーナのもとへ「癒されに来た」状態だった。


ソファに腰掛けたまま、彼女は小さくため息をついた。


「それで、私のところに?」


「お前のそばは落ち着く。」


(……ちょっと待って。)


セレスティーナは軽く目を見開く。


(それって、悪役令嬢のポジションにある私よりも、ヒロインよりも、私のほうが居心地がいいってこと!?)


何かが、決定的にゲームのシナリオと違っている気がする。


戸惑いながらも、レオナルトはため息混じりに呟いた。


「お前は、余計なことを言わないし、気を使わなくていい。」


「……それはどうも。」


(あのね、私としてはむしろ、アリシアに惹かれてもらったほうがありがたいんだけど!?)


このままでは、婚約破棄の未来がますます遠のく気がする。


だが、レオナルトは静かに彼女を見つめたまま、微かに微笑んだ。


「少し、ここで休ませてくれ。」


そう言うと、彼はソファの隣に腰を下ろした。しばらくセレスティーナのそばでくつろぎ、いつもの調子を取り戻した彼は言った。


「今度、幼馴染たちを交えて、気楽な茶会を開こう。」


レオナルトはそう言い残し、満足げに微笑んで立ち上がった。


「茶会?」


セレスティーナは、目を瞬かせた。


「王宮の空気も窮屈だろう。たまには、肩の力を抜いて話せる場が必要だ。」


まるで当然のことのように言う彼の表情は、来た時よりも穏やかで、どこかすっきりしたようにも見える。


(いや、私はむしろあなたにアリシアのほうを向いてほしいんだけど……)


そんな内心の叫びを押し殺しながら、セレスティーナは優雅な微笑みを浮かべるしかなかった。


「楽しみにしている。」


彼はそう言い残し、静かに部屋を出ていった。


扉が閉まる音が響くと同時に、セレスティーナは小さくため息をついた。


「……こんなはずじゃ。」


思わずこぼれた言葉。


(おかしいわ。どうしてこうなるの? 私の計画では、アリシアがレオナルトの心を射止めて、私はお役御免になるはずだったのに……)


そもそも、レオナルトはヒロインに惹かれ、婚約破棄に向かうのがゲームのシナリオ通りの展開のはずだった。なのに、彼はむしろアリシアを避け、私のもとで癒しを求めている。


これでは婚約破棄どころか、逆に絆が深まってしまうではないか。


「なぁ。」


ぼそりと、隣から声がした。


「最近、お前なんか変だぞ?」


護衛として日々付き添っているカイル・ブレイザーが、じろりとセレスティーナを見下ろしている。


「変?」


「そうだ。つーか、さっきから何をそんなに落ち込んでるんだ?」


カイルは腕を組み、怪訝そうな表情を浮かべていた。


「普通なら、第一王子が『お前と過ごすと落ち着く』って言ってきたら喜ぶもんだろ? なのにお前は、まるで世界の終わりみたいな顔してる。」


「……そんな顔してた?」


「してた。」


即答だった。


「最近のお前、妙に生き生きしてるし、たまに訳わかんねぇ顔するし、どう見てもおかしい。」


「……たとえば?」


「夜会のとき、アリシアがレオナルトにハンカチ落としたときの顔。あれ、どう考えてもおかしかったぞ。」


カイルは呆れたように言う。


「普通なら、婚約者が他の女と仲良くしそうになったら、嫌な顔するか、冷静に対応するもんだろ? なのに、お前はあのときめちゃくちゃキラキラした目でふたりを見てた。」


(見られてた……!)


セレスティーナは微かに顔を引きつらせたが、カイルはさらに畳みかける。


「お前、あの時、『もっといけ!』って思ってただろ。」


「…………」


「……いや、何の反応もないの逆に怖いな。」


カイルは、眉を寄せてため息をついた。


「何考えてるのか知らねぇけど、妙な動きはやめとけよ? レオナルト様はお前を大事にしてるし、下手に変なことしたら、余計に囲い込まれると思うぜ。」


(そんなの、分かってるわよ……!)


むしろ、何としてでも私は逃げたいのに、レオナルトが全然逃がしてくれそうにないのが問題なのだ。


「……カイル。」


「なんだよ。」


「いっそ、私をどこか遠くへ連れ去ってくれないかしら。」


「却下。」


即答だった。

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