19
セレスティーナ・エヴァンジェリンは、久しぶりに実家へ帰ることを許された。
王宮での負担が大幅に減ったことで、ようやく数日間の休暇が与えられたのだ。
「おかえりなさい、ティナ。」
迎えたのは、彼女の母、公爵夫人だった。
「……ただいま、母上。」
セレスティーナは、柔らかく微笑みながら実家の門をくぐる。かつては、王家との婚約を渋っていた家族たち。だが——
「レオナルト殿下、誠実なお方だね。」
「……え?」
食事の席で、父の公爵がしみじみと言った。
「最初は不誠実な王家の在り方に、ティナを嫁がせることを反対していたが……あの方の姿勢は、見事なものだ。」
「正直、殿下の一途さには驚かされましたわ。」
母も頷く。
セレスティーナは、手元のワイングラスをそっと回しながら、ため息をついた。
(まさか、家族まで絆されているなんて。)
彼女の家は、もともと王家の方針に不満を抱いていた。国王がかつて側妃を迎えたこともあり、王家の不誠実な婚姻政策に対して疑問を持っていたのだ。
だが——今となっては、完全にレオナルトの後ろ盾として動く立場になっていた。
(つまり、私の逃げ道はもうほぼない、ってことね……。)
ぼんやりとグラスの縁を指でなぞっていると、執事がひそやかに報告を持ってきた。
「セレスティーナ様、ウィンストン様が屋敷にお越しです。」
セレスティーナは、すっと表情を和らげる。
(お兄さん……!)
遠縁のお兄さん的存在であるエドワード・ウィンストン。彼の領地へ行けば、婚約破棄後も穏やかに暮らせる——そんな希望を抱いていた相手だった。
「久しぶりだな、ティナ。」
「ええ、お兄さんもお元気そうで。」
エドワードは微笑んだが、その表情にはどこか困ったような色が滲んでいた。
セレスティーナは、すぐに違和感を察する。
「……もしかして、あなたももうレオナルトに絆されたの?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
彼は、少しだけ視線を逸らしながら、苦笑する。
「……実は、彼から釘を刺されていてな。」
「……やっぱり。」
(もう、本当にどこにも逃げ場がないわね。)
セレスティーナは、少し目を伏せて紅茶を一口含んだ。
エドワードは、何かを言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わずに黙る。
そして、日が傾き始めた頃——
「セレスティーナ。」
レオナルトが、迎えに来た。
「……あなた、もう少しゆっくりさせてくれてもいいんじゃない?」
「夜になる前に迎えに来ると約束した。」
彼は、当然のように腕を差し出してくる。
セレスティーナは、しばしその手を見つめた後、静かに立ち上がる。
(ああ、本当に……私の逃げ道なんて、どこにもなかった。)
庭の向こうに見える王都の灯りを見つめながら、ぽつりと呟く。
「……ねぇ、私の自由はどこへ?」
レオナルトは、淡々と答えた。
「ここにある。」
そう言って、王宮の方向を指し示す。
セレスティーナは、呆れたように眉をひそめ、ゆっくりと肩をすくめた。
「……それは自由じゃなくて、監禁よ。」
レオナルトは微笑み、何も言わずに彼女の手を取る。
——そして、彼女は再び、王宮へと連れ戻された。




