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逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子  作者: つむぎ


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「セレスティーナ様!」


優雅な午後のひととき、サロンの扉が勢いよく開いた。


のんびりと紅茶を楽しんでいたセレスティーナ・エヴァンジェリンは、視線を上げる。そこには、自信満々な表情のアリシア・ローゼンベルク——そして、どこか諦めきった顔のユリウス・アシュレイの姿があった。


「……ずいぶんと元気そうね。」


「ええ、当然です! 私、マナーを習得しましたもの!」


(ああ、そういえば、私が手配した講師がいたわね。)


あれからしばらく、アリシアは必死にマナーを学んでいたらしい。その成果を見せつけるかのように、彼女は誇らしげに姿勢を正し、胸を張った。


「それで、今日は何のご用?」


セレスティーナが静かに尋ねると、アリシアは「ふふん」と得意げに笑い——


「優雅な茶会をするために、来ました!」


と、高らかに宣言した。


「……は?」


思わずカイルがぽつりと呟く。


「ユリウス様もご一緒です!」


「いや、俺は来たくなかったんだけどね……」


隣でユリウスが、やれやれと肩をすくめる。


「『セレスティーナ様のところへ行くの!』って言いながら、俺の袖を引っ張ってくるもんだから、止めるに止められなかったよ。」


「だって! 私のマナーが通じるかどうか、実戦で試さなきゃいけないじゃない!」


「何その“戦場に赴く勇者”みたいな発言。」


「実戦は大事です!」


アリシアは堂々と言い切る。


セレスティーナは紅茶のカップを持ったまま、静かに目を瞬かせた。


「……なるほど。」


おそらく、アリシアとしては、「王宮でちゃんと振る舞えることを示す」ための実践訓練のつもりなのだろう。


(ふふ……まぁ、いいわね。)


せっかく学んだのなら、それを試す場を提供するのも悪くない。


「では、お茶を淹れ直しましょう。」


セレスティーナが優雅に微笑むと、アリシアは「やった!」と小さく拳を握った。


「ねぇ、なんでそこでガッツポーズ?」


「だって、これで正式に“貴族の茶会”に参加できるんですよ!」


「いや、茶会って普通そういうものじゃないんだけど。」


「細かいことは気にしません!」


ユリウスとアリシアのやり取りが、まるで漫才のように続いていく。


紅茶が新しく用意され、アリシアとユリウスもテーブルについた。


アリシアは、明らかに気合を入れた仕草でティーカップを持ち上げる。


(……なるほど、悪くないわね。)


以前のようにカップを持つ手がぎこちなく震えることもなく、飲み方も不自然ではない。少しばかり動作が誇張されすぎている気もするが、それは「学んだことを実践しよう」という意識の表れだろう。


「どう? ちゃんとできていますよね?」


「……ええ、よく頑張ったわね。」


「ふふん、当然です!」


アリシアは得意げに笑い、ティーカップをソーサーに戻す。その動作も、以前よりはるかに洗練されていた。


「じゃあ、次はお菓子ね。」


セレスティーナが微笑むと、アリシアは慎重にフォークを手に取り、小さなケーキを口に運ぶ。


——そこで、ユリウスがぽつりと呟いた。


「……まぁ、これなら誰かが嫁に貰ってくれるかもね。」


「……」


「……」


「——って、何ですって!?」


バンッ! とアリシアがテーブルを叩いた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! それ、今の流れで言う言葉じゃないでしょう!?」


「いやいや、だって君、貴族の娘なのに今までマナーも何もなかったんだよね? それ考えたら、学んだだけでも大進歩だし、“もしかしたら貰い手がいるかもしれない”って、俺なりの褒め言葉だよ?」


「どこが褒めてるんですか!?」


「だって事実じゃん。」


「キーッ!」


アリシアが顔を真っ赤にしている横で、セレスティーナはくすくすと微笑んだ。


「ふふ……。」


(思ったより、楽しいわね。)


もともと静かな茶会のつもりだったが、アリシアとユリウスの漫才のようなやり取りのおかげで、場は明るくなっていた。


(このふたり、こうしていると妙に息が合っているわね……。)


ユリウスはからかいながらも、アリシアの成長をそれなりに認めているし、アリシアも悔しがりながらもユリウスの言葉にちゃんと反応している。


——これはこれで、なかなか面白い組み合わせかもしれない。


セレスティーナは紅茶をひとくち飲み、心の中で静かに思った。


(まぁ、アリシアがこのまま大人しくしてくれるなら、それでいいのだけれど。)


そんなことを考えながら、今日の茶会は、思いのほか和やかに進んでいった。

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