17
王宮の一室。
冷えた空気が満ちる中、レオナルト・アシュレイは静かに国王を見つめていた。
「側妃を離宮へ移すべきです。」
低く、静かな声だった。しかし、それが命令であることは、その場にいた誰もが理解した。
国王は、苦々しい顔でため息をつく。
「お前は相変わらず冷たいな、レオナルト。」
「事実を申し上げているだけです。」
王妃であるセレスティーナを快く思わず、陰で“軽い嫌がらせ”を企てていた側妃——。本来ならば、許されるはずもない。だが、国王がかつて彼女を寵愛していたため、表立って処罰されることはなかった。
しかし、それも今日で終わる。
「セレスティーナに余計な負担をかける者を、私は王宮に置くつもりはありません。」
「側妃も悪気があったわけではないだろう。」
「“悪気がない”なら、何をしてもいいわけではありません。」
レオナルトは、ゆっくりと歩を進めた。
「私がこの件に干渉しなければ、次は何をするつもりでしたか? セレスティーナの立場を貶めるために、さらに策を弄するつもりだったのでは?」
「……お前は、セレスティーナをそこまで大切に思っているのか?」
国王が皮肉めいた口調で問う。
「当然です。」
即答だった。
「セレスティーナは、私の妃です。彼女に不要な苦痛を与える者は、誰であろうと排除します。」
国王は、レオナルトの黄金の瞳を見つめる。そこには、父である自分を恐れる様子も、説得する気配もなかった。
「……側妃には、しばらく離宮で静養させることにする。」
国王は、やむなく折れるように告げた。
「ご賢明な判断です。」
レオナルトは一礼し、ゆっくりと踵を返す。
——これで、セレスティーナに対する余計な負担はひとつ消えた。
王位交代の話を持ち出すつもりはない。
だが、国王にも、側妃にも、そして王宮の貴族たちにも、十分に理解させたはずだ。
セレスティーナ・エヴァンジェリンに対する不敬は、一切許さない、と。
王宮の空気が変わったのは、それから間もなくのことだった。
レオナルトの決定により、側妃が離宮へ「静養」することになった途端、それまで隠れてセレスティーナに書類仕事を押し付けていた官僚や貴族たちは、一斉に大人しくなった。
(……妙ね。)
セレスティーナ・エヴァンジェリンは、久しぶりに何の雑務も押し付けられない一日を迎え、少しばかりの違和感を覚えていた。
これまで当然のように回ってきていた不自然なほど面倒な案件が、ここ数日まったく届かない。側妃派閥に属する貴族たちからの嫌味も、ぱったりと消えた。
(何かあったのかしら?)
しかし、その疑問はすぐに薄れた。
仕事がないのなら、それはそれで構わない。
「——ええ、いいわね。とてもいいわ。」
セレスティーナは、ゆったりとした時間を噛みしめるように、お茶を口に含んだ。
彼女が座っているのは、王宮の奥庭に面したサロン。いつもなら書類に追われている時間に、こうしてのんびりと紅茶を楽しむことができるなんて、思ってもみなかった。
(たまには、こういう日があってもいいわよね。)
セレスティーナは、束の間の休息を心から楽しむことに決めた。
そのすぐ傍で、控えていたカイル・ブレイザーが「お前、全然知らねぇのかよ」と呆れた顔でため息をつくが、セレスティーナは気にしない。
こうして、何も知らないまま、セレスティーナは平穏な時間を満喫するのだった。




