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逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子  作者: つむぎ


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翌日、セレスティーナ・エヴァンジェリンの元に、予想外の訪問者がやって来た。


「……あなたが私のところへ来るなんて」


書斎で書類に目を通していたセレスティーナは、扉の前に立つアリシア・ローゼンベルクを見て、珍しいものでも見たかのように眉を上げた。


(王子ではなく、私に直接会いに来るなんて。)


アリシアは腕を組み、明らかに不満そうな顔をしている。


「……ええ。」


その返事だけで、相当な葛藤があったことが分かる。


「何か御用かしら?」


セレスティーナは優雅にカップを持ち上げながら尋ねると、アリシアは一瞬目をそらし、ぎりっと歯を食いしばった後、ようやく言葉を絞り出した。


「……マナーを、教えてほしいの。」


静寂が落ちた。


セレスティーナは、カップを持つ手を止め、ゆっくりとアリシアを見つめる。


(……あら。)


これは、なかなかの展開ね。


今まで王宮の格式ばった環境を軽視し、己の感情のままに動いていたアリシアが、自ら貴族のマナーを学ぼうとしている。


(なるほど……ユリウスが何か仕掛けたのね。)


アリシアの振る舞いに無関心だったユリウスが、ここ最近になって彼女に接するようになった。彼が直接何を言ったのかは分からないが、アリシアがこうして頭を下げるまでに至ったということは、それだけの理由があったのだろう。


「……どうして、私に?」


「……くっ……!」


アリシアは明らかに悔しそうに唇を噛みしめた。


「他に頼れる人がいないのよ!」


「王宮にはマナー講師もいるでしょう?」


「そ、そんなの……! 貴族の講師はみんな、私のことを見下してるもの!」


(それはまぁ、そうでしょうね。)


もともと彼女は王宮において「聖女」という立場を利用して、貴族社会に順応しようとはしなかった。いまさら「教えてほしい」と言ったところで、まともに取り合ってくれる講師がいるとは思えない。


「……あなたなら、私のことをそこまで見下したりしないでしょう?」


「ふふ……」


セレスティーナは小さく笑った。


(ええ、まぁ、見下してはいないわ。でも——)


「あなたの努力は認めるけれど、私はマナーの講師ではないのよ。」


「っ……!」


アリシアの顔が一瞬曇る。


「でも、あなたの意志が本気なら——適任の講師を手配することはできるわ。」


「……え?」


アリシアが驚いた顔でセレスティーナを見る。


「あなたが直接私に習うより、専門の講師に学ぶ方が、より実践的で効果的でしょう?」


セレスティーナは、手元のメモにさらりと何かを書き込むと、アリシアの方を向いた。


「王宮には、信頼に足る優れたマナー講師が何人かいるわ。私の伝手で、“ちゃんと教えてくれる”講師を紹介してあげる。」


アリシアはしばらく黙ったまま、じっとセレスティーナを見つめていた。


「……あなた、本当に私を見下してないの?」


「ええ。」


「……私を王宮から追い出したりもしないの?」


「ええ。」


「……あなた、ほんと何考えてるのか分からないわ。」


アリシアは、腕を組みながら、むすっとした表情を浮かべる。


(まぁ……そもそも、私はあなたに王子を奪ってもらいたかったくらいだもの。)


けれど、もはやその期待はない。


王子は絶対に靡かない。 これは、もう十分に分かったことだ。


だが、それでも——


「せっかく努力しようとしているのだから、応援するわ。」


「っ……!」


アリシアの表情がわずかに揺らぐ。


「講師を手配するわ。後ほど、正式にお知らせするから準備しておいて。」


「……っ。……分かったわよ!」


そう言って、アリシアは少し照れくさそうにしながら、書斎を飛び出していった。


セレスティーナは、彼女の後ろ姿を見送りながら、静かに紅茶を口に含む。


(……さて、どの講師がいいかしら。)


少しでも、彼女がまともな立ち居振る舞いを身につけられるように。


そして何より——


(これで、少しは王宮が静かになるといいのだけれど。)


セレスティーナは淡々と、次の手配を進めるのだった。

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