15
ユリウス・アシュレイは、兄の命令とはいえ、アリシア・ローゼンベルクの相手をすることに対して、思ったほどの苦痛は感じていなかった。
庭を散策したり、彼女の聖女活動の話を聞くことは、それなりに興味深かったし、なにより——
アリシアのポンコツさが、むしろ面白かった。
「ユリウス様、今日の光魔法の儀式では、私、とっても皆さんの役に立てたんですよ!」
「へぇ、どんな感じ?」
「えっとですね、私が祈りを捧げたら、すごく神聖な光が広がって……!」
「なるほど、それで?」
「そ、それで……えっと……あっ! そうです! 最後に神官様が『よくやりましたね』って褒めてくれたんです!」
「……ふふっ。」
アリシアは一生懸命話しているが、肝心の「どんな活躍をしたのか」はほぼ伝わってこない。ただ純粋に、人に褒められたことが嬉しいだけなのだろう。
(こんなの、兄さんが本気で興味を持つわけがないよねぇ。)
ユリウスは思わずくつくつと笑った。
少なくとも、アリシアは邪悪な陰謀を張り巡らせるような性格ではなかった。ただただ、自分を認めてほしいだけの子供に見える。
(……まぁ、それでも兄さんの婚約にちょっかいをかけたのはいただけないけどね。)
そんなわけで、散策や会話程度ならばユリウスにとってそこまで苦ではなかった。
だが——
ともにテーブルを囲むときだけは、ユリウスは本気で辟易としていた。
その日、王宮の小さなサロンでの昼食の席。
ユリウスは、ナイフとフォークを器用に操りながら、隣で何やら騒がしい音を立てているアリシアをちらりと見た。
(……うん、これはヒドい。)
アリシアは、スープを飲むにもパンを食べるにも、どこかぎこちない。ナイフとフォークの扱いが拙いどころか、貴族としての最低限のマナーすら身についていない。
ユリウスは静かにため息をつき、ついに口を開いた。
「ねえ、君、男爵令嬢としての教育も受けていないんじゃない?」
「——っ!?」
アリシアの手がぴたりと止まる。
「そ、そんなことは……!」
「いや、どう見てもね。」
ユリウスはパンを一口かじりながら、冷静に指摘する。
「ナイフとフォークの使い方、スープの飲み方、パンのちぎり方……どれも貴族としての基礎がなってない。普通なら、最低限のマナーくらいは身につけるものだけど?」
アリシアはしどろもどろになりながら、言い訳しようとしたが、ユリウスはゆるく首を振った。
「まぁ、言いたくないならいいよ。でも、君って、聖女として王宮に出入りしてる割に、貴族としての振る舞いを誰にも教わってないよね?」
沈黙。
アリシアは口を開きかけたが、すぐに目を伏せる。
しばらくの間、何かを迷っているような沈黙が続いたが——
「……仕方なかったんです。」
小さな声で、ぽつりと漏れる。
ユリウスは、興味深そうにワインを回しながら続きを促した。
「ふぅん?」
「……私の家では、私のことなんて、ほとんど放っておかれていましたから。」
その言葉に、ユリウスの手がわずかに止まる。
「生まれつき光魔法が使えたから、それで“聖女”って言われて……でも、家族にとってはそれだけの存在でした。」
アリシアは淡々と話しているようで、その指先はわずかに震えている。
「……男爵家は貧しいわけではありませんでしたけど、私にかけるお金は最低限でしたし、教育も必要最低限。実質的に放置に近かったんです。」
「へぇ……。」
ユリウスは、ワインを一口飲みながらアリシアの言葉を整理する。
彼女は名ばかりの聖女として扱われ、家ではほぼ放置。
そして、王宮にいるうちに嫁ぎ先を見つけられなければ、ろくでもない縁談に押し込まれるのが目に見えている——。
「……だから、必死だったんだ?」
アリシアは、テーブルの上のスプーンをじっと見つめたまま、小さく頷いた。
「……そうです。聖女として王宮に認めてもらえれば、もっといい未来が開けると思いました。」
ユリウスは、それを聞いてしばらく考え込む。
(……なるほどねぇ。)
アリシアが、なぜあれほど必死だったのか。
王子への執着も、自分達への突撃も、すべては「自分の居場所を確保しなければ、未来がない」という焦りからだったのだ。
(まぁ、それでも兄さんにちょっかいかけたのは許せないけどね。)
ユリウスはワインを置き、ゆるく笑った。
「つまり、君は王宮で生き残るために、聖女として頑張ってるわけだ。」
「……はい。」
「でも、君のそのマナーのなさじゃ、貴族の間でいい縁談を得るのは難しいと思うよ?」
「っ……!」
アリシアが息をのむ。
ユリウスは、にやりと口元を歪めた。
「じゃあ、どうする?」
「……どうするって……?」
「君が本当に王宮に居場所を作りたいなら、最低限の振る舞いくらい学ばないとね?」
アリシアは戸惑いながらも、ユリウスの言葉の意味を理解し始めた。
「ま、俺が教える義理はないけど。」
そう言って、ユリウスは立ち上がる。
「君が本当にこのままでいいのか、考えてみたら?」
アリシアは、その言葉に何も言い返せなかった。
ユリウスはワインを片手に、くつくつと笑いながら、心の中で呟く。
(さて……これで、この聖女様がどう動くか、見ものだね。)




