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セレスティーナの知らぬところで、王宮の執務室には王子の幼馴染たちが神妙な顔で集まっていた。
レオナルト・アシュレイの机の上には数枚の報告書が広げられているが、誰もそれに目を通してはいなかった。
重い沈黙の中、カイル・ブレイザーが腕を組みながら口を開く。
「そろそろ、セレスティーナのストレスメーターが振り切りそうだ。」
ヴィンセント・クラウゼは眉をひそめ、低く息をつく。
「やはりか。」
「護衛としてずっと様子を見てるが、最近のあいつの疲労感は尋常じゃない。もともと王妃教育とか王宮のしがらみでストレスは溜めてただろうが、ここ最近のアリシアの暴走で、さらに追い詰められてる。」
カイルは面倒くさそうに頭を掻きながらも、言葉を続ける。
「表面上は平静を装ってるが、時々、もう諦めたみたいな顔をしてるんだよな。」
「それは……少し、まずいな。」
ユリウス・アシュレイは、ワインを傾けながら気のない声を出した。
「このままだと、本当にセレスティーナが王宮から逃げ出すかもしれないねぇ?」
「それはありえない。」
レオナルトが、淡々とした声で断言する。
黄金の瞳が鋭く光り、ゆっくりと視線を巡らせた。
「だが、セレスティーナに不必要な負担をかけるのは、俺の望むことではない。」
「なら、どうする?」
ヴィンセントが静かに問いかける。
「アリシアが勝手に聖女としての活動を広げているせいで、セレスティーナがこれ以上余計な気を遣わされるのは避けたい。とはいえ、彼女自身は別にアリシアを敵視しているわけでもないし……。」
「そうなんだよな。」
カイルが深くため息をつく。
「本人は『聖女としてがんばるのは良いことだわ』とか言って、むしろ微笑ましく見てやがる。でも、アリシアはその間にどんどんと暴走して、セレスティーナを“邪魔な存在”として排除しようとしてる節がある。」
「それに……最近、セレスティーナは“諦め”の色が強くなっている。」
ヴィンセントが静かに言葉を重ねた。
「もともと、王妃という立場に窮屈さを感じていたことは知っていたが……ここにきて、それが“無関心”に変わりつつある。」
ユリウスはそれを聞いて、ワインをくるくると回した。
「兄さん、これ以上のんびりしてると、本当にセレスティーナが限界を迎えるよ?」
「分かっている。」
レオナルトはゆっくりと椅子にもたれかかり、瞼を閉じた。
「……俺たちがすべきことは、セレスティーナにとって、王宮が“心地の良い場所”であることを理解させることだ。」
「どうやって?」
「彼女が王宮を逃げたくなる理由を、ひとつずつ取り除く。」
「たとえば?」
「まずはアリシアだ。」
その場の空気が、わずかに張り詰める。
レオナルトは瞼を開き、まっすぐにユリウスを見た。
「ユリウス、お前は今、アリシアに絡まれている立場だな。」
「まぁね。」
ユリウスは肩をすくめる。
「兄さんの婚約にこれ以上ちょっかいかけられるのも面倒だったし、ちょっと相手をしてるけど……なるほど、そういうこと?」
レオナルトは静かに頷いた。
「お前がアリシアを利用して、彼女の行動を王宮の枠内で抑え込め。」
「兄さん、命令するねぇ。」
ユリウスはくつくつと笑いながら、グラスを置いた。
「まぁ、いいよ。ちょうど退屈してたし、少し聖女様と遊んでみるか。」
「頼んだぞ。」
ユリウスが動けば、アリシアの動向はある程度制御できる。
レオナルトは次にヴィンセントを見やる。
「ヴィンセント、お前もアリシアの行動に関する情報を集めておいてくれ。王宮内での動きが過度に逸脱しないようにな。」
「分かった。」
ヴィンセントは冷静に頷く。
「それと、カイル。」
「……ん?」
「セレスティーナを監視しろ。」
カイルはため息をついた。
「今も十分にやってるが?」
「今後、セレスティーナが何かしらの異変を見せたら、すぐに俺に知らせろ。」
「……了解。」
カイルは渋々ながらも頷いた。
「……それで、兄さんはどうするの?」
ユリウスが問いかけると、レオナルトは静かに言った。
「俺は、セレスティーナを守る。」
その言葉に、誰も何も言わなかった。
それが彼の中では、もはや当たり前のことであると知っていたから。




