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王宮の執務室。書類のやり取りをしていたセレスティーナは、突然、ぞわりと背筋を駆け抜ける悪寒を感じた。
(……なに?)
まるで、どこか遠くから自分に向けられた悪意が流れ込んできたような——そんな、得体の知れない感覚。
思わずふるりと震えると、すぐ隣にいたレオナルトが、それを見逃さなかった。
「……寒いのか?」
彼は何のためらいもなく、自分の上着を脱ぎ、そのままセレスティーナの肩に掛ける。
「——っ。」
突然の温もりに、セレスティーナは思わず身を竦ませる。
「い、いいわよ、こんなこと。」
「遠慮するな。」
「でも、あなたが寒くなるでしょう?」
「俺は慣れている。」
レオナルトは落ち着いた表情のまま、彼女の肩を押さえた。
「……お前が我慢する必要はない。」
黄金の瞳がまっすぐにセレスティーナを見つめる。その静かな眼差しには、いつもの王子らしい冷静さと、どこか彼女を気にかける優しさが混ざっていた。
彼の心遣いがありがたくもあり、同時に、じわじわと追い詰められるような気がしてならない。
(……レオナルト、あなたがアリシアに興味を持ってくれれば、私は楽になれるのに。)
だが、彼の視線はいつもセレスティーナに向いていた。
どれだけ彼女が「婚約破棄されるべき悪役令嬢」になろうとしても、彼はまるでそれを許さないように——彼女の隣に立ち続けていた。
アリシア・ローゼンベルクは、これまでとはまるで別人のように精力的に動き始めた。
王宮内の病人を光魔法で癒し、神殿での儀式にも積極的に参加するようになったのだ。
「聖女様……! どうか、この子の熱を……!」
「安心してください。光の御加護が、きっと救ってくれます。」
優しく微笑みながら、アリシアは手をかざす。
光魔法の柔らかな輝きが、熱にうなされる幼子の額を包み込み、ほどなくしてその表情は穏やかになった。
「……嘘みたいに、落ち着いた……!」
「聖女様、ありがとうございます……!」
周囲の人々が感嘆の声を上げる。
アリシアは、これまでほとんど自らの力を活かそうとはしていなかった。だが、王子もカイルも、ヴィンセントもユリウスも攻略できないとなれば、もはや手段を選んでいる場合ではない。
(私は、聖女なのよ! ならば、この力を使って、王宮での存在感を高めればいいのよ!)
彼女は急速に「聖女」としての立場を確立し始めた。
王宮の医療施設を巡り、体調を崩した使用人たちを癒し、貴族たちの間でも「聖女アリシア」の名は広まっていった。
さらに、今までサボりがちだった神殿での儀式にも頻繁に参加するようになり、その熱心な姿勢を見た神官たちは、次第に彼女を担ぎ上げるようになっていく。
「聖女様、次の大規模な儀式にも、ぜひご出席を!」
「ぜひ、王宮での祈祷をお任せできれば……!」
彼女のもとに寄せられる期待と尊敬の声。
それが心地よかった。
(ふふっ……これで、攻略対象の皆さんも私を無視できないはず!)
聖女としての影響力を持てば、王子であれ、宰相の息子であれ、第二王子であれ、いずれかは振り向かざるを得ない。
(セレスティーナなんて、もう関係ないわ。私が主役の世界に戻すのよ!)
アリシアは満足げに微笑み、光魔法の輝きを指先に灯した。




