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五話 実働6分


『目的地に到着しました』


「ようやく到着かー」


 ナビの無機質な音声が聞こえると、車は既に異世界の草原に停車していた。ようやく精神的冷房全開な車から降りられて、まるで2時間は座りっぱなしだったかのように伸びをする四条。実際には15分ほどのドライブなのに。


「三ツ橋、こんな時間にガチでありがとな。今度ご飯でもお酒でも奢らせてもらうよ」


 そう言って後輩を危険な世界から返そうとするも


「ワタシもついて行きます。酔っ払いを一人置いて帰るとか、イスタルテ様にも失礼ですし。先輩がヘマしたらワタシまで課長に怒られちゃいますから」

「げっ!」

「げっ! ……じゃないっすよ、そんなベロベロで。大体、トラブル解決したらどうやって帰るつもりです? 帰りも車の方が楽でしょっ」


 紅潮した顔や呂律の具合から四条の酔い具合を心配したらしい。


「そこまで酔ってないぞ俺は。それにお前……夕方、戦闘に関しては俺を信頼している風だったじゃないか」

「酔っ払いはみんな自分は酔ってないって言うんすよ。そりゃ先輩がシラフなら誰にも負けないでしょうけど。今ならその辺の雑魚モンスターにもやられちゃうかもっすね」


 自身の感覚としては足取りが微妙にふんわりする程度だ。しかし三ツ橋がここまで言うとなれば、はたから見れば結構怪しいのかもしれない。


「うっ……。いざとなれば【解毒アイテム】使うし」

「はいはい、貴重な我が社の製品を湯水の如く使用しちゃダメですよー」


 眼前の後輩は絶対に同行する意思らしい。エンジンを停止し、運転席から降りて来た三ツ橋が四条の隣へ移動して


「恐れ入ります、異世界サポートセンターです。イスタルテ様はいらっしゃいますか?」


 担当者の四条よりも前に出てイスタルテに挨拶し始めた。すると即座に光のゲートが現れて


「わーっ、有難うございます! こんな時間に。四条さんだけで無く、もうお一人来ていただいたんですね? 昼間も対応して貰っているのに、申し訳ありません」


 イスタルテが中から登場した。


「初めましてイスタルテ様。私、四条の後輩で三ツ橋と申します」

「初めまして三ツ橋さん。この世界を担当している、女神イスタルテです。よろしくお願いします」


 女性陣二人が初対面の挨拶を終えるまで待ってから、四条が口を開く。


「イスタルテさん。この度は弊社の山本がご迷惑をおかけし、申し訳ありません。早速応援に向かいたいのですが……その前に今一度状況だけ伺えますか?」


 ゲートを開いて貰う前に、先に今何が起こっているのか確認しなくては。どうしてコールセンターへ依頼してきて、山本さんに何があったのか。危険予知を行なってから作業にあたるのは非常に大切だ。どんな危険があるかをミーティングしておく事で、事故や怪我を防ぐことに繋がる。


「はい。昼間四条さんに対応して貰ってから日本時間で10時間ほど経過しました。その間この世界では2日が過ぎています。私の見通しも甘かったのですが、魔王はその短時間で再度王都に攻め込んで来ちゃいました。しかも、対四条さん対策に強力な部下を引き連れて」

「対四条先輩向けの魔族……強そうですねぇ」


 三ツ橋は女神から得た情報をタブレットにメモしておく。言葉遣いがお客様の前だけあっていつもよりはちゃんとしている。


 となると。魔王に力の差を見せつけたが故に、王都にとんでもない化け物を呼び込んだことになる。


「それだけではありません。王女と四条さんが魔王の前で田中さんの話をしましたよね? 田中さんと四条さんの外見が似ているとも。そこから魔族の情報網で田中さんを調べた魔王は、彼がまだ成長途中である今が好機と見て攻めて来ています。育った田中さんと四条さんを一度に相手するのは不可能だと考えたのでしょうね」

「うわー、先輩やらかしてません? なんで魔王に転生者の情報与えてるんですかー」


 ジト目の三ツ橋。


「ええ……そんな話したっけ……」


 言われてみれば、こちらがスマホでのデータ確認に集中している時に王女がそんな話をしてきたような……しないような。


「魔王としても、単に中級モンスターを倒せる程度の人間だったら脅威とは思わないでしょう。ただ、田中さんが四条さんと同じ一族だと考え、潜在能力を危険視したようです。逆に、今ならば勝てると」


 相手の準備が整う前に攻め込むのは常套手段だ。


「王女と田中さんは満身創痍で、そこを御社の山本さんが守ってくれていたのですが……途中で腰をやってしまったようでして」

「ありがとうございます、状況はわかりました」


 四条は一礼し、ズボンのポケットに入れていた社員証を首にかけて


「ではイスタルテさん。ゲートをお願いします。作業時間は……おそらく30分ほどですかね」


 女神は日本で10時間経過する間、異世界では2日過ぎたと言った。作業時間30分ならつまり、日本では6分しか経たない計算に。サクッと終わらせれば、帰ってからもたっぷり睡眠が取れる。


「はい、こちらのゲートをお使いください」


 イスタルテは右手を突き出し光のゲートを作る。


 四条が三ツ橋に目配せし、二人は揃ってゲートに歩き出す。ゲートまであと数歩のところで四条は一度立ち止まって、女神に振り返ると。


「イスタルテさん。もし……事故で魔王さんを虫の息にしてしまっても構いませんか?」

「……え?」


 思いがけない発言に、イスタルテは何も返せない。四条はニコニコと続ける。


「勿論、そうはならないように気をつけて作業します。が、なにぶん弊社の山本やエイリーン王女、それに転生者の田中様も守りながらの戦闘となれば、魔王さんの無傷までは保証できません。……【伝説の剣:LS-80】が札幌支店に届くまでの期間、動きたくても動けないくらいのダメージを魔王さんに与えてしまう恐れがあります」


 万が一四条がうっかり手加減を誤ってそうなれば、結果としてこの世界絡みでの夜間の呼び出しは無くなるだろう。本当は魔王に怪我などさせたく無いが……ケアレスミスで瀕死にしても仕方がないくらい、今回は制約が多すぎる。決して、もう夜に呼ばれたく無いから魔王を痛めつけるわけではない。ステークホルダーを誤って怪我させるなど、プロとしては避けたいのだから。


「それは構いませんけど。でも……魔王との直接戦闘は本来有料ですよね? しかも、転生者が楽に倒せるくらいまで弱らせてもらうなんて、更に上乗せされるんじゃ……?」


 予算を心配するイスタルテ。四条は優しく微笑み


「いいんですよ。こちらのミスでそうなった際にはサービスしておきます! 山本がご迷惑をおかけしちゃいましたし。もし私の不手際で魔王さんが瀕死になっても、請求は基本の夜間対応費用のみで大丈夫ですので」

「あ、ありがとうございます……」


 いつもより勢いのある四条のトークに、イスタルテは戸惑いながら礼を言う事しか出来なかった。


 ゲートをくぐる四条と三ツ橋。


「ワタシ知りませんよ? もう緊急対応したく無いからって、魔王をわざと痛めつけるとか。課長にネチネチ言われちゃうんじゃないっすか?」


 目的地に通り抜けるまでの、光に包まれた回廊で三ツ橋が四条を肘でこづく。


「ならお前が代わりに夜間対応する?」

「それはお断りしますけど」


 満面の笑みで却下してくる後輩。


 この仕事は異世界人や魔族を相手にするものなので、明確な作業手順や判断基準が存在しない。昼間、魔王にあれだけの力量を見せつけたなら、四条の経験からして異世界時間で一カ月は大人しくしてくれるはずだった。事実、別の世界の魔王はそれで戦意喪失したり、魔界へ逃げ帰るなんてパターンもあった。それが、たった2日でまたやって来るとは。完全に想定外である。


「……今回の魔王はえらく好戦的だ。多少痛めつけたとしても、また懲りずに攻めてくる可能性がある。そうなればイスタルテさんもウチに依頼せざるを得ないが、何度も費用を請求するのはこっちだって心苦しいじゃん?」

「ふーん。あくまで、イスタルテさんのお財布を考慮した優しさってことっすか」

「そういうこと。なんなら、魔王より強い部下を引き連れて来たとか言ってたよな? 考えたくないことだが、ソイツに【LS-80】を装備した田中様が敗北しないとも限らない」


 昼間使用した【最終ダンジョンの剣:L-40】を基準に考えると。魔王はそれより強いレベル50から60くらいが一般的だ。ならば、その魔王を凌ぐというと……恐らくはレベル70から80くらい。山本さんが苦戦したのであれば、きっとそのくらい強いんじゃないかと予測する。


「それはヤバいんじゃ……【LS-80】を納品して田中さんが負けたら台無しですよね。この世界は平和にならないし、イスタルテさんは更に奮発して【LS-100】を購入しなきゃですし。なんなら、田中さんが死んじゃう危険性もありますか」

「だよな? だから、今俺たちは魔王さん以上に強い部下の方を倒し、魔王さんにも弱っていただくべきなんだよ」


 結果として田中さんが剣を突き刺すだけで終わったとしても、シナリオは変化しないわけだ。


「はぁー! 酔っ払いのくせに、結構考えてたんですねぇ」

「三ツ橋、お前先輩舐めてるだろー?」

「いえいえっ。流石はワタシの教育係だった人だなって見直しただけですし」

「ほんとかよ」


 どのような対応が最善か。良い機会なので後輩に教育しつつゲートを抜けると、王都をぐるりと囲んだ城壁の外側あたりだった。昼間よりも王都の近くに攻め込まれていたらしい。


「あー、四条くんに……三ツ橋ちゃんまで! ごめんねぇ、おじいちゃん腰やっちゃって」


 好々爺な雰囲気の山本が、腰をさすりながら笑顔で四条達に手を振った。腰は痛そうだが、怪我は無さそうで一安心。気を失ったボロボロの王女と日本人の少年……多分田中が、城門付近で寝かされ兵に守られている。


「来たか……ヨジョウよ。貴様と同じ種族がタナカだけでは無く、他にも二人王都にいるとはな」


 魔王が警戒していたのは四条と田中だけだったが、山本に三ツ橋まで現れて驚いている様子。


「2日ぶりですかね、魔王さん。お元気でしたか?」


 四条が頭を下げる。


「相変わらず食えんやつだ」


 魔王は憎々しげ。よく見ると、山本さんの前では屈強な悪魔がヤリを構えている。


「ヨジョウ、お前の為に連れて来た戦士だったのだが……そこの老人も中々やるようでな」


 山本さんの手には杖が握られている。アレは【賢者の杖】かなと四条は思う。遠目なのでそれっぽいなぁ……くらいで、レベル帯も外見だけではわかりにくいが。【賢者の杖】なら腰が痛くても、敵の足止めには問題無い装備だ。


「ところで魔王さん。あの槍の方は幹部だったりしますか?」

「……いや。能力はあるが幹部ではない」

「そうですか!!」


 何故今そんなことを聞くのか。魔王は訝しむ。けれど、四条にはとても大切なポイントなのだ。槍の悪魔を倒しても幹部料金はかからない。社内的に雑魚モンスターとして処理出来る。つまり気兼ねなく戦えるということ。


「山本さん、交代しますよ。帰って待機をお願いします。もし必要なら違う人に待機も代わってもらったほうが」


 その腰では、別の依頼が来ても対応が難しいのでは。


「ごめんごめん。じゃあ、おじいちゃんは先に戻ってるね。あ、四条くんこの杖いる?」


 腰を庇いながら歩いて来た山本が四条に杖を差し出すも


「いえ、大丈夫ですよ。それに、もし違う世界から緊急依頼来たら必要じゃないですか?」

「そっか。それもそうだねぇ。したっけ持って帰っちゃうよ。三ツ橋ちゃんも、わざわざありがとうねぇ」

「はい。お疲れ様でした」


 大先輩の山本さんに頭を下げて、ゲートへ消えるのを見送る。


「なんだと……? あの老人を帰らせても良かったのか? あれ程の使い手がいなくなっても我々に勝てるという腹か」


 魔王は不貞腐れている。四条に舐められていると感じたらしい。


「ヨジョウ、あまり我々をコケにするな。2日前の戦闘、こちらは本気では無かったのだぞ……? そもそも、王国の連中は我が魔族にとって……」

「大変申し訳ありませんが、作業時間の都合で戦闘に入らせて頂きますね」


 魔王は話が長い。これはどの世界でも大体そう。何故世界を支配したいのかや悲惨な過去を語ったりしてくるが、生憎サポートセンターとしては聞いてあげる必要がない。仕事中に、通行人から話しかけられるくらいの感覚だ。


「ならば……驕ったまま死ねぃ!!!」


 魔王は人間とそう変わらない見た目だったが、みるみる体躯を大きくし、3メートルはある巨大な化け物に変身した。肉が盛り上がるたびに石畳がきしみ、影が二回り太った。次の瞬間、空気が裂ける。増えた筋肉によって目にも止まらない速度で四条に突進してくる魔王。昼間(2日前)の魔法による攻撃は弱いはずで、本来は近接戦闘に特化したタイプだったらしい。


「先輩!!?」


 棒立ちで、構えさえしない四条に三ツ橋が叫ぶ。


「潰れろぉっ!!!」


 筋肉が隆起した魔王の右腕。猛スピードでの突進から大きく振りかぶった薙ぎ払いの一撃は、四条を地面ごと抉る破壊力を秘める。


「『加速』」


 四条の呟きで社員証が光る。閃光のような速度で魔王の一撃を躱す四条。


「き、消えた……!?」


 渾身の一撃が空振りに終わった魔王は、完全に四条を見失う。


(魔王の鼓動の位相……一拍ズレたな。核はそこか)


「『要害粉砕』」


 最初の加速で攻撃を避けながら魔王の背後にまわった四条は静かに腰を落とす。じゃり……と、靴が地面を噛む音がする。直後。


 バシンッ!!! 


 拳によって魔王の弱点となる【魔力の核】に致命的なダメージを与えた。見た目には普通のパンチ。しかし、特殊な恩恵を受けた拳が衝撃を一点に集約する。


「馬鹿……な……」


 攻撃を受けてから、敵が背後から殴ってきたのを理解する魔王。貧弱なはずの人間のパンチで、目、口、鼻から血を吹き出し倒れ込む。大きくなった身体も人間サイズへ戻ってしまった。


「魔王様を……人間如きがパンチで……!?」


 槍を持った部下の悪魔が、信じられないといった風に。


「やべっ死んで無いよな……? うん、正当防衛規程『最小限の制圧行為』に該当するな。記録しとこっと」


 魔王があまりにも派手に血を吹いたためやり過ぎたかと心配になる四条。息はあるみたいなので、なんとかセーフ。魔王を瀕死にしちゃったのは事故ということで。課長へも正当防衛を強調しようと考える。


「本当に偶然ですかぁー? 容赦ないですね、先輩」

「ちょっと久しぶりで、勝手がわからなくてさぁ」


 四条も三ツ橋も始末書は嫌なので魔王が生きていてくれて助かった。


「こうなれば……王女達だけでも!!」


 槍の悪魔が城門の方へ火焔魔法を放つ。


「三ツ橋っ!」

「わかってますって! 【透盾:β(とうじゅん:べーた)】!!」


 今度は三ツ橋の社員証が光り、城門を守るように透明なシールドが展開された。火焔はシールドにぶつかると、分散し音もなく消えていく。


「ワタシがついて来て良かったっすねぇ? 先輩!」


 ニヤニヤしながら存在価値をアピる三ツ橋。


「まあ……いなきゃいないで、自分で弾いたけどね」

「あれあれ。昼間の素直な先輩はどこいったんすかぁ?」

「この上なく素直な感想だけど?」


 そういえば、パスタとお蕎麦の誤解はしたままの二人。お互いにクエスチョンマークを浮かべる。


「なんなのだコイツらは……! ここは一度帰還しなくては」


 槍の悪魔が戦力差から撤退を決める。


「申し訳ありませんが」

「……なっ!?」


 悪魔が振りかえった先には、すでに四条が立っていた。今の今まで、三ツ橋の横でやり取りしていたというのに。


「貴方は、私共の手で退場して頂きます」

「早すぎる……」


 咄嗟に槍を構えて迎撃を試みるも、目に見えない速度で動く四条に間合いも何も無く。


 魔王よりも強い……可能性があった悪魔は四条の連撃を喰らう。身体を構成する魔力を集める核が完全に破壊されてしまい、霧のように空中へ霧散していった。


「雑魚モンスター、一匹駆除……っと。人的被害ゼロ、追加料金もゼロだな」

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