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四十一話 怒り心頭に発する


 エイリーンは満面の笑みで四条に駆け寄り、両手を握った。小さく柔らかい手が、四条の手を優しく包む。


「ああ……幻では無い、本物のヨジョウ様ですわっ」


 感慨無量。命の恩人、救国の英雄がこうして再びやって来てくれるとは。


 田中が【伝説の剣】で強くなったのは好材料だった。しかしその分、元老院をはじめ王城内では様々な思惑が交錯している。間者を田中の付き人にして籠絡しようとする者まで現れる始末。

 エイリーンは余計な気苦労を背負い込む日々を送っていた。この小さな身体でどれだけの重圧と戦ってきたのか。四条はエイリーンに涙を溜めるほど再会を喜ばれ、手を振り解くのを躊躇ってしまう。


「エイリーン様。突然このような形で訪問してしまった無礼、心よりお詫び申し上げます」

「よいのです。四条様と再びお会いできたのが、何より嬉しいのですから」


 エイリーンと会うのは久しぶりだ。田中に剣を納品した時も、王女の姿は確認していない。


「その方がエイリーン様ね。四条くんが【結婚しそうになっていた】と噂の」


 この再会の温度感、三ツ橋からの報告に相違は無さそうだと桜井は判断する。


「ほぉー。仕事中にお姫様と結婚とは、四条君もプレイボーイだねぇ。俺と同じくそれで退社すんじゃねーのか?」


 事態を複雑にした吉田も、意外とばかりにニヤついた。現地人との恋愛は御法度、そんな当然の決まりを元掃討部が犯そうとしているとは。


「違いますってば……。というか、吉田さんの場合は偽装でしょう」

「ひどいなーっ。偽装と決めつけられて、おじさん悲しい! まだ真実の可能性も残されてるだろうっ」

「残されてるだろうって言われても、知らないですよ……」


 本来は緊迫した場面だが、三ツ橋の噂話のせいで気を緩まされてしまう。桜井も吉田も、次の瞬間殺しあう雰囲気では無くなった。しかし正体不明の力を持つ吉田が、この世界に必要不可欠なエイリーンの直ぐ近くにいるピンチには変わりない。


「もしやそちらはヨシダ様……ですの?」


 エイリーンはようやく四条から離れ、桜井と吉田を見やる。特に、髭面になった吉田に気がつき手で口を覆う。吉田にしても、エイリーンはかつての重要人物。元担当なので面識もあるのだろう。イスタルテ案件の【F世界化】において平和の象徴、その重要性は把握済み。


「お久しぶりですねぇ、お姫様。こんなヒゲ生やしててすみません」

「突然いなくなったので、失礼ながらお亡くなりになったのかと」

「ははは、こうしてピンピンしてますよ」


 吉田はタバコをポケット灰皿に捨て、大袈裟に一礼。


「エイリーン様、この男はご存知なのですね」


 前任者、ならば顔くらいは合わせたのか。


「はい。ヨシダ様は昔、旅の商人として時々城下を訪れておりました。珍しい品を仕入れていたのでよく覚えています」


 身分を偽ってエイリーンに接触していたらしい。アプロディテ案件において、四条と三ツ橋も最初は商人としてセラフィーナに近づいた、いわば潜入の常套手段だ。つまり元異世界サポートセンター社員だと知られてはいない。故にエイリーンはこの状況の危うさを認識できずにいる。端的に説明するのも可能だが、内輪揉めが知られサポセンの信用を失くすのは今後に差し障る恐れも。エイリーンの味方の筈が、裏切って魔王の娘に加担するような集団と誤解されてしまう可能性も。


(いや、実際に吉田さんは裏切り者なのだから誤解でも無いよな。さて、どう説明するべきか)


 ただ、事実を伝えないのなら四条と吉田、それに桜井が無断でエイリーンの私室に侵入した現状をどう話すべきか。


「初めましてエイリーン様、私は桜井と申します。四条の上司です」


 四条が説明すべく整理していると、桜井があっさり身分を明かした。


「まぁ! ヨジョウ様だけで無く、更に上の方までお力添えに来てくださったのですねっ」


 王女がそう受け取るのは自然だ。魔王の娘という未知の脅威に助力しに来てくれた、そうでなければ訪れる意味もないだろう。


「ええ、そんなところです」

「よろしくお願いしますわ、サクライ様!」


 魔王を一撃で倒す四条の、更に上の人間。これはもう百人力で、エイリーン的には大船に乗った気になる。


 吉田も一歩前に出て。


「そして私は、サポートセンターのお二人に潤沢な物資をお届けする為に再びこの地へやってきたのです」


 商人の設定を貫くらしい。ここで戦う気は無いアピールだろうか。


(吉田さんの能力は予測できない。保険としてエイリーン様の守りを堅めておくか)


 四条は念の為、エイリーンの周囲に【ネームレス】を目に見えないほどの小さな粒子で漂わせる。吉田がこちらを油断させて襲うつもりでも、それなりに対処が可能なように。

 わざわざ異世界を渡ってここへ来たのは、魔王の娘に何かすればエイリーンや田中を殺すといった明確な脅しだ。備えておいて損は無い。吉田の能力が解明出来るまでは、四条も桜井も手は出せない。


「それは頼もしいですわ! ヨシダ様の取り扱う品は必ずや魔族との戦いに役立ちますしっ」


 自分の生き死にが周囲の三人に委ねられているとは微塵も知らないエイリーンは、魔族との長い戦いの終着が見えて昂る。


「そういえばヨシダ様も、その髪色や瞳の色……ヨジョウ様達と同郷だったのでしょうか?」


 であれば、物珍しい品ばかり売りに来ていたのも納得がいく。高い身体能力に加え、技術力も相当長けているのだろう。


「ええ。実はそうなんですよ。なので協力は惜しみません」

「やはりそうでしたか!」


 四条、田中に加えて桜井と吉田の登場。うまく関係を築ければ、四条らの【部族】へ更に応援を請えるかもしれない。


「では、我々は早速魔王の娘を捜索して来ます。発見次第エイリーン様へお伝えにあがります」

「承知しました。ご武運を……!」


 四条が告げ、それを合図に日本人三人は部屋を後にした。吉田はエイリーンを覆う【謎の粒子】をチラリと見てからドアをくぐった。


 残されてエイリーンは、ほぅ……と息を吐き。


「もう、疑いようもありません。元老院がどう思おうと、やはりヨジョウ様はこの世界の救世主ですわね。……私だけ遊んではいられませんっ! 魔王の娘が見つかった時のために、タナカ様と鍛錬しておきませんとっ」


 良いニュース続きでやる気を膨れ上がらせた王女は、夜分にも関わらず田中の部屋を訪れ強制的にトレーニングに付き合わせた。

「寝る前のトレーニングは睡眠の質が下がる」とか、「食事のタイミングがズレる」などの小言はいくつか言われたものの、しっかり付き合ってくれるあたり田中の優しさが滲み出ていた。


 ◇◇◇


「と、言うわけですよお二人さん。俺はいつでもエイリーン王女や田中君を害することが可能……その気になれば、だけどな。だが、ノクティアに何かあれば容赦はしない。当然アンタら以外の掃討部を派遣するのもナシだ」


 城下町まで出てから吉田は本題に入る。


「人質とはやはり、エイリーン様達のことでしたか」


 四条もそれは考慮してある。


「That's right! 良かったねぇ四条君。魔王の娘が無事な内は、この世界は掃討案件にならないで済む。抑止力ってわけよ。俺はエイリーン達に、アンタらは魔王の娘に手出ししなきゃ平和が続くぜ」


 吉田は軽い調子で四条の心の闇に触れた。何よりも異世界の掃討案件化を嫌う四条にとって、自分勝手な吉田の発言は許容し難い。掃討案件の【地獄】を知らないというのに、随分と軽く発言してくれる。魔族が滅ぶだけでは無く、グラナダのような被害者も生み出してしまう【世界の終焉】。イスタルテを裏切り、この世界を掃討案件に近づけた張本人が発して良い言葉ではなかった。


「……そうですねぇ」


 今すぐに吉田を殺害してしまいたい、その気持ちを必死に抑えつけてどうにかそれだけ返答する。


 隣の桜井は不適な笑みで


「でも吉田くん? あなたの言う【平和】はそう長く続かないわよ。あなたの能力は既に社内で解析が進められているわ。全貌が明らかになって、私や四条くんで対処可能だと判断されたらサービスタイム終了……あなたや魔王の娘は即座に消されると思いなさい」


 F世界で小競り合いをした段階で、桜井は社の人間に吉田のデータを送り続けている。サポセン由来のスキルでは無くても、時間さえあれば解明は可能。吉田の寿命は解析結果が出るまでだ。


「おお、怖い。だが逆に言えば解析が終わるまでは時間が残されてるって事だよな。せいぜい有意義に過ごさせて貰いますよ」


 手を振って吉田は去っていく。後をつければノクティアに迫れるのだろうが、サポセンの二人も吉田の解析が終わるまでは迂闊な対応はしたくなかった。


「……まさか吉田くんのスキルが異世界を渡れるとはね。間違い無く【終末対処部】が出動するレベルよ」


 桜井が近場のベンチへ腰を下ろす。吉田をどうにかするまでは帰社できず、かといってやれる事もない手持ち無沙汰な状態だ。

 長い間臨戦体制を維持して暑くなった四条は、スーツの上着を脱ぎ小脇に抱える。


「あんな力、一体どこで身につけたんでしょうね。エイリーン様には【ネームレス】を展開しておきましたが……」

「そう、なら私は転生者の方をカバーしておこうかしら。人質は吉田くんの生命線……簡単には害してこないとは思うけれど」


 エイリーンと田中さえ無事なら、イスタルテのシナリオをどうにか進行可能だ。


「後は、どうして吉田さんが魔族にそこまで肩入れするかですね。その辺りを探ってみるのはアリかもしれません。動機がわかれば交渉も可能かと」

「ここまできて話し合いの余地があるかしら? ……まあ、どうせ解析が終わるまでは暇だし、図書館で軽く調べる程度なら構わないけれど」


【A-27】をF世界にするため、魔王の娘はどの道死ぬ。


 これは絶対に外せない条件なので吉田との議論が平行線になるのは目に見えているものの……無論、余計な血を流さずに済むのならそれに越したことはない。

 夜も更けてきたので宿で休んで、翌日はこの世界の人間と魔族の関係を改めて調べてみる方針とした。


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