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四十話 人質


 吉田はサポート課員の戦闘力を随分と安く見積もっている様子。数秒で無力化とは、相手を舐めているだけでは出てこない発言だ。敵の強さがある程度変動しようが構わないくらいには自分の腕に自信を持っているらしい。【未回収者】として、強力なアイテムやスキルを所持するが故の自信か。


「どうしたの? 吉田くん。間合いを見計らっている内に数秒は経過しちゃったけどぉ」


 戦いは既に始まっている。大口を叩いた割には一向に動こうとしない吉田に、桜井が小さくため息をつくと。


「レディーファーストで先攻をお譲りしたんですがねぇ。ま、来ないならこっちから行きますかっ」


 吉田が拳を構えて桜井との距離を詰める。ギシッ! と床の木板を鳴らし、まだ届きそうに無い間合いから右ストレートを繰り出した。


(遠い……)


 四条が、吉田の拳は空を切るだけでは? と認識するも。桜井は当たりそうも無いのに真後ろへスウェイ。

 それに感心したのは、パンチの主の吉田だ。


「へぇ、課長の距離感をズラしたのに、それでも避けますか」

「ただ避けるだけじゃないわよ?」


 避けた体勢から返す刀はローリングソバット。桜井の、バネのようにしなやかな躯体から繰り出される高速の一撃。これもまた、四条から見れば当たらない距離からの反撃。しかし、吉田は腕で顔をガードしながら数センチズレた。まるで桜井の攻撃範囲に存在していたかのように。


「くっ、ガチで見えてるってのか……?」

「吉田くんの正確な位置は見えてはいないわ。ただ、目には頼っていないだけよ」


 どうやら二人の会話からして、吉田は能力か何かで自身の位置をズラして見せているらしい。道理で四条からは変な間合いで戦っているように見えるわけである。涼しい顔で立つ桜井に、吉田は未だ信じられないと言った顔。


「課長さんは、やはり思いの外戦闘経験が豊富なようだ。まさか初見で見破られるとは……社員証を起動した様子も無いし、今は完全な素の状態ですよね? にしては、蹴りの威力も尋常じゃないのですが」


 桜井は近接戦闘にも長けており、生身で異世界に放り込まれてもその辺の魔族ならば制圧可能だ。以前四条が装備無しでエルドリア城に潜入したが、桜井にもそのくらいは朝飯前。吉田の【位置ズレ】を音などから予想し、脳内で修正しながら対処して見せた。


「レディーに失礼な話ね。けれど確かに、今の蹴りを強化していたら吉田くんの頭は腕ごと粉砕出来ていたわねぇ」


 つまりは手加減。桜井はもう既に吉田を一回は殺せている。実戦ならば勝敗は決した。

 まだビリビリと痛む腕をさすり、吉田は考えを改める。目の前にいる女は、自分と同等かあるいは高みにいる存在なのだと。


「……おもしれぇ。なんでアンタがサポート課なんざにいるのか知らねーが、遠慮はいらないってか」


 四条がイスタルテ案件の後任。この事実が判明しては、吉田は一歩も引くわけにはいかない。魔王の娘を探りに来たサポセン社員は生かしておいてはならず。桜井も四条もここで倒す。そうする為に今日まで貞操逆転世界に身を潜めていたのだから。まずは桜井から始末し、続いて四条。二人を相手にする以上、能力を出し惜しみして消耗するのは得策では無い。


「なら、フルスロットルでいこうか」


 吉田の姿が陽炎の如くゆらめく。やがてその姿は認識出来なくなり、微かに空間が歪んでいるようにしか見えなくなった。【モヤ】が三つに分裂し、それぞれが違う速度を持って桜井に迫る。透明な存在から仕掛けられる時間差攻撃。


「面倒な能力よね、こういうのは」


 桜井は即座に胸ポケットからボールペンを2本取り出し、左右の影に投擲する。ペンは影を抜けて壁に突き刺さる。となれば、本体は残る真ん中。一体に集中出来さえすれば、見えない敵の攻撃も難なく避けられる。どころか、吉田の不用意なパンチにカウンターを決めて、大の男に膝をつかせしまう。


「ごぶっ……!?」


 ダメージによって透明化が解け、口から血を流す用務員。無論これも、なんの強化もかけていない拳だ。ただ、反撃を喰らう筈が無いと思い込んでいる中でのカウンターはかなり効いた。


「まさか、今のもこんな簡単に見破られるとは……」


 脳にまで衝撃を受けた吉田は、首を振って無理やり戦闘モードを続行する。桜井がボールペンを壁に投げ刺した点については、もう考慮しない方針らしい。


「どこでそんな情報操作能力を得たのか、まだ他にも何か隠しているのか。色々と教えて貰うわよ?」


(容赦ないなぁ……)


 透明人間をもあっさり返り討ちにしてしまう桜井の強さには、四条でさえ引く部分がある。


 ピロリン、ピロリン。


 二人のバトルを観戦していると、不意にイスタルテから四条へ着信が。


「もしもし、四条です。どうかしましたか? イスタルテ様」


 吉田にとってはかつての顧客。その名を聞いた途端、ピクッと肩を動かした。


「四条さん! ビッグニュースですっ。実はさっき、魔王の娘を探知出来たんですよ!! 凄くないですか? どうしてか、いきなり反応をキャッチ出来るようになったんです!」


 電話越しの女神はハイテンション。今まで存在すら知らなかった魔王の娘だ。居場所を突き止められたとすれば、興奮するのも無理はない。


「おめでとうございます、イスタルテ様! あとは、訓練を終えた田中様に魔王の娘を倒して貰えば平和がおとずれますね!」


 お客様が歓喜しているので、四条も存分に共感して差し上げた。


「はいっ! 何故か魔王の娘は王都の貧困街にいるようです。どれほど強くても、エイリーン王女と田中さんの二人がかりで不意打ちして貰えば、勝機はありそうですね!」


 ……魔王の娘は何故不用心にも人間の街へ? 四条には引っかかる点だが、イスタルテが気にしていない様子なのでいたずらに不安がらせる事も無いだろう。


「無事に倒せることを願っております」

「四条さん、ここまでサポートしてくださりありがとうございました! 結果が出たら、またご連絡しますねー!」

「はい、お待ちしております」


 電話越しでも、四条は軽く会釈しながら通話を切った。


「イスタルテ様から? 魔王の娘、発見できたのね」


 イスタルテの声は大きく、桜井と吉田もしっかり会話を聞き取れていたらしい。


「ええ。なんでかは知りませんが、人間の街に潜んでいたようです。田中さんが【伝説の剣】で仕留められれば、無事に案件終了するでしょう」


 軽く画面を拭いてから、スマホを胸ポケットにしまう。すると、すっかり静止したままの吉田が


「馬鹿な……どうして森で大人しくしていないんだ、ノクティア……」


 真っ青な顔で、ボソボソと言葉を紡ぎ出す。


「ノクティア?」


 知らないワード。


 だが、文脈的には魔王の娘の名前とも取れる。魔王の娘が王都へやって来た事がショックのようだ。また、森で大人しくしていればイスタルテに発見されていなかったとでも言いたげ。


「吉田さん。ノクティアっていうのは、魔王の娘で間違いありませんか?」

「……さてな。今の話を聞いたら、もうお遊びはしてられん」


 これまではお遊びだと言った。さっきまで桜井に殺されそうだったのはむしろ吉田なのだが。四条が苦笑しつつ桜井を窺うと。


「……あながちハッタリじゃ無さそうね。四条くん、気を引き締めなさい」

「えっ?」

「吉田くんの情報操作力が、イスタルテ様からの入電前と後じゃ段違いよ」


 情報操作力を、例えば異世界サポセンアイテムのようなレベルで現せられるのか。四条には判断できなかったが、桜井が言うのなら警戒はすべきだ。


「ノクティアが見つかった以上、もう【森を隠す】必要は無くなったからな。リソース全部をお前らに費やせるってわけよ」


 吉田の笑みが邪悪なものに変貌した。


「森を隠す……」


 さっきから断片的な情報を小出しされて気になるところ。聞いても素直に教えて貰えるかは微妙だが


「まさかとは思いますが、吉田さんはこの世界にいながらA-27に干渉して魔王の娘を隠し続けていたんですか?」


 だとしても四条は仮説を口にせずにはいられない。魔王の娘を女神から秘匿する為に、広さは知らないが【森一つ】を情報操作で目立たないようにしていたのか。それがどれだけの精神力を消費するのかは全く想像もつかない。

 娘がイスタルテに見つかった今、もう森を隠す必要も無いと。こう考えれば辻褄が合う。


「我ながら、東京ドーム30個分の森を女神から隠すのは良くやったと自分を褒めたいねぇ」


 吉田が肩をすくめる。


「東京ドーム30個分……?」


 と言われても。桜井も四条も直ぐにはピンとこない。自分の凄さをアピールしたかった吉田はガクッと肩を落として。


「……エスコンのあるエフビレッジ4個分くらいだな」

「「ひろいっ!?」」


 札幌在住の二人にも、ようやく広さがイメージ出来た。


 ならば先ほどまでは森を隠す片手間の戦闘で、自らを透明にしたりとそこそこ戦えてはいた吉田。桜井が言う通り、これが全力を出せるなら厄介かもしれない。


「だとすれば重大な背信行為ね。今すぐにでもA-27へ掃討課を派遣し、魔王の娘を始末しなきゃならないわ。いいえ、魔族を根絶やしにしないと駄目ねぇ。イスタルテさんに許して貰う為には」


 四条の仮定を桜井も推す構えだった。魔王の娘を始末、のあたりで吉田の顔は一層険しいものへ変化した。


「悪いがお前たち二人には手出しさせない。後は田中君……だったか? を殺せば、暫くはA-27の魔族は安泰だな」


 緊迫した状況の中、吉田がタバコに火をつける。


「四条君。先に聞いとくが、君は掃討部に関係してるよな?」

「……何故そう思ったんですか?」


 悟られる言動はしていない。吉田が在籍していた頃、掃討部として接した事があっただろうか。


「さっき、魔王の娘に関するフォルダについて聞いて来たよな。アレ、実はこの能力で終末対処部に関係する人間しかアクセス出来ないよう細工してたってわけだ。本当ならA-27が掃討案件になってしまった場合のアラート機能だったんだが……君は中々特殊な経歴っぽいな、四条君」


 あのフォルダにそのような仕掛けがあったとは四条は見抜けず。イスタルテ案件が掃討部を必要とした場合、誰かしらが吉田を探りに来る。それでA-27の魔族に危機が迫っていると知れるよう細工を施していたとのこと。


「そうですか。それで私がイスタルテ案件の後任かつ魔王の娘フォルダを発見したと伝えた際に微妙な表情になっていたんですね」

「まあな。最初にサポート課だって油断させておきながら、実は終末対処部にも属しているだなんてズルすぎるじゃないか」

「……騙すつもりも無かったのですが」

「だから四条君と戦う前に、桜井課長をサクッと倒しちゃおうと考えたんだが……これが強いのなんの」


 掃討部の四条を前に、サポート課の桜井から倒したいのは自然。誤算だったのは桜井も元掃討部だった点。


「私も実は元掃討部の掃討課長なのよねー。今も昔も、四条くんの直属上司ってこと」

「なんでサポート課に元掃討部が二人もいるんだよ!?」


 咄嗟にツッコミを入れてしまう吉田。


「吉田さん。貴方がやろうとしている事は、最終的には魔族の破滅に繋がりますよ。イスタルテ案件で言えば、魔王の娘を守れば守るほど掃討案件に近づくのですから」


 実際、吉田がサポセン在籍時から顧客のイスタルテを裏切って不利益を被らせていたのだ。サポートセンターの対応としては今すぐにでもA-27世界から魔族を掃討し、イスタルテに謝罪しなくてはならない。


「だよなぁ。なもんで、話は戻すけど……俺の能力でチョロっと人質をとらせてもらうわ。俺じゃあアンタらには勝てないかもしれないんでね」


 何を仕掛けてくるのか。


 これまで一貫して素手で戦闘してきた桜井は【アポロンシステム】を、四条は【ネームレス】を起動する。この場に人質となる人間は存在しない。吉田の企みを掴みかねる二人だったが、次の瞬間全てを理解した。


 吉田のふかすタバコの煙が、上昇せずに横へと流れる。用務員室の壁が歪み、床は波打ち平衡感覚が狂う。


 数秒だったのか、数分だったのか、四条には判断がつかなかった。


 見るもの全てが過去から未来へと消え去っていくような幻覚を見せられ続け、ようやくそれらが収まったかと思えば。


「ヨジョウ様……?」


 いつの間にか、四条、桜井、吉田の3人は、ゲートを使用する事無く【A-27】へ転移していたのだ。


「エイリーン様!?」


 それも。王城の内部、エイリーンの私室に。


 四条は反射的に窓を見る。そこには、先程まで無かった王都の夜景が広がっていた。


 桜井は右手を握ったり開いたりしながら


「転移……情報の上書き……認知の改変……。いずれにせよ、ゲートも使わずに世界を渡るだなんて。異世界サポートセンターの【商品】でも無理ね」


 異世界渡航の間吉田が咥え続けていたタバコの煙は、今は正常に上昇していた。

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