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三十九話 未回収者


 とあるバーガーのファーストフード店で、桜井は塩の効いたポテトを小さい口に運ぶ。ホクホクの揚げたて芋はハイカロリーだが食べる手が止まらない。油で重たくなった口内をコーラで流せば、また次が欲しくなる。四条はホットコーヒーだけを飲みながら、それなりの時間待機する羽目に。それもこれも


「ちょっとだけ待ってて。ポテトは熱々のうちが勝負なの、わかるわよね?」


 と桜井が譲らなかったからだ。食べながら話せば良いのにと伝えたところ、完食するまで待機しろとのこと。


「異世界で、社会通念が捻じ曲がっていてもポテトの味は変わらないのねぇ。もぐもぐ」


 ついでにコーヒーの味も変わらない。なんなら佐藤叶ことセラフィーナの屋敷で振る舞われた晩餐も、日本人である四条らからしても極上の味だったので、これだけ日本と似通っている世界であれば不思議ではない。


 学校の前から今まで、周囲の女性から変わらず視線は感じるが桜井がいる事で絡まれたりはしなくなった。そこは助かったのだが、だとしても長居はしたく無いので四条は仕事を進める。


「じゃ、時間も勿体無いので俺から報告します。食べながら聞いてください。課長のポテト待ちで残業したくはありませんから」

「わかったわよぉ、しょうがないわね」


 しょうがないと言いつつも、ポテトを食べるのはやめない桜井。その光景についつい気が抜け、ここが異世界だと忘れそうになる。


 四条は社員証を指でなぞり、遮音フィールドを二人の席だけ包むように展開した。


 桜井は一応、ポテトを頬張りながらも目を細めたあたり、話を聞くモードにはなってくれたらしい。


「吉田さんには会えましたが、魔王の娘については聞けていません。今回はこの世界の後任を決める為に調査しに来たと伝えています。まずは信頼を得てからじゃないと、恐らくは【A-27】について聞いても答えてはくれないでしょう」


 四条は三ツ橋を後任として吉田に接触させ、いずれ魔王の娘について聞き出そうと考える。


「そこで三ツ橋をこの世界の担当者にし、吉田さんと良好な関係を築いて貰えればと思うのですが」


 ポテトの箱の最奥、カリカリに揚がった破片まで楽しんだ桜井が紙ナプキンで指を拭いてから


「それはそれは、気の遠くなる計画ねぇ」


 ズバッと核心を突かれ、四条も「うっ」と漏らす。


「四条くんさぁ、君は吉田くんに敬意を払い過ぎじゃないかしら? 意識的か無意識的かはわからないけれど、異世界サポートセンターの先輩社員に対するやり方よね。良いかしら? 彼がもし魔王の娘の存在を知りながら秘匿したのなら、それは【報告義務違反】では済まないわ」


 コーラを一口含む。


「顧客への重大な背信。損害発生の可能性あり。意図的隠蔽なら、規定上は【敵対行為】扱いね」


 ここで初めて、目が完全に仕事モードに切り替わる。


「信頼関係を築く? それはただの【元社員】に使う手段よ。吉田くんはもう外部の人間でしかない。しかも、機密を保持したまま退職した可能性がある」


 静かに。


「必要なら、拘束。抵抗するなら、制圧。最悪の場合は……排除」


 四条と目と目を合わせて。


「それが会社のやり方よ」


 夕方のファーストフード店でするには重たい話。その線は四条も選択肢として思い描いてはいた。が、桜井に相談の上で取るべき手段だとも。これで上司の了承も得られたので、この後直ぐにでも吉田を拘束する権利が手中に。


「はい。自分の中でも、吉田さんとは穏便にいきたいと考えていたところはあります。彼は以前からイスタルテさんの……女神様達の【不手際】について辟易としているらしく、それは俺もわからないでもないので」


 吉田との会話を思い出す。彼は明らかに、顧客だった女神を快くは思っていなかった。


「女神様の不手際……寿命逸脱ケースとかかしら」

「はい。そもそも、【魔族は排除すべし】といった女神様の、天界の方針そのものにも疑問があるようで」


 言葉が通じて、知性もあり、基本スペックで人間を上回る魔族を駆除対象としか見ない。【神】とはそんな在り方なのだろうかと。


「……そう。元掃討部出身の私達からすれば、何を今更って感じね」

「まあそうです。ただ吉田さんは掃討部出身では無いですし、サポート課で長く働けば、いずれは三ツ橋や児玉もぶち当たる悩みでしょう」

「確かに」


 本日何杯目のコーヒーか。四条は砂糖とミルクで味変したそれを、一口、二口飲んだ。


「てっきり、そんな天界や会社に嫌気がさして世捨て人としてこの世界にいるのなら俺は尊重しようと考えてました。でも、さっき会った限りでは未だにイスタルテ案件を気にしている様子で……もしかしたら、魔王の娘は吉田にとって護りたい存在なのではと」

「そこまで魔族に入れ込んでいるの? ふぅん」

「実際、俺からイスタルテ案件の後任を知ろうと探ってきましたので」


 この世界の後任となった社員から、イスタルテ案件の情報を得ようとしていた節もある。


「そこまでいっちゃったら、もう【敵】よねぇ? 魔王の娘を秘匿し、異世界に身を隠し、そこから【A-27】を気にかけるだなんて」


 情報を整理した結果、桜井も四条と同じ見解らしい。


「ただ一点懸念があります。課長ならもうお分かりでしょうけど」


 チラッと桜井を見れば、即座に頷きで応えた。


「ウチの社員証を返却した吉田くんが、魔王の娘にこの世界から何をしてあげられるの? って話ね」

「その通りです」


 異世界を渡るにはゲートが必要不可欠。当然、異世界サポートセンターを辞めた吉田には不可能。どれだけ魔王の娘を気にしようが、手を出せないのだから無意味な筈。そういえばイスタルテ案件はその後どうなったのかな? くらいの反応では無かったが。

 だとしたら。もしも魔王の娘に何かがあった場合。吉田には何か策があるのかもしれない。


「……吉田くんは【未回収者】って言いたいわけ?」

「あり得ない、とは言いきれませんね」


 異世界サポセンのアイテムを隠しもったり、異世界で業務をこなす中で異世界由来の特殊な力を身につけて会社を去った人間。まとめて【未回収者】と呼ぶ。


「掃討部で言うところの【野良】ね。総務の退職査定なんて、能力保有を前提に作られていないもの。新人が担当したのなら、尚更ね。ますます、直ぐにでも吉田くんに会わなきゃいけないわ。四条くん、行くわよ」

「わかりました」


 遮音フィールドを消して、ゴミのトレーを片付けた四条達は店を出て再度高校へ向かう。


「誤解されたら困るから言っておくけど。普通は帰社して掃討部案件だからね?」


 桜井は自分の社内端末を操作しながら四条に説明してくる。


「そりゃそうでしょう。【未回収者】は、実質【帰還対策】と同じですから」


 転生者が異世界から戻ってきてしまう【帰還対策】。実際には、異世界サポセンである程度の戦闘訓練と実地経験を積んだ【未回収者】の方が遥かに厄介だ。


「けれど私達二人は元掃討部……。このまま吉田くんに再度接触しても、お咎めは無いわ。気を引き締めて行くわよ、四条くん!」

「俺は吉田さんが【未回収者】では無いことを祈ってますけどね」


 元終末対処部掃討課の二人。吉田が未回収者で、かつそれなりに戦えた場合。平和な貞操逆転世界は火の海に包まれる恐れがある。高瀬には恩があるので、穏便に済めば良いと考えたのは四条の本心だ。


 高校へは目と鼻の距離。吉田は別れ際、用務員としての業務があると言っていた。この時間ならば校舎に残っているだろう。


「そしたら気配遮断して吉田くんを捜しましょうか」

「はい」


 今度は警察官に監視されてはいない。社員証にインストールした気配遮断を使用すれば、わざわざ職員通用口を通らなくて済む。四条と桜井はどうどうと正門から敷地内へ踏み込んだ。


 夕焼けが校舎の窓を赤く染めている。


 用務員室までたどり着くと、中からは人の気配が。


「いるわね」


 桜井が小さく呟く。四条は頷き、ノックもせずに扉を開けた。ギィ……と鉄扉のヒンジが音を立てる。


「おやぁ?」


 椅子に腰掛けた吉田が、ゆっくり振り返る。その視線はまず四条に向き、次に、桜井へ。

 一瞬。本当に一瞬だけ、空気が止まった。


「……へぇ」


 ヒゲを手で触りつつ、吉田が笑う。


「これはこれは。わざわざ上司同伴とは、穏やかじゃねぇな」


 桜井は一歩前に出た。


「サポート課課長の桜井よ。久しぶりね、吉田くん」

「ええ、お久しぶりですねー。桜井課長」


 吉田は立ち上がらない。


「F案件の後任には、ひょっとして課長が? ならこの世界も安泰ですねぇ!」

「そんなわけないでしょ」


 四条にだけ感じ取れる、桜井の殺気。おちゃらけた吉田は、いつ自分の頭が胴体から切り離されても不思議では無い状況を理解していない。なのでお気楽にタバコに火をつけ始めた。或いは。


 ……最期に一服しておきたいからか。


「貞操逆転世界、満喫しているみたいね」

「天国ですよ。あまりモテすぎるのも、腰痛持ちには辛いですが」

「そ、良かったじゃない」


 吉田の近況報告がメインでは無く。何気ない会話をしながらもお互い相手を観察しあっている。これは牽制だ。


「担当直入に効くわ。イスタルテ様の【A-27】にいる魔王の娘、知ってるわよね?」


 アイドリングは終わったらしい。桜井が一触即発の質問を投げつけた。


「なんの話だ……とは言わせてくれないんだろ?」


 タバコの灰をトントンと落とす吉田。四条が一歩前に出て


「騙すような振る舞いは謝罪しますが、実は俺が【A-27】の担当者でして。吉田さんが残した社内フォルダを発見したからここにいるんですよ」

「四条くんがイスタルテ案件を……。それはまた、意地悪じゃないか」


 吉田は僅かに悲しそうな表情をしたが、即座にニヤついた顔に戻る。


「吉田くん、貴方は退職する時に査定は受けた?」

「えっ? ……あー、総務部の新人が形式的にですね」


 桜井はコツコツと用務員室の奥へ、吉田の真正面に立つと。誰もが見惚れる微笑みを浮かべた。


「ねえ、吉田くん。何か持ち出してない?」


 未回収者かどうか、最後の確認だ。

 タバコの白煙越しに両者は見つめ合う。


「俺が【未回収者】だとでも? ……にしては戦力が心許なくはありませんか。掃討部案件でしょうに、サポート課二人だけってのは」

「自分の心配をした方が良いわね。それで? どっちなのかしら」

「……試してみますか?」


 ゆっくりと立ち上がる吉田。桜井は腕を組んで、特に身構えたりはしない。時計の音がやけにゆっくりと聞こえる。クロノスタシスでは無く、実際に秒針の動きが鈍い。電池切れだろうか。


 桜井が小さく呟く。


「情報系ね」


 四条よりも早く、桜井が吉田の能力によるものだと結論を出した。


「……ご名答。桜井課長、もしや実践経験豊富ですか? サポート課にいるのは勿体無いですよ」


 能力発動の【前兆】だけで桜井に察知され、吉田は意外そうに目を見開いた。


「これで吉田くんは【未回収者】確定……と」


 桜井の右手にオレンジ色の光が集約していく。掃討部時代に何度も見た、【アポロン・システム】の準備段階。


「大した能力じゃ無いんですけどね? それでもまあ……サポート課二人くらいならいけちゃうかなぁ」


 まだ吉田の能力は全貌が不明。しかし、時間が遅く感じる知覚系であればそこそこ手を焼きそうだ。こちらの認識よりも早く吉田が動くわけで、肉弾戦だけで考えても苦戦させられてしまうこと必至。


 それでも。


「吉田さん! 待ってください。ここで戦えば、周囲にも被害が出ます。それは俺達も避けたい」


 校舎だって破壊されかねないし、高校周辺丸ごと地図から消えるかもしれない。


「大丈夫だ、四条くん。自画自賛じゃないが、君たちサポート課くらい数秒で無力化しちゃうからね」

「そうよ四条くん。私なら吉田くんくらい素手でいけるわよぉ」


 お互い結果としては周囲に被害を出すつもりは無さそうだが、最後に地面に伏している相手は食い違っていた。

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