三十八話 似てない姉弟
再び終末対処部事務室。桜井は【弟】を迎えに行く為ゲートの使用申請をしてからビル地下へと降りる。朝早い時刻に四条を出迎えた丹波が、次は桜井も歓迎した。
「よぉっ達者かい? よもやお前さんまで向かわなきゃならんとは。なんにせよ、これでサポート課に貸し2つだね」
「……部長に借りを作ってしまうだなんて。後でどんな要求をされるかわかったものじゃないわねぇ」
「人聞きの悪い。しかしまあ……【ネームレス】と【アポロン】、元掃討課のツートップが必要なF世界ってどんなだい? よっぽどピンチなら、部長も手伝ってあげようか」
事情を知らない掃討部の人間達には、四条が敵勢力に敗色濃厚でその援軍に桜井が向かうように見えている。F案件なのに? という疑問は湧くが、わざわざ女神を経由せずに掃討部ゲートを使用する時点で何か訳アリなのは確定だ。
特に、四条に心酔している様子の鷹野はソワソワと自席から聞き耳を立てていた。
終末対処部部長がF案件に対処するのはメジャーリーガーがリトルリーグで助っ人するようなもの。当然丹波には事情を全て説明済み、貞操逆転世界に四条が苦戦しているだけなのは理解しているので、これは桜井へのちょっとした冗談だ。
「お気持ちはありがたいですけどぉ……まずは直属の上司として様子見してこようかしら」
「一人で救出に行くんだね? なら、元上司としての忠告だけど……あまり無理はするなよ、桜井」
これも勿論冗談で、桜井が無理をしなくてはならない状況などありはしない。
「あまりイジると、本当にF世界に呼びますよ? 部長のこと」
「いいの? 部長、F世界なんて何年振りだろう!」
「……冗談ですので、そんなにウキウキしなくても結構です」
異世界サポートセンター全社員の中で、上から数えた方が早い実力の丹波には嫌がらせも通じず。純粋な心を残したまま掃討部の部長を続けていられるのは、どれだけ達観すれば可能なのか。或いは、純粋だからこそこんな仕事を続けられているとも考えられる。
「なーんだ、ちょこっと楽しみだったのに。桜井と四条ちゃんと久しぶりに異世界行けるのが。二人ともどれくらい強くなったか見たかったよぉ」
F世界そのものが楽しみだったのでは無く、自分が育てた部下達の成長を見られると思いテンションが上がっていたらしい。
「サポート課の仕事をしていても、そこまで強くはならないと思うのだけれど。むしろ掃討部時代より動きが悪くなっている方が自然じゃないかしら……」
頬に手を当てた桜井が呆れ顔で丹波を見つめる。
「そんな謙遜しなさんな! 最近、お前達二人を社長が本社に引っ張ろうとしてるって噂になってるよ? 東京で通用するくらいには、まだまだ衰えて無いってことじゃない?」
アプロディテ案件で謝罪に来てくれた雨野社長。確かにあの時そのような発言はしていたが、噂になっているとまでは思わなかった。どうやら色々なところで吹聴されているらしい。人事部では無く、トップ自らが異動を仄めかすのは会社として如何なものか。
「社長にも困ったものねぇ。さてと……」
「行くのかい?」
「ええ。四条くんが首を長くしてますから」
あまり無駄話をして四条を待たせるのも可哀想だ。桜井はそろそろ転移しようとゲートに近寄ると。
「あの! 桜井課長っ」
背後から鷹野に呼び止められた。桜井にとっては元部下でもある男は、話を聞く前から四条が心配で仕方がないという風だ。
「鷹野くん、安心しなさい。四条くんならきっと無事よ」
「……はい。ですが、自分も同行させては貰えませんか? 四条さんが危機的状況ならば、救出のお手伝いがしたいのです」
今はサポート課で三ツ橋を教える四条。掃討部にいた頃は、この鷹野を教育していた。アイテムの使い方、近接格闘、メンタルトレーニング。更には実戦においても四条が鷹野の命を守った回数は膨大だ。その恩を返すためならば、鷹野は命もかけられるだろう。
「大丈夫よ、だって私が応援に行くんだもの。それとも、鷹野くんはそれじゃ安心出来ないかな?」
「そのようなことは……!」
「なら、待機しててくれると助かるのだけど。ほら、あまり大人数で行くと女神様に見つかってしまう危険もあるし」
「しかし! こういう時に四条さんの助けになる事が自分の目標でして」
「んー。でも、四条くんは私一人で来るようメッセージしてきたの。だからごめんね?」
「そこを何とか! 足手まといにはなりませんから!」
両手の拳を握り、桜井の眼前まで迫る鷹野。やる気アピールのつもりだろうが、桜井が首を縦に振ることは無い。それどころか。元部下の聞き分けの無さに、つい昔の口調が出る。
「……つまりお前は、私の言う事が聞けないと? 少し見ないうちに随分と偉くなったものだな」
目を細め、視線は正面から鷹野を射抜く。
終末対処部の掃討課を任されていた桜井が仕事モードで話すだけで室内の空気は冷えていき、他の社員も恐怖する。もし桜井が暴れ出せば、止められるのは丹波のみ。あまり刺激するなと、近くの社員が鷹野の袖を引っ張る。
元上司に睨まれた鷹野は数歩後退り、呼吸も忘れてしまう。
「四条が苦戦する敵を相手に、お前がどう役に立つ? お前を連れていくメリットとはなんだ? その答えによっては同行を許そう」
当然、異世界にはピクニックへ行くわけでは無い。実力不足が死につながる仕事で、鷹野の【気持ち優先】の行動は非常に危険だ。桜井が言葉を紡ぐ度に、殺気に近いものが充満していく。
「そ、それは……」
答えに詰まる鷹野。
「ヒュウっ! 掃討部のアポロンは迫力が違うねぇ。部長、おしっこ漏らすところだったよぉ」
張り詰めた空気を丹波が一言で弛ませた。
「桜井ちゃん。あまり元部下を虐めないでよ? 最近はパワハラとか厳しいんだからっ」
固まったままの鷹野。その肩に優しく手を置いた丹波。そこでようやく、鷹野は自分が酸素を取り入れていなかった事を認識する。
桜井はコロっと表情を柔らかいものへ変貌させ
「ごめんなさぁい! ちょっと怖い言い方になっちゃったかしら? でも命に関わる事だから、ちゃんと伝えなきゃって思ったのよー」
自分の頭をポカリと殴り、ぶりっ子する桜井。
「いえ……自分の発言が……軽率でした」
「わかってくれればそれでいいのっ! じゃ、私は四条くんを助けに行ってくるわねっ。大船に乗ったつもりで待っていてちょうだい!」
桜井はウインクを残し、ゲートへ消えていった。嵐が去った後のように、部屋は静まり返る。
「……いやぁ、桜井ちゃん。あれ本気モードでしょ? 部長、ちょっと震えたよ」
上層部の間では、サポート課に行って優しくなったと言われる桜井。先ほどのやりとりを見る限りでは、猫を被っているのではと勘繰ってしまう。実は仕事モードの方が本性かもしれないと。
「やー、更年期によるホルモンバランスの乱れって怖いねぇ」
丹波の場を和ませようとした冗句に、事務員が怒気混じりに返す。
「丹波部長!! アポロン様は、まだそんな年齢じゃありませんっ!」
桜井をコードネームに様付けする女性は、丹波に本気で怒っていた。
「君ねぇ、アポロン様て。四条信者の鷹野の次は、桜井推しまでいたのね。終末対処部はいつからミーハーになっちゃったのよ……」
部下に怒鳴られてションボリする丹波。むしろ後輩をこれだけ惹きつける四条と桜井のかつての仕事ぶりが素晴らしかったのだと、割り切る事にした。
◇
「お待たせぇ、慧くぅん!」
待ちくたびれてぐったりする四条の元へ、ようやく桜井がお姉ちゃんモードで到着した。
「あー、春華お姉ちゃんっ!」
待ち人の登場に、四条と高瀬が同時に振り向く。現れた桜井の容姿はF世界においても美人と表現されるべきもので、四条にそのような姉がいる事実に高瀬は静かに項垂れる。
「お姉さんほんとにいたんだ。しかも可愛いし……」
ショックは受けたが、公務はしなくてはならない。高瀬は表情を引き締めて
「貴女が四条さんのお姉さんですね? 私はそこの交番に勤務する高瀬と申します。お宅の弟さんが護衛も付けずに出歩いていた為、保護しておりました」
「んまぁー! ウチのバカ弟がとんだご迷惑を。男性一人で出歩くのは危険だって、何度言っても聞き入れなくて」
四条の頭を押さえつける形で、無理やり謝罪させる桜井。
「日本だからまだ良いですけど、外国だったら連れ去られてますからね? 本当に気をつけてくださいよ! 何か困った事があれば、お気軽に交番まで来てください」
言い終え、高瀬が一礼して交番に帰っていく。
「色々と有難うございました、高瀬さん!」
四条の感謝に微笑む高瀬は、少し立ち止まってから再び歩き出した。その背中が見えなくなるまで待ってから。
「もう! 慧くんってば、お姉ちゃんいつも言ってるでしょ? ボディーガードはちゃんと付けなさいって!」
「いつまでそのキャラなんですかっ! もう、高瀬さんいなくなりましたよ!?」
お姉ちゃんを遂行し続ける桜井に、四条が反射でツッコむ。
「なによぉ。せっかくお姉ちゃんが資料読み込んで、世界に順応してあげてるっていうのに」
頬を膨らませる姉。本当はこの世界にもう少し留まって、桜井に最低限世界の雰囲気を知ってもらおうと考えていた四条。そうすれば後任は女性が適任だと理解されるからだ。だが、このお姉ちゃんと街を歩き続けるのは少々キツくもある。
「じゃあ春華お姉ちゃん。もう帰りますか?」
会社に帰ってから、口頭ベースで伝えても良いかと四条が帰還を提案すると。
「うーん、折角だしもうちょっと慧くんとお散歩したいかなって。吉田くんの様子も、ここで聞いておいた方が都合が良いし。なんせ、また来るのが大変でしょ?」
客先で問題が発生したら、その場で即報告するのが当たり前。帰社後に報告すれば、【何故すぐ言わなかった!? その場で言ってくれればフォロー出来たのに!】と叱られるケースも多い。この場合、帰社後に吉田に関する報告をして、何かしらの対処が必要だと判断されてまた掃討部ゲートを使用するのは二度手間、三度手間となる。個人的には対処が必要な情報は得られていないと考えるが、上の人間がどう判断するかまでは予測出来ない。先の吉田との邂逅に、四条が気づいていない問題点が既に存在している恐れもある。
「……もうしばらくはこの姉モードに付き合う必要があるってわけね」
「そう言う事! さ、カフェにでも行くわよ。お姉ちゃんに慧くんのお話聞かせてねっ」
「了解、春華お姉ちゃん」
あまり似ていない姉弟は、ひとまず腰を落ち着かせる場所を探す事とした。四条の【了解】のトーンが掃討部時代と変わらないのは、桜井の姉ムーブに辟易したからだろうか。




