三十七話 お迎え
「なあ四条くんよぉ、寿命逸脱ケースってのは何故起きるか分かるかい?」
この世界について話を聞く中。ふと話題が切り替わった。
吉田は窓の外に視線をやる。入社研修で教わるような内容に、四条は目を細めた。異世界サポートセンター社員ならば愚問だ。
「女神様の手違いで、本来死ぬべきではない人間が亡くなってしまう事を指しますね」
模範解答に満足げに頷く用務員。
「そうだな。……俺がもっとも納得いかねーのは【女神の手違い】ってところだ。あまりにも生命を蔑ろにしてはいねぇか?」
神様を相手に死生観を持ち出すのは滑稽だが、吉田の言いたい事もわかる。その思考は異世界サポートセンター社員として働いていれば誰もが通る道だ。黙る四条を気にせず吉田は続ける。
「人間相手でそれだ。……異世界の魔族や魔物を慈しむ心なんざ、持ち合わせてるわけねーよなぁ。言葉が通じるヤツだっているのにな。魔族ってだけで差別されるのよ」
魔族や魔物。吉田はどうやら女神を始め異世界サポートセンターが障害としか考えない存在を気にかけている様子。
「吉田さんは、人間と同様に異世界で暮らす魔族に感情移入しているのですか?」
「感情移入……か。そうなるのかもな。異世界サポセンの社長が管理する地球に魔族がいない事からも、他の女神が魔族を害虫程度に認識してるのは無理ないがな」
そんな話をされても、掃討部にいた四条が殺した魔族は星の数ほど。害虫とは思ってはいないが、守るべき対象とは考えてもいない。そんな悩みは【とうの昔】に通り過ぎている。
「噂ですが……天界においてはどの生命をどのように生かし、死なせるかによって女神様の存在が確立すると聞きます。皆様がそうとは言いませんが、魔族よりも人間を優先せざるを得ない方もいるというだけではありませんか?」
庶民的な感覚になってしまうが、女神とて存在し続けるのに必死という話だ。中には人間よりも魔族を優先する神だって存在する。異世界サポートセンターの社長が懇意にしている女神となれば、自然と人間を優遇する者が多いと言うだけのこと。だとしたら、魔族を優先する女神の世界に住む人間はどうするのか。
「全くふざけてるよな」
「もしや、その辺りが異世界サポートセンターを去った理由なのでしょうか」
貞操逆転世界の虜になったわけでもなく。こんなF世界に住んでまでアスタルテ案件を気にしていた理由か。四条の予想だが、吉田は女神に……アスタルテに愛想を尽かしたのかもしれない。
「……いや、実はこの世界で出逢った女を愛しちまってな。サポート失格だろ?」
「そうでしたか」
誤魔化された感じはあるものの、嘘だとして暴いても益は無い。まだ魔王の娘について聞けてはいないので、話に乗っておかなければ。
四条は空になったコーヒーカップを指でなぞり、思考を整理する。
仮に。吉田がイスタルテ案件で魔族の味方をしたとする。魔王がエイリーンを倒せば、あの世界の人間は対抗出来ない。当然異世界サポートセンター社員が派遣され、直接魔王を倒すなり今回のように田中へ装備を提供する。
が、イスタルテは他の世界でも困窮しており協力なアイテムは望めない。転生者をも魔族が殺せれば、イスタルテの評価はダダ落ちだ。結果として終末対処部が出てこようものなら、全ての世界の担当を外され、女神ではいられなくなる。イスタルテがレベル80の【伝説の剣】を購入したと伝えた際、微妙な反応だったのは想定外だったからか。
実際。吉田が魔王に味方をしていたのなら、その死を悟ったはずだ。
一つわからないとすれば。何故魔王の娘というトップシークレットを社内フォルダに残しておいたのか。
(俺を……【イスタルテ案件の後任】を呼び出す為か?)
深読みし過ぎか。もし想像の通りなら、四条はまんまと吉田の術中。
(吉田がどの程度イスタルテを嫌い、あの世界の魔族に入れ込んでいるのか。そこが別れ目だ。やはり三ツ橋を連れて来て後任とし、魔王の娘フォルダを発見したと伝え反応をみるべきか?)
カップから顔を上げると、吉田と目が合った。
「どうした?四条くん。ずっとカップを見つめて」
(吉田も……俺を見定めている?)
女神に対する考え、魔族についての思考。もしや異世界サポートセンターの在り方について、共感してくれるのを期待しているのか。
お互いが黙ったまま、数秒が過ぎて。
下校のチャイムが鳴り響いた。
「おっと!もうこんな時間か。悪いが、業務があるんでな。今日のところは帰ってくれるかい?」
吉田が立ち上がり、ノビをする。
「ええ、すみません長居して。また来ても良いでしょうか?」
「ああ、構わんよ」
四条が立ち上がり、鉄扉のノブに手をかけたところで。反対側から勢いよくドアが開かれた。
「吉田っちいるー!?」
「遊びにきたよぉん」
現れたのは二人組のギャルだった。
「おう、お前ら毎日飽きずによく来るなぁ」
吉田は嫌がる素振りも見せず、笑顔で迎え入れた。
「だってぇ、吉田っち男なのに堂々としてて良いカンジじゃん?他の男なんてナヨナヨでさぁー」
この世界で吉田みたいに女性と接する男は少ないらしい。普通に話しているだけなのに好感度を上げている。
「こっちのスーツ君は誰ぇー?新しいセンセー?」
正面からジロジロと見てくるギャル。遠慮も何もない。このギャル達相手には、堂々としていると更に絡まれそうだ。校門に高瀬を待たせている事だし、ここで四条が取る対応は如何にオドオドするかである。
「ぁ……ぼく、女の人はちょっとぉ」
「あはっ、とって食べないから安心しなよぉ!」
右腕に絡みつかれる。明らかに距離感がおかしい。元の世界で男子高校生が初対面の女性の腕に抱きつくのはあり得ない。やはり社会通念ごと歪んでいる。
「ゃ、ほんと無理ですぅ」
振り解き目も合わせず、下だけ向いて部屋を後にした。背中で吉田が吹き出すのを感じとる。
(吉田がギャルに迫られてるのは事実だったか)
こうなると、現地人と恋に落ちた話も現段階では否定しきれなくなった。
「まあまあ話し込んでましたね。用事は全て済みましたか?」
校門に戻れば、高瀬が出迎えてくれた。
「ええ、滞りなく。そしたら交番へ向かいましょうか?」
約束通り、四条は大人しく取り調べを受けたりボディーガードを雇おうとすると。
「いえ……それはもう大丈夫です。四条さんが受付を通過して、校舎内へ入った事で疑いは晴れましたから」
本当に学校へ用事があるのかどうか。そこは怪しんでいたらしい。
「後は、この場でボディーガード会社に連絡して引き渡せたら私の仕事は終わりです」
「それならもう家族に迎えを頼みましたから、離れても大丈夫ですよ?」
頼んではいないが、こう言えば解放して貰えるだろう。
「そうはいきません!言ったでしょ?引き渡すまでって」
「仕事熱心なお巡りさんだな……」
どうしたものか。簡単に逃げられるが、この辺りを管轄する高瀬と揉めたくも無い。軽率に迎えを呼んだとついた嘘がのしかかる。
吉田を探り過ぎて、脳の思考が停止気味だったかもしれない。
仕方がないので応援を呼ぶべきか。三ツ橋は掃討部のゲートを通れない。となると。もう頼めるのは一名に限られる。
(仕方ないな)
四条は社用携帯を取り出して。
「『はい、桜井です』」
「あ!お姉ちゃんっ。早く迎えに来てよぉー!」
「『ちょ。君はなにしてんの……四条くぅん』」
頼れる上司(お姉ちゃん)にエマージェンシーした。
会話を聞いた高瀬は「頼れる女性……いるんだ」と、寂しげに呟く。
通話を切った桜井は、ため息をついてモニターの電源を落とした。
「今の、センパイっすか?まさかピンチ!?」
三ツ橋が【四条】というワードに引き寄せられてくる。
「あの子ったら、女性警察官に保護されてるみたいなの。ちょっと迎えに行ってくるわねぇ」
「何歳児っすか、あの人はっ!!?」




