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三十二話 元老院


 王城の最奥。窓もなく、陽の光が届かない円卓の間には7人からなる元老院の議員が集まっていた。国の最高意思決定者であり、誰よりも人類の存続を願う碩学。円卓の中央には王国の紋章が刻まれており、その周囲に座る者たちの顔は無表情だった。

 壁付近に近衛兵がいるが、会話を聞き取れる距離にはいない。この場での話し合いはまさに国家機密だ。


「本日早朝、エイリーン王女との模擬戦において【特異者タナカ】が互角以上の力を見せたと報告がありました。殿下より、今後は人類の最高戦力として扱うよう命令が下されております」


 報告を読み上げた書記官が羊皮紙を畳む。この国最強の王女と同等の戦力の出現は喜ばしいニュースだというのに、議員達に歓喜の色は無く。


「おかしいではないか。【タナカ】はつい先日、魔王と手下相手に呆気なく倒されている。エイリーン様がその後お一人で戦い続けてくださった。タナカの強さが王女殿下と互角以上とは到底思えぬが」


 新参者の若い議員は数日前、魔族に王都まで攻め込まれた際の田中の戦いぶりを思い出す。レベル20ほどの田中は何の見どころもなく気絶していた筈。

 隣に座る、目を細めたロン毛議員も同調する。


「ですね。ここ数日の鍛錬で急激に強くなったとは考えにくい。だとすれば、タナカは魔王襲来時に手を抜いていたのでしょうか?どう考えてもそっちのほうが問題でしょう」


 そうする意味も見出せず、今朝の時点で唐突に実力を見せる理由も無い。故意に手を抜いていたのなら、然るべき罰を与えなくては。


「まあ、待つのだ」


 白髪を胸元まで垂らした、元老院最古参の男がゆっくりと口を開く。低く、よく通る声。


「タナカが急に強くなったのか、我々を欺いていたのか……そこは本質では無い。今の王国から見て活用出来るかどうか、そこに尽きる。そして言うまでもなく、エイリーン様と同等以上の戦力ならば喉から手が出るほど欲しい。まずは喜ばしい知らせとしようではないか」


 魔王の娘を倒さないことには、王国に未来は無い。そこは議員全員の共通認識だ。


「それにだ。魔王の娘が健在な今、我々に選り好みをしている余裕は無い」


 使えるモノはなんでも使う。戦力的に魔族にリードされているので贅沢は言えない。


「では、タナカを信頼するのでは無く利用すると?」


 若い議員が腕を組む。最古参の議員は頷いて


「正確には活用、だな。信頼とは感情に過ぎぬ。国家を動かすのは感情では無い」


 あくまで冷静な言い換え。円卓の別の席から低い笑いを漏らしながら、モノクルをかけた壮年が発言した。


「王女殿下は情に厚い。あのお方は強き者を純粋に評価なさる。……しかし、我々は違う。強さは価値だが、制御不能な強さは時に災いとなりかねない。未だにタナカの出自も、剣の師も流派も確認出来ていない。無論、ここにきての急激な戦力上昇の理由も。はっきり申し上げて、いささか不気味です。活用するのは賛成ですが、何かしら策は講じなくては」


 魔王の娘を倒しても、田中を制御出来なければ同じこと。最古参議員は幾つかの羊皮紙を机に広げ、しばらく考え込む。


「……うむ、魔王の娘を倒すまで。表向きはタナカを英雄として扱うとしよう。名誉、住居、便宜、必要なものは全て与える」


 今も怯え続ける国民。最前線で微かな希望を抱き戦い続ける兵士たちの精神的支柱としてかつぎ上げるのは効果的だ。田中の王国への印象も良くなるだろう。事が終わってから、その牙が王国へ向く危険性も低くなる。


「その代わり行動は把握する。誰と接触したかも記録し、戦後の処遇もそのとき決めるとしよう」


 四六時中の監視。英雄として担ぎ上げておきながら、用が済んだらお払い箱の可能性も残した。モノクル議員が唾を飲み込む。


「王女殿下へは?」

「知らせぬ。あのお方はタナカを【人】として見ているが、我々は【戦力】として見る。ここの視点が混じってしまえば、判断を誤る恐れがあるのでな」


 幼い王女に余計な心労をかけたくは無い。無慈悲な選択をするのも年長者の責務だ。


「利用するだけして、この国に有害となれば排除も辞さないか。これでは我々と魔族に差などありませんな」


 ここまで黙って聞いていた、他の議員より二回りほど大きな体躯の男が首を振る。兵士上がりの男にとって、現場で戦う者の大変さは手に取るようにわかる。彼は田中についてもこの場の誰より評価していた。確かに出自は不明だが、この国を守るために戦ってくれているのだ。言い換えれば、縁もゆかりもない国の為に命をかけてくれている。

 そのような人物をあまり非道な扱いはしたくないのが本音。


「無礼な!我々が魔族と同じと仰るか」


 モノクルの議員が机を叩く。田中の不気味さを懸念するのは当然のリスク管理だと声を荒げた。


「違うと申すなら、タナカ殿が魔王の娘を倒した暁には慈悲をお願いしたい」

「……それは、実際にその時にならねば判断出来ないのでは無いか」

「良いでしょう。ただ、魔王の娘を倒した英雄への扱い、あまり無碍にすれば民衆も反発します。国民も馬鹿ではありません。私のこの言葉、良く覚えておいてください。タナカ殿が、魔王を倒した【ヨジョウ殿】と同じ種族である可能性もお忘れなく」


 エイリーンからの報告にあった、謎の人物ヨジョウ。流星の如く現れ、魔王を一撃で屠ったらしい。頭髪や目の色がタナカと同じ黒であり、同族である可能性も。

 モノクル議員は一度レンズの位置を整えて


「ヨジョウ……殿ですか。魔王を軽く倒したとありましたが、であればその娘も是非いとも容易く倒して頂きたいものですな。度々現れては姿を消すあたり、彼も信頼して良いかは判断を保留すべきでしょう。魔王を倒した実績がある以上、タナカよりは厚遇しても良いかもしれませんがね」


 どうやら、モノクル議員は誰より慎重らしい。田中を警戒しているのも国を思えばこそか。


「ふぅむ。ヨジョウ殿についても調査中だが、姿を消されてしまっては難しい。……基本方針としてはタナカと同様で構わないだろう。最も、エイリーン王女との婚姻だけは許されないが」


 最古参の議員はそう結論を出した。以前、四条が魔王を倒した際に婚姻を仄めかしてきた事がある。出身も不明な、見た事も聞いた事もない種族を時期国王になど出来るわけが無い。


「全く、エイリーン様にも困ったものだ。魔王を倒したとはいえ、何処の馬の骨かもわからない男に惚れてしまうなど」


 若手議員は目を瞑り、眉間に皺を刻む。


「まあまあ、幼い女子なのですからその辺りは」

「幼いとはいえ王族です。しっかりと教育してもらうよう、教師やメイド長に要請しなくては」


 実力が近い者同士、これからは田中と訓練をする機会も増えるだろう。万が一恋仲に発展などしてしまえば、田中を排除する際に非常にやりにくくなる。


「亜人の奴隷でも侍らせるべきだろうか」


 若手議員は、一番最年少だけあって恋する乙女がどれだけ予測しづらいか理解している。なら、田中に適当な女性をあてがいエイリーンから引き離すのも一つの手だ。見てくれの良い奴隷を見つけだし田中の庇護欲を煽れば……あの年齢の男など簡単だ。


「そのような理由で奴隷を用意するのは、王国元老院としてどうだろうか」


 ここでまた、ガタイの良い議員が反論する。


「あくまで、手段の一つとして考えているだけですよ。あり得ない話ですが、万に一つタナカがエイリーン様を懐妊させては取り返しがつきませんから」


 肩をすくめた若手議員。この話題はここまでと、それっきり沈黙を貫いた。


「では、本日これより私の密偵をタナカにつけると致しましょう。皆さん、それで構いませんね?」


 細めロン毛議員の提案。彼の右腕として、情報収集能力に長けた人物がいる。次回の元老院招集までは、その人物に田中を探らせる方針で全会一致した。


「エイリーン王女と必要以上に接近した場合には、緊急性が高いとして臨時招集するように」


 最古参議員の一言で、此度の会議はお開きとなった。



 エイリーンとの訓練を終えた田中が部屋へ戻ると。


「お帰りなさいませ、ご主人様。本日より身の回りのお世話をさせて頂きます、メイドのアメリアでございます」


 金髪ロングな美女メイドがドアの前でお辞儀して待っていた。このアメリアこそが、ロン毛議員の右腕。情報収集において王国五指には入る密偵の狩の姿だった。 

 田中は不意の来客にも動じず。


「そうですか。俺は他人に部屋入られるの嫌なので掃除はいりませんし、毎日のトレーニングをルーティンとしてるので予定も管理してもらわなくても大丈夫です。食事も栄養バランスを考えて何を食べるかは自分で判断してますので、お構いなく」


 プロ野球選手を目指す者として。自己管理を徹底している男にメイドさんは不要だった。


「そんな、タナカ様っ!?」


 この国五指の凄腕密偵は、部屋にさえ入れずに門前払いをくらってしまう。部屋の前で置いてけぼり状態のアメリアは、懐からメモ紙を取り出して。


「私の美貌に靡かない……ですって。それとも、一丁前に警戒したのかしら」


【異性への関心薄。誘惑策、再考を要す】と書き記した。


 ドアの向こうで田中は大きく息を吐く。


「あぶねぇ、あんな美人をけしかけてくるのか」


 王女との訓練中に受けた忠告を思い出す。


『……タナカ様。もしもここ数日、突然メイドが近寄ってきたら警戒して下さい。元老院議員による間者の可能性が高いです。タナカ様を警戒する人間も少なくありませんわ』


 エイリーンにそう言われてなければ、田中はアメリアを二つ返事で部屋に入れてしまっていただろう。


「落ち着けよ、俺。こんな異世界で人をホイホイ信じちゃダメなのは、王女の言う通りだぞ。何がなんでもばあちゃんに会うんだろうが……!」


 祖母に再び会うという目標。その願いを果たすまで、どんな些細な不安要素も取り除かなくてはならないのだ。


 翌日。ゴリマッチョな執事がやって来たが勿論部屋へは入れないのだった。

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