三十一話 血筋
仕事納めに家ついた途端、インフルで発熱しダウンしてました。更新遅れて申し訳ありません……
田中が四条とイスタルテに納品してもらった剣を試したのは、日が昇ってすぐのこと。まだ眠りから覚めぬ静かな王城の庭で、一人淡々と剣を振った。反応、反射、五感全てが剣と連動しているように肉体が動く。
「こいつは凄すぎる。紛れもなくチートってやつなんだろうな、この剣は」
心・技・体の調和が、なんの苦労もなくとれてしまう。剣を握るだけでだ。その軽やかな身のこなしは、見る人が見れば一目で達人の域に到達しているとわかるもの。一夜にして別人となった田中。
何年も反復練習をしなければ得られない経験値までもが一瞬にして手に入ったかのよう。【剣をこう振る】と考えるよりも早く身体は動き出している。田中が子供の頃から繰り返してきた野球のバッティング練習でも、まだその領域には達していないというのに。
「あれは、タナカ様……?」
朝起きて、私室のテラスから日の出を見るのが日課のエイリーンが、今日は中庭に見知った人影を発見した。
この世界に自分より強い人間はいない。四条に命を救われるまで、どれほどその現実に絶望してきたかわからないエイリーン。が、今眼下で剣を振る田中は明らかに自らを上回る技量。目で辛うじて追える剣捌きは人が入れ替わったよう。
「あの豪奢な剣はどこから?」
煌めく剣閃。刀身が通過した後を光の粒子が後追いする。一目、宝剣の類。エイリーンが持つ王家に伝わる剣よりも装飾が豪華に感じるほど。
「……こうしてはいられませんっ」
数日前までは彼の才能の底が見えて落胆した王女だが、四条と同じ人種であれば急成長も得心がいく。この国でエイリーンの稽古に付き合える人類は存在しないので、レベル80になった田中は彼女にとって得難い人材なのだ。対等か、それ以上に剣を交えれる相手。
寝巻きから訓練着に着替えた王女は剣だけ背負って中庭へ飛び降りる。階段を降りたり、ドアを開閉する時間さえ惜しい。手すりに足をかけ、最短距離で田中に迫った。
「うおっ!? 空から王女様が!」
田中は素振りの最中、いきなり上空からやってきたエイリーンに飛行石の少女を見た気になる。自分自身の動きを掴みきれていない段階で、真剣の訓練中不用意に近づかないで欲しい。
「おはようございますタナカ様。さあ、構えてくださいますか?」
「おは……え? 構えて??」
何故ここにとか、こんな朝早くから活動しているんですねとか、あいさつを返す前にエイリーンが抜刀し構える。田中が反射的に剣を両手で掴むと、それを準備完了と取る王女。
「いきますっ!!」
「ええー!?」
音速の踏み込み。【並の宝剣】であれば木っ端微塵になってしまう破壊力を秘めたエイリーンの一閃。昨日までの田中なら脊髄反射さえ出来ないので、幾ら王女の気持ちが逸っても寸止めは徹底されていた。だが、田中はエイリーンが剣を減速するより先に弾き返して見せる。
「急になんなんですかっ!?」
今の一撃を弾くには、パワー、スピード、そのどちらも田中には足りない筈なのに。エイリーンは顎に手を当て一度、二度頷く。
「やはり思ったとおりですわね。では、これは如何ですか」
「まだ終わらないのかよ……」
ただ静かに自主トレしていただけなのに、拒否する間もなく始まったコレは合同訓練と思っていいのだろうか。混乱しながらも、それでも田中はふと考える。この剣を握る前であれば、先の初撃も防げてはいなかったのではと。エイリーンは王国最強だ。転生直後に手合わせした時には、実力差がありすぎて稽古にもならなかった。
(これは、剣の力を確かめる良い機会かも!)
一人で素振りするより、比較できる分効率も良い。その対象が人類最強の王女ならこの上ない。チートアイテムなのだから、最強相手でも遅れをとらない性能が欲しいところ。
エイリーンの第二撃は、複雑な足運びから相手の隙を狙う王家の剣術。力任せの先ほどとは違う。細やかな重心移動、剣先の揺らし。それらの撒き餌に食いついた相手を穿つ必殺の突き技。
「なるほど、突きか……!」
田中は【伝説の剣】の刀身でピッタリ受けた。
「フェイントを完全に読まれたっ!?」
エイリーンは愕然とする。今の技は相手が強いほど効果的。今の田中が自分よりも強い、それは間違い無さそうだが……偽の重心移動までもを見抜かれる技量差とは。
「フェイント? そんなものを入れてたのか」
だが、田中はそもそもエイリーンの小技を認識していなかった。単に突きを繰り出されてからガードしただけ。技術的な読み合いなどは一切していない。否、出来なかったというのが正しい。
(フェイントを認識さえしていない、ですって?)
たまらず距離を取る王女。力、技、スピード、どれも通じないとなると、次の一手が無い。
「……ここまでですわね。タナカ様、お手合わせありがとうございました」
エイリーンは剣を納める。田中に通じそうな技はまだ幾つかあるが、それらは実際に死合う相手にしか見せられない。味方といっても、奥の手まで知られるのは避けなくては。
「終わりですか。焦りましたよ、朝っぱらから」
田中は地面に座り、水筒の水を飲む。
「先日訓練場でお見かけした時よりも段違いに強くなられてますわ。タナカ様、この短期間でどのような猛特訓を?」
エイリーンは汗一つかかず、息も乱れていなかった。
「特訓っていうか……。逆に王女様は、数日の鍛錬が俺がここまで強くなれると思ってますか?」
「いいえ。ですが、貴方は戦闘訓練を一切受けていない状態でも、最初から中程度の魔物を倒せる実力がありました。その潜在能力があれば或いはと」
「なるほど」
「それにタナカ様は、ヨジョウ様と同じ種族ですし」
「……なるほど」
転生直後はレベル20相当の剣を貰い、今は80の剣を貰った。それだけに過ぎず、単なる日本人な田中に潜在能力などあるわけが無い。しかし、日本人であるが故に四条と同種という最もらしい理由を使えるのはありがたい。
「自覚はあまり無いんですが、自分の血が関係しているのかもしれませんね。なんせ、王女様が一目置く四条様と同じ民族ですし!」
伝説の剣を装備してるからです! なんて弱点丸わかりな事実は、喜んで話したいものじゃ無い。エイリーンが四条に惹かれているといった噂話は城内至る所で聞こえてくる。とりあえず四条を上げておく作戦に出てみた田中。
「そういう事にしておきましょうか。……まあ、私を救ってくださったヨジョウ様の動きは、先ほどのタナカ様より遥かに凄かったのですが」
「そ、そうですか」
何やらエイリーンの視線が冷たくなる。四条アゲは正しい選択のようだが、同郷という点で嫉妬されたのか。或いは同じ血が流れているだけで四条の方が凄いんだからね! 的な感情か。恋する乙女は野球漬け男子には難しい。
「とはいえ、タナカ様は私と同等かそれ以上の強さです。本日をもちまして、貴方をこの国最高戦力として認識するよう全軍、全国民に周知致しますわ! 私は早速、元老院を招集致します」
レベル20では肩身が狭かった王城生活も、これで居心地が良くなるだろう。だが、田中個人としては、魔族と戦うのなら戦力の秘匿が普通では? と考える。何故わざわざ王女より強い人間がいる【情報】を敵に与えてしまうのか。この辺りは女神イスタルテからも「顔と名前、剣を全国民に売りながら魔王の娘を倒してくださいね!」と頼まれている。【伝説の剣を持つ英雄田中】がこの国にいると知らしめるのも大切なのだと。
(日本の国防じゃ考えられないけど、きっと中世ヨーロッパ? とかじゃ普通なんだな、それが!)
伝説の剣を手にした今、敵が情報を知ってても知らずとも関係無い。こんな剣があるのなら、敗北なんてありはしないのだから。
「もしや正体を隠していた方が有利と、お考えですか?」
田中の表情から思考を読み取った王女。
「まあそうですね。わざわざこちらの戦力を親切に伝えずとも、とは」
「英雄は隠すものではありません。民の士気が落ちれば、戦場はそれだけで崩れます。敵に知られても構いません。恐怖もまた、こちらの武器ですわ!」
「ははぁ。確かに、それもまた情報戦ですか」
魔族に怯える国民の安寧。前線で戦い続ける兵士達の鼓舞。言われてみればメリットもある。
「ところで、タナカ様。その見事な宝剣はどこから……」
エイリーンはもう一つ、先日までの田中は所持していなかった剣の出所を聞いてみた。城の予算を使っていても構わないが、性能が高いので価格によっては騎士団の上官クラスへの配備も検討したい。
「……あ、これは四条さんから貰いまして。同じ民族のよしみですかね? なんか、くれました」
強さは血筋。では、こんな目立つ剣はどこで手に入れたことにするか。ここも便利に四条を使ってしまうことに。
(今のは適当すぎたか? つい咄嗟に!)
ただ……
「ヨジョウ様からですかっ!? もしや、今もヨジョウ様がこの近くにいらっしゃったりっ」
四条が近くにいるかもと思わせる発言は悪手だった。幼い王女はパタパタと中庭を駆け回り、いもしない影を捜す。
「いない。まさか、ミツハシ様が私達の逢瀬を邪魔してらっしゃるとか……!? 自分はヨジョウ様の側にいられる上、さらにこちらを妨害するだなんて。卑劣ですわよ!」
恋路の邪魔をしてきた四条の後輩を名乗る女。その名を呼ぶときだけ、エイリーンの声のトーンは低い。
「ああ。お姿は見えずとも、タナカ様に宝剣をくださったのはつまり。私やこの国を案じている証ですわよね!」
いないと結論を出しても尚、視線をさまよわせ続けるエイリーン。
「こんな捜し回るくらい四条さんに関心あるのか……。あの人、サポートでまた来るかな? これっきり姿見せないとかだと、王女様のケアが出来なそうだぞ。むしろ俺の代わりにこの世界に永住して欲しいくらいかも」
ひとまず今後、便利なカード【四条】は安易に使わないようにしよう。下手な嘘は後から必ずバレるし、王女の怒りも買いたくはない。
田中は胸に刻んだ。




