三十話 帰還対策課
「ただいま戻りました」
イスタルテに付き添い田中に剣を納品した四条は気分が優れず、どこにも寄らず帰社を選択。ビル一階のコンビニにてホットコーヒーを淹れ事務所に戻ると。桜井、児玉、三ツ橋は勢揃いしており、それぞれが「お帰りなさい」と迎えてくれる。
「早かったわね、四条君。つつがなく【伝説の剣】を納品出来たかしら?」
桜井が自席から尋ねてくる。四条からすれば早かったつもりは無いものの、【A-27】世界が5倍速なのだから社内にいた3人からすれば割とすぐに帰社したと感じるのだ。
「ええ。無事に、イスタルテさん経由で田中様へ剣を届けられました」
「そ。なら【A-27】もしばらく静観で良いかもね。魔王の娘と田中様が衝突する頃合いになったら、イスタルテさんから事前に連絡を貰うとかでOKよ」
「そうですね。LS-80を装備すれば魔王の娘を除けばあの世界に敵はいません。今の田中様はやる気に満ちていますから、進んで魔族と戦ってくれるでしょうし」
「剣の納品を上手く利用して、イスタルテさんがやる気スイッチを押してくれたのね。このまま上手い事田中さんに発破をかけ続けられたら良いわねぇ」
まだ事情を知らぬ桜井は、田中の原動力を理解していない。
課長への報告を終えた四条は着席し、まだ熱いコーヒーを味わう。苦味と酸味、調和のとれたコンビニのブレンドに癒される。
「田中さんは良い感じでしたか? こないだ夜間対応した時、彼は気絶していたので会話も出来ず人となりもわかんなかったすけど。やっぱり学生らしく、女神からチートアイテムを授けられたら流石に燃えまくりだったのでは!?」
三ツ橋はワクワクしている。サポート課で働く中で、チートアイテムに喜ぶ転生者の反応を見るのはやり甲斐に繋がる。理不尽にも日本から見ず知らずの異世界へ転生させられた人々も、強力な武器やアイテムで無双出来そうだと確信するや喜んでくれるケースが九割。田中もまた、飛び跳ねてテンションを上げたのではと予想している様子。
「ああ、喜んではいたぞ。やっぱしレベル80は生まれ変わったような変化を感じるからな。日本で過ごした肉体では絶対無理な動きも出来ちゃうし」
「ですよねぇー。男の子なんて、みんな一度はヒーローに憧れるもんっす。一騎当千の力で魔族を倒し世界を救う……寿命逸脱ケースといっても、田中さんもそれなりに異世界転移を満喫してくれるんじゃないでしょうか」
誰しも幼少期、男の子は仮面のライダー。女の子はプリティでキュアキュアなヒロインに憧れるもの。三ツ橋はイスタルテ案件が良い着地をしそうで満足げ。発注ミスや緊急対応があったとはいえ、ここまでは順調と言える。
ただ……
「……課長、一つ問題があるとすれば。田中さんは、魔王の娘を倒したら日本へ帰れると信じているのですが」
四条は座ったまま、桜井に懸案事項を伝える。異世界生活の中で田中が変心し、永住する気になってくれれば黙っていても問題は無い。しかし、ここで伝えずに後から田中の帰郷心が発覚すれば四条の報連相不足を問われかねない。
「あらら、それはイスタルテさんも悪い女だこと。元の世界へ帰るのが田中さんのモチベーションだったのね」
桜井は目を細める。転移者を監視する立場のイスタルテが田中の本心を知らぬ筈がなく。四条の発言だけでイスタルテのやり方を理解した。何も珍しい事ではなく、どの女神もやっているので「またか」くらいの受け止め。
児玉が四条の斜め前から疑問を解消するべく口を開く。
「えっと。つまりイスタルテ様は、田中様に嘘をついてやる気出させてる感じです?」
世界を平和にすれば日本へ帰れるというエサ。突然未来を奪われた若者にはあまりに甘美なご褒美。日本へ帰れないかも? といった不安が無くなるだけで、すんなりと異世界転移を受け入れられるのは過去の転移者が証明している。何か耐え難い状況に陥った際、そこを堪えれば再び家族や友人に会えると思えば心穏やかでいられるようだ。反対に、あらかじめ【何が起こっても日本へは絶対に戻れない】と認識させてしまうと、少々の躓きで絶望から抜け出せなくなる。女神の中でも、転生者自らが日本へ帰れると誤解するように仕向けるやり方は浸透している。
「嘘をつかねば女神になれぬ……は正しくないな。せめて田中さんも幸せになれる嘘ならマシなんだけど」
現段階では、田中を犠牲にしてでも【A-27】をF案件化したいイスタルテの身勝手。受け持つ世界全てに問題が多い女神の苦肉の策。
「田中さんに事実を隠したまま魔族を倒してもらう。イスタルテさんがそのようなサポートをお望みなら、ウチとしてはやるしか無いわよ」
桜井の声色に憐憫は含まれていない。異世界サポートセンターとして、顧客であるイスタルテと友好的な関係を築く事だけを考えるべし。そのように割り切れないのなら、こんな仕事に就くべきでは無いのだ。
「田中さんが、なんとか日本に帰る方法は無いんですか? 異世界って、ロスト特典……は難しいとしても、独自の魔法があったりしますよね? それらを現地で身につけて、イスタルテさんを通さずに日本へ帰っちゃうとかどうでしょう?」
まだ異世界サポセン歴の短い児玉は裏道や抜け道を使用し、特例的に田中を帰せないかを考えた。言いつつ、結構ナイスなアイディアでは? と顔を綻ばせる児玉。だが、他3人の先輩社員は全くの無表情。三ツ橋だけがやや悲しげにして。
「それはダメなのよ、香織」
「えっ」
同性であり、最も歳の近い三ツ橋にさえ即却下された児玉は軽く驚く。こうした裏技は頭の柔らかい若い人ほど寛容なイメージがあり、それこそ三ツ橋からは賛同されると予想していたからだ。
三ツ橋は児玉の教育係として、わかりやすい説明を心がける。
「原則、我が社が最も気をつけなきゃいけないのが、異世界転生・転移した日本人を再び日本に帰す事なの。この場合、田中さんのことなんだけど」
「どうしてです? 女神様の手違いで死んでしまったんですし、生き返らせるのは簡単ですよね?」
技術的には可能だ。なので、問題の本質はそこでは無く。
「児玉さん、考えてもみてよ。ウチの製品はともかく、異世界由来の技術や魔法、スキルを身につけた転生者が現代日本に帰ってくるのは危険だと思わない? 例えば田中さんに渡した【伝説の剣】だけであれば簡単に即時消滅させたり機能停止させられるんだけど、異世界に存在している魔法はそうはいかない。ウチが把握していない不思議な能力を持った人間は、それだけで超危険人物なんだ」
「……あ」
児玉は黙り込むと同時に、スッと納得した。
「たまーにいるのよねぇ、女神様が知らないところで日本に帰ってきちゃう転生者って」
桜井は立ち上がり、児玉のデスクの横に立つと、フロアを一度見渡した。他の社員はいない。扉も閉まっている。
「……いわゆる【帰還対策】が必要になるケースね」
それ以上は言わなかった。だが、その一言だけで空気が変わる。
「異世界から【何か】を持ち帰った転生者は、最悪の場合日本社会そのものを壊しかねないわ。だから、例外は絶対に作らない」
桜井は淡々と告げる。
「発見された時点で、対応は決まっている。本人の意思や事情は考慮されないのよ。それが例え、もう一度だけ家族に会いたいとかでもね」
児玉は息を呑んだ。それが何を意味するのか、ようやく理解したのだろう。
「……まさかですけど。消される、ってことですか」
絞り出すような声。三ツ橋は答えなかった。否定もしなかった。代わりに、四条が目を伏せる。
「児玉さんもいずれ噂だけは聞くかもね。俺も詳しくは知らないんだけどさ。ウチの会社には【終末対処部】っていうのがあって、その中の【帰還対策課】がそうした帰還者の対応にあたるらしいよ」
新入社員の児玉でも聞いたことはある。異世界のサポートが失敗した際に出てくる最終ラインの名を。帰還者だけに特化した部署が存在するのは予想外だったが。だとしたら、先ほどの自分の発言が異世界サポートセンターにとってどれだけ禁忌だったことか。
「終末対処部が……ですか」
話からわかるが、この会社では日本で日本人が日本人を殺しているという事になってしまう。聞きたくなかった。
児玉はそれ以上喋るのをやめたのだった。
◇
「ちょっとショッキングでしたかね、入社したての香織には」
給湯室で、四条は三ツ橋にコーヒーを奢る。この会社のヤバさを伝えるといった教育係の責務を全うした労いに。
「だけど、いずれは知らなきゃいけないしな」
紙コップで提供されるタイプの自販機。四条は三ツ橋にカフェオレ入りのコップを差し出す。
「ありがとうございます。ワタシもヨジョー先輩から聞いた時は腰を抜かしそうでしたけどね」
かつての新人と教育係。この二人も、以前同じような会話をしていた。
「んー。掃討部が異世界で魔物を倒すのとはわけが違うからね。戦う場所が日本で、相手も日本人となると」
自分にもホットコーヒーを購入し、四条は啜る。カフェインの摂りすぎでは? と三ツ橋は案じたが、真面目な話の最中なので黙っておく。
「てか先輩!」
「ん?」
「何が俺も詳しくは知らない、ですか。同じ終末対処部にいたくせに」
「だからこそだろ。詳しかったら、元掃討部ですって言ってるようなもんじゃん」
それを隠すためにわざわざ付け加えたのだ。三ツ橋は甘いカフェラテを、唇を尖らせながら味わって。
「……あの。先輩は、帰還対策したことあるんすか」
三ツ橋にとって、ここは大きな分岐点。一番仲が良い先輩社員が、同じ日本人を手にかけた事があるのか無いのか。聞かずにはいられなかった。前の話だと四条はあくまで【掃討課】。異世界での活動がメインな筈。
「……そういう込み入った過去を聞くんじゃないよ、ズケズケと」
四条はどちらとも答えず、給湯室から出ていく。
「ねえ先輩。田中さん、悪い方向にいかないですよね?」
はぐらかされた三ツ橋は、ならばせめて田中を案じる。
「そうならないようサポートするさ。……仕事だからな」
ちなみに私はチートアイテムを日本に持ち帰る妄想するので、帰還対策されます




