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二十八話 伝説の剣、届く


 お疲れ様会から2日後。社内で久しぶりにゆったり事務処理が出来た平和な日を挟んだ翌日。

 無事に伝説の剣が札幌支店に届いたのと同時に、四条の受け持ちであるイスタルテ案件が本格的に再始動する。


「ようやく【伝説の剣】が到着したわよーん、四条くぅん」


 午前10時。桜井課長の間延びした声がフロアに響いた。四条はネクタイを締め直しながら課長のデスクへ向かう。


「では早速、イスタルテ様の所へ向かいます」


 どデカい段ボール。の、中では厳重な封印が施された木箱に剣が収まっている。ズッシリとした重量物を軽々と持ち上げた四条。

 F案件にいても、牡蠣を食べていても。常に思考の1割ほどを占めていた伝説の剣納品が今日完了するとなれば、足取りも軽い。今夜からはぐっすり寝られそうだ。


 先日夜間対応してからは、女神からのエマージェンシーコールは無かった。仮に状況が悪くなっていようと、最低限王女エイリーンと転生者田中は無事という事だろう。


「一人で行くの?」

「まあ、剣の納品だけですからね。戦闘とかも起きないでしょうし」

「そうねぇ。もし現地に降り立った場合には……魔王の娘くらいかな、一応気をつけて欲しいのは」


 課長らしく仕事の危険予知をしてくれる。敢えて言葉にはしていないが、ここでいう桜井の【気をつけて】とは、【魔王の娘をうっかり倒すなよ】という意味だ。仮に田中がピンチに陥り四条がそれを救う際、敵が強いほど手加減も難しい。ロスト特典回収とは違い、魔王の娘は田中に倒してもらう事がマスト。四条の強さを知らない児玉は、文字通り魔王の娘に殺されるなよ、という忠告だと受け取る。


「わかってますってば。それでは行ってきます」


 段ボールを抱えた四条の背中を三ツ橋が追いかけてきた。地下の駐車場まで降りるエレベーターにそのまま相乗りして来る。業務はどうしたと言いたい四条だったが、二人にならないと出来ない話でもあるのだろうか。


「先輩。エイリーン王女とは適切な距離感を維持するんですよっ! いいっすね?」

「まだ言うか! ここは、【お気をつけて】とか案じてくれる場面じゃないか? 普通。わざわざ追いかけてきてまでそれ!?」


 途端に力が抜け、段ボールが酷く重たく感じる。


「戦闘面での心配なんてあるわけないですよ。ただ、ヨジョー先輩がエイリーン王女から好意を寄せられるのは実際問題、イスタルテ様のシナリオから逸脱しますよね? 彼女は最終的に英雄となった転生者田中様と結婚し、子孫を繁栄させなきゃ駄目なんすから」


 割と真面目な思考に基づく発言。四条は若干の申し訳なさを覚えた。この後輩なりに、A-27世界を気にかけてくれていたらしい。


「そうだな。で、コイツを子々孫々受け継いでいけばあの世界の人族は安泰ってわけだ」

「その剣で魔王の娘を完封出来れば万事解決なんですけどねぇ」


 イスタルテが奮発して購入した伝説の剣。その特徴は、異世界サポートセンターの製品中もっともスタンダードな部類。セラフィーナに手渡した【-幸福への誓い-】は使用者の精神によって強さに差が生じるが、これは違う。どんなに高潔な騎士でも、低俗な野盗でも。剣の柄さえ握れば皆等しくレベル80程の強さを得られる。しかし反対に、それ以上の力は絶対に手に出来ないのだ。魔王の娘がレベル90程度だった時点で、田中の勝ち目は万に一つも無い。そのような場合に、セラフィーナの白薔薇の剣は頼もしい。


「でもイスタルテさんがこれをチョイスしたって事はだ。田中君の精神に難ありと判断したのかもな」


 転生者がどのような人生を歩んで来たのか、勿論女神は全てお見通し。転生させる時点でどのようなアイテム、能力を持たせれば良いかなどを総合的に判断する。だからこそ、アプロディテはセラフィーナにあの剣を渡すつもりだったのだ。


「んー……他にも予算やモロモロあるでしょうが、田中様の子孫が全員素晴らしい人間に育つかは誰にも保証出来ませんしね。や、そうなったらLS-80を悪用するような子孫が出て来ることも……?」


 エレベーターから降りた二人は四条の社用車へ。トランクを開けて段ボールを積み込む。


「可能性は確かにあるな。が、いかんせん先の話すぎる。まずは魔王の娘撃破、それが無ければ子孫繁栄も無い。その後で問題が発生したらまた有償で対応するさ」


 運転席に座りシートベルトをしめた四条がエンジンをかける。窓を開けて三ツ橋に


「ほんじゃ、行ってくるわ。お前は今日も社内だろ? なんかあったら連絡するよ」


 と、有事の際に頼み事をするかもと保険をかける。


「はい、りょーかいっす。一昨日の牡蠣とワイン分は手伝ってあげますよ」


 手を振る後輩に見送られながら、四条はA-27世界への入口まで車を走らせた。


 ◇


「さて、と」


 無事に車ごと例の草原に移動したので、四条はトランクから丁重に段ボールをおろす。すると


「お待ちしてましたよっ、四条さん!!」


 フライング気味に出迎えてくれるイスタルテ。今か今かと待機していたらしい。大きな段ボールをに釘付けだ。


「こんにちはイスタルテさん。こちらこそ遅くなりました。本日到着した【伝説の剣:LS-80】です、ご確認お願いします」

「わかりましたっ!」


 イスタルテが右手をあげ、白い光が出現する。その中からカッターが具現化した。チキチキと刃を出して、割と雑に段ボールを開け始める女神。さながらサンタクロースからプレゼントを受け取った子供のようだと四条は思った。


「素晴らしい……! これですよコレ。私が本当に注文したかったのはこの剣なんですっ!」


 輝く刀身、美しい鍔。それを納めるのは宝石が散りばめられた鞘。人間でも、魔族でも。この輝きの前にはひれ伏したくなるほどの圧倒的なオーラが放たれている。


「間違い無さそうで何よりです。では、私はこれで失礼しますね。請求関係は後日お出ししますので」


 対応時間にして5分。これだけで一日の予定は終了する為、四条が帰りにちょこっと長めの休憩でもしようかと考えていると。


「待ってください。四条さん、この剣を田中さんに渡すまで待ってて貰って良いですか? というより、見守っていて欲しいのですが……」

「え?」


 なんなら、もう車のドアノブを掴んでいた四条。こういう所謂【チートアイテム】は神々しい女神から手渡されてこそ、転生者もやる気が出るというもの。渡すのはイスタルテなのだろうけれど、その場に謎の中年会社員がいたら田中もそっちが気になってしまうのでは無いか。


「構いませんが、理由をお聞きしても?」


 長めの休憩は普通の休憩になるかもしれない。諦めて、一旦車をロックする。


「言いにくいのですが。……田中さんは、少し難しい所がありまして。女神である私からこの剣を手渡しても、すんなりやる気を出してくれるかが微妙なんです。異世界サポートセンターの社員でもあり、同じ日本人の四条さんには心を開いてくれるかもしれなくてですね」


 三ツ橋との会話でもそんな話をしていた。本当にそうだとは、やや面倒ごとの香りがする。


「難しい所、ですか。そうした転生者の説得も弊社の業務ではありますが、もう少し具体的に田中様について伺えますか? 話をしようにも、彼について知らなければ役に立てませんので」


 助け舟を出したつもりが、かえって田中を怒らせてしまっては何が何やら。


「ですよね……」


 いまいちイスタルテの歯切れが悪い。田中についても、あまり語りたくは無さそうに見える。


 パンッ! 


 イスタルテは自分に喝を入れる為、頬を両手で張る。話すのにそこまで気合が必要とは、どのような理由なのか。四条は聞く前から聞きたく無いような感覚に陥った。


「日本にいた頃の田中さんを、私が誤って死なせてしまったのはご存知ですよね?」


 女神が日本人を異世界転生させる、最も多いとされるパターン。セラフィーナも同様だ。


「ええ、寿命逸脱ケースですよね。だからこそ伝説の剣を渡した上で、エイリーン王女と婚約出来るように計らっている」

「その通りです。通常、寿命逸脱ケースは女神の大失態。転生後の幸福な暮らしを約束し、二度目の人生を受け入れてもらう事で罪滅ぼしとするのですが……当然日本へ帰してくれと訴えてくる方もいます」


 当然だ、と四条は思う。【神様のミスで死んでしまったのなら、生き返らせる事だって可能だろう】転生者がそのような思考になってもなんら不思議はない。事実、その気になれば女神は死者を蘇生させられる。ただし、それは許され無いのが現実だ。天界の規定によるもの、神同士のしがらみ、世界の秩序。様々な要素が複雑に絡み合い、田中は日本へ二度と戻れない。


「田中様は日本へ帰りたいと意思表示したのですね?」


 異世界でどれだけ幸せになろうと、それ以上に大切なものが日本にある人は転生を受け入れられない。セラフィーナこと佐藤叶もまた、実は結構ギリギリのラインだったのだ。


「四条さんのおっしゃる通りです。彼の場合、日本へどうしても帰りたい理由があるのです」


 あまり勿体ぶらずに教えて欲しいと、四条は少々笑顔を崩す。女神相手とはいえ、ビジネスを通した対等な関係だ。顧客の長話で拘束されて喜ぶ社会人は珍しいだろう。


「その理由とは、一体?」


 けれど、どうにか自分を律して努めて真面目に質問した。ここで苛立ちを隠せない精神を持つ社員は、アイテムの力で無理やり冷静さを保つか、そもそも雨野に採用されてはいない。

 イスタルテは一つ息を吐き、田中の生い立ちを語り始める。少し長くなりますが……という前置き。


「田中さんが中学に入学する頃両親は事故死してしまい、それ以降は母方の祖母に育てられました。辛い幼少期を過ごした中、祖母の愛情をたっぷり受けた彼は真っ直ぐに育ちます。高齢ながら懸命にパートで働いた祖母は、田中さんがやりたい事をさせてくれました。小学生の時からリトルに所属していた彼には野球の才能があり、強豪校にもスカウトされました。全寮制で、学費もかからない。本人が懸命に努力した結果です」


 話はまだまだ続きそうだったが、既にこれ以上聞くのが辛い四条。もうここまでで、田中が日本に帰りたいと言い出すのは至極当然だろう。


「……そこまでで、最早私も田中様を日本へ帰してあげたくなってきました」

「まだ途中なのにですかっ!?」


 同じ日本人として説得しろとは……無理を言ってくれる。異世界サポートセンターとして精神系のアイテムを使用するならまだしも。四条に田中を説得する話術は、今の所無い。


「こほん……。それでですね、なんと甲子園にも出場して活躍し、マスコミの取材を受けたり、プロのスカウトからも注目された矢先でした」

「ちょっとストップして下さいますか……」


 新手の精神攻撃か? と、四条は首元の社員証を確認する。今日はしっかりと色々なスキルをインストールしている。これが攻撃であれば自動で防御が発動する編成なのだが、無いと言うことは単にイスタルテが聞くのも辛い話をしているのだ。


「プロ入りして沢山の契約金を貰い、ようやく祖母に恩返しが出来そうだっていうタイミングで……」


 イスタルテは涙を流し出す。

 やめてくれ。と四条が口に出す前に。


「私のミスで、田中さんを交通事故で死なせてしまったんですぅ……!!」


 四条は天を仰いだ。しかし、皮肉にも祈りを届けたい神は眼前で泣きじゃくっている。


「……マジかよ。イスタルテ様、だいぶやってますね」


 抑えきれず素が出る四条。

 田中は、祖母とは永遠に会えない。大好きな野球も二度とプレーする事が叶わない。


「転生を受け入れてくれたのも、【このまま消滅するよりは、ばあちゃんにまた会える可能性がわずかでも残りますよね?】っていう理由なんです……!」


 魔法もあるような異世界なら、女神を経由せずとも日本に帰る手段が見つかるかもしれない。祖母に会いたい一心の少年が転生したのは、微かな希望に縋っての事だという。

 なのに、女神のミスでろくに剣も装備出来ず。戦うべき相手は魔王より強化されたその娘。


「イスタルテ様。時価ですが……追加料金で私が魔王の娘を倒すのは如何でしょうか」


 魔王の娘を倒しても、日本へは帰してあげられない。ならばせめて、その徒労を肩代わりするくらいは許されるだろう。


「そうしたくても、予算が……どうして私の担当世界は問題だらけなんですかぁ……」


 A-27以外でも、異世界サポートへかなりの支払いをしているのが現状。イスタルテの金銭事情が許さなかった。


「そう言われましても……」


 最早、神様としてイスタルテより上位な雨野社長に頼った方がいいんじゃ無いかなと考えてしまう四条だった。


「え、この話を聞いた後で、女神サイドとして一緒に剣渡しに行くの? 俺ってば。どんな顔すれば良いんですか……」


 イスタルテ案件も、剣さえ納品すればしばらくは様子見するだけになるなぁ、などと。そんな軽い気持ちで来てしまったのを心の底から悔やんだ。






毎日投稿はここまでで、次からは週に一度更新を心がけます。

よろしくお願い申し上げます。

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