二十六話 いつもの終わり
「大和撫子て!そりゃセラフィーナさんは強くて美しいっすけど、だったらワタシだって日本生まれ日本育ちな大和撫子なんすけどぉ」
回廊にてアプロディテの空間に戻る最中、どうにか一件落着したばかりだというのに不服そうな三ツ橋。その主な理由は四条がセラフィーナをベタ褒めした別れ際のセリフらしい。ワードのチョイスか、言い方の問題か。何やら嫉妬している風だ。
「……少なくとも、真の淑女は自分を大和撫子とは言わない気がするけどな」
「むぅ」
図星である。
どれだけ美しく、精神が強い女性でも。大和撫子を自称すれば途端に奥ゆかしさは霧散する。日本で生まれ育っただけで名乗れるのなら、そんな単語はそもそも存在していない。その事実を指摘され、三ツ橋はむず痒そうに唇を噛んだ。
「しかし、これで良かったんですかね?」
急に話題を本筋へと戻すあたり、モヤモヤを隠しきれていない。四条は歩みを緩め、斜め後ろから三ツ橋を見る。そう聞いてくる時点で、彼女は今回の仕事にどこかしら納得がいっていないのだろうと考える。
「漠然としてるなぁ。何か心残りでもあるの?良かったか良くないかで言えば、我々の目的であるセラフィーナさんは幸福に近づいたから良かったんじゃないか」
幾ら経験年数が長い先輩社員でも、三ツ橋が何をモヤモヤしているのかまでは読み取れなかった。一番の目標は達成したので、それ以上を望むのは完璧主義が過ぎるというもの。
「確かに、セラフィーナさんはマティアス殿下と仲直りしたり良い方向に軌道修正出来ました。けど……アンナベルさんは今後幸せになれるでしょうか。殺されちゃった兵士の人も、全部が【仕方ない】で済ませちゃってもいいのかなって」
核心をつこうとすると、一気に声が小さくなる。
「あー。そのへんが気になってたのか」
四条は頷くと、いつもの柔らかい笑顔をほんの少しだけ曇らせた。
実行犯にして母親の操り人形だったアンナベルには同情の余地はある。そのアンナベルに殺されてしまった兵士も、グラナダの復讐が無ければ今しばらくは生きられたはず。アンナベルの今後は前途多難だろうし、兵士を救う道もあったのかもしれない。
「結論から言って我々が頭を悩ませる必要は無い。冷たいようだが、この世界に俺達が来たのはあくまでビジネス。仕事以上の感情を持ち込むべきでは無い」
四条の言葉を、三ツ橋は入社した頃から何度も聞かされている。頭では理解していても、目の前で人が亡くなっては「もっと出来たのでは」と嫌でも考えてしまう。
「ビジネスライクですねぇ」
「俺らの仕事はアンナベルを幸福にする事では無いからな。全員を幸せにしようとして、結果セラフィーナさんが傷ついたりしていたら本末転倒だろ」
「セラフィーナさんが悲しい思いをするのは当然駄目ですね、それは!」
セラフィーナが傷つくのは絶対に駄目。そこでだけは三ツ橋は揺らがない。
「特に女神様からしたら、現地人でしかないアンナベルとか……どうしても重要度は低い」
「本当に大切なのは転生者であるセラフィーナ様だけってわけっすね。しょうがない事ですが、ドライっちゃドライかも」
「俺らとしても、ドライじゃなきゃ精神もたんぞ」
本音だ。
全員を救おうとした結果、誰も救えなくなる案件は腐るほどある。【線引き】を覚えるのも仕事のうち。
異世界サポートセンターの社員は扱える製品が多いため、度々全能感に支配されてしまう。力に溺れないよう社員証にインストール可能な製品は上限が設けられている。持ち込める装備の強さにも細かい取り決めが存在するのだ。
出来る範囲で良い結果を出せた。三ツ橋の悩みは、世界を管理する側の女神が考える事。これは四条自身省みなければならないのだが、あまり要求された以上のサービスをすれば、顧客もそれに慣れてしまう。そうなったら、次回以降や担当が代わった後でも「前の担当者は無料でやってくれた」と言われかねない。
イスタルテ案件で四条が無償対応した時のように、【山本さんが腰を痛めた迷惑料】とか、魔王の手下を【雑魚モンスター】扱いにするとか、サービスするにしてもちゃんとした理由が無くては。この仕事内容で薄利多売など、したくても出来ないのだから。
「じゃ、アプロディテさんへの報告は頼むぞ」
「わかりました!」
二人が回廊を抜けると、女神の執務室はコーヒーの香りで満たされていた。
「お帰りなさいませ、お二人とも!丁度コーヒーを落としたところなんですよ」
三ツ橋の顔がぱぁっと明るくなる。二人が帰ってくるタイミングに合わせてわざわざ淹れてくれていたらしい。
「アプロディテさん、有難う御座います!」
「失礼します」
席に着くやいなや、三ツ橋はクッキーを見て微笑んだ。四条はその横で静かにカップを取る。
「今回は三ツ橋さんにメールして本当に良かったです。マティアス王太子の本心を聞き出してくれた上に、セラフィーナさんとの関係も無事に修復して下さるだなんて。これで私も神界を追われずに済みそうです」
寿命逸脱案件のセラフィーナ。元々、彼女には特典を渡して転生させる予定だった。三ツ橋のおかげでそれも授ける事が出来たのは嬉しい誤算。
マティアスとの再婚約。
転生特典の授与。
ロスト特典の回収。
これぞ一石三鳥である。
「そんな!セラフィーナさんが凄く強い女性だったからこその結果ですので。我々は少しお手伝いしただけで」
三ツ橋は砂糖とミルクをコーヒーに溶かしながら女神の顔をチラッと窺う。
コーヒーの香りを愉しむ上機嫌なアプロディテに、アンナベルについて触れる様子は無い。四条の言う通り、アプロディテからすればロスト特典も持たないアンナベルは気にするほどの存在では無いのだ。三ツ橋がアンナベルをも幸福にしていても、いなくても。異世界サポートセンターへの支払いは変化しない。つまり給料だって増えないので、どこまでいっても三ツ橋の自己満足と言うことになってしまう。いや、業務時間を無駄にする分会社からは叱責されるかもしれない。
「これで一安心ですよ。今回、初めて真剣にマティアス王太子の人柄を観察していましたが、あれならセラフィーナさんを悲しませる事もないでしょうし」
アプロディテは、マティアスがアンナベルの色香に惑わされたのではと疑っていたのを謝罪したくなった。このF世界において、彼ほどセラフィーナを愛してくれる男はいないだろう。ロートシルド家に生まれ変わらせた判断も、決して間違いでは無かった。
「引き続き、私もサポートセンター社員として経過観察しますので。もしもマティアス殿下がセラフィーナさんを泣かせるような事があれば飛んできますから!」
「頼もしいです!三ツ橋さんには、私の担当する別の世界もいずれお任せしたいくらいですよ」
「本当ですかっ!?その時は、精一杯やらせていただきますね」
【お客様から指名されるような接客をしろ】とは、何年か前の異世界サポートセンター社長訓だ。全体朝礼のたびに復唱させられたそれを、見事今回三ツ橋は達成した。メール一本で即座にやって来て問題全てを日本時間の1日で解決する、これはベテラン社員でも中々難しいのをアプロディテもわかっていた。てっきり暫くは、セラフィーナがどうなってしまうのか胃痛と戦う覚悟を決めていたので、女神にとってもこの上ない対応だったのだ。
四条に頼った部分もあるが、それを含めても良くやってくれた。
「ほら三ツ橋さんに四条様。クッキーも食べていって下さい。ほんと、お二人には感謝してもしきれませんよ」
勧められるままチョコレートのクッキーを手に取った三ツ橋。
「そういえば、アプロディテさんがヨジョー先輩を様づけしてたのって元掃討部だからですか?」
度々耳に残る【四条様】呼び。せっかくなので質問してみる。社内では気軽に口に出してはならない話題なので、この場でスッキリさせておきたい。
「え?ええ、そうですよ。私の先輩女神が掃討案件にしてしまった尻拭いを、四条様とさく……」
「……こら三ツ橋。俺が終末対処部にいたのをアプロディテ様がご存知とはいえ、基本的に触れてはならない話題なんだぞ。どこの誰が相手であっても口に出さない意識を持ってくれ。うっかり話せば記憶を消されかねんぞ」
【掃討部のアポロン】が桜井であることまでは知らない三ツ橋。危うくアプロディテ経由でバレそうになったところを四条がギリギリ遮った。
「はぁーい……。もう口にしませんよぉ」
「ったく。重大性わかってんのかよ本当に」
記憶を消されるだけならまだマシ。最初からこの世にいなかった事にされたが最後、四条は次の瞬間には三ツ橋が抹消された事実にさえ気づけない。
この会社ならばやりかねない。四条は一人、ジンワリと背中に冷たい汗を感じる。
頬を膨らませる三ツ橋を、アプロディテはクスクスと笑顔で見つめていた。
アプロディテと別れ、帰りの車は四条がハンドルを握る。
「お疲れさん。女神様から別の世界も担当して欲しいと頼まれるとは、やるじゃん三ツ橋」
小樽運河を左に見て、札幌方向へ進む車。日本へ帰って来てもまだ夕方前。これならあんかけ焼きそばを食べてから事務所へ戻る余裕がある。
「ありがとうございます。ヨジョー先輩に助けてもらったとは言え、アプロディテさんがああ言ってくれるのは嬉しいっすね」
お客様から信用して貰える。自分の行動がセラフィーナの幸福に繋がる。三ツ橋は確かなやり甲斐を感じていた。こういう業務ならまたやりたいかな、なんて観光客で賑わう小樽を眺める。
「じゃ、海が見えるレストランであんかけ焼きそば食ってくか。奢るよ」
「きゃー!ヨジョー先輩、素敵っす!」
終末対処部所属と知っても。四条が過去に大勢の異世界人を殺めたと分かった上でも変わらず接してくれる三ツ橋。後輩を怖がらせるのは避けたいので、彼女の態度次第では掃討部に戻ろうかと考えていたのだが……三ツ橋の心の広さに四条は救われていた。
レストランへの道すがら。ラジオからは夕方にお馴染みのフレーズが流れ、二人は静かに耳を傾ける。
「なんか、ワタシ達がどこの異世界でどんな風に過ごして帰って来ても……ずっと変わらずにやってる番組って良いもんっすね」
沈んできた夕陽。オレンジ色に染まる海と、大正時代に造られた運河は実にノスタルジック。社用車で帰社するときに、もう何度同じラジオを耳にしただろう。つい先ほど、アンナベルやグラナダと命懸けのやり取りがあったのも夢のようで、メンタルをニュートラルポジションへと戻してくれる。
三ツ橋が生まれる前から続いているラジオは、今日も変わらずに北海道中に笑顔を届けていた。
「三ツ橋。それはもうおばちゃんの発言なんよ……」
「おばっ!?そんな酷いこと言われたら、焼きそばだけじゃなくケーキセットも付けちゃいますよ?」
あんかけ焼きそばとケーキセットで、三ツ橋だけで会計が2千円を超えた。
「や、まあ別に良いけどさ」
太るぞ、という感想を四条は信号待ちの隙にお茶と共に飲み込んだ。それはいくらなんでもラインを超えている。
海沿いのレストランまで来れば、運河付近には溢れる観光客の姿はほぼ見られない。静かに釣りを愉しむ地元民がチラホラいる中、四条と三ツ橋は小樽のソウルフード目当てに入店した。
余談ですが、ハーメルン様では歌詞を小説内で使用可能ですので、一部内容が違います。が、本筋には関係ありません!




