二十五話 大和撫子
グラナダ・リシェルが連行され、広間には安堵と静寂が取り戻された。この国を脅かす存在はもういない。亀裂が入ったマティアスとセラフィーナの関係は以前よりも強い絆で結ばれ、母親の精神支配によって復讐の道具として扱われたアンナベルも自由を手に入れた。
「これで再度【F案件】として扱えるな」
雨野社長が直々に謝罪に来るほどのトラブルを、どうにか上手く解決できて一息つく四条と三ツ橋。四条は、遠まきに広間でお互いの無事を確かめ合う人々の様子を見ながら呟く。
「元々、セラフィーナさんとマティアス殿下の間には何も問題は無かったみたいですからね。我々が干渉するのはここまででしょう」
セラフィーナが婚約破棄されたのも、この世界がF案件じゃなくなった原因も、全てグラナダによるもの。ならば彼女さえ逮捕されてしまえば、セラフィーナが幸福に生きて行くのを陰ながら見守るのみなスタンスに戻っても大丈夫だろう。
また何か問題が発生すれば足を運べば良い。
「そういえば、セラフィーナさんのアイテムは回収するんすか?」
「……【-幸福への誓い-】はF案件には強すぎる装備だが、マイナスから始めるエルドリアの復興には必要不可欠だろう。他国のお偉いさんがいる中で発生した今回の騒動、エルドリア王族の発言力の低下。攻め込まれる口実にさえなりかねない。ここに呼ばれて危険な目に遭った貴族による内乱の恐れもある」
三ツ橋は真っ先に逃げ出した現国王の背中を思い出す。来賓や後継よりも優先した自分自身の命。あの姿を見せられては求心力も下がって当然だ。
「もう、これを機にマティアス殿下に国王の座を譲ったらどうですか? そしたらセラフィーナさんも王妃になれますしっ。国王陛下へのヘイトも多少はマシになるんじゃないでしょうか」
「俺もそれがベターだとは思うよ。でも、これ以上は我々が決めることではないからね」
肩をすくめる四条。グラナダへの刑罰と同様、あとは現地人でどうにかして貰う考えだ。
「しかし、凄いスピード解決でしたね。最も、グラナダがヨジョー先輩を襲わなければ我々としても突破口を見つけるのにもう少し苦戦していたでしょうけど」
不幸中の幸い。四条が三ツ橋に同行したことが、グラナダの本性を暴く一助となったのだ。三ツ橋一人だけでこの世界へ来ていたら、それなりの期間アンナベルが王太子妃として過ごす様子を観察するに留まっていたかもしれない。
「いえ、それだけならまだマシっす。セラフィーナさんがマティアス殿下に失望して、自分探しの旅に出ちゃっていたルートもありましたからね」
婚約破棄されたまま、行く宛のない異世界放浪。それが全てダメだとは思わないが、こうして王太子妃の座に戻れた結果を見た後だと、ややバッドエンド感が否めない。
「そうだな。とはいえセラフィーナさんはまだまだ人生長い。後は三ツ橋、お前が経過観察を怠らなければ大丈夫だろう」
およそ、日本時間で5年ほどセラフィーナの寿命が残っている。魔族が滅んだ世界でチートアイテムも手に入れた転生者なら、きっとピンチも打開してくれる筈だ。
このまま別れも告げず世界を去ろうとした四条と三ツ橋。大広間の外にはアプロディテが開いたゲートがスタンバイしている。
だが、セラフィーナがそれを許さなかった。
「黙って帰っちゃうなんて、寂しいじゃないですか」
初対面の沈み込んだ表情とは180度違う、つきものが落ちた顔。もう、彼女にとっての幸福は見つかったようだ。
「ワタシ達だって寂しいに決まってます! ……基本的に我々の業務は、多干渉禁止っすから。問題が解決したのなら、すぐ帰還しなきゃ駄目なんですよ」
セラフィーナの残りの人生が順調にいけば、これが今生の別れ。5年という時間は社会人にとってあまりにも早い。
現地人へ入れ込むのは禁じられている、これは常日頃から桜井が皆に周知し続けている方針だ。行き過ぎれば辞めた吉田のようになる。故に、黙ったまま消えようとしたのだ。
「そんなの、異世界に取り残される私の方が悲しいわよ」
優しい家族がいて、マティアスとの仲も戻った。それでも、日本での思い出を語れる人間と出会うことは無い。もう一つの禁止事項が転生者と仲良くし過ぎる事。これはセラフィーナと最初に接触した際に四条が警戒していた点に繋がる。どれだけ充実した異世界生活でも、日本への帰還がチラついては台無し。真の幸福とは言えない。
「セラフィーナさん……」
三ツ橋はかける言葉が無かった。もう二度と故郷に帰れないと考えたら誰だって悲しい。帰らないのと帰れないでは大きく違う。
「……でも大丈夫。私にはお父様やお母様がいるわ。娘が婚約破棄されても寄り添ってくれた、素敵な家族が。それに、小さな頃の約束を胸に私を命懸けで守ろうとしてくれた素敵なフィアンセもね」
固い決意は瞳の輝きとなって三ツ橋に届く。目の前の女性は、サポートする側の三ツ橋よりも強い心を持っていた。
「何かお困りでしたら、我々異世界サポートセンターがすぐに駆けつけます。その白薔薇の剣は、弊社からの餞別です。貴女の異世界生活が順風満帆である事を、私個人としてもお祈りしております」
サポート対象が【日本に帰してくれ】と懇願してくるケースは多い。どんなに恵まれた環境を用意しても駄々をこねだす転生者と比較したら、四条が損得抜きに応援したくなるのも当然だった。
「……アプロディテさんには一度断ったけど、ありがたくこの剣を頂戴するわ。遥々日本から来てくれた貴女達二人を、いつまでも忘れない為にもね」
美しい、芸術品のような剣の鞘を撫でるセラフィーナ。こんなに短い時間しか共に過ごしていないというのに、そこまで三ツ橋らを想ってくれるとは。三ツ橋の方が涙目になってしまう。
「セラフィーナさん……ワタシはいつまでも見守っていますから。離れていても、世界を隔てていても、ずっと!」
転生者への入れ込みを注意するべきだが、お客様の前では避けなくては。四条は内心で溜息をつく。と、ドスドスと重そうな身体で全力ダッシュして来る貴族の姿が。
「ヨジョウ様っ!! 先ほどは実に見事な戦いぶりでした。今晩も我が屋敷に泊まってくださるのですか!? シェフには昨夜よりも高価な食材を用意させましたので、きっとご満足頂けるかと!!」
帰還のタイミングを逃した為、スケルツォがやって来てしまった。
「えー、本日は遠慮しておきます。また機会がありましたら、その時はご馳走になりますので」
「なんとっ!!!???」
グラナダやアンナベルが暴れた時以上の衝撃を受けたスケルツォ。感嘆符と疑問符を沢山並べ、ショックのあまり静止した。
「ほら、貴方がヨジョウ様にメイドをあてがうから嫌がられたのではありませんか?」
「ぐぉぅ……!」
妻、アリアからも追撃され、石化したスケルツォの身体はヒビが入って砕け散りそうだった。
「え!? お父様、四条さんにそんな失礼を……?」
愛娘からも非難の視線。
「ミツハシ様にも執事を夜伽へ向かわせたのよ」
「うわぁ。お父様、それは『ガチキショい』です」
スケルツォの余計な計らいによって、セラフィーナにとっての最後の日本語は父親への悪口となった。
両親に意味は伝わらなかったが、異世界サポセンの二人には理解できる。敢えて日本語を使用したセラフィーナの悪戯っぽい笑顔に、四条と三ツ橋も笑みで返す。出来ればもっとマシな日本語を使わせてあげたかったが……
マティアスとバーナードが、別れの気配を察知して三ツ橋の前に立つ。
「カーナ様。これからセラフィーナと共に、エルドリアをニッポンのような国にしていきます。この美しい時計に誓い、必ずや」
お手軽地球の威光セットに入っていた時計を取り出すマティアス。それを三ツ橋に手渡そうとしてきた。カーナとして【一時的な貸与】と、手渡した品だ。今を逃せば懐中時計を返す機会はおとずれないと悟ったマティアスの誠実さ。すっかり時計の存在を忘れていた三ツ橋は「あぁ……」と声を漏らして
「ニッポンとエルドリアの友好の証とし、それはマティアス様に差し上げますわ」
「……なんですと」
「その代わりに。エルドリアの発展も大切ですが、セラフィーナ様を幸福にする事もその時計に誓ってくださいね」
言われるまでも無い。マティアスは命をかけてセラフィーナを守っていたのだから。これだけ美しい懐中時計を譲る条件が、エルドリアの発展よりもセラフィーナの幸福だとは。マティアスの知らないところで、いつの間にセラフィーナはニッポンの使者と友好的になったのだろう。
「……承知しました。このマティアス・エルドリア、生涯をかけてセラフィーナを護ると誓います」
「マティアス殿下……少し、恥ずかしいですわ」
事実、三ツ橋らにとってエルドリアの発展よりもセラフィーナが大切だった。この王太子がそばにいてくれれば、セラフィーナの異世界生活にきっともって彩りを与えてくれることだろう。
バーナードは、一時……本当に瞬きの間しか仕えなかった三ツ橋に深々と礼をしてくれた。その所作には、あらゆる想いが込められている。彼がいなければ三ツ橋の潜入もうまくいかなかったかもしれない。陰の功労者を労う意味も込め、三ツ橋もカーナとしてでは無く三ツ橋佳奈として礼で返した。それだけで、老齢の執事にとってはこの上無い労いとなった。
「名残惜しいですが、本当にそろそろ行かなくてはなりません。セラフィーナさん、この度は誠にありがとうございました」
ゲートの手前で立ち止まり、改めて頭を下げた三ツ橋。
「……さようなら三ツ橋さん、四条さん」
一期一会。
この出会いと別れが、サポートセンター社員としての三ツ橋の成長に繋がれば良いなと考えつつ、四条も頭を下げた。彼にとって、この世界との別れは掃討部時代の自分との決別。そのきっかけともなったセラフィーナに、身体がゲートへ吸い込まれる直前に最大限の賛辞を述べる。
「佐藤叶さん。俺が知る誰よりも……貴女こそが、まさに大和撫子でした」




