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二十三話 壊れた笑顔


 掃討部、正式には終末対処部(End of World Response Division)。


 構成されるメンバーも人数も業務内容も、何もかもが謎に包まれた部署。異世界サポートセンターにおいて、客先の世界が滅びる寸前に出てくる最後の砦。世界規模の危機の最終ライン。

 代表取締役社長、雨野ミナカが直接指揮を執っているとされる【超越者】達の集団。そのような部署に、常日頃冗句ばかりの四条はいたと言う。この発言もまた冗談なのだろうか。三ツ橋はにわかには信じられない。


「ええっと、掃討部に……先輩がいたんですか? あの掃討部っすよね??」

「そう言ったんだけどね。そんなに変かな?」


 イメージの乖離。解釈違い。

 三ツ橋の脳内四条像では、サポート課で今回みたいにあんかけ焼きそばを自分へのご褒美に仕事する、くらいの考え方がしっくり来る。特殊な任務を遂行する精鋭といったイメージは無い。

 四条的にも、後輩に即座には信じてもらえないのは織り込み済み。それでも、グラナダが四条に固執する理由を説明するのに説得力は出るはずだ。


「だとしたら、これだけヨジョー先輩ばっかり狙われるのも当時何かがあったからすか」


 四条は頷く。


「この世界が掃討案件になった時……俺は任務を優先する為、生き埋めになっていたグラナダさんの姉を助けられなかったんだ」


 それがグラナダの復讐理由。いつだって、人間の感情を強く揺れ動かすのはシンプルなものということか。今グラナダが言った通りの情報に、なんの補足も追加されなかった。四条に拷問を受けたとか、奴隷のように扱われたとか、そのぐらいの熱量に思えたのに。


「それだけの理由で……?」


 聞かされる三ツ橋からしたら、50年もの間恨み続けるにはいささか弱い理由に思える。むしろ自分の教育係だった先輩が終末対処部にいたカミングアウトの方がよほど衝撃的だった。


「今でも申し訳無く思っているんだが、グラナダさんに助けを求められるよりほんの少し早く【救出フェーズ】が終了してしまってな。怪我した人や魔族に襲われる人々を助けていた存在が、自分達の番が来た途端急にスルーしたように見えたのかもしれん。手のひらを返された気分だったんだろう」


 事実、桜井からの指令がちょっとでも遅ければ。グラナダの姉は四条に助けられていた。あまりにも悪い巡り合わせ。


 不幸な姉妹に同情もしよう、花も手向けよう。


「……だがな。ロスト特典で他者を亡き者にし、実の娘まで復讐の道具にした事実は許せない。俺個人としても、会社としても」

「確かにそうですよね。先輩だけを狙うのなら理解は出来ますが、もはや八つ当たりになってますし」


 幼かった少女をここまで歪めてしまった責任が四条にはある。ならば務めは果たさなくてはならない。


「三ツ橋。ここはお前の担当する世界だが、グラナダさんに関しては5年前に俺がやり残した事だ。対処は俺に任せて貰うぞ」


 サポート課へ異動するきっかけになった仕事。今も夢に見る掃討部時代の出来事。

 グラナダへの対応は単なる特典回収では無く、掃討案件の続きだ。ならば、当時担当者だった四条が解決するべきである。


「任せるのはいいんですけど、生身でどうやって勝つつもりで?」

「まあ、後で説明するわ」


 至極当然の疑問。恐らくはアンナベルよりも強力であろうグラナダ。四条が例え終末対処部出身であっても、素手では天秤があちらに傾きそうだ。


「……そろそろ別れは済んだかしら?」


 グラナダの復讐心からして、四条と三ツ橋がペラペラと会話する隙に攻撃を仕掛けてもおかしく無い。それでも様子を見ていたのは、四条の実力を考慮してのこと。アンナベルとは直接戦闘しなかったので、【英雄】の強さは計れていない。娘が物差しの役目を果たせなかった点についても、グラナダは苛立っていた。

 ノーマークだったセラフィーナにも警戒する必要が出てきてしまった為、考え無しに【戦乙女の血涙】でゴリ押しするわけにもいかず。


「グラナダさん。一つだけ聞きたいのですが……」

「貴方と問答をするつもりはありません」


 問答無用とグラナダは会話を終わらせる。しかし、四条は強引に続ける。


「貴女が私を殺して復讐を成せば、その指輪は破棄しますか?」


 四条は最後に情けをかける。冷たくなっていく姉の手を握り続けたあの少女に対して、救いの手を。ここでロスト特典を手放す選択をしてくれたなら、マニュアルに従い彼女の命だけは救けられる。四条が言葉通り殺されてあげるわけでは無く、現地人グラナダ・リシェルの脅威判定をするための質問だった。


「馬鹿なことを。元々この国を許すつもりもありません。貴方を殺したら、次は王族や貴族……英雄を崇拝する平民も断罪する必要があるわね。復讐を成すと言うなら、そこまでやらなくては」


 既に壊れてしまっているグラナダは、四条が手を差し伸べたことにも気が付かず。自らの有害性を証明する返答をした。……してしまった。


「それは……残念ですね」


 嘘偽り無く、四条はただ悲しむ。自分が歪ませてしまった人間を、異世界サポートセンターのルールに則って排除しなくてはならない事を。

 娘を道具にしても。チートアイテムで成り上がろうとも。国を滅ぼそうとしても。きっかけは四条と桜井にある。なんともやるせない。

 しかし、ここでグラナダを見逃しても別の人間が【処分】しに来るだけだ。


「君への贖罪として、この手で終わらせるよ」


 グラナダへの発言。だが、目の前の狂った女性にでは無い。あの日、大粒の涙を流して懇願してきた女の子に向けたものだ。


「先輩……グラナダさんを殺すんですか?」


 今回の相手は魔族では無く、住む世界が違うだけの【人間】だ。それは三ツ橋からすれば身近な人物が殺人するのかが気になるところ。サポート課にいる以上は、異世界であっても人間を殺したりはしない。


「殺すよ。別の人にやらせるのも悪いし、放っておけば彼女は何千人と殺すつもりみたいだしね。そうなる前に終わらせとかなきゃ。ロスト特典回収のついでだよ」


 三ツ橋はてっきり、この場にいる人間の中で壊れているのはグラナダだけだと思っていた。しかしそれは大きな間違いだと気がつく。

 頼りにしていた目の前の先輩社員もまた、壊れてしまっていたのだ。


 元掃討部の四条慧は、人を救うために。

 世界を残すために。


 何度も【必要な殺し】を経験した男なのだ。


 魔族を倒すことにさえ、正直抵抗がある身からすれば……グラナダをあっさり殺すと告げた四条に恐怖さえ覚えてしまう。【仕事のついでに殺す】など、日常的に人間を殺してきた者のみが発せる言葉だった。


「そうか。そういえば三ツ橋は、人を殺したこと無いもんなぁ」


 やったことが無い事務処理について教えてくれた時と同じトーンで四条が喋る。殺人に対するあまりの認識の違いに背筋が寒くなった。


「……あるわけ、無いじゃないですか」


 一緒に働いて数年。すっかり仲良くなれた四条について、実は何も知らなかったのだと愕然とする三ツ橋。


(ワタシ……この人の一面しか知らなかったんだ。この人は、優しい先輩の顔だけで働いているわけじゃないのね)


 その静かな狂気が、三ツ橋の腕に鳥肌を立たせた。四条は色々な思考に耽った三ツ橋を見て、いつもの顔で笑うと


「そりゃ怖いよね。でも、安心しろよ三ツ橋。お前にそういうことは絶対にさせないからさ。少なくとも、俺がお前の先輩でいる内はな」


 三ツ橋の胸がズキっと痛む。四条の笑顔は普段と変わらないが、それが意図的に造られたものだと理解出来てしまったのだ。とっくの昔に心が壊れてしまっていても尚、後輩の三ツ橋を不安がらせないように振る舞ってくれている。


(この人……自分が壊れているのを自覚してるんだ)


 だから、後輩に同じ道は歩ませない。

 その優しさが辛い。


「グラナダ・リシェル……脅威判定【S】。緊急性アリと判断。即時掃討する」


 四条が端末を操作し情報を残す。これから使用する【武器】は厳重に管理されており、こうした手順を踏まないと始末書を書かされる。


「さて三ツ橋、もう二つだけ終末対処部について教えておこうか。ていうか謝っておかないとな」


 四条の右手を中心に、どこからか黒い霧のようなモノが集まっていく。


「謝るって、なんかありましたっけ?」

「この世界に来てからずっと、俺には何の装備も無いと心配させてしまったことだ。つまり……俺は実際、アンナベル戦でも使おうと思えばいつでもアイテムを使えたんだよ」

「マジすか!? でも、社員証は初期化ですよね??」


 だとしたらアイテムを身につけているのか。否、四条からはその気配もなかった。しかし、ここにきて唐突にアイテム反応が四条を示し出す。右手に集まる霧が濃くなればなるほど、桁違いの反応になっていく。


「社員証初期化状態にも関わらずアイテムを使用可能なのを説明するには、まずは掃討部について教えないとな。一つ目に、終末対処部ってのは、客先の世界が滅びそうな場合……つまり異世界の終末に対処するって誤解されがちなんだけど、実際はそうじゃない。俺たちが住む日本へ、異世界から何者かが攻めてきた場合に駆り出される部署なんだ」


 驚くべき事実。


 けれど確かに、異世界から日本へ魔族や異世界人が攻めてくる可能性はゼロじゃない。行き来が出来る以上は、地球を手に入れようとする悪者だっていつの日か現れるだろう。魔物から地球を守り切るのならば、確かに【超越者】達を揃えた部署が必要不可欠だ。


「本来は【地球の終末】に備えた部署……なんですね」

「そうだ。異世界で魔族が栄えて飽和したり、稀だが女神の力を超える存在が産まれた場合、地球への移動方法に気づかれる危険性がある。女神の担当する世界を平和にする事は、実質、地球に攻め込まれる危険の芽を摘むことにもなっているんだよ」


 サポート課の仕事が、実は地球を守っていたとは。三ツ橋は一気に大きくなったスケールに頭がついていかない。


「で、二つ目。地球の危機ってのがあるとすれば、ウチの社長にとっても不測の事態。事が起こってから装備を整えていたら後手に回る。……だから、掃討部に属した人間には、常時自分専用のアイテムの携帯を許されているのさ……!」


 言い終えた四条が右手を握り、集まった黒い霧を掴む。すると、霧はさながら刀のような形状に整う。輪郭がボヤけた霧の刀。


「……つまり、それがヨジョー先輩の掃討部時代の武器ってことですか?」

「そう。俺が終末対処部に配属された際に、雨野社長が直々に作成してくれた専用武器だ」


 宇宙を生み出した天之御中主神によって、四条の為だけに作成されたオリジナル武器。かつてこの世界を救った、漆黒の霧。それをサポート課へ異動した四条がそのまま所持しているのは、有事の際は彼も呼び出される証明だ。


「お待たせしてしまい申し訳ありません、グラナダさん。……いつでもどうぞ」


 四条から溢れ出る殺気は対峙するグラナダだけに留まらず、セラフィーナやマティアスをも震え上がらせる。許可なく指先一つ動かそうものなら、自身の首が跳ね飛ぶビジョンが浮かぶほど。


「よ、ヨジョウ様……! なんと雄々しいぃぃ!!! 50年前と変わらぬお姿ぁぁ……」


 一人だけ。


 スケルツォ・ロートシルドだけは興奮しすぎて全身をガクガクと震えさせる。四条の殺気が急激に萎むくらいには場違いな歓喜だった。


「こ、こうでなくては……。英雄を殺すと決めたあの日から、この程度の実力差は覚悟の上です!」


 グラナダが指輪を光らせると、赤い液体が蒸気となって雲のように大広間の天井を覆う。


「同じ指輪でも、アンナベルとは練度が違うのですよ練度がっ! この雲から降る赤き雨は、貴方達の皮膚ごと骨まで溶かすわ!! これだけの広範囲、避けられないでしょう!」


 アンナベルが嵌めた時には斬撃を放つのみだった【戦乙女の血涙】。このような使い方もあるらしい。いや、涙と言うからには、むしろこの戦法が真骨頂なのかもしれない。


 セラフィーナは慌てて頭上に展開した白いバリアで自分とマティアスを守る。だが、少し離れた四条らや家族まで覆うには、それこそ練度が足りなかった。


「ダメ……みんなは守れない……! 逃げてっ!」


 スケルツォ達を振り返り叫ぶセラフィーナ。しかし、血の雨は無情にも降り注ぐ。バケツをひっくり返したようと表現される強い雨。その水滴一つ一つが肉を溶かすなら、人間などあっという間に消えてしまう降水量。

 グラナダの指輪はアンナベルと比較して、ざっと5倍程度の光量を放った。


「娘さんの遺体まで溶かすつもりですか?」


 四条が右手を振るうと。黒い霧を形成していた小さな粒が、血の雨を撃ち落とすように上空へ舞い上がる。結果的に、雨はたった一滴すら床に到達しなかった。

 せっかくバリアを展開したセラフィーナだが、徒労に終わる。


「そん……な!?」


 修練を重ねた広範囲攻撃に手応えを感じていたグラナダは、あまりの完封っぷりに言葉が見つからない。バリアで守るのではなく、すべての雨を撃ち落とすなど信じられない。針の穴を通すコントロールを、落下する無数の雨に対して行うなど人間の処理能力では無かった。


「惜しかったですねぇ、あと100年くらい修行すればもっといい感じになると思いますよ」

「ふざけないで……! そんなの、人間ではお前に勝てないと言ってるようなものじゃないのっ!?」


 時間の進み方が違う異世界で戦闘経験を積まない限り、寿命が来るのが先だ。


 第二撃を放ちたくとも、グラナダはクールタイムとして指輪のチャージが必要。対する四条の霧は即座に刀の形に戻る。この時点でグラナダには守りが無く詰みだ。

 四条が床を蹴る。イスタルテ案件で【加速】を用いて移動した時よりも疾い。あの専用武器を身につけている間は、肉体強化まで施されているのか。


 動体視力が強化された三ツ橋の目でも追えぬ速度。


 グラナダが四条の移動に気がついたのは、指輪が腕ごと切り離された後だった。骨が砕ける音も、肉が裂ける音もせず。黒い霧に触れた部分が存在ごと消滅し、腕は自由落下する。


「ぁ……!? わ、私の腕がっ!!? ぁぁぁぁ!!! 

 ???」


 傷口には黒い霧がまとわり、出血は殆ど無い。なのでグラナダが失血死する心配も無い。

 だとしても。

 痛覚は遮断されておらず、腕と指輪が失われたショックに発狂してしまう。


 四条は切り落とした腕から指輪を抜き取り、グラナダにスマホを向ける。


「これで、ロスト特典はひとまず回収完了……っと」


 端末にカチカチと入力しながら、四条は淡々と呟いた。


『脅威アイテム:戦乙女の血涙/回収処理

 一次脅威:グラナダ・リシェル/肉体能力・魔力共に大幅減衰

 判定変更:【S】→【B】、現地法廷に引き渡し可能レベル』


 画面にそう表示されるのを確認し、四条はようやく息を吐く。


「……終末対処部としての仕事は、ここまでだな」

「ま、待って……待ちなさい……っ!」


 グラナダが、片腕で床を掴みながら四条を睨み上げる。

 憎悪も、復讐心もまだ消えてはいない。

 だが、さっきまでの【世界ごと呪い殺す】ような圧は、もうどこにも無い。


「私は、まだ何も……」

「いえ、既に【やり過ぎています】よ。グラナダさん」


 四条がその言葉を遮る。声色は静かだ。


「これ以上は、俺じゃなくて……」


 視線をマティアスへと向けた。


「この国の問題です」


 指輪を回収した時点で、四条は武器を収め殺気も消した。通常営業なサポート課としての姿で王太子にバトンを託す。


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