二十一話 代表取締役社長
時は遡り、三ツ橋の盾が破壊された瞬間。
四条は土煙を目眩しにして、窓ガラスをブチ割って外に出た。爆風の衝撃からセラフィーナを庇う必要があれば、城から脱出する機会を逃していただろう。四条に先んじて三ツ橋が捨て身でセラフィーナを守ってくれたのはありがたかった。
これで逃げに徹せる。
(サンキュー三ツ橋。悪いけど、もうちょっと辛抱しててくれ)
吹き飛ばされてしまった後輩女子の姿は痛ましく、それを実行したアンナベルを即座にぶん殴りたくなる。仕事とは言え仲間が傷つくのは耐え難い。けれど、今ここで四条がアンナベルに突撃しても返り討ちだ。
三ツ橋の痛みを倍返しする役目は後ほどセラフィーナに任せるとして、その為にも今は急がなくては。
城の外は逃げ惑う人々と、うまく民衆を誘導できない兵士、大声で王族の責任を問う他国の貴族でカオスが生み出されていた。
「こりゃ、一件落着してもエルドリアは外交、内政に大打撃だな。立て直すのも一苦労だぞ」
スーツに付着したガラス片をはらい天空を見上げると、下界の様子を見ていたアプロディテは全てを察して四条を天界へワープさせた。光りに包まれた次の瞬間には、目の前にアプロディテが立っていた。
「……おかえりなさいませ、四条様。アンナベルがあのようなアイテムを持っていたとは知らず、ご迷惑をおかけしました」
アプロディテは手でソファを勧めてくる。しかし、四条は長居する気も無いので立ったまま本題に入った。
「それにつきましては弊社の落ち度です。5年前に対応した際、転生特典を見落としてしまったのですから。こちらこそ、大変申し訳ありませんでした」
重大なインシデント。この場で四条が謝罪する程度では到底済まされない、会社として誠意ある対応を求められるミス。
「そうですよねぇ。5年前の、前任者から引き継いだ御社の報告書では特典も全て回収確認済みってチェックされてますし……」
アプロディテもロスト特典については色々履歴を調べていたらしく、異世界サポートセンターが過去に提出した報告書の控えまで引っ張り出してきたらしい。あわよくば次回以降アイテムを購入する際に便宜を図って貰えないかとかを期待しての事。
四条的には、自分に責任が無いとは言えダブルチェックしている筈の書類に不備があるのは、申し訳無いと同時に恥ずかしい。
「重ねてお詫び申し上げます。この件はサポート課長の桜井へも既に報告しておりますので、後で正式に会社として謝罪させて頂きます」
「会社として……」
アプロディテがポツリと呟く。
言うまでもなく、謝罪というものは責任ある人間が行うほど効果がある。怒ったお客様の常套句が「上の人間を出せ!」だが、ならば謝る側としてはスピード感を持って偉い人間を出すのが最善手なのかもしれない。
「私の上司……サポート課長の桜井から先ほど連絡がありまして、謝罪のために弊社の社長とここにやって来るとの事です。もうそろそろ到着するそうですので、少々お待ちください」
四条はスマホをチラ見して、桜井からのメッセージを再度確認。課長だけではなく、異世界サポートセンターで一番偉い存在である社長が来てくれるのは頼もしすぎる。むしろこれで解決しないトラブルなど存在するのかも疑わしい。
「えーっ!? 御社の社長が……こ、ここへ」
企業の社長が直々にやって来るのは顧客としても狼狽するようで、アプロディテは泡食ったように女神の間を掃除しだした。今回悪いのはサポートセンターなので、いくら社長がやってくると言ってもここまで慌てなくても良さそうだが……アプロディテが取り乱すのにはちゃんとした理由がある。
正直、今回のロスト特典については社長自らの謝罪までは求めておらず。今後のサポート料金を安くして貰えれば良いな、くらいの軽い考えだったのだが。話が思ったよりも大きくなってきてしまった。
噂をすれば。
「失礼します、アプロディテ様。異世界サポートセンター札幌支店、サポート課課長の桜井です。お久しぶりです」
掃除をしはじめたばかりの愛と美の女神は、はたきを持ったまま桜井に対応せざるを得なくなった。
「さ、桜井様……! お久しぶりですっ。その節は大変お世話になりました!!」
アプロディテの前任である女神は、今セラフィーナがいる世界を【掃討案件】にしてしまった。それは神の資格を剥奪されかねない不手際。にも関わらず世界から人間が滅ぶ事なく50年も存続出来たのは全て、当時の桜井と四条が対応してくれたからに他ならない。
謝罪に来た桜井に頭を下げる女神は、謝罪している側にしか見えなかった。四条に変に怯えるのも、桜井と四条、この二人の圧倒的な強さを知っているが故か。前任者の尻拭いをして貰った恩義からか。
「課長、来て頂きありがとうございます」
お礼ついでに、現場に丸投げしたのではと疑っていたことを内心謝罪しておく。
「いいのよ四条くん。トラブル対応してくれてありがとうね」
桜井は四条にウインクし、微笑む。ここは任せてと。
(うわ。おば……お姉さんのウインクってきついなー)
だが四条は、桜井の年齢に思考を奪われてしまい感謝どころではなかった。もしも桜井に思考を盗聴されていたら、四条は次の瞬間消し炭確定である。頭にアルミホイルを巻かなくては。
アプロディテが桜井を神妙な面持ちで見つめて。
「桜井様と四条様には、地球時間での5年前に随分とお世話になってしまったきりで……」
「あれは仕事ですし、お気になさらず。それよりも今日はロスト特典について謝罪に来ました。弊社の社長、雨野もお邪魔させていただきます」
「社長さんも……ですね。わかり……ました……!」
アプロディテが気をつけの姿勢に。
「ではお呼びします。社長、どうぞ」
桜井が自身の背後に一礼すると。
バチバチッ……と閃光がはじける。
空間を、時空を、理を歪ませながら。
見た目には10歳前後の銀髪の少女が、アプロディテの空間へ入ってきた。透き通る白い肌に、目は宇宙の星々を連想させる輝き。
この場の誰よりも幼い見た目だが、圧倒的なオーラを放っていた。
「おじゃましまーすっ。異世界サポートセンター代表取締役の雨野だよ! おひさしぶりだね、アプロディテちゃんっ」
両手の人差し指をほっぺに当てて、満開の笑顔を見せた幼女。声だけ聞けば、小学生が久しぶりに会った友人に挨拶しているみたいだ。これから一緒に公園で遊ぼうと誘うような明るいトーン。
しかし……言葉とは裏腹に放たれる強大なプレッシャーに、アプロディテは平伏する他なかった。
「お、お久しぶりで……ございます……。天之御中主神様……ッ」
異世界サポートセンター代表にして、四条達の世界……宇宙の創造神がそこにいた。
「やあー! その呼び方は可愛くないからキライっ。雨野は苗字だから、名前で【ミナカちゃん】って呼んでほしいなー」
ほっぺたを膨らませる雨野社長。拗ねるだけで、アプロディテの空間は崩壊しそうなくらいの負荷を受ける。懸命に空間の維持に神経を使いながらアプロディテは応じた。
「そんなっ、恐れ多いことでございます。この度は我が世界に社員をお二人も送って頂き、恐悦至極にございます……」
「あははーっ! アプロディテちゃんってば、謝りに来たミナカにお礼なんか言ってヘンなのー。……そんな素直なところは可愛いけどね」
からからと笑う雨野社長。この銀髪ロリが感情を出すたびに、アプロディテも、桜井も、四条も。全員が次の瞬間には存在ごと抹消されるのではと肝を冷やす。もちろん、雨野はそんなことはしない。ただ、それくらいのプレッシャーを放っているのだ。本人にその気は無い。存在としての【ステージ】がそれほどにかけ離れている。
(相変わらず、なんつー圧だ。こんな、小学生女児みたいな見た目してるくせに化け物すぎるって)
思わず臨戦態勢になりそうなのを堪えるだけで精一杯の四条。社長相手に構えるのは社員としていかにもまずい。
「そいじゃあ、アプロディテちゃん。あらためて今回はごめんね? ミナカの部下が失敗しちゃって」
両手を合わせて小首をかしげ、しょんぼりする雨野。自分よりも遥か上位の存在……なんなら、神界においては上司とも言える雨野に謝られてはアプロディテが取れる行動は【許す】の一択だ。
「滅相もありません!! 全ては、私がアイテムの存在を50年も見落とし続けてきたのが原因ですので! どうか、お顔をあげてください」
「許してくれるの!? アプロディテちゃん、やさしいねーっ!」
アプロディテの手を握り、これで仲直りだねっと上下にブンブンと振る雨野。
「んー。でもほんとは、ちょっとだけその通りかなって。50年の間にロスト特典があるってわかって欲しかった気持ちはあるかなー」
これは異世界サポセン社長としてでは無く、神界の上位存在としての発言。細めた目で見つめられるのは、首筋に刃をピタッとつけられたような恐怖。アプロディテの全身が震え、プレッシャーに鳥肌が立つ。
「……すみません」
「あはっ! いいよいいよ。誰にだってミスはあるんだし」
雨野社長のお陰で、どうやら特典を見逃した掃討部の失敗も水に流して貰えそうだ。
「とは言っても、異世界サポートセンターとしての誠意はちゃんと見せるから安心してね。桜井ちゃん、あれ出して!」
雨野の言葉に頷いて、桜井が一つのアイテムを取り出した。アプロディテには見覚えしかない商品、白銀の薔薇のサーベルを。
「これは、【-幸福への誓い-】ですか? 私がセラフィーナさんに転生特典として渡そうとし、断られた……」
「はい、同じ品でございます。今現在、セラフィーナ様にはこのアイテムが必要な状況だと判断致しました。そこで、アプロディテ様がお持ちの在庫を減らす事なく、弊社で新たに一個納品させて頂ければと考えております。勿論、これからセラフィーナ様の元へ降り立って渡すところまで対応致しますので」
まさかの、転生特典級の強力アイテムを無償でくれるアプロディテが狙っていた展開が現実のものに。
「いいんですかっ!!? タダで!」
「モチのロンだよー。これはお詫びなんだからっ!元々持っていたヤツは別の世界がピンチになった時とかに使えるでしょ?」
雨野が幼女らしからぬ死語を用いながら肯定した。転生特典をもう一個貰えるとは、複数の世界を預かる女神からしたら大助かり。
「っていうか、そろそろセラフィーナちゃんがピンチじゃない? 今すぐにとどめさされそうだし……。ミナカがクロノスタシス使ってあげても良いけど、桜井ちゃんのスキルなら四条くんを送り届けるの間に合うかな?」
社長に聞かれた桜井は左腕の時計を見てから
「間に合いますね。……行くわよ四条くん」
応えながら、もう移動アイテムの起動を開始している桜井。座標は王城の大広間、アンナベルとセラフィーナの間。四条も瞬時に桜井のアイテム範囲内に入ると。謝罪にやって来てくれた社長に別れを告げる。
「雨野社長、わざわざ東京本社から来てくださりありがとうございました」
「全然いいんだよ。5月の北海道は気持ちいいし、折角だから帰りにジンギスカンでも食べちゃおうかなっ」
雨野は普段東京にいる。飛行機ではこんなに早く小樽へ到着しないので、恐らくはアイテムやスキルを使ってくれたのだろう。帰りにグルメを楽しむくらいの役得はあるべきだ。
「それよりも四条くん。そろそろ本社に来てくれる気になった? ミナカ的に、君や桜井ちゃんは手元に置いときたいんだけど……」
「えっ!?」
今にも転移しますってタイミングで話す事ではなかった。
「まあ……雪降らないのは良いです……」
案の定、四条の返事はぶつ切りで終わってしまう。
「聞いた? アプロディテちゃん! 四条くん、東京異動に乗り気だったよねっ!?」
「……ええっと。そう……ですね、聞こえた範囲では」
◇
スケルツォ・ロートシルドは全身の痛みに耐えながら、頭の向きだけ変えて愛する娘を捜す。首から下は痛すぎて動かない。アンナベルに攻撃され、三ツ橋が守ってくれたところまでは記憶がある。英雄四条の仲間ならば、三ツ橋もまた神の如き力を持っている筈だ。そのバリアーを破壊したアンナベルは、一体どうなってしまっているのか。
「セ……ラフィー……ナ」
愛娘は生きていた。自分よりもまだ元気そうで嬉しい反面、敵対するアンナベルの姿も目に入りスケルツォは危機感を覚える。このままだと、第二撃がセラフィーナごと自分達を襲うだろう。頼みの三ツ橋も倒れてしまっている。
四条の姿が見えない。
アンナベルは四条を狙っているようだったので、姿を隠す事で陽動してくれたのか。あの人ならば正面から戦ってもアンナベルに勝てそうだが……
スケルツォが四条の姿を見つけるよりも早く。アンナベルの第二撃が放たれてしまう。
一発だけでも絶望的な威力だったというのに、赤い刃は複数枚放たれた。いくらなんでも過剰な攻撃だ。
指一本動かすこと叶わず。スケルツォが愛娘の姿をただ見つめる事しか出来ずにいると。
何もない空間から現れた人影が、全ての刃を事もなげに受け止めた。衝撃波だけで粉塵が舞う。
「あらぁ。【戦乙女の血涙】って、まあまあ威力強そうだから期待してたのに……受けてみたら案外弱いのねぇ。これだと掃討案件では使えないかな」
「そりゃ、課長の【アポロン・システム】で防いだら殆どの攻撃は弱く感じますよ」
50年前に一目だけ見た、英雄達が二人揃った光景が再び眼前に。これは奇跡としか言えないと、スケルツォは大粒の涙を流した。
「じゃ、ネーム……じゃなくて四条くん! この剣をセラフィーナ様へ渡してあげて。私は社長を見送ってくるから、後はよろしくねっ」
「……課長もだいぶ5年前に引っ張られてますねぇ」
「だって懐かしいんだもんっ」
「気持ちはわかりますけどね」
白銀の剣を受け取り、四条は課長を見送った。そのままセラフィーナの前まで歩み寄って、本来の持ち主へ剣を手渡す。
「四条……さん?」
目を丸くして、いきなり剣を持って現れた四条を見つめるセラフィーナ。
「さあセラフィーナさん。反撃のお時間ですよ」




