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十八話 お化け



 王太子妃に与えられた私室は城の東翼にあった。大理石の床に深紅の絨毯、壁一面にはエルドリアの紋章が刻まれている。表向きは「未来の王妃を迎える準備」。だがその豪奢さは、貴族社会の礼儀を装った軟禁に等しかった。

 その部屋で、アンナベルは紅い指輪を撫でていた。背後からは髪に櫛を通してくれている母、グラナダの声が響く。


「……準備はできているわね、アンナベル。貴女はついにここまで来ました。幼少よりワタクシの言いつけを守り、盤石なセラフィーナの立場をも奪い取ったのです。今日、他国の王侯貴族へ周知することで、貴女は真の王太子妃となるのよ」


 50年前、魔族にほぼ壊滅させられたリシェル家。幼かったグラナダは、四条や王国への復讐心を燃料に貴族の立場を守り続けてきた。時には指輪の力に頼る場面もあったが、年端もいかぬ少女が家を守るには利用出来るものは全て利用しなくてはならなかったのだ。娘を王太子妃にするまでの道のりはさらに過酷で、醜い敵対貴族達に与えられた屈辱は両手の指では足りない。


「はい、お母様。我が生涯は全て、王妃となる為に」


 アンナベルにとって母の言うことは絶対。アンナベルは物心ついた時から、グラナダが指輪を使用する光景を何度も見て来た。リシェル家に楯突く存在、これから邪魔になりそうな存在、気に食わない存在。障害と呼べる人間を母は【力】で排除してきた。マティアスは愚か者ゆえ簡単に籠絡出来たが、もしも頑なにセラフィーナを妃にすると言い張っていたなら、武勇で名を馳せたロートシルド家も例外なく滅んでいただろうとアンナベルは考える。


 その【指輪】が、今はアンナベルの指にある。


「そう、貴女は王妃になるため産まれてきた。ですが今朝、それよりももっと大切な役割が与えられたのです」

「……もっと大切な役割」


 アンナベルは、叔母が眠る地に献花していた男性を思い出す。その男を見て豹変した母親の姿も。


「いいこと?昨日までとは状況が変わったのです。夜会を成功させるのは二の次。もしも【あの男】が貴女の前に姿を見せたら、なりふり構わず力を使いなさい。マティアスを巻き込もうが、他国の貴族が死のうがどうでも良いわ。貴女にはその指輪を使って、英雄を殺す使命があるのです。王太子妃になるよりも優先すべき使命がね」


 産まれてからずっと目標にしてきた王妃の立場。この国を内側から腐敗、衰退させて叔母の仇をとる為の第一目標。

 急にそれよりも英雄殺しが大切だと言われても……アンナベルは気持ちが追いついてこない。ゴールポストを動かされたようなものだ。


 しかし、母親が言うなら従わなければ。産まれた瞬間からマインドコントロールされ続けた結果、正常な判断が出来なくなってしまっている。


「わかりました、お母様。ですが事が済んだ後、リシェル家はどうなるのですか?」

「どうなろうと構いません。英雄が死んだ時点で我がリシェル家の悲願は達成しているのですから」

「……そうですか」


 四条に復讐する為だけに周囲を巻き込んでは、もう2度と牢から出られまい。どころか、死罪だってあり得る。結論として、母は自分に死んでこいと言っているのだ。


 娘の命すら復讐の道具。


 顔も見た事がない叔母を供養するのが命懸けとは。この世に生を受けたことそのものが、酷く虚しく思えるアンナベルだった。



「さて。そろそろ夜会だけれど、結局会社から連絡はあらずだな」


 四条はソファから立ち上がり、ついに会社からの着信を知らせることが無かった端末をポケットにしまう。


「うへぇ。アンノウンとの戦闘はおっかないですね」


 戦わずに済めば言うことなし。ただ、強力な力を持つ指輪を大人しく渡してくれるわけがない。アンナベルが指輪の効果に気づいていなかったとしても、常時身につけているのは大切にしている証拠。簡単にはいかないだろう。


「戦いになっちゃったら、まず大事なのは防御だな。アンナベルの指輪が敵の攻撃に対してカウンターを狙うアイテムであれば、迂闊に飛び込むのはまずい。この平和な世界で彼女が指輪を悪用していたとすれば、慢心もあるはずだ。現地人がアイテム持ちに逆らえるわけないし、【指輪を使えば勝ち】って認識を持っているんじゃ無いか」

「その油断を狙って逆にこっちが反撃するわけですね。防御なら任せてくださいよ」


 後の先を狙う作戦。


 三ツ橋は守りのアイテムについては【透盾:β】を愛用している。【A-27】で魔王の部下の火炎を容易く防いだ、防御アイテム【アズールバリア】のプロトタイプ。製品版よりも座標の指定が困難で、盾のサイズや厚みまでもを使用者が決めなくてはならない。だが、逆にそれらの自由度が高い点がお気に入りらしい。

 アンナベルの指輪が一撃必殺な性能だろうと、シールドに厚みを持たせれば数発は耐えられる。攻撃を防がれたアンナベルが驚いている間が勝負だ。


「防御なら任せてっていうか、攻撃手段も三ツ橋しか持ってないわけですけどね」

「そうでした。先輩……ぶっちゃけ使えないっす」

「ごめん。こうなるのは予想外すぎた」

「実質、ワタシとアンナベルさんのタイマンじゃないですかー」

 

 三ツ橋はこの3時間で装備を念入りにチェックしていた。最低限戦えはするが、万全では無いので長丁場になるほど不安が大きい。可能な限り短期決戦が望ましい。


「しかもお前、特典持ちと戦った経験無いだろ?あっても社内での模擬戦くらいじゃないか」

「そうっすねぇ。経験不足って意味ではちょっと心配ですけど……」


 基本、特典持ちの異世界転生者が反逆してきても、モニターしている本部が即座にアイテムを使用不可に切り替える。戦わずして無効化できるのだ。

 アンナベルみたいなパターンでしか、アイテム持ちとサポート課の社員が戦う機会は無い。


「三ツ橋もアイテム持ちと戦うことで一段上へ行けるってことで」

「経験を積むにしても、せめて先輩も装備ある状況が良かったですけどね」


 自分が負けたら世界が終わるとか、責任重大すぎる。緊張や不安からミスしないよう気をつけなくては。


「ところで、俺は執事役で良いのか?ロートシルドの屋敷では執事失格って言ってたのに」


 四条がネクタイを直しながら三ツ橋に尋ねる。


「それはもう大丈夫ですよ。ワタシは殿下に顔も名前も覚えられましたし、先輩が演技下手でも一応はニッポンの使者って事で押し通せるようになりましたから」

「なるほどね。んじゃ、夜会ではせいぜいカーナお嬢様の執事として足を引っ張らないようにしますか」

「お願いしますよ?執事は料理にがっついたり、メイドに夜伽されたりしませんからねっ」

「まだ言ってるし……」


 よっぽど昨夜の出来事がお気に召さなかったのか。さっぱりしているようで案外根に持つタイプなのか。三ツ橋と行動する時は細心の注意を払わねばと四条が決意したタイミングで


 コンコン。


 と、城の人間がドアを叩く。


「カーナ様。会場の準備が整いました」

「はいっ。今行きます」


 三ツ橋はドアノブに手をかけて、【執事】に振り返ると。


「ほら行くわよ、ケイ。ニッポンの使者として恥ずかしく無いようにね」


 小悪魔のような笑顔で、先輩社員を今だけは呼び捨てにした。


「はいはい、カーナお嬢様」

「はいは一回!!」


 まもなく、夜会の幕が上がる。



 夜会の会場は、王城の中央大広間。百を超える燭台が吊るされた天井は金箔を散らしたドーム状で、光の粒が星座のように輝いていた。

 壁一面には各国の紋章旗が掛けられ、磨き上げられた黒い大理石の床は、まるで鏡のように貴族たちの姿を映していた。

 中央には流麗な線を描く水晶の階段があり、その頂からマティアスとアンナベルが入場する段取りだった。


 香水と花々の匂いが入り混じる。笑い声と音楽が重なり、外の闇とは別世界のよう。この世界の上流階級が一堂に会する光景は壮観だ。


 会場の最奥にはエルドリアの現国王、アルセイン・エルドリア十八世が白銀の王衣をまとい立っている。隣には現王妃オルフェリア・エルドリアの姿が。


「今宵、エルドリアは新たな歴史を刻む。我が国の未来を担う二人を、皆の前に示そうではないか」


 国王の声が響き渡り、各国の王侯貴族が中央の階段へ視線を向ける。


「マティアス・エルドリアとアンナベル・リシェルである」


 名を告げられた二人が水晶の階段を降りて姿を見せると、会場は大きな拍手につつまれた。


「二人が結ぶ絆が、エルドリアの未来をさらに明るく照らすことを願っている」


 国王の前まで到達したマティアスとアンナベルは、礼をしてから祝福に応えるよう手を振った。

 拍手の波が静まり、楽団の音が再び鳴り始めた瞬間。

アンナベルはふと手元を見つめた。紅い指輪の中で、小さな脈動が灯る。


「どうかしたか?アンナベル」


 マティアスが体調でも崩したのかと顔色をうかがってくる。


「いいえ、大丈夫ですわ殿下っ」


 健気さをアピールする為気丈に振る舞ったその時。

 ……母の声が、頭の奥で囁いた気がした。


『英雄を見つけたら、ためらわず殺しなさい』

 

 笑みを浮かべる顔の裏で、指が勝手に動きだす。


「……あれがアンナベル・リシェルね。見た目だけなら普通の令嬢だが」


 四条は目を細めて手元を確認したが、距離があって指輪までは判別できず。


「王太子妃の立場を手に入れたのですから、この場で派手な動きはしないでしょうね。もしもに備えてセラフィーナさん付近にはいつでもシールドを展開出来ますけど」


 【透盾:β】の座標やサイズはセッティング済み。アンナベルが怪しい動きをすれば、後は展開するだけで良い状態にしておく三ツ橋。


「我々はニッポン国から来た田舎っぺだし、アンナベルに狙われる心配は無い。セラフィーナさん付近にセットしておくのは正解だな」


 三ツ橋は先ほどアンナベルと顔をあわせたが、向こうは記憶すらしていないだろう。


「ええ。ですが先輩、なんだかアンナベルが我々を見ている気がするのは何故でしょう。笑っているようにも見えます。目元は笑っていませんが……」

 

 会場にいる人間の数はざっと150。四条と三ツ橋の黒髪はまずまず目立つし、やっぱり三ツ橋を覚えていた可能性もある。だとしても、アンナベルがずっとこちらを伺い続けるのは不自然だ。


「きっと殿下から【時計を貸してくれた国の使者】、みたいに話されてんじゃないか?三ツ橋もさっき顔をあわせてるわけだし」

「ですかねぇ?更に品物を要求されても困りますけど」

「王太子妃の座も、これで確定したわけだし笑いたくもなるだろう。建前として大笑いするのを堪えて、変な顔になってるとか」

「駄目だ……まだ笑うな……ってことっすか」


 お互いの視線まではわからない距離感。ただ、アンナベルの顔が四条と三ツ橋に向いているのはわかる。


「三ツ橋、念の為セラフィーナさんに集中しておけ」

「了解っす!」


 少しだけ警戒するべきと判断した四条。護衛対象のセラフィーナはスケルツォやバーナードと共にいる。三ツ橋なら離れた位置からでも彼ら全員を防御可能だなと距離感をチェックしたところで。


 アンナベルは指輪を四条に向けてかざし、紅く光らせる。


「……なにっ」


 誰よりも早く反応したのは当然四条だ。膝を曲げてタメを作り、回避に備える。セラフィーナでは無く、こちらを捉えたアンナベルの動き。


 瞬間、音が消える。


 弦の音も、杯の触れ合う音も、誰かの笑い声も。


 時間が止まったように感じる中で、紅い閃光が夜会の中心を貫いた。


 それは祝福の光ではなかった。この夜、エルドリアは再び【血の歴史】を刻むことになる。未来の王妃によって、突如として会場は恐怖に包まれたのだ。


「ヨジョー先輩っ!!?」


 セラフィーナに合わせた座標を四条に移すのは間に合わない。一直線に四条へ迫る紅の刃。人間の反射神経をゆうに超えるスピードで迫る必殺の一撃。三ツ橋は自分が盾になればと考えるも、その前に刃は四条に到達した。


ドゴォッ!!!


 床を粉砕し、隕石でも衝突したようなクレーターを生み出す。土煙が辺りに充満し、四条の安否はわからない。とはいえ、あれは装備無しの四条に避けられるわけもなく。三ツ橋は土煙が消えれば、そこには死体が一つ転がっているだけだと、妙に冷静な気持ちで諦める自分を発見する。


 数秒前まで、考えもしなかった四条の死。それはあまりにも唐突にやってきた。


「そんな。先輩……」


 異世界サポートの社員は強い。その中でも四条は三ツ橋から見てもあり得ないくらい戦闘能力が高かった。魔王やその部下との戦いからもわかるほど。

 とはいっても全ては製品の恩恵によるもので、ここがF世界じゃなくなった時点で四条は日本に帰らせるべきだった。


 会場内では大パニックが巻き起こるも、三ツ橋の耳には遠い喧騒でしかない。


 悔やんでも悔やみきれない。


 せめて自分が、防御アイテムの座標をセラフィーナに合わせていなければ四条を守れたのに。


「四条先輩……!嘘ですよね」


 教育係として、仕事はもちろん社会人としての心構えを教えてくれた恩人。たまにご飯やお酒に付き合ってくれて、今でも三ツ橋が抱える仕事を気にかけてくれる頼れる先輩社員。そんな四条に、三ツ橋は繰り返し、もう届く事のない呼びかけを繰り返す。


「ワタシ、四条さんがいないなんて嫌ですよ……」


 セラフィーナを守らなくては。アンナベルを倒さなくては。頭では次にやるべき行動を理解しているが、足が動かない。


 腰が抜けて、座り込んでしまう三ツ橋。これでは良い的だ。涙で滲む視界でアンナベルを捉えると、先ほどよりも歪な笑顔で、次は三ツ橋に指輪を向けている。

 逃げる。それか、【透盾】で自分を守る。どちらかを実行すべきだというのに、ここで死んでも良いか、などと考えてしまう。


 四条に放たれたのと同じ紅の刃が射出される。


 自分がここで死んだら、日本では行方不明にでもなるのかな?でも、そういえば社員証の効果で自分だけは何があっても生き延びるのか。……なんて意味のない思考に陥っていると。


「あの。俺死んで無いから」

「えっ!!?」


 三ツ橋は傷一つない四条に抱きかかえられ、刃の攻撃範囲から離脱。数秒のうちにセラフィーナ達ロートシルド家の面々がいる場所まで運ばれた。成人女性をこのスピードで軽々運ぶには、どれほど鍛えれば良いのだろうか。


「ここらへんなら、お前がシールドを指定した座標内だろ?」


 ただ攻撃を避けただけでは無く、防御に繋がる移動。三ツ橋は驚きの連続で、涙目で頷くのがやっとだった。


「【透盾:β】、起動!」


 アンナベルと三ツ橋達の間には、ロスト特典の攻撃にも耐えうる強固な盾が具現化する。

 感情の整理よりもまず先に、セラフィーナは何があっても守るという異世界サポートセンター社員としての役目を果たしてから。三ツ橋は改めて四条の顔をまじまじと見つめて


「……四条さんのお化け?」

「お化けじゃないってば!?」

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