十七話 夜会まで3時間。日本では18分
マティアスとの話を終えた三ツ橋は迎賓サロンへ到着し、バーナードと共に部屋に入ると真っ先に大きな窓を開け放つ。正面ドアには兵が配置されているので、四条は窓から侵入してきた。窓を開けた直後に手がかけられたので若干ホラー。来るのはわかっていても、三ツ橋はヒュッと息を呑んだ。
「もーっ!先輩ホラーすぎっす!」
令嬢姿の後輩が怒ってきても、驚かせた側はケロッとしながら窓を閉めた。
「なんで?【今から窓から入るから開けといて】ってメッセージしたじゃん」
「あまりにもタイミング早過ぎですから。開けた瞬間手が出てきたんすけど。先輩、今度ホラー映画のエキストラでゾンビ役とか良いんじゃないっすか」
「何が良いんだよ……」
周囲が騒がないように最短で潜入してあげたのに、ゾンビ役がお似合いと言われてしまう。エキストラだって役者を志す人が応募したりする中、ズブの素人が混ざれる訳ないだろ、と正論を返したくなる。
「にしても、マティアス王太子は良い意味で予想外だったな。婚約破棄がセラフィーナさんの身を案じてだったとは。バーナードさんとしては、先ほどの姿こそ昔から知る殿下だったのではありませんか?」
サロンの高級なソファに腰かけ、バーナードが差し出してくれるクッキーを食べる四条。三ツ橋は今日何杯目かの紅茶を飲む。このおもてなしもスケルツォの号令による効果。まさか神扱いされてるとは微塵も思わぬ日本人二人は
(執事のいる生活……良いなぁ)
くらいの感じだが。
「はい。マティアス殿下がセラフィーナ様を蔑ろにしたわけでは無いと知り、しっくりきました。あの方は昔のまま……聡明であったのですね」
セラフィーナの幼馴染であれば、バーナードも執事として幼い頃よりマティアスを見てきている。アンナベルに鞍替えする軽薄さは賢い王太子を知る人間からすれば理解に苦しむ。
それがセラフィーナの身を案じてであれば「やっぱり!」ともなる。
「あのように本音を語ってくださるとは思いませんでした。それもこれも、殿下の琴線に触れる品をカーナ様が用意されていたからですね」
【お手軽地球の威光セット】は、四条の素性を主から教えられたバーナードには神の威光に見えた。
「一流執事のバーナードさんにそう言ってもらえたら、開発者も喜びますよきっと」
信楽たぬきを採用してくれていれば更にマティアスは魅力されたはずだったのにと四条は惜しむが、如何に。
「ヨジョー先輩。実はまず真っ先に伝えなきゃいけない事態が発生してまして……」
三ツ橋が珍しく低いテンション。外から盗み聞きしていた限りはそんな報告されるような会話は無かった。聞く前から嫌な気分になるけれど、聞かずには話が前に進まない。
「一体どうしたのですか?カーナお嬢様」
あまり場が重くなり過ぎないようふざけてみたが、三ツ橋の表情は暗いままだった。これはいよいよ心して聞かねば。四条は背筋を伸ばし、構える。
「アンナベルが、恐らく【ロスト特典】を所持してます」
客先とのアポをすっぽかしてしまったのが発覚したようなトーン。絶望に満ちている。
「…………マジ?」
「マジです。【製品探知】が作動しましたから」
それは、ここが最早【F案件】とは呼べないことを意味する。無課金ユーザーこと社員証初期化四条はいつもの作りスマイルの裏で
(装備無しは流石にやったか?俺)
と早くなる心臓の鼓動を感じた。
「効果もレベル帯も、外見からでは何もわかりません。さっき技術部に特徴をメッセージしてみましたが……調べてみるとだけ返事が来て進展はないっす」
「特徴?」
「なんか、赤い大きい宝石がついた指輪っぽかったですね」
「……なるほど」
オーソドックスな指輪タイプのアイテムのようだ。確かにこれだけでは技術部も判断がつかないだろう。この世界に納品したアイテム履歴から追った方が早そうですらある。
「で、桜井課長には伝えたの?」
まずは直属の上司を頼るべきトラブルだ。
「はい。でも、ヨジョー先輩がいるならなんとかなるって……先輩、結構課長から信頼されてますねぇ」
「課長の【信頼してる】イコールお前らで解決しろって意味だぞ」
「ええっ!?押し付ける為の台詞ですかっ」
「課長、こういう時にしか言わないからね信頼とか」
「信頼と責任の違い、わかってないタイプっすね」
「いや、あの人わかってて使い分けてる。だから尚更悪質なんだよな」
昔の上司であり、なんだかんだ今も上司な桜井課長。信頼とは聞こえが良いが、要は部下に丸投げしているだけだ。こればっかりは四条の【実力】を知っている人間が上にいるのが運の尽き。三ツ橋は完全な巻き込まれである。
「そもそもがサポート課の領分じゃないってば」
【A-27】で魔王やら幹部やらを倒した時は、ネチネチ小言で攻撃してきたくせに。今回みたいな場面では腰が重いとは。帰ったら課長には給料泥棒!とガツンと言うべきだろう。
「今すぐにでも【回収・封鎖課】から誰かを派遣してもらうレベルですよねぇ。こんな危険地帯、ワタシ達は一目散に撤退したいところですが……」
三ツ橋の言う通り、ロスト特典持ち現地人とバトルなどやってられない。しかし、彼女が言い淀んだのにも理由があった。四条は頷き、意を汲む。
「我々が帰ったとすると、回収・封鎖課が来るまでにアンナベルが無防備なセラフィーナさんへ危害を加える恐れがある」
是が非でも避けなくてはならないシナリオ。マティアスがセラフィーナと婚約破棄したのは、まさにそれを懸念してのこと。王太子妃の立場を奪う為の武力行使はあり得なくはなかっただろう。
「てことは。ワタシ達はこの後の夜会でセラフィーナさんを守りつつ、回収課が来るのを待つカンジですよね?……本来なら」
そう。本来ならば。
桜井課長の言い方だと回収課も来ないのでは無いか。となると、四条と三ツ橋のみでアンナベルを制圧し【ロスト特典】を回収しなくてはならない。
「アンナベルと戦うのはいいけど、もしもその指輪が一撃必殺かつ初見殺しみたいな効果だとかなりキツいぞ……」
「そうっすよねぇ。何かわからんがくらえッ!は正体不明の特典持ちとの戦闘でまず避けるべき行動ですし」
せめてロスト特典の正体が判明してから戦いたい。四条達がやるべきことは、技術部からアンナベルが持つ指輪のデータが送られてくるまでセラフィーナを守ること。幸い、マティアスの計略でアンナベルの敵意がそれほど向いていないのでなんとかなるだろう。
「この世界は5年前、元々掃討案件だったみたいですけど……当時の担当者がロスト特典に気が付かないだなんて。【掃討部】はエキスパートの集まりだと言われてるだけに、ちょっとガッカリです」
謎に包まれた戦闘特化集団は、三ツ橋のようにその存在だけしか知らないものからすれば特殊部隊への憧れと似た感覚がある。FBIやCIA、自衛隊の特殊作戦群など、【終末対処部】はイメージからしてもうカッコいいのに。ロスト特典見落としはうっかりすぎると感じた様子。イメージダウンだ。
「正確には【掃討課】のミスでは無くて、【掃討後監査課】のミスだよな、うん。俺も掃討部の業務については詳しくないけども」
四条としてはそこだけハッキリさせておきたい。掃討課がミスしたみたいな発言は許容できなかった。
「厳密にはそうでしょうけど、どちらも同じ終末対処部っすよね」
「まあ……同じ部署ではあるけどぉ?」
部署そのものが悪いと言われたら、否定も出来ないのでもう認めるしかない。
「ヨジョウ様、ミツハシ様。私はそろそろ旦那様方をお迎えにあがります。こちらはお任せしてもよろしいでしょうか?」
バーナードは一旦ロートシルドの屋敷へと戻り、スケルツォ達と共に夜会へ戻ってくるとのこと。
「構いませんよ。逆に、執事役を務めてくださってありがとうございます」
「お役に立てたなら幸いです。では……」
バーナードがドアに近寄ったところで。
「あ!待ってくださいバーナードさん。これをセラフィーナ様へ渡してもらえますか?」
三ツ橋が追いかけ、懐から取り出した機械を手渡す。
「……はて?これはなんでしょうか」
先ほどのマティアスとの会話を記録した、手のひらサイズのボイスレコーダーだった。バーナードには何かもわからない。だが三ツ橋が手渡す以上、とても貴重な品物なのだろうと推察する。お手軽威光3点セットはどれも見事だった。ボイスレコーダーを知らない人には見た目からは凄さがわからないが、きっと至高の品のはずだ。
「それにはさっきのマティアス様の言葉が記憶されています。セラフィーナ様なら使い方もわかるので、渡すだけで大丈夫です」
「!……かしこまりました。このバーナード、命にかけてもお嬢様へお届けします」
これだけ小さな物体が会話を記憶出来るとは。バーナードは仕組みなど色々と聞きたいこともあるが、余計な口は開かない。ただ与えられた仕事をこなすのみ。実にできた使用人だ。
部屋には四条と三ツ橋だけが残される。
「ボイスレコーダーとは、やるな三ツ橋」
マティアスが大勢の貴族がいる前で、ましてやアンナベルに監視されながら本心をセラフィーナに伝えることは不可能。アンナベルの裏をかく意味でも、録音を聞かせるのは良いアイデアだ。
「セラフィーナさんへはマティアス殿下の言葉が必要っす。無粋かとは思いましたが、全てを知った上で今後の生き方を決断して欲しいんですよね。殿下の本心を知らずに生きていくのは、ずっと心にしこりが残りますから」
このあたりは繊細な女性ならではの目線か。
「……だな。あと我々に出来ることといえば、アンナベルとの接触をシミュレートするくらいかな」
夜会までは後3時間ほど。それまでに【ロスト特典】のデータが送られてくるのを祈りながら、二人は異世界の迎賓サロンでティータイムを堪能することにした。
日本との時間ズレは10倍速。四条らが夜会まで3時間待っても、向こうでは18分。
三ツ橋は技術部に
『F-14世界で発見されたロスト特典のデータを調べて、情報ください。赤い宝石の指輪です。できれば15分くらいで返事もらえると助かります』
とお願いしたことになる。
もはや、データが間に合わない前提で。夜会に参加し、ぶっつけでアンナベルと接触する心構えを3時間で構築した方が良いのかもしれなかった。




