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十五話 お手軽地球の威光:3点パック



 この世界でなんの身分も無い四条が王太子へ接触するには、正攻法でなければ忍び込むしかない。

 王城の見取り図も、兵士の数も、警備体制も不明。何もかもわからないままの潜入は無謀に思えるが、四条にとっては造作もないことだった。


 かつて担当した異世界では、アイテム使用不可の制限下で魔王城に幾度も潜入したことがある。比べれば、平和が続いた王都の警備など児戯に等しい。

 塀の上に立ち、城を囲む城壁と見張り塔の配置をざっと目で追った。歩哨の間隔は不均一、交代の合図も緩い。中庭では訓練という名のおふざけ模擬戦をだべりながらこなす兵士らの姿。魔族と交戦中の世界であればまず有り得ない光景。エイリーンの下で鍛え直すべき練度だ。


「50年の平和ってのは、こういう緩みのことか」


 皮肉を口にしながら、四条は最も警備ルートが手薄な温室や噴水などがあるエリアへ飛び降りた。

 前転……パルクールで言うロールによって着地の衝撃を受け流し、スーツに付着した土をほろう。

 変装した三ツ橋は無事に潜り込めるだろうか。表立ってマティアスと接触するのは彼女の役割。四条はいざという時にフォローできるよう王城内のデータを収集する。

 ルネサンス様式に似たエルドリア城は、異世界サポートセンターとして観光業に手を出せば大成功間違いないほどの美しさ。四条はついつい自分が潜入中だと忘れて見入ってしまいそうになる。50年前は再び魔族の侵略に備えて堅牢な城を築いたようだが、今はもっぱら政治や外交の中心として整備されている風。


「お、三ツ橋も無事入れたか」


 メッセージで、三ツ橋から潜入成功との報告。どこぞの他国から来た客人設定で潜り込めたらしい。貧相な見た目では追い返されるだろうから、それだけセラフィーナから借りたドレスは絢爛豪華だったようだ。


 三ツ橋がマティアスに客人として会うなら応接間の可能性が高い。四条は城の外郭部を警備の隙間を縫って駆け抜け、迎賓館らしき建物のそばへ到達した。


「カーナ様。こちらでお待ちください。マティアス様の準備が整い次第お越しになります」


 丁度三ツ橋が城の兵士に連れられてやって来た。四条の予測通り、ここが迎賓館らしい。カーナ様とは、名前の佳奈を少し現地っぽく発音したのか。


「ありがとうございます」


 三ツ橋が兵士へお淑やかに礼をする。


 四条は軽く目を細める。


 普段の彼女からは想像もつかない……そこにいたのは、【貴族の娘】そのものだった。


 淡い桜色のドレスは胸元まで緩やかに流れ、肩にはレースのケープ。金の刺繍が陽を受けて光り、まるで光の粒をまとっているかのようだ。

 化粧は薄く、それでも頬の紅が自然に浮かび、整った唇は柔らかく微笑む。

 仕草一つ、指先の角度まで完璧。

 それは訓練や演技ではなく、まるで本物の【育ちの良い令嬢】がそこにいるようだった。


(誰だよあれは)


 馬子にも衣装というやつか。

 俺の後輩がこんなに可愛いわけがない。四条はいつもああなら良いのにとため息を一つ。


 背後には、これまた変装したバーナードを引き連れている。なるほど確かに他国からやって来た貴族の娘が共を連れていないのは不自然。かといって顔が割れているバーナードをそのまんま連れていてはロートシルド家の縁者と言わんばかり。四条は三ツ橋基準で付人失格みたいだったので、セラフィーナに頼み執事になってもらったのだろう。


「さてと。会話をどう聞こうかなっと」


 マティアスが来るまで、四条は茂みに隠れながら迎賓館を見回して通気口を探る。地球における中世建築レベルであれば、そこから内部の声を拾えるかもしれない。建物の裏側に良い感じの通気穴が見つかったが、常駐している兵士が一人。


 三ツ橋に完全に任せるならわざわざ危険な橋を渡る必要もないが、一応先輩としてフォローはしてあげなくてはならない。


 四条はあくびをする兵士の背後にまわり込む。茂みの中から、石を迎賓館の裏に積んであった木箱へ投げ物音をたてた。


「ん、なんだぁ……?」


 兵士が音のした木箱へ注意を逸らしたその瞬間。4メートルの距離を一瞬で詰め、背後から的確に頸動脈を締めつけた。


「ぅ……!?」


 声も出せず。自分が誰かに襲われたのはわかったが、背後を取られて満足に抵抗も出来ない兵士。首に回された手をどかそうとするほうに意識がいき、抜刀のそぶりさえ無い。脳への血流は次第に滞り、やがて全身の力が抜けて四条に全体重を預けた。

 短時間の制圧。念の為気絶した兵士を茂みへ隠し、見つからないようにしておく。ここで鎧などを奪って変装する手段も取れるが、四条はあくまでも機動性を重視。

 万が一見つかった際に重たい鎧を身につけていれば、スピードもスタミナも奪われるだけだ。


 これで安心して聞き耳をたてられる。通気口に耳をあてると、くぐもってはいるが言葉を聞きとるくらいは出来そうだった。


 ◇


 迎賓館。王城外郭に位置する、数多くの貴族や商人を迎えて来た豪華な建物。その中でも一際装飾華美な部屋で三ツ橋とバーナードは王太子の到着を待つ。

 赤いふかふかのソファへ座る三ツ橋へ、背後に立つバーナードが問う。


「カーナ様。マティアス王太子へはどのようなアプローチをなさるおつもりで?」

「そうですねぇ。王太子は曲がりなりにも王族としての英才教育を受けたお方。情報を聞き出そうにも一筋縄ではいかないでしょう。ここはまず穏便に、出来れば好感を持たせておきたいですね。あくまでもセラフィーナ様の為になる接触としなくてはなりません」 


 目的は一貫してセラフィーナの幸福。マティアスがアンナベルの色香に惑わされた愚か者としても、王族の立場、未来の国王には利用価値がある。


「バーナードさん。ワタシが合図をしたら、【コレ】を使用してください」


 三ツ橋は執事のバーナードへとあるアイテムを手渡す。


「これは……! かしこまりました」


 それがなんなのか。バーナードは即座に理解した。


「失礼致します。マティアス王太子がお見えです」


 扉が開かれ入って来たのは、若き王太子マティアス。三ツ橋とバーナードにチラッと視線をやると、三ツ橋の対面へ静かに腰を下ろす。


「エルドリア王国、王太子マティアスである。其方が、他国よりいらしたカーナ殿か。遠路遥々御苦労だった」


 三ツ橋を値踏みするような目つきのマティアス。


「初めましてマティアス様、カーナと申します。本日は貴重なお時間をくださりありがとうございます」

「うむ。随分と遠くからいらしたようだが、なんという国から?」


 三ツ橋の顔立ち、髪の色は目立つ。マティアスは純粋な好奇心を持っている様子。


「我が国の名を申し上げても、きっと殿下の地図には載っておりません。【ニッポン】という小国です」

「ほう……? では今度は載せておこう。交易ルートの隅に。貴国との関係が、我が王国の益となるのを望んでおるぞ」


 聞き慣れない国名。しかし、目の前の女性は美しく、気品を備えている。物理的距離があるだけで、文明はエルドリアと同じくらいと見える。対等に、双方にとって良い関係を築くことも可能だとマティアスは判断した。


「王太子殿下にそうおっしゃって頂けて幸いですわ。我が国には特産品も多く、エルドリアの方々にも気に入っていただけることと思います」

「特産品か。どのようなものか聞いても?」


 身なりはそれなりでも、所詮は地図にすら載っていない遥か遠い地の特産品。期待するのも酷かとマティアスは鼻を鳴らすが、カーナは自信満々に微笑むと


「かしこまりました。ワイズマン!」


 背後の人物に声をかけた。


 ワイズマンとは誰ぞや、変装したバーナードだ。ロートシルド家に長く仕える彼は王族に名前も知られているので偽名は当然。


「はっ、どうぞこちらを。ニッポンの特産品でございます」


 バーナードならぬワイズマンは先ほど三ツ橋から手渡されたあるものをテーブルへ載せた。


 シルバーのトレー。その上には金無垢の懐中時計、光が屈折して輝く切子、組子細工の木製オーナメント。文化の、世界の垣根を越えても美しさが一目で理解出来る品物達。これこそが異世界サポートの一押しアイテム。

【お手軽地球の威光:3点パック】だ。

 これで落ちない異世界人はいない。異世界で商人として成功したい系の転生者に根強い人気がある。5点パック、7点パックなどと料金に応じて豪華な内容にグレードアップされる。


 余談だが四条はこのパックに志野焼きや信楽焼きなどをチョイスしたがっている。しかし文化のバックボーンを知らぬ異世界人にもわかりやすく品物の凄さを伝えなくてはならないので、見た目のインパクト重視なラインナップになっている。信楽たぬきの置物は日本人ならどこかで見たことはあるくらい有名なのだが。


「な、なんと……美しい……!」


 マティアスは生まれて初めて見る、人が作りし芸術的品に頭を鈍器で殴られた衝撃。次期国王の自分をして、このような品々は見たことが無く。生きているうちにエルドリアの技術力で再現するのは不可能だと瞬時に理解した。

 中でも。マティアスが最も釘付けになったのが金無垢の懐中時計だった。一定間隔で針が動いている。それは心臓のように規則的な動作。


「失礼ですが、カーナ様。こちらの針が等間隔に動くものは一体……?」


 時計に興味を示すとは。この王太子……単なる無能では無いらしいと三ツ橋も認識を改める。この【F-14】は中世からルネサンス頃の文明。地球においても懐中時計の登場は16世紀からなので、1秒単位で時を刻む術は無い。そんなものがあるとすれば、まさに神の技術。マティアスの三ツ橋への態度も変化して当然だった。


「こちらは懐中時計といいます。この針が動く間隔で時を刻んでおります」

「これだけ小刻みに時を……!?」


 チ、チ、チ……と音をたてて動く針を、マティアスは一周するまで無言で釘付けとなる。長針が一つ進んだところでも感嘆の声を漏らす。


 マティアスは思わず懐中時計に指を伸ばすが、三ツ橋は柔らかく制した。


「殿下、どうかお気をつけください。中には数百の部品が入っており、一つでも欠けると【時】は止まります」

「数百……!?」


 マティアスは信じられないといった顔で三ツ橋を見た。こんな小さな物体はどれだけ精巧な部品の集合体なのか。その表情に、三ツ橋は少し得意げな笑みを返す。


「我が国ニッポンが誇る品はお気に召しましたか?」

「それはもう……! 是非とも、まずはこれら三品を購入させてはもらえないだろうか。言い値で構いませんので」


 喉から手が出るほど欲しい、特に懐中時計は。だが、その時計こそが異世界の技術汚染に繋がりかねない。異世界サポートセンターとして、マティアスへの売却は認められないのだ。


「申し訳ありませんが、この時計は我が国の宝。ゆえにお売りすることはできません」

「そうですか……。いえ、これだけの品物です。売れないと言うのもむしろ当然でしょう」


 断られ、マティアスは落胆が半分。しかし納得も半分だ。考えてみれば言い値と提示してみたが、これほどの品だ。国家予算を要求されてもおかしくない。ある意味で命拾いしたのかもしれなかった。


「売れはしません。しかし、こちらは我が国からエルドリアへの友好の証としてマティアス様へ無償で貸し出させて頂きます」

「なんですと!」


 だからこそカーナから破格の対応を申し出されてマティアスは小躍りしたくなる。差し出された懐中時計を両手で受け取り天を仰ぐ。


「いやはや……ニッポン国とは偉く気前が良いのですね。これまで貴国と親交が無かったこと、恥じいるばかりです。この懐中時計に誓い、我が国はニッポン国とともにありましょう」

「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いしますね」


 目標の第一段階、マティアスと良好な関係は築けた。通気口から漏れる声はクリアには聞こえないが、両者の明るいトーンからうまくいっているのは外の四条にもわかる。


 ここからが第二段階。


「時に、マティアス様はエルドリアの次期国王様……。ニッポン国からの使者として、殿下の婚約者とお聞きしたセラフィーナ様へお目通叶いますか?次代の女王様へも素敵な品を用意してありますので」


 三ツ橋は今回のミッションの核。マティアスがセラフィーナをどう思っているかを確認するべく、ジャブから打ち込むのだった。

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