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十四話 悪夢



 四条は燃え盛る戦場に一人立ち尽くす。ヘッドセットに片手を当て、聞き逃さないよう神経を研ぎ澄ませれば、周囲の阿鼻叫喚、喧騒が遠くに感じる。


(……おかしい)


 セラフィーナの屋敷で就寝した記憶が最後なので、過去にタイムスリップしたので無ければここは夢に違いない。そう、夢ではあるのだが……四条はこの燃え盛る光景に見覚えしかなかった。


 どうやら昔の出来事が夢に出てきたらしい。


「アポロンからネームレス。救出フェーズは終了。魔族の根絶に目的を絞れ。対象が人間を盾にするなら人質ごと攻撃せよ。以上」


 聞き慣れた声。相手はサポート課の、いつもおちゃらけている年上お姉さんな桜井課長の声なのに、無線越しの声は酷く無機質。


「ネームレス、了解」


 自分の声もまた冷たかった。どこまでも感情は無く、任務の遂行だけを考えた応答。ヘッドセットから手を離し、終末の只中を高速で走る。


 殲滅対象を見つけ出す為に。


「そこのお兄さん、助けて……! お姉様が動かないの」


 瓦礫の切れ目から幼い子供の右腕だけが見えていた。その手を必死に握る更に小さい女児の手。涙ながらに四条へ叫ぶ。ボロボロだが、ドレスを身につけているので名家の子供か。


「我が家に伝わる家宝の指輪を差し上げます! なのでどうか……!!」


 大きな赤い宝石の指輪を突き出してくる。

 だが、たった今救出フェーズは終了した。四条は足を止める事も、声をかける事も無い。


「そんなっ……お姉様が、お姉様がぁ……!!」


 少女の絶叫が背中に刺さる。


 走っては敵を倒す。敵を倒しては走る。思考はいらず、反射に近い状態で対象を消すのみ。


「おい、このガキが見えるか人間! コイツを殺されたくなきゃ……」


 ザシュッ。


 人間の子供に鋭利な爪をつきつけていた魔族を即座に切断する。子供の盾があろうが意味は無い。


 幾つもの救える命を救わず。ただただ魔族を滅ぼすために奔走する。自分の精神や肉体さえも顧みず。


 どの道任務を遂行出来なければ、大きすぎる犠牲に潰されるだけだ。


 夢は、リアルすぎたが故に四条を現実へ引き戻した。


「……ご丁寧に。定期的に夢で見せてくれなくても、1日たりとも忘れたことはないさ」


 電気が存在しないので、わずかな月明かりのみが室内を照らす。ここは悪夢から50年後の世界。寝ついてからは2時間ほど。まだまだ朝は遠いのに、四条は悪夢のせいで完全に覚醒してしまった。こんな事ならメイドのフィリアに夜伽を頼み、気晴らしでもするべきだったか……と冗談にもならない考えを巡らせた。


 水差しからコップへ水を注ぎ、一気に飲み込む。窓の外に点々と広がる城下町の松明。遠くに聞こえる夜警の笛。今はただ、ここに文明があることが心の支えだ。あの任務が、50年間もの人間の営みに繋がったのだから。


 そう信じ込まなければ、四条はとっくにこの世にいない。


『ネームレス……いや、四条。私は今度サポート課へ課長として異動するが、お前もついてくるか? 【S-5】のような世界をつくらない為にはサポートが重要だ。掃討部に残るよりは、お前も少しは人間らしい心を取り戻せるだろう。掃討案件にしないように頑張れば良いんだよ。ネームレスとして生きるのはここまでにしたらどうだ? でないと、【戻ってくる】のが今よりも困難になる』


 桜井からそう誘われてはや5年。異世界での時間差を考えると体感時間はそれ以上。


 四条がサポートした世界はどこも、掃討案件にならずに済んでいた。

 異動当初は意識的に冗談を言うよう心がけていたが、最近では意識せずとも自然と軽口を叩けるようになるまでメンタルも回復してきた。


「セラフィーナを幸福にする。それもこの世界への罪滅ぼしか」


 この地に眠る多くの人間や魔族。彼らを礎に幸せな人間を増やす事こそが手向の花になろう。

 地平線から昇る太陽は、50年前から変わらず世界を照らした。


 朝。


 身支度を整えた三ツ橋が四条の部屋を訪れた。


「さてさてヨジョー先輩!! 王城へはどう侵入しますかっ!?」

「うるさっ」


 朝っぱらから声がでかい。そこが彼女の長所でもあるが、2時間睡眠には少々響く。


「どうって、お前が担当なんだから作戦の一つ二つは考えていないのか?」

「んんー。ワタシだけなら若くて可愛い娘なのでどうにでもなりそうなんすが……やつれた男が一緒だと途端に難易度上がるんですよねぇ。使用人に変装させてもボロが出て無理そうですし」

 

 自己評価が高く、四条への信頼が無さすぎる。


「そうかい。なら別行動かな」


 若くて可愛い娘には正面から口八丁で城に入り込んでもらうとして。四条も別ルートを探れば良い。


「えっ! でも先輩、ノー装備ですってば。無課金ユーザーですよ? いつもみたいなスキルやアイテム頼りの潜入は出来ませんよ?」

「わかってるよ。だったらスキルやアイテムに頼らなきゃ良いだけさ」


 こともなげに言う。


「怪しまれて衛兵とバトルになったら即死っすよ!? なんならこのお屋敷でワタシの帰りを待ってたっていいんですけど」

「待つか。俺はそれでも良いけど……帰って課長に給料泥棒扱いされるのも嫌だし。まっ、ヤバくなったら逃げるよ」

「……確かに、先輩の逃げ足なら大丈夫かな。ピンチになったら早めに連絡くださいよ?」


 三ツ橋は半分納得していないが、F案件なのでどうにかなるかと判断する。セラフィーナから私服を借り、高貴な身分を装い王城へ入るつもりらしい。正攻法ならスケルツォに口利きしてもらうのもアリだが、王太子へ近づくにはロートシルド家の名を出すのは警戒させる為NG。となると変装は良い手だ。だとしても王太子に謁見出来るかは賭けだが。


「ダメならダメで、後日舞踏会に潜入したりとか機会はありますから」

「そうだな。でも俺はあと2日で帰るけどね」


 悠長に構えるのは自由だけれど、四条が同行するのは昨日を含めて3日間。その先はどうぞ気の済むまで時間をかけてくれても良い。寿命逸脱ケースとはいえ所詮F案件。時間をかけるほど三ツ橋のボーナスは減っていくが。


「ええっ!? ……先輩、他人事すぎません?可愛い後輩見捨てて帰るとか」

「お前もA-27の魔王の娘が発見された時似たようなもんだったぞ」


 言いながら、伝説の剣が届いたらイスタルテ案件に戻らなきゃいけないことを思い出しちょっと落ち込む。


「あれー。そうでしたっけ?」

「まあ、覚えてないならいいさ」


 とぼける後輩にも、5年の月日を経た今の四条なら苦笑を返せた。


 ◇


 王都エルドリア。


 白い城壁が天に届くほど高く聳える、この世界の中心。かつて多くの血が流れ、あらゆる建造物が破壊し尽くされた傷跡はまるで無い。街の中央を貫く大通りには、市場から活気ある声が響いている。花売り、果物商、行き交う馬車。悲惨な時代を知らぬ子供たちが笑い声を上げながら駆けていく。


「花屋さん。一番豪華な花束をください」

「はいよっ! 少々お待ちを」


 花屋のおばさんから最高級の花束を仕入れた四条は、スマホのマップを見ながら歩く。かつて戦闘のあった場所を確認し、地面に花を置き手を合わせた。


「今の俺なら……どうするだろう」


 幼い少女の懇願。瓦礫に埋もれた姉を救えただろうか。王都の遥か遠くで、魔族の盾にされていた子供も追悼する。


「数秒でも足を止めてたら、命令違反で俺がアポロンに消されてるな、多分」


 救える命を救えば効率が下がり、時間をロスする。それだけ魔族がフリーになり、戦況は悪化こそすれ好転はしない。結果的にミッションは失敗し、この世界から人間が消えていた恐れがある。


 当時はあれが最善だった。四条は死ぬまでに、あと何度この思考を繰り返せば許されるのか。四条が合掌していると。


「あのぅ、どちら様ですか?」


 背後から、目深に帽子をかぶった女性二人がやって来た。四条が購入したものよりも豪華な花束を手にしていることから、お参りに来たみたいだが……今ここには何の墓標も無い。手を合わせる理由など、ここに誰かが眠っていると知る者のみ。まさかあの少女らの親族だろうか。顔が隠れているので予測だが、還暦近い女性と二十歳前後の女性。親子のようだ。


「あっと……私は、ただの通りすがりです。もう立ち去りますので」


 四条はそそくさと立ち去った。花束を持っていた還暦近い女性の指に、大きな赤い宝石の指輪がはめられているのを横目で見ながら。


(ん。この指輪……どこかで見たか……?)


 こんなに派手な指輪はそうそう無い。目にしたならば思い出せそうなものだが、チラ見だけだとなんとも。似たようなデザインなのかもと、四条はそれ以上思考する事なくその場を離れた。


 帽子の女性達の内、一人はアンナベル・リシェル。セラフィーナに代わってマティアスと婚約した貴族の令嬢だ。


「お母様? 今の男性が気になるのですか」


 アンナベルの隣にいた還暦の女性は、彼女の母親。帽子をはずし、お参りを始めぬまま四条の背中を凝視し続けている。アンナベルの問いかけにも答えず、憎しみに歪んだ顔で立ち去る四条を見つめ続けていた。 


「どうされたのです、お母様……怖い顔をなさって」


 見た事が無い母親の表情に、アンナベルは背筋が寒くなる。マティアスを嵌める作戦を練っていた時も、ここまで感情を顕にしたことは一度も無い。


「アンナベル。貴女の叔母様……我が姉の敵討ちが出来そうですよ」


 あの瓦礫の下で冷たくなった姉の手。その時の光景が、母の脳裏に蘇っていた。


 扇子を取り出し、口元を覆う母親。


「は、はい。その為にまずはマティアス王太子を籠絡してゆくゆくは……」

「違うわよ! アンナベル」


 何が違うのか。アンナベルは不甲斐ない王族のせいで叔母を亡くしており、王太子を傀儡にすることでこの国に復讐するよう幼少期から母親に命じられているのに。


「マティアスとか、セラフィーナとか。最早どうでも良いのです。取るに足りません」

「……え?」


 婚約破棄までさせておいて、今更何を言い出すのか。アンナベルが恐る恐る母親の表情を伺うと。


 狂気を感じさせるほどの笑みで顔を歪めていた。


「最も……ワタクシが最も殺したい相手が。お姉様を救わなかった英雄様がっ! 再びワタクシの前に現れたのですからっ!!!」


 50年前。


 瓦礫の隙間から助けを求めて来た姉の手。自分の手の中で段々と冷たくなっていった姉の手。決して忘れた事は無い。世界を救えるほどの力を持った英雄の登場に喜び、助けを求めれば姉を潰した瓦礫を容易く避けて貰えると希望を持ったあの時。こちらの声など聞こえぬとばかりに駆け出した英雄の後ろ姿はまさしく……今、花を置いて去っていた男に他ならない。


「お母様……!? では、あれが救国の英雄……」

「アンナベル、そこの見窄らしい花束は処分なさい。今更になって花を持って来ても、お姉様は帰ってこない……!!! あの男には、ワタクシ達姉妹の絶望以上の苦しみを与えてやる……この命にかえても地獄へ落としてやるわ!」


 グラナダ・リシェル。


 アンナベルの母にして、今回の騒動を引き起こした張本人。彼女を突き動かす原動力は、姉が死ぬきっかけを作ったこの王国と、姉を救わなかった四条への復讐のみだ。

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