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十三話 終末対処部



 セラフィーナの自室にあるバルコニーで、四条は一人夜風にあたっていた。中では三ツ橋とセラフィーナがまだまだ尽きない日本トークをしている。担当者は三ツ橋なのだから、その結果佐藤叶が日本に帰りたいと言い出したとしても責任は三ツ橋にある。一から十まで四条が誘導するのは三ツ橋の成長にもつながらない為、ある程度は好きにやらせてみるスタンス。

 四条が気になったのは、今はセラフィーナよりもその父親……スケルツォの方。初対面の娘の客人にあの態度。明らかに普通では無い。気になってスマホを取り出し、改めてここF-14世界の対応履歴などを遡ってみれば。


【S-5】

担当:終末対処部掃討課・課長桜井春華

課員・四条慧


作業内容:現地魔族の除去

魔族:52体

上級魔獣:約23万体

下級魔獣:約514万体


使用アイテム:

桜井春華【アポロン・システム:L-180】

社内コード「A-System/Type-Haruka」

【サニタイズ・オメガ】

社内コード「Sanitize: Ω」


四条慧【ネームレス/00】

社内コード「-」


作業時間:現地時間8日

死傷者:無し

作業後コード:【F-14】


 スマホの液晶に映る、懐かしすぎる案件名。


「……懐かしいな。ここは元々、あの【S-5】案件だったのか」


 どうりで桜井課長がアプロディテによろしくと言ったわけだ。あれから5年。だがこの世界ではすでに50年の時が過ぎている。

 魔族に侵攻され、瓦礫の山と化していたあの街が……今は人々の手で輝いている。

 復興した街並みの灯りを見下ろしながら、四条は深く息をついた。 あの時、自分たちが消し飛ばしたはずの土地に、こんなに多くの命が戻っているのだ。


 スマホをしまう手が震える。地獄の日々が走馬灯で蘇る。


「あの時の少年が……セラフィーナさんの父親か」


 昔を思い出す内に身体が冷えて来た。部屋に戻り紅茶でもいただくことにする。


「お、先輩。もうハードボイルドごっこは終わりっすかぁ?」

「ハードボイルドごっこ!?お前、俺がバルコニーにいるのをそんな不名誉な遊びだと思ってたの!」

「お酒飲んだわけでもないのに夜風にあたるとか、なんかセンチメンタリーですよ、だって」


 センチメンタリーという謎の単語を生み出しつつ笑いながらマカロンを頬張る後輩女子に「太るぞ」の一言も言い返したかったが、セクハラになるので無言を貫く。


「四条さんも、もしお腹に空きがあればマカロンどうですか?」


 セラフィーナが笑顔でマカロンの箱を差し出してくれる。三ツ橋との対比でとても癒される。流石は貴族の御令嬢だ。


「美味しそうですね。いただきます」


 冷えた体に染みる紅茶。それに、5年前の過酷すぎる業務を思い出しダメージを受けた脳を労わる糖分。

 かつてのブラック労働は記憶の奥底に封印したいほどだが、その結果セラフィーナがここで幸福に生きられるなら四条も報われる。


 いや。そうじゃないと、【あんな行い】をした意味が無い。


「で、結局なんでセラフィーナさんのお父上はヨジョー先輩をあそこまで気にかけてたんすか?」


 社内マスタには、所属する部署によって閲覧規制がかかる。四条と桜井が終末対処部にいたのは社内的にもシークレット。つまり、三ツ橋がこの世界のマスタを検索しても担当者名までは表示されないようになっている。四条とスケルツォの関係は三ツ橋にはわからないままだ。


「なんでだろうね。感想聞くにしても、どっちかといえば三ツ橋だと思うし。俺って味が濃ければ美味い派だから」

「いやっ!ワタシも味濃いのが好きっすから」


 一口食べればスケルツォに食レポする役目を押し付け合う二人。


「まあまあお二人とも。明日から感想は聞かないようお父様にお願いしておきますので」


 セラフィーナからそう言ってもらえるのはとても助かる。


「ありがとうございます。では我々はそろそろ就寝しますね。予定通り、明日は王城へ行きますから」

「お開きっすね。また明日たくさん女子会しましょうね」


 四条の言葉でセラフィーナの自室でのお喋りはここまでとなる。


「かしこまりました。お二人の部屋へはメイドが案内します。改めて……私なんかのために、ありがとうございます」

「待っててくださいねセラフィーナさんっ!ワタシが王太子の首根っこつかまえて来ますからっ!」

「お、お気持ちはありがたいのですが……!そこまでしていただかなくてもっ」


 やる気満々の三ツ橋にたじろぐセラフィーナ。から回らないかだけが心配だ。


「失礼します、お嬢様。お二人を部屋までご案内いたします」


 お開きになるのを待っていたメイド達が、四条と三ツ橋をそれぞれの部屋へ案内するため迎えてくれる。

 セラフィーナの部屋を離れ、三ツ橋と四条は客間のある別館まで連れて行ってもらう。


「リアルメイドさん……素敵っすねぇ。ワタシもお嬢様になりたいかもです」


 メイドの後ろを歩きながら、三ツ橋はこういう生活も悪く無いかなどと考えた。食堂にも10人ほどメイドさんがいたが、みんな若く綺麗で顔採用されてるのでは?と邪推したくなるほど華やか。この人たちに身の回りのお世話をして貰えるなんて、贅沢極まる。


「三ツ橋。セラフィーナさんは望んでこの生活をしてるわけじゃないぞ」

「……そうですね。ちょっと、不用意発言でした」


 平民からすれば憧れの貴族生活。しかし、本人が望まぬ暮らしはありがた迷惑な部分もあるだろう。セラフィーナ本人の前で口を滑らせたわけでは無いので、まだセーフだが。彼女は寿命逸脱ケース。日本でもっと生きていたかったのを忘れてはならない。


「明日は王太子の考えも聞いて、その上でセラフィーナさんへ謝罪させるとか、何かしらの贖罪はしてもらわないとですね」

「そうだな。アンナベルもすんなり会えるといいが」


 作戦会議しつつ無駄に長い廊下を歩き続けていると。


 カツッ。


 不意に、四条に付いてくれたメイドが立ち止まって。


「ヨジョウ様」

「はいっ!?どうかしましたか?」


 顔を真剣に見つめて来た。年齢的には三ツ橋と同世代くらいだろうか。


(……なんだ?一体)


 異世界人特有の銀髪をポニーテールにし、緑がかった瞳が印象的な美人。至近距離で見つめられるのは照れるというか、むしろ圧倒される。

 ここは異世界だ。常に、襲われる危険はゼロじゃない。今の四条は社員証初期化により丸腰な為、三ツ橋にアイコンタクトだけしておく。


(三ツ橋さん……!?)


 ……おこうとしたのに、三ツ橋はメイドさんの後ろ姿を堪能するのに夢中で、こちらが立ち止まっているのにも気づかず先に行ってしまった。


(おいっ!?丸腰の先輩を置いてくな!)


 こうなっては、襲われても一撃くらいは避けなくては。流石に物音がすれば三ツ橋も戻ってくるだろう。

 気取られないよう重心を下げて、どんな攻撃にも対応出来る準備をした。廊下は横に狭い。逃げるとすれば背後か、メイドをすり抜けて前進し三ツ橋に合流するかの二択。廊下の幅すべてを覆うビームみたいな攻撃をされれば厳しい。


 だが。


「もしも、私の容姿に不満が無ければですが……」


 結論から言って戦闘は起こらず。


「本日は私、フィリアが夜伽をさせて頂きます。よろしいでしょうか?」

「よろしくないですよ!?」


 四条は別の意味で襲われそうになっていた。



「ヨジョウ様も、我が屋敷でも指折り美人メイドなフィリアならお気に召すかなぁ」


 ロートシルド夫妻の寝室では、スケルツォがまたもソワソワと落ち着かない。


「あなた。ヨジョウ様がそういうことがお嫌いな可能性は無いのですか?」


 アリアはメイドをあてがう行為そのものが悪手になる可能性も考慮する。異世界においても、男性の権力者へは金を握らせ女性を抱かせるのは関係を築くセオリーだが……


「そうか……!もしかすると、ミツハシ様と恋仲である可能性も考えられるな。……ミツハシ様の怒りを買いかねんか?しかし、あれほどの英雄豪傑ならば妻を100人程は迎えても良いのではないか」

「さて、どうでしょう。私達とは違う基準をお持ちかもしれません。そこは何とも言えませんが……」


 初日にメイドを派遣させたのは早計だったかもしれない。四条の趣味嗜好を把握してからでも遅くはなかっただろう。スケルツォはやってしまったかと頭を抱える。


「もしも四条様の反感を買って、あのお方の力が我々に振るわれれば……!?地図が変わってしまうぞ!!ここらいったい」

「あなた、ミツハシ様の部屋にも顔の良い執事を向かわせましたよね?それもまずいのではありませんか。もしもヨジョウ様がミツハシ様を好いていたらどうするのです?」


 悪手による悪手。三ツ橋にもイケメンを奉仕させに行かせたのだが……どちらかというと、女性にそういった配慮をするほうが嫌う人は嫌う傾向にある。


「……い、いかん!!ヨジョウ様の降臨にすっかり舞い上がってしまっていたようだっ!」


 スケルツォは寝巻きのまま、使用人もつけずに客間へ猛ダッシュする!


「ヨジョウ様っ、違うのです!私はただ、貴方様に少しでも喜んでいただきたく……!」


 まだ四条の姿さえ見えない段階でも、スケルツォは必死に弁明する。全力疾走で肺が酸素を求め続ける為、言葉は途切れ途切れだ。


 身体が重い。剣に命を捧げた貴族といえど、寄る年波には勝てない。階段がこれほどキツいとは思わなかった。広すぎる屋敷は、こういう不便さもある。


 すれ違う使用人や兵士は駆け抜ける主人に皆ギョッとする。


 それでも、足を止めるわけにはいかない。


 客間がある廊下まで、もうすぐだ。スケルツォがスライディング気味に、最速でコーナーを曲がり切ると。


「ヨジョーせんぱぁい。行くとこ行くとこ、女とイチャつかなきゃ死ぬ呪いにでもかかってるんですかぁ……!?」

「俺……もう……嫌かも……異世界。つーかこの後輩」

「王女にメイドとくれば、次はエルフあたりとかっすかぁ?」


 うつ伏せになった四条の背中にガニ股で座る三ツ橋。その光景にひれ伏す美人メイドとイケメン執事。使用人二人は顔を真っ青にしながらも、大粒の汗を滴らせている。


 スケルツォにとっての神を椅子にする、黒いオーラを放つ魔王がそこにはいた。


「スケルツォ様ぁ。まさか、ヨジョー先輩にメイドをあてがったりしてませんよねぇ??バランス取るために、ワタシには顔だけが取り柄の執事を送り込んだりも、まさかしてないっすよねぇ……。あ!全然怒ってないんでぇ、正直に答えて貰っていいですかー?」


 三ツ橋の首から下げられたプレートが光り輝き出した。


 50年前。魔族を前にした時の数倍、スケルツォは恐怖する。何故ならば、頼みの綱……大英雄の四条が既に負かされているからだ。


 もしもこの難局を乗り切れたのなら。


 神と魔王を客として招いた娘セラフィーナに、今度からお客様を呼ぶときは事前に相談するよう教えなくてはとスケルツォは考えた。

 

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