十二話 大英雄
すっかり陽が落ちた中で。廊下や食堂は蝋燭がふんだんに使われており、足元に気を配る必要は少しも無かった。これだけ光量を確保出来るのは貴族ならでは。この世界の平民の自宅までもがここと同じく夜でも明るいわけでは無い。バーナードに案内されて到着した食堂には他にも執事が5人とメイドが10人ほど壁際に待機しており、その中心のテーブルには屋敷の主であるセラフィーナの両親が座っていた。
「ようこそ、お客人。セラフィーナの為に遠路遥々来てくださったそうで……どうぞ長旅の疲れを癒してください。私はセラフィーナの父、スケルツォ・ゼ・ロートシルドでございます」
「母親のアリア・ゼ・ロートシルドですわ。滞在の間不自由がありましたら、なんでもおっしゃってくださいね」
セラフィーナの父母からの挨拶。父親はそれなりに歳を重ねているようだが、母親の方はかなり若い印象。この世界の担当者として、まずは三ツ橋が
「初めまして。三ツ橋佳奈と申します。本日は突然の訪問に関わらず、滞在を許可して下さり誠に有難う御座います」
続いて四条も、一度ネクタイを締め直してから
「四条慧でございます。よろしくお願い致します」
頭を下げたままの三ツ橋と同じ角度でお辞儀する。
「……おぉ……!」
言葉遣いか、お辞儀のどこかが気になったのか。スケルツォが四条を見て何やら声を漏らしたが、別段失礼な態度は無かったはずだ。しばらく目を見開いたまま四条を見つめていたスケルツォは、ハッと我に帰ると
「ミツハシ様にヨジョウ様、どうぞおかけください。早速前菜から運ばせますので。我が家のシェフは、元々王城で料理長を務めておりました。きっとお二人にも気に入っていただけるでしょう」
三ツ橋らに着席を促すとメイド達がそれぞれ椅子を引き、座りやすいようアシストしてくれる。セラフィーナは両親の隣へ座り、対面に三ツ橋達という位置関係となる。
ナイフとフォークがそれぞれ3本ずつ、中央左奥にはパン用のバタースプレッダー、中央奥にアイスクリームスプーン等々。ここでのマナーはフランスとほぼ同じようだ。そこについては、セラフィーナの為にアプロディテによる介入があったのかもしれない。三ツ橋が「ふぃー」と小さく呟く。全く知りもしないテーブルマナーじゃなくて良かったと言ったところか。
「セラフィーナ、良かったな。こうして訪ねてくださる人たちがいてくれて」
スケルツォが娘に微笑む。婚約破棄から立ち直るきっかけとなりそうな友人の訪問は両親からしてもありがたかった。
「はい、お父様!」
さっきまで親子3人寄り添っていた時よりも、幾らか元気を取り戻しているセラフィーナ。高名なカウンセラーでも手配しようかと悩んでいたスケルツォとアリアは、その必要も無さそうで安堵した。
前菜が運ばれ、その見事な盛り付けに三ツ橋は思わずスマホで写真を撮りかけた。四条がテーブルの死角で手だけで制する。
「こちら、アスパラのクリームソースがけでございます」
3本の大きなアスパラガスに半熟の目玉焼きが載せられ、その上からクリームソースがかけられた一品。アスパラのシャキシャキ食感にトロッと溶け出した黄身と混ざるクリームソースのハーモニー。この世界の食事の質は日本と遜色が無いことがわかる。
「如何ですか? ヨジョウ様のお口に合いますか」
スケルツォはさっきからしきりに四条を気にしている。
「ええ、とても美味しいです。このような立派なアスパラガスが収穫できるとは、素晴らしいですね」
仕事中に貴族の屋敷でコース料理を食べられるとは。本心からありがたかった。当たり前だが、異世界はそれぞれ文明にかなりの差がある。腐った肉を焼いただけのものを贅沢品とする世界と比較すれば、ここは天国以上だ。
「そうですか、そうですか!」
四条に褒められてとてもご機嫌になるスケルツォ。四条はなんだか、変に関心を持たれているのには気づいたが、問いただすほどの違和感でも無いのでスルーしておくことに。
「ビーツとじゃがいものポタージュでございます」
食べ終えてから一息つく絶妙のタイミングで次々と料理が運ばれてくる。四条が一口食べてはスケルツォが感想を聞き、褒められて喜ぶ。そんな流れが出来つつあった。三ツ橋も、セラフィーナさえ違和感を覚えたが、聞くほどでも無いかと判断。
「ところでヨジョウ様。我が屋敷にはいつ頃まで滞在してくださるのですか? 本日は急遽シェフに夕食を準備させた為、ありあわせの材料となっております。明日……もしくは明後日までいてくだされば、もっと贅を尽くした料理を召し上がっていただけるのですが……!」
スケルツォが言うには、ロートシルド家の晩餐はまだまだこんなもんじゃないらしい。日本にこのまま出店しても人気が出そうなくらい美味しい料理なので、四条としては充分なのだが。
「本日の料理、とても美味しいですよ。急に訪問したのは我々なのですからどうか気を遣わずに。屋敷には数日滞在させて頂きたいのですが、自分達の食事は用意せずとも良いんですよ? 王都の適当な店で済ましますから」
毎日フルコースはちょっと申し訳ない。寝られる場所さえあればそれ以上は望まない。しかし、スケルツォは外食する発言で何故かショックを受けたらしく。
「お、お待ちください! もっとヨジョウ様達に気に入っていただけるような料理をお出ししますからっ! 何卒、我が家で食事してください」
「いえ……ですから、料理は大変美味しくいただいているのですが……そこまでおっしゃるならこちらで食事しますので」
急なスケルツォの熱量に少し気圧され四条は、炭酸水を飲むことで落ち着きを取り戻す。
「あの、お父様? 四条様が何か……」
そんなに気にするだろうかと、流石にセラフィーナも聞きたくもなる。自己紹介してからずっと、なんだか父親の様子がおかしい。まるで恋する乙女のように、四条の一挙手一投足を気にかけている。普段のドッシリと構えた威厳ある父からすれば珍しい。
「んん? それは、ヨジョウ様達はセラフィーナの大切なお客人だからね。失礼があってはいけないだろう?」
ただ、娘の客人に失礼がないようにしているだけ。そう言うスケルツォは再度ニコニコと四条の食事を眺めている。明らかにおかしい。
「なんでヨジョセンをそんな気にするんすかね」
「知らん。人をゴジョセンみたいに言うな」
ヒソヒソと三ツ橋も不思議がってくるが、四条にだって心当たりは無い。セラフィーナとすら初対面なのに、その父親となんて面識があるはずが無い。
「本日のメイン、牛ステーキのフォワグラ添えでございます」
今日の料理は本気じゃない。そんなスケルツォの言葉だったが、フォワグラが添え物となるメイン以上の料理とは。普段、スーパーの値引きお肉に大喜びする四条からしたら、ちょっとよくわからない。
「すみませんね、主人もセラフィーナのお客人に舞い上がってるようでして。いつもはもう少し冷静なんですけどね」
アリアがおほほ……と笑う。
「おいおい、あまりお客人の前で変なことは言わないでくれよ? ところでヨジョウ様っ、メインはお口に合いますでしょうか!?」
だとしたら舞い上がりすぎだろう。四条達も、周囲の執事やメイドまでもが普段と違う主人の姿に困惑していた。
「こちらも、素晴らしいお味かと」
「そうですかっ! それは何よりでございます」
スケルツォ以外の人間にとってなんだか落ち着かない食事は、最後のコーヒーを飲み切るまで続いた。
「如何ですかヨジョウ様! コーヒー豆の焙煎具合は。我が家では水出しにこだわっているのですが」
というスケルツォからの問いには、思わず四条も「知らん」と返しそうになった。
これが滞在中、ずっと続くのかと考えると少しうんざりだ。
セラフィーナの自室でもう少しだけおしゃべりしようと誘われた廊下の移動中。
「すみません、なぜ父があんなに四条さんへ絡むのかは私にもわからなくて」
セラフィーナから謝罪があった。
「そんな、謝られるほどではありませんよ。ですが少し気にはなりますね。何故あそこまで感想を気にするのか」
心あたりがあまりにも無さすぎる。
「なんか先輩の反応ばっかり気にしてましたよねぇ。一応担当者はワタシなんですけど。とはいえ、あんな一品一品に感想を求められる役割はごめんっすけどねっ!」
「三ツ橋、お前ねぇ」
娘のセラフィーナでさえあんな父親の姿は見慣れないと言うのだ。困惑していた執事らの姿からも、スケルツォがあのような態度をとったのは初めてくらいの事態なのかもしれない。
「なんでよりによって俺がターゲット?」
客としてやってきた海原雄山の顔色でも伺っているのではというレベルだった。しょっぱいものイコール美味しいが判断基準の四条には、とてもじゃないがコース料理に対する正当な評価など出来ないのだが。
「先輩を、もしかしてミシュランかなんかだと勘違いしてるんじゃないですかねぇ。でないとあそこまで気にしませんよ普通」
「俺は別にタイヤ屋さんになった覚えは無いんだが」
出来れば明日から食事の時間をズラせないかとセラフィーナに相談したい四条だった。
四条、三ツ橋、セラフィーナがいなくなった食堂では、いまだに食事の余韻を楽しむスケルツォの姿が。食事に対してではなく、四条が食事を堪能してくれた事実にだったが。
「あなた、そんなにあの客人が気になるのですか?」
アリアもつい質問してしまう。敵対する貴族が訪ねて来た際や、娘が婚約破棄された時ですらもっと冷静だったというのに。四条が来てからずっと、ソワソワと落ち着かない旦那は【らしくない】。
「……ヨジョウ様は離れたな?」
スケルツォがバーナードへ問う。
「はい。セラフィーナ様の自室にて、御三方でしばし語らうとのことです」
「そうか。ならば、皆に共有しておくとしよう」
四条に聞かれる事がないと確認した上で、スケルツォは妻のアリア並びに使用人達へ向けて情報を共有する。
「今から50年前。この世界が魔族によって滅ぼされそうだったのを知らぬものはいないな?」
すっかり平和となって半世紀が過ぎたこの世界も、50年前は危機に瀕していた。
「はい。強大な力を持った魔族に人間はなす術が無く。当時10歳だったご主人様も前線で戦われておりました」
バーナードが当時を思い出す。世界滅亡の危機は、セピア色の記憶などでは無く。昨日の事のように鮮明に蘇る。王族、貴族、平民。誰しもが人間の滅亡を目前に、絶望の淵に立たされていたあの頃。
「私は生まれておりませんでしたが……二人の英雄によって、魔族はあっという間に滅ぼされたと学びました」
アリアは幼い頃受けた歴史の授業でしか当時を知らない。ここ50年の平和が二人の人間によるものだとは知識として知ってはいるが。
「そうだ。……圧倒的だったよ。人間離れした強さ……魔族をものともしない、一騎当千の英雄。私が今こうして生きているのも、この世界に人間が存在しているのも全て、その方々のおかげだ」
「旦那様は、そういえば英雄のお二人を直に見たのでしたね」
10歳。戦うにはまだ早すぎる年齢だというのに、貴族として剣を持ち前線に送られたスケルツォ少年。子供にしては多少腕が立とうと、強大な魔族と対等とはいかず。
「魔族は強かった。一体一体が、サイズもスピードもパワーも桁違いでな。明らかに人間より上位の存在だった」
死の恐怖がよみがえる。手が小刻みに震えて止まらない。
「そんな魔族を、我々と同じ人間がたった二人で絶滅させてしまった。当時の私には神が下界に降りて来たのだと思えたほどだ。……あのヨジョウ様こそが、当時私を救ってくれた英雄の一人だよ」
「なんですとっ!?」
バーナードにしては珍しく、主人を前に声を荒げる無礼を。それだけ衝撃的な発言だった。
「少々年齢を重ねられたようだが、まだお若く見えるものの……彼こそは間違い無く50年前にこの世界を救ったお方だよ。今またこうして、セラフィーナの為に再びこの世界へやって来て下さったらしい。私が神の如き扱いをしても、仕方がないだろう?」
アリアも、バーナードも、他の使用人も。あり得ない話を主人から聞いてしまい、誰もが言葉を理解するだけで精一杯だった。
「皆の者、くれぐれも失礼の無いように。偉大なる大英雄が我が屋敷に滞在してくださるのだ。ロートシルド家の名に恥じぬおもてなしを頼むっ!!」
スケルツォ・ゼ・ロートシルドの号令に、その場の全員が各々の人生全てを捧げ四条に尽くす覚悟を決めた。




