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十一話 二つの心


 三ツ橋と四条の元にセラフィーナが戻ってくる。


「商人としてでは無く、私の客人という扱いでこの屋敷への滞在許可を取りました。お二人とも、遥々異世界までいらしてお疲れでしょう? 私を幸福にする事が仕事とおっしゃっていましたが、まずは仕事を忘れて疲れを癒してくださいね。今、シェフが腕によりをかけて晩ご飯を用意していますので」


 同じ日本人。それだけの理由でそんな好待遇を? と三ツ橋は若干引っかかるが、それほどセラフィーナにとってのホームシックならぬ日本シックは重症だったのかもしれない。今現在はこの世界での両親を大切に思っているセラフィーナも、前世で突然命を終えて転生させられたとなれば故郷に想いを馳せた時期もあるだろう。

 もう二度と日本に帰ることは無いと割り切って暮らす内に諦観と似た心境となっていたが、いざ目の前に日本人が二人もやって来て佐藤という本名で呼ばれると、色々と思い出すのも無理は無い。


「わざわざありがとうございます。アポ無しでやって来た我々に対して、これほど良くしていだいて……かえって申し訳ないです」


 三ツ橋が頭を下げる。


「いいのよ、貴族として客人をもてなすのは当たり前ですもの。お二人とも、どのくらいこの世界へ滞在する予定なのかしら?」

「それは当然、セラフィーナさんが幸福になるまでです。まずは3日を区切りとしますが、それで足りなければ滞在期間を伸ばそうかと」


 途中何度か帰社する必要はあるが、寿命逸脱ケースよりも優先する業務は三ツ橋には無かった。


「そう! 最低でも3日はいてくれるのね。でしたら、客人としてここに宿泊しても良いのよ?」


 セラフィーナからの願っても無い提案。


「えっ!? 良いんですか! 安めの宿の予定だったのでとてもありがたいです」


 基本的に異世界時間で数日間活動する際は現地に宿泊する。宿は極力安いところを選ぶのは、せっかく女神様からサポート料金が支払われても儲けが減ってしまうからだ。そのあたりはしっかりと規定が存在し、この文明レベルなら現地の金額で幾らくらいと定められている。

 ここ【F-14】世界では、安めの宿でも社員の疲れは取れるくらいの質で、かつ治安もまあまあ良いと判断されていた。最も。前人未到の異世界を開拓させられるような【S(Special)案件】では野宿が基本なのだが。会社が丸儲けである。


「……安めの宿だなんて! いくら王都の宿とはいえ日本と比較したら低レベルよ。男性の四条さんと一緒でも、女の子が泊まるのは心配です」


 三ツ橋に戦う手段があるとは知らないので、宿屋のセキュリティを不安がるお嬢様。


「ではお言葉に甘えます。セラフィーナさん、何から何まで本当にありがとうございますっ!」


 ここまで、三ツ橋は順調にセラフィーナと良好な関係を築けている。そこは作戦どおりなのだが……二人のやり取りを今度は茶々入れずに観察していた四条は、セラフィーナの状態を不安視する。


(同郷というだけでここまで心を開くのか。この人は、異世界に転生してからこれまで相当な孤独に苛まれていたようだな)


 なんの前触れもなくやって来た四条と三ツ橋。先ほど三ツ橋も引っかかりを覚えたように、単に同郷というだけで初対面の人間を屋敷に宿泊させるとは。もしも四条らが賊だとすれば、客人として招いたセラフィーナの沽券に関わってくる。王太子に婚約破棄されたばかりでイメージダウンしている中、賊を客として招いたとなれば挽回は難しい。

 そこまで頭がまわらないほど精神的に消耗しているのか。又は元々お人好しなのか。


 よほど、日本に執着があるのか。


 精神が弱っているだけならば、徐々に回復するのをサポートすれば良い。彼女の幸福がどこにあるのか現状ではわからないが、メンタルさえ安定すれば自然と望みも見つかるだろう。気をつけるべきは、日本に戻りたいと考えていた場合だ。セラフィーナが四条達と接するたび、どうしても日本への想いが強くなってしまう。異世界で暮らすことそのものに嫌気がさしてしまったら、もうこの世界で幸福になる未来は無い。四条達がサポートで接触すること自体が悪手となる。


 少し方針を考えないと取り返しがつかなくなる。F案件と高を括っていたが、場合によっては魔王を倒して終わりなA案件よりも複雑だ。四条が転生者の田中に代わって魔王を倒す、みたいな荒技も存在しない。


「本当の自分を知って貰えてるのがこんなに嬉しいものだったなんて、知らなかったわ。この異世界も広いけど、私の全てを理解してる人間なんていないもの。お父様やお母様でさえ日本にいた私は知らない。転生しました! って正直に伝えたら頭を心配されるだけだしね」


 セラフィーナはご機嫌に紅茶を飲む。偽りの自分、とまではいかないが、彼女はこれまで貴族の娘であり王太子の婚約者でもある【セラフィーナ】を演じていた。十数年ぶりに佐藤叶として話せる今の状況はまさに、肩の荷が降りた気分なのだろう。


(警戒を解いて、親近感を持ってもらう為に日本での名前で呼んだけど……悪手だったかもしれないな)


 四条は三ツ橋より先にセラフィーナのノスタルジアに気づいたが、まさか目の前で三ツ橋に「どうにかセラフィーナの意識を日本からそらせ」と指示するわけにもいかず。自然な会話の中で日本を忘れさせなくてはならない。


「セラフィーナさん、王太子の一件がどれほどお辛かったか我々には推察することしか出来ません。ですが、これは貴女の異世界生活の転機であり好機でもあります」

「好機……ですか?」


 四条の発言に首を傾げるセラフィーナ。


「はい。貴女はアプロディテ様に王太子妃としての立場を与えて貰いました。が、考え方によっては貴女の異世界暮らしを縛り付ける鎖とも言えます。その鎖が切れたとなれば、貴女は自分が思うようにこの世界で生きていけるのです。貴族としての身分など、元より貴女が幸せに生きる為のものでしかない。これからのセラフィーナさんを拘束するだけなら、貴族の身分など捨てても良いのです」


 貴族の身分を捨てる。それがどれだけ両親、使用人、王族関係者に迷惑をかける行為か。四条は簡単に言ったが、実際にこの世界で生きて来たセラフィーナとしては簡単には許容出来ない。


「それは……父上、母上にご迷惑をおかけします。王太子に婚約破棄されてしまった身ですが、まだきっとこの国の為に何か出来ることがあるのでは無いかと。とても魅力的なお話ではありますが」

「そうですか。元来、貴女にこの国を良くする義務は無いのですが……その責任感は素晴らしいと思います。セラフィーナさんの望みがこの国を良くする事ならば、我々もそのお手伝いをするまでです」


 貴族の身分を捨てては両親に迷惑。そう考えてくれるのなら、日本へ帰りたいとも言い出さないだろう。日本へ帰るのも家出と同じ事だ。


「先輩。あまりセラフィーナさんを急かさないでくださいよ。まだ日が浅いですし、王太子の考えも変わるかもしれません。まあ仮に王太子がやっぱりセラフィーナさんと結婚したいと心変わりしても、つっぱねたって良いわけですが。そこはセラフィーナさんの意思が尊重されます」

「あんな公の場で婚約破棄してきたマティアス殿下が考えを改める気はしませんが……この国の為には、やはり私が王太子妃になるほうがプラスだとは思います」


 今の彼女は骨の髄まで【セラフィーナ】だ。前世の記憶があろうと、幼少から国の為を思ってきた貴族。いくら同郷とはいえ、出会って初日の三ツ橋らが別の道を提案しても即決は出来ないだろうし、国の将来を案ずる気持ちも本物なのだ。


(セラフィーナも彼女で、佐藤叶もまた彼女だ。2人分の感情が心の中でせめぎ合っているのだろう。けど、あくまで今住んでいるのは異世界。どちらが優位かといえばセラフィーナとしての感情かな)


 佐藤叶を幸せにするため与えられたセラフィーナという器が、今は佐藤叶の幸せを妨害している。なんとも皮肉。あらゆる仕事、立場、責任から彼女を逃したとしても、彼女自身がその選択をした自分を責めてしまうだろう。


「どうしたもんかな」


 四条の呟きを、マティアスをどう懲らしめようか悩んで出たものと受け取った三ツ橋が


「やはり殿下への接触も必要ですね。アンナベルに鞍替えした理由が本当に愛国心からなのか。アンナベルはどういうつもりなのか。そのあたりも調べ上げてセラフィーナさんに報告して差し上げないと!」


 マティアスがどうとかいう問題のだいぶ先を見据えていた四条を引き戻した。


「ん? ああ……マティアス殿下ですね。セラフィーナさんが望むなら当然ボコりますが、やめて欲しければ何もしません」


 マティアスをどうするか尋ねられて、セラフィーナは今一度自分に問う。


「そうですね」


 幼い頃から共に過ごしてきた少年。セラフィーナには日本での記憶がある分、最初は子供を相手にしている気分だった幼少期。そして、彼が成長するにつれて、国を良くしようと努力する姿に自然と惹かれていた自分。今では、彼を支える第二の人生は素晴らしいものだと信じられるまでになった矢先の婚約破棄。昔から見守って来たからこそ、衝撃は大きかった。


「綺麗事だけ述べるなら、殿下が選択した事ですので私は従うのみ……。先ほどまで落ち込むだけだった私なら、そう言ったでしょうね。けど、父上と母上にご迷惑をおかけしたこと。そしてこの十何年の努力までを【殿下が決めたから】では片付けたくありません!!!」


 立ち上がり、久しぶりに聞く自身の大声に驚くセラフィーナ。こんな声を出せるまでに回復したのだなと。


「かしこまりました! 我々は、明日にでもマティアス殿下やアンナベルへ接触してみます。セラフィーナさんとの関係は一切勘付かせませんので、どうかご安心ください」


 セラフィーナの大声は、紛れもない彼女の本音。まずは王太子殿下のお考えを聞かねば始まらない。そもそも、家柄だけで人を判断するような男こそ国王に相応しく無い。幼馴染を結婚間近で婚約破棄し別の女に走るなど、民の心も掌握出来るか疑わしい。


「明日の予定は決まりましたね」


 四条も、セラフィーナが望むならマティアス調査が最優先。彼女の幸福がどこにあるかはまだ考えがまとまっていないものの、現段階で精神の多くを占めているであろうマティアス問題は放置も出来ない。


「お嬢様、お食事の準備が整いました」


 バーナードがやって来た。


「ありがとう。さあ二人とも、まずはご飯を食べてエネルギー補給しましょ」


 四条と三ツ橋を誘導するセラフィーナ。


「貴族のお食事……楽しみです」


 シンプルにお腹が空いた様子の三ツ橋に、セラフィーナは満足げに微笑む。


「お二人が明日どのような形でマティアス殿下に接触するのか私にはわかりませんが……とにかくアレですよ! ……【アレ】……なんでしたっけ」


 何かの単語をド忘れしたようなお嬢様。


「……アレ? とは」


 四条の問いに


「そうだ、腹が減っては戦はできぬ! でしょ?」


 それはそれは嬉しそうに日本の諺を言い放った。

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