新撰組で一番強かったのは誰か
プロレスで一番強かったのは、誰か?
フランク・ゴッチ 、
ジョージ・ハッケンシュミット、
スタスニラウス・ズビスコ、
ルー・テーズ、
カール・ゴッチ、ゴッチの名は、フランクを真似たもの。プロレスの神様だが、本家はフランク。
アントニオ猪木、
ローラン・ボック。
いずれ劣らぬレスラーではあろうが、世界最強は、なんと言ってもアンドレ・ザ・ジャイアント、ただし1970年代後半のアンドレ。前田日明に返り討ちされた頃の87年のアンドレではない。
この様に、プロレスラーでは、全盛期が、何時なのかという事をふまえて考えなければならない。
新撰組の最強は活動期間がほぼ四年と限定されるので、言いやすい。
有名な話として、隊士阿部十郎の「一番が沖田、次が斎藤」と言ったうえで、「永倉が沖田より上」という、ちょっと妙な言い方をしている。
八木源之丞の息子は、「永倉は、でっぷりとした体格の人」と言っている。
この話から考えられるのは、沖田と斎藤が攻撃的で強そうに見える。しかも、沖田の三段突き、斎藤の左突き。
土方の言葉にも「剣には色々な技もあろうが、実戦で有効なのは、面か、突き」という様なものがある。
沖田の三段は、連続技であり、とにかく速いという事を意味するのだろう。つまり超攻撃的のスタイルだ。これは、当然に一番強く見える。
斎藤の左は、ボクサーでいえばサウスポースタイルという事だろう。オーソドックスにやりにくい、左ジャブ、つまり左突きだ。
宮本武蔵は左利きだったという説がある。斎藤は、やる気になれば、二刀流多敵の構えも出来たのではないか。
永倉の「でっぷりとした」からは、速さは感じられない。カウンター狙いなのだろう。これが一番安定感のあるスタイルだ。一見、強そうには見えない。しかし、結局は勝っている。
サッカーでいえば、一時期のドイツの様な「最後には勝っている」。そんな剣が「永倉が上」の意味する所なのではないだろうか。
時代劇「新撰組で一番強かった男」の吉村貫一郎もあるが、これは沖田、斎藤、永倉の試衛館組以外から撃剣師範を務めた所からきたのだろう。吉村は奥州の南部出身だ。
変わった所では、山崎丞の棒術がある。山崎は探索活動を務めた。町人の姿で杖代わりの棒でもついて歩いたのだろう。
いざ囲まれたとすれば、振り回して、相手の剣を握る拳を砕いていけば、ある意味で最強かも知れない。ただし、これは逃げる為の技であって、相手を倒すという訳ではない。
ちなみに、沖田は当然、天然理心流。斎藤は、小野派一刀流。永倉は芹澤鴨と同じ神道無念流。
同じく撃剣師範の池田小三郎は一刀流。吉村は新刀流(塚原卜伝の新刀流は、珍しく青森方面に伝わっている)。
新撰組に、徳川幕府指南役の柳生流はない様だ。
柳生流には刀を握る拳を斬る技がある。相手との最も近い接点を狙い、刀を握る手の自在を奪う。
徳川幕府の治世の剣として、命を奪わず攻撃の目を摘んでしまう。しかし幕末動乱期には、柳生の剣は顔を出さなかった様である。




