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武術魂  作者: 富野夷
2/14

道場破り

天国の宮本武蔵は、夢想権之助の物語を書き終えた。

「次は、何をしたものか」

あくびをしながら考える。

「そうだ。道場破りがいい」

しばらく机に向かっていたので、体を動かしたくなったのである。

早速、彼の世から此の世へと、移動した。

吉岡一門と決闘はしたが、道場破りというものではなかった。

その頃は、まだ道場というものは、無かった。吉岡の家には、ちゃんと本業があって、それとは別の、剣術だった。当時は未だ剣術を教えるという事は少なかったのだ。 

 それで吉岡の家が評判になる。ただし、道場という訳でなく、庭で教えていた。


 武蔵は此の世を歩いている。 

道場が見あたらない。それどころかビルばかりが立ち並んでいる。

それでも武蔵は歩く。思ったことを簡単に諦めてしまうような人ではない。

すでに夕暮れとなった。と、袴姿の老人が歩いている。此の世では、初めて見る着物である。しかも手には、竹刀袋。ただし、四尺はある。

「まさか、物干竿でもあるまい」

 物干竿と言えば、佐々木小次郎の刀だが。無論、そのはずはない。

 武蔵は後をついて行った。ビルの三階。板敷きの一室であった。稽古着の姿の面々。手には、棒。

杖道の教室であった。

武蔵は嬉しくなった。ところで、武蔵は魂であるので、その姿は見えはしない。

さて、稽古が始まった。

武蔵は驚いた。杖と呼びならわす棒で、木刀を受け止める稽古を始めた。武蔵は仰天である。

棒で刀を受け止められるはずがない。叩き落とされるか、もしも達人なら切り落とされる。

棒の使い方は、受けるのではない。とにかく振り回すことだ。出来ることなら、手首を狙う。

腕力の有る者なら、刀の横に当てるとよい。折れる可能性がある。刀は横からに弱い。鉄の十手などで横から打てば、かなりの確率で折れる。

父宮本無二斎の得意技であった。

もっとも、棒の様に長くない十手で、刀の間合いに入るなどは、達人だからこそ出来たことだ。

一般人の棒の利点は、遠くから振り回せること。もしかしたら、何処かに当たる。


ところで、武蔵は巌流島で、小次郎の長刀、物干竿に対して、舟を漕ぐ櫂を使った。櫂は、要するに、超ぶっとい棒だ。

長刀の間合を制するに容易である。さらには、物干竿を受け止めるとして、それは、さすがに、ぶっとい櫂なら食い込む。普通の棒なら、達人小次郎の長刀に切り落とされる。しかしさすがに舟の櫂は切れない。

ただ、何れにしろ、重い櫂を、ただの棒の様に振れるのは、常人離れの握力の宮本武蔵にのみ可能な得物(武器)である。


しかし、そこまで考えて、また杖道の稽古に、目を戻す。

杖道は、夢想権之助の創始と伝わる武道となっている。つまり、武蔵の、嘘とは言わないが物語からでたまことだ。

可愛いものだと思う。

「まあ、棒で刀に向かい合う事があるような此の世でもあるまい」

彼の世からの武蔵は、信じられないぐらい丸くなっている。

「しかし、皆の衆。過信は、いかんぞ。棒で真剣に勝つなど、達人にのみ実現可能な事だ」

一言、付け加えた。


これは作者から一言。

夢想権之助は創始した杖術を広めたと言い伝えられるが、実は生没年、身分、禄高、更には氏名すらも一切、資料としては残っていないという事は事実である。

それはそうだ。宮本武蔵が記した物語の中の人物に過ぎないからだ。

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