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武術魂  作者: 富野夷
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夢想

宮本武蔵は天国にいる。

剣豪魂でも書いたが、武蔵は風呂にも入るようになった。あの世に来る前の此の世で、剣の勝負に明け暮れた頃は、一瞬の気の緩みも自らに許さなかった。風呂に入れば、ほっとする。それが気の緩みとなる。

だから、風呂に入らなかった。別に武蔵が、汚い人という訳ではないのだ。

ここは天国なのだ。酒はうまいしネエチャンは綺麗だとも喩えられるような場所なのだ。

武蔵も退屈するという事を初めて知った。

「どれ、ひとつ、何か、書いてみるか」

此の世では、洞窟にこもって蝋燭を灯して、五輪書をしたためた。別にオリンピック関係ではない。

地・水・火・風・空の五つになぞらえて剣の極意を記した、真面目極まる書物である。

突然で恐縮だが、プロレスの神様カール・ゴッチも五輪書を愛読している。

「こんどは、物語でも書いてみるか」

武蔵にも遊び心が生まれ始めている。

五輪書には、六十戦程して、敗けるという事が無かったと書いた。

しかし、それも、ちと味気ないなと思ったのである。

「物語だから、一回ぐらいは、敗けてやる事にしてみようか」

武蔵にも遊び心が生まれたのである。これが、天国というか極楽というか、つまり、彼の世で覚えた余裕の発想なのである。

ちなみに、あのアントニオ猪木も。

第一回IWGPでは、ハルク・ホーガンに敗けて見せている。一度は敗けるということで大会を、盛り上げたかったのであろう。

「で、何に敗けるか…」

普通に、剣で敗けるでは、つまらないなと思ったのである。槍は、宝蔵院でやっている。弓、鉄砲これは一乗寺下り松だ。手裏剣は、いい線だが、敗けた姿がカッコ悪いかも。

「そうだ」

膝を打った。

「棒」

これが意外で、読む者を、あっと言わせるだろう。

武蔵は人物造形に取り掛かる。


ちなみに宮本武蔵は、海北友松を師とした水墨画の達人でもある。そもそもが芸術家気質なのである。

さて、その人物造形。 剣の修行者とする。その者が不意に武蔵に襲い掛かる。当然、破れ去る。しかし、その修行者は、霊験あらたかな神社に参籠して、ついに神の言葉を聞くのである。

「丸木をもってせよ」

すなわち、棒である。さらに自ら工夫して杖術として開眼する。

この杖術こそが、武蔵を破るのだ。

「夢のような話だ」

武蔵は、微笑む。

「そうだ、名前は、夢の文字から始まるがよいか」

「さて、夢に、想うか…」

「うむ。夢想権之助」

武蔵は、はたと頷いたのである。

さて、慧眼の読者諸氏は、もうお気づきであろう。

神道夢想流杖術の始祖夢想権之助は、宮本武蔵が造り上げた架空の人物に過ぎないのである。

さらに、武蔵が天国でしたためた物語は、海上物語として、此の世に伝わっている。

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