兆しの交差点
昼を少し回った頃。
白矢はカーテンの隙間から差し込む光に顔をしかめ、布団の中でもぞもぞと寝返りを打った。講義の時間はとっくに過ぎているが、彼にとって大学は「そこそこ」で十分。真面目に出席する気はさらさらない。
「……ふぁーあ。遅く寝て遅く起きる……これぞ大学生の特権だよねぇ」
肩書きだけは大学生。その気楽さを余すところなく満喫している。
観念して起き上がった白矢は、寝癖だらけの髪を手ぐしでかき乱し、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して一口あおった。顔を洗い、歯を磨き、適当にTシャツに着替えると、ようやく人心地がつく。時計を見れば、すでに十二時半を少し回っていた。
「清太郎は朝から仕事だろうし、かいちゃんは……昨日の夜更かしのわりには午前中には起きてるんじゃないかな。……で、みやちゃん? もし起きてたら奇跡だねぇ」
ニヤニヤしながらスマホを手に取り、ソファに転がってグループチャットを開く。指先で軽い調子の文面を打ち込んだ。
『はーいグッモーニーンみんなーいい朝だね〜』
既読の数はそれ以上増えず、飾折がまだ夢の中にいることを物語っていた。
「やっぱりねぇ……起きてたら奇跡だったのに」
白矢はスマホをいじりながらクスクス笑い、返事の途絶えたチャットをそのまま閉じる。ソファに寝転がったまま、暇つぶしにSNSやニュースアプリを開いた。
タイムラインには友人の何気ない投稿や流行りの動画が並んでいる。だがその合間に、不穏な見出しが目に飛び込んできた。
『世界各地で原因不明の大規模事故相次ぐ』
「……へぇ?」
何気なくタップすると、記事には空港での将棋倒し、繁華街での多重衝突、駅構内での転落事故の映像や写真が並んでいた。いずれも現場は混乱を極めているが、原因は不明。居合わせた人々の証言は断片的で、肝心な部分がすっぽり抜け落ちているかのようだった。
その瞬間、窓の外から救急車のサイレンがかすかに響いた。記事の映像と重なり、胸に妙な不協和音を残す。
「……これ、偶然なんかじゃない」
白矢は無意識に背筋を伸ばし、画面へ身を乗り出した。
最初はただの退屈しのぎだったが、ページを送るごとにざわめきは大きくなる。
退屈な日常に割り込んだ異常な景色が、じわじわと心臓を締め付けていく。
妙に気になった白矢は、事故の写真を一枚残らず目を通した。見落としがないよう、細部までじっくりと――。
「……ん?」
注意深く観察すると、どの写真にも共通して事故現場の中心にだけ、不自然なほどきれいな空間が残されていた。周囲は車に衝突されてぐしゃぐしゃに潰れ、コンクリートも砕け散っているのに、その一点だけは破片ひとつ落ちていない。まるで意図的に避けられたかのように、ぽっかりと空白が空いていた。
白矢はその異様さに目を奪われ、呼吸が浅くなるのを自覚する。背筋に寒気が走り、しかし同時に胸の奥にぞくりとした興奮が芽生える。指先が震え、目が離せなかった。
「世界中で起きてるなら……次は、日本でも必ず来る」
言葉にした瞬間、確信が胸に刻まれる。渋谷の中心、スクランブル交差点。人が集まり、最も目立つ場所。そこなら“何か”が現れるに違いない。
――どれほど考え込んでいただろうか。ありとあらゆる可能性や状況を頭の中で組み立てては壊し、また積み上げた。その果てに辿り着いたのは、理屈とは呼べない、直感に近い答えだった。なぜそれが正しいと確信できるのか、自分でも説明はできない。けれど――これしかない。そう思った瞬間、白矢の身体はもう動き出していた。
まずはグループチャットで全員に通話をかける。
「ねぇみんな! 今から集まってって言ったら来てくれる?!」
ほぼ同時に繋がった通話。返事が揃う前に、白矢は待ちきれない子供のように言葉を畳みかけた。
「いる! きっといるんだ! ぼくの想像を超える何かが! みやちゃんでもぶっ飛ばせない敵が! 清太郎でも笑って耐えきれない一撃が! かいちゃんですら“神”を名乗れなくなる存在が! 本当にそこにいるかもしれないんだ!」
高鳴る鼓動がうるさくて通話の声をかき消してしまいそうになる。白矢はそれを振り払うように、スマホをぎゅっと耳に押し当てた。――早く、早く答えてよ。そんな焦燥を必死に抑え込みながら、彼らの返事を待つ。
突然の、いつもとは明らかに違う興奮した声に一瞬面食らった仲間たち。しかし白矢の言葉を理解した瞬間、それぞれの口元に笑みが浮かぶ。
「行く!! 絶対行く!! 早く連れてけ!!」
飾折は迷うことなく即答し、破壊への渇望を隠そうともしない。
「……へへっ、いいじゃねぇか。面白そうだ、燃えてきたな!」
清太郎は豪快に笑い、期待を隠さず応じる。
「その場所はどこですか! 神を名乗るならば、この私が裁きを下します! すぐに参ります!」
獬崎は誇り高く、祈りにも似た声音で言い切った。
「場所はスクランブル交差点! 直感だけど、今日中に必ず何かが現れる! 準備だけ整えて、できるだけ早く来て!」
そう言い残して通話を切ると、白矢はすぐさま立ち上がった。着替えを引っつかみ、最低限の支度だけで玄関を飛び出す。
振り返って忘れ物を気にする余裕などない。ノートも課題も講義も、すべて置き去りにしていい。胸を焦がすこの興奮に勝るものはなく、ただ一直線に外へ駆け出していった。
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