盃なき絆
声と同時に、暗がりから影が現れる。
三十人ほどのチンピラたちが刃物や棍棒を手に、路地を埋め尽くした。
ワーウルフが群れのように吠え、オーガが鉄パイプを担ぎ、リザードマンが舌なめずりしながら短剣を構える。
人間のならず者たちも混じり、剣を構えて不敵に笑った。
「紅蓮会を叩き潰し、この縄張りを一気にグレイブスのものにするぞ!」
群れの先頭に立つダークエルフの男が、冷たい笑みを浮かべて吐き捨てる。
赤提灯の灯りだけが揺れる路地に、不穏な空気が張りつめた。
三十の影がじりじりと前へ詰め寄ってくる。
「ラグナさん、貰っていい?」
白矢が肩越しに振り返り、にやりと笑う。
「……好きにしろ。ただし、逃がすなよ」
ラグナが低く応じた。古傷の痛みで戦えず、腕を組んで見守るしかない。
白矢はすぐ隣の獬崎へ視線を流す。
「かいちゃん、敵が逃げられないように道を塞いどいて」
「ええ、承知しましたわ」
獬崎は微笑み、指先を地面へ向けた。
足元から伸びた根がじわりと路地を這い、建物の隙間を塞ぐように広がっていく。
「よし、準備完了っと」
白矢はにやりと笑い、ひょいと人垣をすり抜けた。次の瞬間には敵陣のど真ん中に立っていた。
わざと背を向け、隙だらけの素振りを見せる。
「今だ、やれぇ!」
一斉に武器が振り下ろされる――その瞬間、路地の影から黒い棘が突き上がった。
槍のような影が敵の身体を次々と貫き、鮮血が宙に散る。
「あははっ! 騙された? 残念でした! あっははははは!」
白矢はケラケラ笑い、倒れた敵を踏み越えながら影を踊らせ、次々と迫る敵を串刺しにしていく。
「チッ、雑魚ばっかじゃつまんねぇ……」
飾折の目がぎらりと光り、群れの中でもひときわ巨体のオーガを見据えた。
「お、いい体してんじゃねーか! へへっ、骨の一本ぐらいは楽しませろよ!」
煙のような瘴火を纏い、飾折は嬉々として突っ込む。
拳を振り抜いた瞬間、オーガの分厚い胸板がめり込み、背後の石畳まで砕け散った。
巨体が地響きを立てて倒れ込むと、その余波で近くのチンピラ数人も巻き添えに吹き飛ぶ。
「ほらほら! 次はどいつだ、かかってこいよ!」
飾折は血のついた拳を振り回し、笑いながら敵陣を蹂躙した。
「お前らじゃ相手にならねぇな」
清太郎は淡々と呟き、突っ込んできたリザードマンの喉元を片手で掴む。
そのまま地面へ叩きつけ、骨を軋ませて動きを止める。続けざまに二体目の顎を拳で砕き、群れの中へ蹴り飛ばした。
仲間が倒れても構わず突っ込んでくる敵に、清太郎は笑みすら浮かべる。
「……骨なんて簡単に折れる。俺みたいに丈夫じゃねぇからな」
迫りくる剣を肩で受け、そのまま相手の腕ごとへし折った。血飛沫を浴びても眉ひとつ動かさず、無造作に敵を蹴散らしていく。
その背後――。
リーダー格のダークエルフが詠唱を終え、炎の玉を放つ。
「燃え尽きろ!」
炎弾が清太郎の胸を直撃し、爆ぜる光と熱が路地を照らした。
白矢の笑みが凍りつき、瞳に殺気が宿る。
「……ははっ、やってくれるじゃん。――清太郎に傷つけた時点で、もう帰れないよ」
影が音もなく伸び、ダークエルフの足元を絡め取る。
飾折は拳を握り直し、歯ぎしりしながら低く唸った。
「仲間に手ぇ出した報い……骨ごと砕き潰してやる!」
次の瞬間、豪腕がうなりを上げて振り下ろされる。
獬崎は狂気を孕んだ笑みを浮かべ、静かに言葉を落とした。
「神の前で血を流すとは――罪深いことをなさいましたね」
足元から毒々しい蔦が伸び、悲鳴をあげる敵の四肢を締め上げた。
清太郎は煙を振り払いながら、かすかに笑みを見せる。
「……心配ねぇ。だが――お前ら、容赦するな」
「清太郎!」
白矢が叫び、飾折が振り返る。
炎弾を受けた清太郎の胸は瞬時に再生し、骨が白く覗き、肉が盛り上がって塞がっていった。
清太郎は煙を払うように胸を叩き、苦笑を浮かべる。
だが、残る三人の表情は違った。
「……今、なにしてくれたと思ってんの?」
白矢の笑みは完全に消え、瞳には冷たい殺意が宿る。
「清太郎に手ぇ出したな――死んで詫びろよ」
影が蠢き、敵の四肢を切り裂く。
「報いは骨ごと砕いてやる!」
飾折の豪腕がうなりを上げ、敵の腹を粉砕した。
「神の御前で血を流した罪……毒に呑まれて消えなさい」
獬崎の足元から伸びた蔦が敵の首へ絡みつき、棘から毒が頸へと流れ込む。
リーダーは痙攣し、やがて沈黙した。
「……もういい」
清太郎の一声で、三人はようやく動きを止めた。
息は荒く、瞳はまだ憤怒の光を宿していたが、清太郎の言葉に従って攻撃を収める。
その光景を見ていたラグナは、言葉を失っていた。
龍人として修羅場を知る彼でさえ、今の怒りと破壊は異常としか言いようがなかった。
だが同時に――仲間のためにここまで命を張る姿に、胸を打たれる。
拳を握りしめたラグナの口元が、ふと緩んだ。
「……まったく、人間離れしてやがる。だが、スジだけは通してやがるな」
その声音には、呆れと感心が入り混じっていた。
「仲間のためにここまでブチ切れられる……そりゃあ立派な“仁義”だ。龍だろうが極道だろうが関係ねぇ。こいつら、もう盃でも交わしたかのようだな」
紅蓮龍としての誇りを知る彼だからこそ、その怒りに宿る“絆”と“スジ”を見抜いていた。




