グロいコロッケ
9話まで修正しました
四人は雑踏を抜け、目についた飯屋へと足を向けた。
腹は空腹で限界に近かったが、並ぶ料理はどれも生理的に拒否感を覚えるものばかり。腹が鳴っても、胃袋の奥が「やめろ」と悲鳴を上げる。
店先の看板には、見慣れぬ文字と、何やら蠢くような挿絵が描かれている。異形の魚を丸ごと煮込んだ図か、それとも触手か――判別がつかない。
「……なんだこれ」
清太郎が眉をひそめて見上げると、飾折がすぐに声を荒げた。
「おいふざけんな! 見ろよこれ! どいつもこいつもグロいもんばっか出してやがる!」
ガラス越しに並ぶ料理は、色鮮やかというより毒々しく光り、皿の上でまだ蠢いているものすらあった。
街の連中は平然とそれを食い、牙で肉を引き裂き、角を持つ亜人は骨ごと噛み砕いている。
そんな中、白矢は露店で買った得体の知れない揚げ物を歩きながら口にしていた。
中からは青黒い汁が滲み出し、角ばった破片が突き出している。コロッケのようでいて、到底食欲をそそる見た目ではない。
「……おい、白矢。それ食う気か?」
飾折が顔をしかめて問いかける。
その横で、清太郎が小声で獬崎に囁いた。
「なぁ……あいつ、金なんて持ってたか?」
「持っているはずありませんわね」
獬崎もひそひそと返す。艶やかな微笑を浮かべつつも、目だけは鋭い。
「……多分、また何か小賢しいことをしたのでしょう。愛想笑いと軽口で、試食とでも誤魔化したのでは?」
「だろうな。ったく、あの調子の良さだけは才能だ」
清太郎は肩を竦め、呆れ半分に笑った。
当の白矢は二人の視線など気にも留めず、平然と揚げ物にかぶりついていた。
「ん? ああ。見た目はあれでも、もしかしたら味はイケるかと思って」
白矢は平然とした顔で一口かじった。
飾折がすかさず身を乗り出す。
「で、どうなんだよ? 美味いのか?」
「……全然。食えたもんじゃないよ?」
白矢は淡々と答え、なんてこともない顔で二口目を齧った。
「じゃあ食うなよ!!」
飾折が怒鳴り、清太郎は腹を抱えて笑った。
「ははっ、白矢、正気か? 顔色一つ変えずに罰ゲームやってんじゃねぇよ」
「実験だってば。こういうのは誰かが人柱にならないと分かんないんだよ~」
白矢が肩をすくめると、飾折は眉をひそめて噛みつく。
「人柱はお前一人で十分だ!」
すると獬崎が口元に手を添え、微笑を浮かべた。
「ふふ……愚かに見えても、その一歩が道を拓くこともありますのよ」
「道じゃなくて地獄の入口だろ」
飾折が獬崎に詰め寄ると、白矢はにやにやと眺めて頷く。
「ほらね? ぼくのおかげで話題もできたでしょ。立派な社会実験成功だね」
そんな騒ぎを耳にしてか、奥から低く渋い声が響いた。
「……おうおう、店前で威勢のいい嬢ちゃんだな」
暖簾をかき分けて現れたのは、年配の男だった。
筋骨隆々で背筋は真っ直ぐ、顔に刻まれた古傷が歴戦を物語っている。
だがその目はどこか柔らかく、笑みを浮かべながら四人を見据えた。
「ここじゃ“普通の飯”は珍しいが……ないこともねぇ。ちょっと寄ってけ、飯食わせてやる」
男は中に案内するように、再び暖簾をくぐっていった。
四人もその後に続き、木の香り漂う店内へ足を踏み入れた。
他に客はいないようで、静まり返った空間。正面には長いカウンターが据えられ、そこに白矢たちは並んで腰を下ろし、目の前で作業する男を見やった。
「いやぁ助かりましたわ。実は……街を歩いても食べられそうなものが見つからなくて困っていたところなんですの」
獬崎が上品に切り出すと、清太郎も頷いた。
「正直、あの“動いてる料理”は俺の胃袋じゃ無理だ」
白矢は笑いながら肩を竦める。
「でしょ? ぼくら観光気分で来てんのに、グロ飯ばっかりでさ。もう“普通の飯”が恋しくて恋しくて」
飾折は机をドンと叩き、素直に声を張り上げた。
「腹が減って死にそうなんだよ! おっさんの店に救われたぜ!」
男は苦笑しつつ、手際よく鉄板に肉を並べていく。ジュウ、と香ばしい音とともに脂が弾け、空気を一気に食欲をそそる匂いに変えた。
「そうかそうか。なら丁度いい。腹を空かせた奴に食わせるのが、飯屋の役目ってもんだ」
軽口を叩きつつ、男は振り向いた。
「俺はラグナ。この店《灯火》の親父だ。見ての通り、表向きは飯屋だが……ここらじゃ顔も利く」
その声音は気さくでありながら、背筋の伸びた風格を隠しきれなかった。
四人はそれぞれに頷き、白矢が代表して軽く笑った。
「へぇ、頼もしいね。でもさ、自己紹介はお腹を満たしてからでもいい? 今はもう、ご飯のことしか考えられなくてさ」
ラグナは鉄板の上で肉を返しながら、ちらりと四人を見やった。
そう言うや否や、ラグナは鉄板から肉を豪快に皿へと移し、白矢たちの前へ差し出した。
香ばしい煙と共に立ち上る肉汁の匂いが鼻腔をくすぐり、四人の腹が一斉に鳴る。
「ほれ、“魔獣肉の炙り焼き”だ。少なくとも見た目は安心できるはずだ」
飾折の瞳がぎらりと輝く。
「おおっ……! ようやくまともなメシじゃねぇか!」
清太郎もほっとしたように息をつき、フォークを手に取る。
「これなら腹も素直に喜びそうだな」
二人が夢中になって肉を食べ始めたその隙を、白矢は見逃さなかった。
にやりと笑みを浮かべ、手元の“グロいコロッケ”を器用に肉皿へ紛れ込ませる。
飾折も清太郎も気づかぬまま、肉と一緒にそれを口へ運んでいった。
「……ん? なんか今のひと口、変な味しなかったか?」
清太郎が眉をひそめると、飾折が噛みしめたまま顔をしかめる。
「おい……これ、肉じゃねぇだろ!? 青臭ぇし、苦ぇし、最悪だ!!」
「わかる! 肉汁のあとに泥水ぶち込まれたみてぇな味しやがる!」
飾折が水をがぶ飲みし、清太郎は舌を出して「オエッ」と呻いた。
その様子を見ていた白矢は、腹を抱えて大爆笑した。
「ぷっ……はははっ! 見た!? 二人とも顔死んでるよ! あははははっ!」
笑いすぎて目尻に涙が溜まり、頬を濡らしてもなお止まらない。
「うわ、やば……涙出てきた……でも最高だこれ! ねぇ、二人とももう一個いく?」
「誰がいくか!!!」
飾折が机を叩き、清太郎は胃を押さえながら呻いた。
「いやマジでヤベぇなこれ……胃が暴動起こす……」
「暴動じゃなくて実験だって。ぼくら公式バグメニューの被験者だよ?」
白矢が悪びれもなく言い放つと、飾折が即座に噛みつく。
「バグなら削除しろや!! 胃袋クラッシュさせてんじゃねぇ!!」
「俺もう二度と信じねぇからな、白矢の“もしかしたら旨いかも”理論!」
清太郎が真顔で指を突きつけ、白矢は涙を拭いながら手をひらひらさせる。
「えー? またやるかもよ〜? 今度はデザートで」
「「絶対やめろ!!!」」
二人の声が揃って店に響き渡る。
獬崎はため息をつき、ナプキンで口元を拭った。
「……子供の遊戯に神を巻き込むつもりはありませんわ」
カウンターの奥で、店主ラグナは肩を揺らして笑った。
「ははっ、元気な客はいいもんだな。……詮索はせん。腹いっぱい食ってけ」
その言葉に、四人は思わず顔を見合わせて笑った。
騒がしくも温かい食卓――それは、この異世界で得た最初の安らぎだった。
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