第9章 神様は言った、かぼちゃ大王は誠実な畑に舞い降りる
中学3年生になった結は、受験勉強の日々に追われながらも、神様の気配をそばに感じていた。
文化祭、合唱祭、そしてハロウィンの夜――。
過去に出会った人々との再会や、新しい友情を通じて、「神様」と「白石くん」と「わたし」の関係は大きく変わっていく。
そして迎える卒業の日。
少年時代の終わりと未来への旅立ちを前に、結と白石くんと神様は、どんな答えを見つけるのか。
青春と祈りが交差する、シリーズ完結編。
§9 神様は言った、かぼちゃ大王は誠実な畑に舞い降りる
(1)
9月27日(月)
連休も終わり、今週から進路指導の三者面談がある。今日はわたしの面談がある日で、放課後にパパが学校にやってきた。
わたしの順番は3人目で、教室の前の廊下でパパとふたりで待っていた。
「パパ、先生に変なこと言わないでね」
「変なことって何だい?」
「家で全然勉強してないとか、朝寝坊するとか」
「じゃ、我慢して言わないでおくよ」
「我慢ってなによ、パパ」
「ほら、大きい声出したらダメだろ」
退屈でパパとおしゃべりしてたら、教室から物音が聞こえてきて、扉が開いた。
面談を終えた母娘が出てきて、「日向さん、どうぞ」って、教室の中から先生の声がする。
わたしたちの番が来たのだ。先にわたしが入り、続いてパパが入ってきた。
「こんにちは、日向さん。はじめましてお父様」
「はじめまして、父親のジョナサン・D・エヴァレットです。本日はよろしくお願いします」
パパが挨拶して、わたしはペコリと頭を下げた。担任の先生は、パパが日本語を上手に話すので、安心したみたいだった。
「どうそお座りください」と勧められて、わたしたちは先生と向かい合わせに並んで座った。
「えー、さっそくお話しを始めましょうか。
結さんは[府立みよし高校]を第一志望にしていますね。今まで二回行われた模擬試験での判定はBとなっていて、合格圏内ではあります。
ここまではお父様もご承知でしょうか」
「はい、娘から聞いています」
「B判定は、6~8割の合格確率ということになります。当日の獲得点数次第で合否が左右されることになるかと思われます。
結さんは、この段階で第一志望校を変える気持ちはありますか?」
「いえ、このまま変えずに、もっと力をつけて合格できるよう、がんばりたいと思っています」
「お父様も同じお考えですか」
「はい、結の希望を尊重してやりたいと考えています」
「そうですか、わかりました。
実はですね、わたしは結さんの模試の結果を見ていて思ったのですが、結さんは英語のヒアリングの成績がとてもいいんです。
2回目の模試では満点をとっていますしね。それで、[みよし高校]の国際文化科を受験してみてはでしょう」
先生の意外な言葉に、わたしは思わず聞き返す。
「先生、国際文化科ってなんですか」
「大阪のトップ10校には“文理科”という特別学科があるのは知っているでしょう。あれと同じように[みよし高校]にも“国際文化科”と、“理数科”があります。
“国際文化科”は、英語に特化した学科で、英会話、ヒアリングが得意な人や、英検の二級以上の資格を持っている人には有利です」
「他の普通の生徒とは、違う校舎とかになるんですか?」
「いや、普通科のクラスが3クラス、国際文化科と理数科がそれぞれ1クラスづつあるというだけで、同じ学年のクラスであることに違いはないです。英語の授業が特別なものになるだけで、他の教科は普通科と同じです」
「それは結にとって、有利な受験になるのでしょうか」
「試験日が違うので、同レベルの他問題が当然出されるのですが、英語だけはレベルが高いものが出ます。英語の実力がある人ほど安定して得点できるので、結さんには有利になると思います。
ただ、テスト後の別日に面接もあり、そこでは英会話の実力も必要になります」
「英会話は、発音も含めてネイティブに近い実力があると思いますよ、結には」
「ほう、それはやはりお父様の影響ですか」
「そうですね、普段から英語で日常会話をすることはよくありますから」
えっ、えっ、そんなすごくないよ、わたし。わが家だけの話題を、家族で話してるだけなんだから。
でも、先生の言う通りに、少しでも合格しやすい方法があるなら、もっと詳しく教えてほしいよ。
白石くんは理数科を受験するんだし、同じ学校に行けるかも。
「それは、学校の推薦とかも必要になるんですか」
「確かに[みよし高校]は、推薦入学も実施していますが、時期的にもう手続きは間に合わないでしょう。
国際文化科の受験日は2月下旬で、公立の受験日の2週間前になります」
「よくわかりました。わたしの方でもよく調べて、母親とも相談して見たいと思います」
「そうですか、学校の方でも[みよし高校]の資料を取り寄せられますから、今週中にも結さんにお渡ししましょう」
*
そのあとは、他の教科の話とか、内申書の話とかをして面談は終わって、パパといっしょに下校した。
なんか緊張したなぁ。パパは「とてもいい先生だ」って、担任のことをすごく褒めてた。
「でも、宿題は全然やってないって言おうかと思ったよ」
「もう、やっぱりパパ、変なこと言おうとしてたんじゃない」
「No way. I’m just kidding.(うそ、うそ。ただの冗談だよ)」
(そっかぁ、パパと特訓した英語が、わたしの長所になるのかぁ。なんかうれしいな)
(2)
10月4日(月)
きょうは白石くんがわたしの家に来てるんだ。
まだ三者面談が続いていて、白石くんは先週の金曜日に面談だった。
面談期間中は授業が5時間で終わるから、放課後はちょっと多めに白石くんに会える。
うちに来るのは久し振りの白石くんは、リビングでママや宙やパパに挨拶したあと、そのままベビーベッドの横のソファに座っちゃったので、仕方なくわたしも向かいのソファに座る。
「宙くんは3月生まれだから、もう7ヶ月経つのかぁ。もう、しゃべり始めそうですね、お母さん」
「うふふ、そうね1歳くらいで、言葉をしゃべり始めるというから、あとちょっとかしらね」
「そうなんですね。一番最初は何て言うんでしょうか」
「そうね、なにかしら。ふふ、白石くんは、赤ちゃんが好きなのね。ずっと、宙の顔を見てるもの」
「あっ、すみません。宙くん、かわいくて、つい……」
なんか、白石くんずっとママとおしゃべりしてるんだけど。
「悠翔は、カフェラテ飲めるよね」
パパが、みんなの飲み物を運んできた。わたしと白石くんはカフェラテ、ママはハーブティーで、パパはコーヒーだ。
「わぁ、ありがとうございます、お父さん。すごい! ミルクで模様が描いてある」
「ラテアートの真似事さ。趣味でね、ついやってしまうんだ」
わたしと白石くんのカフェアートは、ハートマークがいっぱい重なったものだった。
「もったいなくて飲めないや。どうやってこんなの作るんですか?」
なんか、白石くん今度はパパと仲良くしてるんだけど。
「結と悠翔は、それ持ってお部屋に言ったらどうだい。宿題でもするつもりだったんだろ?」
「いえ。きょうは、この間の進路面談がどんなだったか話そうって。だから、ここでも全然かまわないよね? 結ちゃん」
せっかくパパが気を聞かせたのに、白石くんたら。
最近ハルトっぽいことが多かったのに、今日はもとの天然キャラに戻ってる。
「白石くん、ほら、ここで大人がしゃべってると、宙が眠れないからさ。お部屋行こっか?」
そう言って、わたしは無理矢理に、白石くんを部屋へ連れて行ったんだけど、後ろでパパとママが小さく笑っている気配がしていた。
*
「はい、悠翔くんここに座って」
わたしはベッドをポンポンと叩いて座らせて、白石くんが手に持っていたカフェラテのカップを取って、机の上に置く。
「面談どうだったの、悠翔くん」
わたしは白石くんの隣にピッタリとくっついて座る。触れ合った肩がピリピリッとする。
「結ちゃん、あんまり、……ほら。お父さんとお母さんもいるし」
「だってさ」
「だって……?」
「パパとママとばっかりおしゃべりするから……」
「えっ、だってほら……」
「はい、いいから面談のお話をして」
わたしはさっきあまりお話してもらえなかった鬱憤を晴らして、ちょっと落ち着いたので、ちょっとだけ体を離してあげた。
「ぼくはやっぱり[府立みよし高校]の理数科を受験しますって言ったら、先生は「そうか、がんばれ」って」
「わたしもね、[国際文化科]を受験したらどうですかって言われたの。
英語の得点がいいから、そのほうが有利だって」
「へぇ、すごい。いいんじゃない? 結ちゃんあっという間に、英会話ペラペラになってたもんね」
「まだ、調べてるところだけど、国公立大学の合格率も高くて、いいかなぁって思い始めたんだ」
「理数科と国際文化科で、お互いに合格できるといいね」
「うん、わたしもっと英語がんばる。英検取るのは、もう間に合わないけど、面接の英会話で力を出せるようにがんばる」
「ぼくも数学の通信簿と、理数の単独偏差値をあげられるようにがんばるよ」
本当に白石くんと同じ高校へ行ける可能性が増えてきたと思って、わたしは俄然やる気が出てきた。
とりあえず来週からの中間テストをがんばろっと。
(3)
10月18日(月)
大阪府北区天満の日本家庭料理レストラン[堂島]のキッチンで、オーナーシェフ小林健太郎とジョナサン・D・エヴェレットはかぼちゃと格闘していた。
月末に開催するハロウィーンパーティーのメニューを開発中なのだ。
「〈茶巾蒸し〉ってとこまでは、いいアイディアだと思うんだけどな」
と健太郎がぼやく。
「出来上がりが小さいからな、メインディッシュの貫禄のあるメニューが欲しいな」
「じゃ、やっぱり丸ごとかぼちゃの皮を器にした、何かだな」
「和食には、そういった料理は見当たらんな」
増築したパーティールームはなかなかの広さで、内装も済んでいる。
こけら落としのハロウィーンパーティーには、アメリカ総領事館職員と関係者が20人以上やってくる。
彼らは[堂島]のアメリカナイズされた和食がお目当てなだけに、かぼちゃを使ったメインディッシュは重要な要素だ。
「まぁ、まだ時間はある。ひらめきを待とうじゃないか、健太郎」
健太郎は生ビールのサーバーからビールを注いで自分で飲み始めた。
「ちょいと、気分転換させてもらうよ」
「ぼくも一杯やりたいところだが、車で来るんじゃなかったよ」
「俺達以外のアイディアを聞きたいものだな、誰かいないかい? ジョー」
「さぁて、誰かいたかな?」
営業前の昼下がり、換気扇と冷蔵庫のモーター音だけが聞こえている。気だるい空気がキッチンにこもっていた。
*
「ジョーの娘さんは来年受験なんだろ、いろいろ大変だな」
「ああ、今日から中間テストも始まったし、勉強ばかりで気の毒だよ」
「ハロウィーンにはここに連れてきて息抜きさせてあげたらどうだい?」
「ああ、いいね。結に聞いておこう」
「もともと子どものためのイベントなんだしね」
「ぼくがまだ子どもでステイツにいた頃は、もう“TRICK OR TREAT”って、やってるやつはいなかったな」
「娘さんにも食べたいかぼちゃ料理を聞いておいてくれよ」
「わかった、帰ったら聞いてみるよ。
さて、そろそろ引き上げるかな、週末にまた顔を出すよ」
「そうしてくれ。俺も今日の仕込みを始めるとするか」
(4)-a
10月20日(水)
中間テストが終わった。すぐまた受験勉強があるんだけど、ほんのひと時だけだけど、開放感に浸っている。
「結ちゃん、帰ろう」
白石くんがゲタ箱で待っていた。
ちょうどお昼の時間で、明るい日差しが差し込んでいる。
「うん。テスト終わったね、ホッと一息だよ」
「どうだった? 結ちゃんは」
「けっこうできたと思う。……思いたい。悠翔くんは?」
「ぼくもできたほうかな」
「きょうはちょっと遊んじゃう?」
「うん、ぼくもそんな気分だよ」
「じゃ、帰ったらすぐ悠翔くんの家に行くね」
「わかった。じゃぁあとでね」
「うん、バイバイ」
*
わたしは家に帰って、急いで着替えをした。
そろそろ肌寒い季節だけど、やっぱり白石くんに合う時はスカートかな。
そう思って、膝上丈で小花柄のスカートに決めた。白いブラウスを着て、玄関の姿見でチャックする。部屋と玄関を何度も行き来するわたしを、パパが不思議そうに見ているけど、急いでいるから気にしない。
「結は出かけるのか? ランチはどうするんだい」
「なんか、最近太っちゃったから、今日はよしとく」
上着は短い丈の藤色のニットカーディガンに決めて、袖を通しながら応えた。
「ちょっと、お友だちと会ってくる」
「なんだ、悠翔とデートなのか」
「デ、デートじゃないよ。た、ただテストが終わった息抜きに、雑貨屋さん見たり、お茶飲んだりするだけだもん」
「それをデートって……」
パパが言いかけたのを、ママが指を口に当てて止めてるのが見えてたけど、わたしは急いで靴を履いた。
「いってきまーす、晩ごはんまでには帰ります」
そう言って、勢いよく玄関のドアを開けた。
(4)-b
「結はこのごろ様子が変わったね、白石くんと付き合っているからかな」
「結は“付き合っている”って言うと怒るんですよ。その言葉は違うって」
リビングのソファで美沙とジョナサンが並んで座っている。テーブルにはハーブティーとコーヒーが置かれている。
「また日本語が難しいって話かい」
「“両想い”なんですって」
美沙が微笑みながら、愛おしそうにその言葉を口にする。
「“両想い”……。“mutual love”ってことかね」
「説明は無理かな、わたしにもうまく言えない。15歳の感性です。わたしはもう忘れちゃった」
ジョナサンはコーヒーを飲んで、ため息をついた。
「知能テストで飛び抜けたスコアだったとか、神様とチャネリングできる唯一の人間だとか、そういう結を利用しようとしていた大人たちがいなくなったから、本来の結らしさが現れてきたのかな」
「そうかも知れませんねぇ」
美沙はそう応えたが、違うと思っていた。
(結は本来の自分に戻ったんじゃない。前に進んだんだ。自分の特別な境遇を、大人たちの思惑をすべて飲みこんで、消化して前に進み始めたんだ)
「ところで、美沙。ハロウィーンのかぼちゃについて、なにか知っていることはないかい? 思い出とか、美味しかった料理とか」
「かぼちゃ……。お仕事で困っていることなんですか?」
「ああ、パーティールームの杮落としでやる、ハロウィーン・パーティでのメイン料理が決まらないんだ」
「かぼちゃと言っても……。煮物か天ぷらか、それともサラダ……。そもそもハロウィーンを、日本でもやるようになったのは最近のことですから」
「いろいろ試したが、まだこれだというものが思いつかないんだ。なんでもいいからヒントが欲しいってシェフも悩んでる」
「わたしが子どものころ読んだアメリカの漫画に、“かぼちゃ大王”っていうのが出てきたなぁ。
ある子どもが“かぼちゃ大王”を崇拝していて、「ハロウィーンの夜に、その年世界一誠実だったカボチャ畑に“かぼちゃ大王”が降臨する」って言って、徹夜でカボチャ畑を見張っているっていうお話だった」
「あぁ、ライナスだね、ピーナッツコミックスの」
「あぁ、そうそう。ライナスっていう名前だった。お姉さんが気が強い子で、いつもやり込められていた」
「それはルーシーだ。主人公の男の子と同い年で、女ガキ大将」
「なんか、そのかぼちゃ大王の話が、まるで聖書に書かれている寓話みたいだなって、よく覚えてるの」
「なるほどな。言われてみれば、確かになにか教訓を含んでいるようなエピソードだね。神に認められようと誠実にかぼちゃを作り、そこに神が降臨することを待ち望む少年か」
「あまり、お料理には関係がなくてごめんなさい」
ジョナサンは、美沙の話になにかヒントを感じたが、ベビーベッドで宙が起きた気配がして、二人はかぼちゃの話を中断した。
(5)
10月28日(木)
中間テストの結果が出そろった。どの教科もいい点が取れてホッとしている。
学校の定期テストと模擬試験では、出題範囲も意味合いも違うから、簡単には比べられないけど、内申書には大きな影響があるもんね。大事なテストであることにかわりはない。
「悠翔くんはどうだった? テスト全部返ってきたでしょ」
いつものように、いっしょに下校するときに聞いてみた。
「うん、すごくよかった。数学がほぼ満点だったんだ。やったーって感じ」
「えぇ~、すごい。わたし数学はあんまり取れてなかった。それでも前よりはいいんだけどね」
「期末テストでもがんばれば、理数で5が取れるかもしれない。この調子が受験まで続くといいな」
「本当だね。わたしも英語はよかったし、がんばろうね」
「高校も結ちゃんと同じになれるかもしれないと思うと、ワクワクするんだ」
(えっ、そんなストレートに言われると……わ、わたしもだよ、悠翔くん)
「ねぇ、悠翔くん。あさっての土曜日にさ、パパのレストランでハロウィーン・パーティがあるんだ。悠翔も誘えってパパが言ってるんだけど」
「えっ、ハロウィーン? コスプレとかするやつ? ぼくやったことないなぁ」
「ううん、大人ばっかりだし、仮装パーティーではないみたい。夕方からで、帰りは夜になっちゃうんだけど」
「お母さんがいいって言ったら、行ってみたいな。今夜聞いてみるよ」
「わたしとママも、お料理のアイディアを出したの。それがどんな風になってるか楽しみで」
「へぇ、ますます行ってみたくなってきた」
「お母様に聞いてみたら、LINEで教えてね。じゃぁ、ここで。バイバイ、悠翔くん」
「うん、バイバイ、結ちゃん」
*
「うん、これでいけるんじゃないか」
ジョナサンが、頬を指でつついて「Yummy! Buono!」と親指を立てた。
「和食ハロウィーンって感じするかい?」
「ばっちりだ。リゾットではなく〈おかゆ〉になってるよ。大きなかぼちゃをそのまま器にしてるのも、メインディッシュの迫力がある」
「〈かぼちゃのチーズ粥〉だ。苦労したよ」
くり抜かれたかぼちゃをそのまま器にしたその料理は、30センチはある迫力のある見た目だ。
器の中身は、牛乳を混ぜて炊いた白米のおかゆ。甘く煮たかぼちゃと、チェダーチーズがたっぷりとトッピングされている。
湯気からは鰹出汁の香りが漂い、これが和食であることがわかる。
「盛り付けも、飾り付けも和食のものなのに、器のかぼちゃにハロウィーンの顔が彫ってあるのがおもしろい。ゲストも喜ぶんんじゃないかな」
「横に折敷を置いて、いろいろなトッピングの小鉢を並べるんだ。クコの実とか、カボチャの種のローストとか、あとは穂紫蘇なんかもいいかな。
おかゆは木のお椀に注ぎ分けて、木のしゃもじで食べるんだ」
「いいねぇ。このメインの他にもかぼちゃ料理はあるのかい?」
「3つほどあるよ。やっとこさ思いついたんだ。それも食べてみてくれよ」
*
「[堂島]らしいアメリカナイズド和食だ。どこも似たりよったりのハロウィーン料理ばっかりの中で、こういう独創的な和食かぼちゃ料理を出すのが、この店の売りだからな。健太郎らしくて、とてもいいよ」
「ジョーにそう言ってもらえてホッとした。きみの舌が一番怖いからね」
(6)-a
「こんな格好でいいのかなぁ」
「外国人ばっかりのパーティだけど、特にドレスコードはないし、カジュアルな服で来なさいってパパが言ってた」
白石くんはベージュのチノパンに白い開襟シャツ、水色のデニムジャケットを着て皮のローファーを履いている。
「いや、そうじゃなくて、魔女やゾンビのコスプレとかをしていくパーティーだったらどうしようって」
「そんなわけないでしょ。パパが言ってたもん」
そういうわたしは、黒いスカートに黒いショートブーツ、くすんだピンクのブラウスに藤色のニットカーディガンという服装だ。
大人っぽい格好にしようと、あれこれ考えていたらこうなってしまったのだ。魔女っぽいと言えないこともない。
「じゃ、行きますか、結ちゃん」
私の家まで迎えに来てくれた白石くんと、連れ立って駅へと向かった。
パパはお昼からお店に行って、パーティーの準備をしているから、わたしたちは電車でお店まで行くことになっているのだ。
こうして学校以外で、白石くんとふたりでいるのは、それだけですごく楽しい。ちょっと照れくさいけど。
ましてや、これから大人たちのパーティーに行くのだからドキドキだ。
駅まではまだ近所だから、誰かに見られちゃうかもしれないので、ふたり離れて歩いているけど、地元を少し離れたら、手をつないだり、腕を組んだりしても白石くんは許してくれるんだ。
「どんなパーティだろうね」
わたしたちは、大江橋駅で電車を降りて[堂島]へ向かう道でも、手をつないで歩いていた。
手をつないでいると、声を出さなくても、ギュッと手を握るだけでこっちを見てくれる。
「うん、楽しみだけど、外国人の人ばかりというのが、ちょっと怖いな」
「大丈夫だよ、日本駐留が長い人たちばっかりで、日本人には日本語で話してくれるってパパが言ってたから」
「でも、英語がわからなかったら助けてね、結ちゃん」
「うん。ずっと悠翔くんの隣りにいるから、いつでも助けてあげるよ」
また手をギュッとしたら、白石くんが横目で見てくれたので、わたしは何も言わずニッコリと笑った。
*
「やぁ悠翔、いらっしゃい。道はすぐに分かったかい?」
「はい、この駅で降りたのは初めてですが、迷わずに来れました」
「それはよかった。結もいらっしゃい、ハッピーハロウィーン!」
新しく増築したパーティールームのエントランスで、ウェルカムドリンクのトレイを持った金髪のボーイの人と、パーティーマスクをしたパパが出迎えてくれた。
わたしはコーラ、白石くんはオレンジジュースのグラスを取って、会場へ続く廊下を進んだ。するとクロークがあって、そこでは女の人が来場者に声をかけている。
「Would you wear a phantom mask or witch’s hat?(ファントムマスクと魔女の帽子、どちらをつけますか?)」
おー、すごい趣向だ。思わず白石くんと目を見合わせる。
「A phantom mask for him and witch’s hat for me, please.(彼にはファントムマスクを、わたしには魔女の帽子を)」
「Understood. Now put it on and enjoy the party.(承知しました。ではこれをお着けになってパーティーをお楽しみください)」
言われるがままに、マスクと帽子を着けてみて、お互いに顔を見合わせて笑い合った。
「おもしろーい。オペラ座の怪人だね、悠翔くん」
「結ちゃんも、帽子が今夜の服と似合ってて、ほんとに魔女みたい」
パパが入口からわたしたちの方へやって来た。
「さぁ、入った入った。何人かにきみたちを紹介するよ」
もうすでに、かなりの人数が集まっているパーティー会場の喧騒の中にわたしたちは入っていった。
(6)-b
ジョン・スミスは[堂島]の料理に満足していた。ハロウィーンということで、かぼちゃを使った料理がいくつか並んでいる。
そのどれもが、ジョンの舌をうならせていた。
ジョンは在日アメリカ宇宙軍(USSF)の少佐だ。去年の夏までは、“Operation Identity of Universe(万物の正体作戦)”の任務についていた。日本人チャネラー、日向・D・結の父親であり、宮内庁非公開部署(PEO)のメンバーである女官を妻に持つ、ジョナサン・D・エヴァレットに、極秘の仕事を依頼したことがある。
しかし、ジョンが今夜このレストランに来たのは純粋にこの店のファンだからだった。公務で大阪に来る度に、アメリカ総領事館の職員の間で、評判のこの店の料理を食べに来ていた。したがって、ジョナサンに接触する意図は全く無かった。彼がこの店の共同経営者になっているなど知らなかったのだ。
(特にこのメイン料理、〈Pumpkin cheese porridge(かぼちゃのチーズ粥)〉がいい。滋味にあふれている)
シェフらしい人物が、ホールでゲストに挨拶して回っている。ジョンは思わず呼び止めて
「料理長、すばらしいかぼちゃ料理を堪能しています。この〈おかゆ〉は心に響く」
「Thank you, sir. Did you like it?(ありがとうございます。お気に召しましたか?)」
「えぇ、とても気に入りました。日本語でいきましょう、料理長」
「ありがとうございます。では、料理長なんておっしゃらないで、健太郎とお呼びください」
「オーケー、健太郎。わたしはねイリノイ州の出身なんだ、アメリカで一番のかぼちゃの産地でね。健太郎の料理にはかぼちゃへのリスペクトがある。
かぼちゃの種のトッピングなんてイリノイじゃ見たこともない。しかもローストしてから砕いてあるという手のかかりようだ」
「食材を無駄にしないのが、和食の心構えなんですよ」
「じゃぁ、あの大きなかぼちゃの器も、切り分けて明日のランチになるってわけだ」
「いやいや、あの器はよく洗ってから、ジャック・オ・ランタンにして店の玄関に飾ります。ハロウィーンは明日が本番ですからね、ははは」
「他のかぼちゃ料理も素晴らしかった。今度はクリスマスパーティーにも来たいよ」
ジョンと健太郎が談笑しているところへ、日本人の少年と少女が料理を取りに近づいてきた。テーブルの上の〈かぼちゃの甘辛揚げ〉をお互いに取り分けている。
健太郎がその少女を見て
「あれ、きみは唯ちゃんだね。きみのパパが写真を見せてくれたことがあるんだ」
「えっ、あ、はい。結です、日向結。ひょっとして、パパ……父といっしょにレストランをやっているシェフさんですか?」
「そうだよ、健太郎っていうんだ。よろしくな、結ちゃん。
で、そちらはボーイフレンドの、えーと……、あっ、そうだ白石くんだろ。ジョーからパーティーにキミたちが来るって聞いてたんだ。ようこそ、わがレストランへ」
「は、はい。よろしくお願いします。
あの、あっちのかぼちゃの料理がすごく美味しいねって今、ゆい……日向さんと話してて、それで、この料理も食べてみよううって、はは」
「あっちの〈かぼちゃとかぼすのミルフィーユ蜂蜜がけ〉かい? あれも苦労して思いついたメニューだよ。お口に合ったならうれしいよ」
(……! 日向結? 白石? そしてジョーだと……)
ジョンは今の会話に出てきた名前に驚愕したが、顔には出さなかった。今は停止状態の“Operation Identity of Universe”のカギとなったふたりのティーンエイジャーが目の前にいる。
(ひとりは〈万物の正体〉とコンタクトできるチャネラー。もう一人は〈万物の正体〉と対等に会話ができるシーカー(探るもの)。そしてこのレストランがジョナサン・D・エヴァレットの店だとは……)
ジョンは努めて冷静に会場を見渡した。ジョナサンの姿を探しているのだ。
*
一方ジョナサンは、ジョンがパーティーにやってきたときから気付いていた。ウェルカムドリンクを、来る人全員に勧めていたのだから当然であった。パーティーマスクを着けていたせいで、ジョンには気づかれていなかったのだ。
(一体何のために……)
ジョナサンは、ジョンがこの店に来た目的がわからなかった。わからないまま、キッチンとホールを隔てるプラントの影からジョンを目で追っている。
ジョンが、同じテーブルに来た結と白石くんを見て、一瞬驚いていた様子も見ていた。しかし、二人に話しかける様子もないし、次第に二人のテーブルから離れていくようだ。
(仕掛けてみるか)
意を決してジョナサンはホールに出ていった。
「スミスさんじゃないですか? ご無沙汰しています」
ジョンは一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに笑顔で応えた。
「エヴァレットさん、こちらこそお久しぶりです。ここはあなたのお店だったんですか、今そこで小耳に挟みました」
「いえいえ、ついこの間共同経営者になったばかりなんですよ。ちょっとした臨時収入があったんでね」
「それはそれは……。相変わらず頭の切れるお方だ。いうことのない完璧なムーブですね」
「ところで、今夜は?」
「純粋にここの料理のファンなんですよ。まさかあなたばかりか、神様と、神様のマネージャーまでいるだなんて思いもしませんでした」
「本当に?」
「本当ですとも、かぼちゃ大王に誓って」
「おや、あなたもピーナッツ信者でしたか」
「子どものころから、ピーナッツコミックスフリークスでした」
周囲の喧騒に紛れて、少し離れたテーブルから、白石くんと健太郎の話し声が聞こえてくる。
近くに日本人が健太郎しかいないから安心するのだろう、ずっと話し続けている。
そして結は、自分の力を試すのが楽しいのか、周りの大人と英語で話しているようだ。
「ぼく、すごく誠実な味わいだと思いました。生意気ですけど」
「誠実なんて、偉そうなもんじゃないけどね、いい大人が必死にあがいて、なんとか納得のいくものが作れたってだけさ」
「口の中から、触れた舌から、鼻に抜ける香りから、健太郎さんの感情が、情熱が伝わってくる。そんな気がしました」
結がジョナサンを見つけて、ジョナサンの傍らまで来た。
「パパ、お料理全部美味しい! すごいね健太郎シェフ」
ひとしきり料理を褒め称えてからジョンを見て
「パパ、こちらのおじさまは?」
「あぁ、紹介しよう。こちらはジョン・スミスさん。去年大変お世話になった方だ」
「Nice to meet you, Mr. Smith. I’m Yui.Daniel.Hinata.(はじめまして、スミスさん。日向・ダニエル・結です)」
「Nice to meet you, too, a cute witch.(こちらこそ、かわいい魔女さん)」
ジョンがにっこり笑って結に英語で応え、そしてジョナサンを見た。
「ハロウィンの夜、世界で一番誠実なカボチャ畑にかぼちゃ大王が降臨する。
ライナスはそれを見届けたくて世を徹して見張っている」
ジョナサンは「それが?」という表情でジョンを見返した。ジョンは一瞬だけ、白石くんのいるテーブルを見て、再びジョナサンを見る。
「世界一誠実なかぼちゃ料理なんだから、神様が現れても不思議はないなってことです」
軍の宿営舎に戻る時間だと言って、あっさりとパーティールームを出ていくジョンの後ろ姿をジョナサンはじっと見つめていた。
(つづく) 9月2日 07:00投稿予定
最後まで読んでいただきありがとうございます。完結まで、毎日朝7時に投稿しますのでお楽しみに。