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第8章 白石くんと神様の進路相談

中学3年生になった結は、受験勉強の日々に追われながらも、神様の気配をそばに感じていた。

文化祭、合唱祭、そしてハロウィンの夜――。

過去に出会った人々との再会や、新しい友情を通じて、「神様」と「白石くん」と「わたし」の関係は大きく変わっていく。

そして迎える卒業の日。

少年時代の終わりと未来への旅立ちを前に、結と白石くんと神様は、どんな答えを見つけるのか。

青春と祈りが交差する、シリーズ完結編。

§8 白石くんと神様の進路相談


(1)


 9月17日(金)


「ねぇ、悠翔はると君。どうだった? 模試の判定」


 矢納さんに相談をした翌日の放課後、わたしと白石くんは、駅前のショッピングモールのフードコートにいた。

 この間の模試の結果が出たので、その話をふたりでしようってことになったんだ。

 でも、白石くんの家に行くと、また緊張して話どころではなくなってしまうし、わたしの家はそらがいて、落ち着かないだろうからって、ここになった。


「ぼくは、A判定だった。結ちゃんはどう?」


「えー、すごい、悠翔くん。わたしはまたB判定だった。大丈夫かな」


 お互いの得点と講評の書類を交換して、じっくりと読み込んだ。


「でも得点は前より取れてるじゃん、ヒアリング満点なんてすごいよ。倍率次第で全然可能性あるんじゃないかな」


「そっかなー、進路指導の先生がなんて言うか」


 わたしはフライドポテトをつまみながら、少し考え込んだ。


「結ちゃんは、公立が第一志望なんでしょ?」


「うん。私立はあんまりピンとくるところがないし。

 わたしは、悠翔くんと同じ学校に行きたいっていうのが志望理由だから」


「ぼくは、[府立みよし高校]の理数科に行きたくて第一志望にしてるんだ。

 一番手校グループの文理科を受けるのは無謀なんだけどさ。せめて二番手校で、その先の理系大学につなげたいんだ」


「悠翔くんは、はっきり決めてるんだね、立派だなぁ」


「でも、ぼくも結ちゃんと同じ高校に行きたい。そっちのほうが優先順位は上かもしれない。

 だから、結ちゃんが第一志望を変えるなら教えてね」


 わたしは、白石くんもポテト食べなよって、トレイごと近づけてあげた。


「だめだよ、悠翔くん。わたしなんかに合わせてレベル下げちゃ。

 あくまでも悠翔くんが行く学校に、わたしががんばって入るってことだから」


 わたしは、白石くんと違う高校に通う未来を想像してみた。

 家は近いから、お互いに会おうと思えば会えるだろう。

 でも、宿題も、行事も、通学電車も違って、だんだんすれ違っていっちゃうんじゃないかな。

 大学だって、同じところに行けることはないと思うし、いっしょに学生生活を送れるのは高校だけだと思う。

 やっぱり、いっしょに高校生活を送りたいなぁ。


「進路指導の面談が終わってから、また話そうか。今は勉強するしかできることはないし」


「まぁ、そうだよね」



 そして、わたしは本題を切り出した。


「それでさぁ、悠翔くん。聞いてほしい話があるっていうか、お願いがあるんだ」


「なに? 改まって」


「ちょっとへんな話に聞こえるかもしれないけど、夢の話なの」


「夢?」


「わたし、悠翔くんの部屋で眠っちゃったことがあるじゃない」


「あっ、あの日だね」


 あの日というのが、悠翔くんに至近距離で、ふともも見られちゃった日だと気付いて、わたしはドキっとした。


「そ、そう……、あの日。

 あの時ね、わたし真っ暗な空間に行った夢を見て、白石くんとチャネリングしたよね」


「うん、覚えてる」


「もう一回ね、もう一回、わたしあそこに行きたいんだ」


「でも、結ちゃんは前にも、夢であそこに行った事があるって言ってたよね」


「うん。でもね、もう行けなくなっちゃったんだ。そういう力がなくなっちゃったみたい……」


「どういうこと?」


「前は神経が昂っていて、集中した状態のときに、あそこに行っちゃったんだ。悠翔くんの部屋の時も。

 でも、同じ状態を再現しても、今はもう行けなくなっちゃった」


「でも、結ちゃんはあそこが怖いって、怖い夢だっていってたのに、なんでまた行きたいの」


「……神様に話が、相談があるの」


「そうか。……結ちゃん、ぼくね、黙ってたけど、その真っ暗な空間の夢を一度だけ見たことがある」


「えっ、本当?」


「うん、7月の終わりくらいに。春のキャンプのときの夢の話はもうしたよね、やっぱり僕の部屋で」


 悠翔くんにハグされたときだ! そう気付いて、わたしはまたドキっとした。


「あのときの夢の続きを、また夢で見たんだ。

 夢というか、神様の視点の追体験みたいだった。

 「人間は夢を見ることで肉体を離れて、ここにくることができる」って、神様がそう思ってるのが、ぼくにもわかったんだ。

 それに(これは夢だ)っていう自覚があった」


「それ、多分わたしと同じ種類の夢だよ。矢納さんはローカルな次元上昇だって言ってた」


「神様は、僕の生まれたときや小さな頃の様子を見ていた。未来のことも。

 そして、神様はそれを見ているぼくに話しかけてきた。姿は見えないんだけど、心に直接っていう感じで」


「うんうん」


「未来は確率的に存在している。すべてはぼくの選択次第だって」


「悠翔くん……。悠翔くんは、わたしと反対で、チャネラーとしての能力が、どんどん強くなってきてるんだね」


「そうかな、ぼくはそうなりたいと望んだわけではないんだけど、自然になんか、そんなことに……」


「神様はね、わたしには「もう会うことはないだろう」って言っていたけど、

 わたしの方から会いに行くことは、できるんだって思ってた。

 でも、わたしにはもうその力が、無くなっちゃったみたいなんだ。

 だから、最後に一回だけでいいから神様に会いたいの。

 会ってどうしても言いたいことがあるの。

 悠翔くんに次元上昇してもらって、わたしともう一回だけ話をしてあげてほしいって、神様にお願いしてくれないかな」


「……結ちゃんが危険なことにはならないよね」


「大丈夫だと思う。神様を連れてきて、悠翔くんに降ろしてくれれば、今までにやったチャネリングと同じことだから」


「わかったよ。でも、神様に何を話すんだい?」


「……。ごめんなさい、今は言えない。でも、神様に話をしたあとに、必ず悠翔くんにも言うから」


「うん、わかった。結ちゃんがどうしてもしたいことなら、ぼくはなんでも協力するよ」


「ありがとう。ありがとう、悠翔くん。

 いつも変なことばかり頼んで、本当にごめんなさい」


「そんなことないよ、結ちゃんに出会ってから、ぼくのまわりで起こること全てが楽しいんだ。

 だから、謝ったりしないでよ」


「うん、わかった」


「そろそろ、行こうか」


 そう言って、白石くんはテーブルのゴミを集めて、ゴミ箱に運んでいった。


(ありがとう、悠翔くん)


 いつも変わらずやさしいその背中を見ながら、わたしは試しに心の中で呼びかけてみる。


(はーるーとーくーん……)


 白石くんは振り向かない。気付いた気配もない。

 やっぱり――もう、わたしにはあの力は戻ってこないのかもしれない。


 胸の奥に、ひんやりとした風が吹く。

 また白石くんを巻き込むのは、いいことじゃないとわかってる。

 わたしのわがままで、白石くんの好意に甘えているだけなのかもしれない。


(でも……白石くんにしか頼めないんだ。

 これで最後にするから。

 だから――どうか、ゆるして)




(2)-a


 夕方が近づく部屋で美沙は、ベビーベッドで眠るそらを見守りながらウトウトとまどろんでいる。

 浅い眠りの中で夢を見ていた。


 それは娘の結が生まれたときの光景の夢だった。

 横たわる美沙を囲んで覗き込む、母や姉の顔、まだ若い夫ジョナサンの顔。


(ああ、生まれてくれた)


 宙のときと同じ助産婦に体をきれいに拭いてもらい、枕元に運ばれてきた結は、皺くちゃな顔で盛大に産声を上げている。

 みんな笑顔で声をかけているが美沙には何も聞こえない。ただ、結の泣き声だけが聞こえている。


(無事だ……、生きてる。神様ありがとうございます)


 泣いている結の顔が、15歳の結の顔に変わっていった。

 15歳の結は変わらずに「ママ、ママ」と助けを乞うように泣き続けている。

 抱きしめてあげようとするが、体が動かない。


(結! 結! 大丈夫よ、結)


 ようやく動かすことができた手で結の頬に触れる。

 その途端、結の感情が流れ込んできた。


 戸惑い、哀しみ、不安……



「ママ、ママ。ただいま、ママ」


 帰宅した結が抑えた声で、眠ってしまっている美沙に声をかけていた。


「……結?」


「ママ、起きた? 寝ちゃってたのね」


 美沙はようやく意識がはっきりとしきて、ベビーベッドに待たれかかっていた体をまっすぐに起こした。


「結……。ごめんなさい、つい眠ってしまったみたい」


「パパは? きょうはおでかけなの?」


「そう、打ち合わせがあるって。7時くらいになるって言ってたかな」


 結が宙を見ようとベビーベッドを覗き込んできたとき、美沙は無意識に手を伸ばして結をハグしていた。


「おかえりなさい、結」


 結は少しびっくりした様子だったが、うれしそうに顔を美沙の胸に押し付けてきた。


「うん。ただいま、ママ」


 宙はぐっすりと眠っている。


「じゃ、ママとわたしで晩ごはんの支度をしなきゃね。お米はわたしが炊くよ」


「そうね、おかずは何にしましょう。パパを驚かせてあげようか」


 「着替えてくるね」と部屋へ向かう結の背中を見ながら、美沙はさっき結をハグしたときの感触と、流れ込んできた感情を思い出していた。

 それはさっき夢の中で感じたものと同じだった。


(戸惑い、哀しみ、不安。……結)



(2)-b


「こりゃ、すばらしいディナーだ。うれしいね、仕事を終えて帰ってきたら、こんなご褒美が待ってるなんて」


 パパが盛大にママのお料理を褒めまくっている。

 小さい新じゃがいもと牛バラ肉の肉じゃが、キャベツときゅうりの塩もみ、かぶのお味噌汁、ニラの入った厚焼き玉子が食卓に並んでいる。


「うふふ。わたしのお料理も思い出してくれた、ジョー」


「もちろんだとも。美沙の手料理は久しぶりで、大感激だよ。

 新じゃがが揚げてあるのがいいね、ごま油の風味が効いている。塩もみも下に冷たい出汁が張ってあるのが抜群だ」


「パパ、わたしもご飯を炊いたんだけど」


「結、やっぱりそうか。なんて美味しいご飯だって思ってたんだよ。きっと研ぎ方がうまいんだな、結は」


「パパは、美味しそうに食べてくれるからうれしいな」


「実際に美味しいからだよ。[堂島]のシェフにも食べさせたいくらいだ」


「今日もレストランの打ち合わせだったの?」


「パーティールームのこけら落としをハロウィーンにするんだ。かぼちゃ料理でシェフが四苦八苦してる」


「へぇ、和食レストランじゃなかったっけ?」


「だから、和食ハロウィーンパーティーなんだよ。面白いだろ?」


「すごーい。パパのアイディアなんだね」


「そうとも。だがシェフは新しいかぼちゃ料理の開発で、てんてこ舞いだ」


 今夜はいつもより増して、賑やかな晩ごはん。あったかい気持ちになれるよ。うれしいな、ふふ。



 晩ご飯も終わって、パパは仕事の残りがあるってお部屋に行っちゃったんだけど、わたしとママと眠ってる宙はリビングに残ってた。

 楽しかった晩ご飯の余韻で、わたしはソファで、ママにもたれかかってのんびりしてた。


「ねぇ、結」


 もたれかけたわたしの頭に、ママも頭をくっつけてきてママが言った。


「なぁに、ママ」


 頭を動かせないので、上目使いでママを見る。


「なにか困ってるんでしょ」


 !……。わたしはびっくりして、とっさに返事ができない。


「結のことはわかっちゃうんだから、ママには」


「……ママ、わたし、そのわかっちゃう力が、なくなっちゃったみたいなんだ」


「力が?」


「うん。宙を呼んでも、白石くんを呼んでも、もう通じないみたいだし、相手の感情もわからない」


「いつから?」


「夏休みのころから……だと思う」


「まぁ……。

 でも、それで困っているの? 結は」


「なんかさびしいなって……」


「白石くんとなにかあったんでしょ」


 えっ、心臓がドキッとした。


「ん、なにかって?」


「……たとえば。

 ……キスしたとか?」


「……。わ、わかるの?」


「わかるわけではないわ。そう思っただけ」


「ごめんなさい……」


「あやまることはないよ、結。

 キスして、もっと白石くんのことが好きになった?」


「……、うん。お互いの気持ちが伝わった気がした」


「そう……。

 ママもね、そうだった。大人になって、力が無くなっちゃった」


「えっ、だって」


「今のママやお祖母ちゃんの力はね、もともと持っていた巫女の力とは違うの」


 ママはわたしの頬にかかる髪をそっと耳にかけてくれた。


「日向の家の女の人は、昔から巫女の力を宿して生まれる。でも大人になるにつれて、その力は消えていく」


 ママの目はやさしく笑っている。


「でもね、なくなっても大切な人と分け合った気持ちは残っている。力をなくした後は、大切な人の感情がわかるようになるの」


「……でも、白石くんにわたしの心の声は通じなくなった」


「それはまだ途中だから」


 ママはわたしの手を包み込むように握った。


「今は、直接触れあって、気持ちを確かめ合うことを覚えたばかりだから。

 それが新しい力になっていくの。相手を変わらずに大切に思っていれば、きっと離れていても、また通じるようになる。ママもそうだったから」


 そう言って、ママはぎゅっと抱きしめてくれた。胸の奥からあふれてくるあたたかさが、わたしの心の隙間を埋めていく。

 安心で涙がこぼれてきた。「ママ」って言いたかったのに、宙みたいな泣き声しか出なかった。


「泣いてる赤ちゃんはね、こうやって直接触れ合ってあやすのよって、お祖母ちゃんが教えてくれたの」


 ママはわたしの背中をやさしくトントンと叩きながら、微笑んでいた。




(3)


 9月20日(月)


 9月の連休の真ん中、敬老の日に最後のチャネリングを行うって決めた。

 わたしは昼過ぎに白石くんの家に行った。リビングにいらしたご両親にご挨拶をして、白石くんのお部屋へ入った。


「今日、ご両親いるんだね。大丈夫かな、チャネリングなんかして」


「うん、この部屋には来ないし、問題ないよ」


 部屋はいつもより片付いている、お掃除したんだね、悠翔くん。そしてベッドの上にはあの埴輪が置いてある。


「じゃ、ちょっと段取りを打ち合わせておく? 悠翔くん」


「うん、そうしよう。今回はちょっと変則的だからね」


 埴輪を挟んでベッドに向かい合わせに座った。


「まず、ぼくがあの空間に行けるように、精神を集中してみる。これが成功しないと始まらないからね」


「眠らなくても行けるの?」


「前は眠らないでも行けたから、このままやってみるよ。チャネリングを始めるときと同じ感じで集中してみる」


「うん」


「首尾よくあの空間に行けたら、神様に呼びかける。これも、反応してくれるかどうかはわからないけど」


「いるかな、神様」


「わからない。でも反応してくれたら、僕の体を使って結ちゃんと話してくれるようにお願いする。

 こういう段取りだけど、どう」


「うん、いいと思う。うまくいくといいな」


「じゃ、さっそく始めるよ」


 白石くんはベッドに置かれた埴輪に手を添えて目を閉じた。わたしはじっと見守っている。

 30秒くらい経ったとき、白石くんの体がゆらりと動いたと思ったら、そのままベッドに横倒しに倒れ込んだ。


「ちょっと、悠翔くん!?」


 白石くんは気絶してるような、眠っているような、そんな様子で動かなくなった。


「……悠翔くん?」


 呼吸はしているけど、どうしよう。大丈夫かな白石くん。

 変な態勢を直してあげようと、白石くんの肩に手をかけた瞬間、ビクッと体を震わせて白石くんは目を開いた。



 白石くんが、静かに体を起こしてわたしを見た。


「神様……、ですか?」


「やあ、きみか。

 もう会うことはないと思っていたよ」


「ハルト……なのね。この間の夢の時、なんであんなにあっさり行っちゃったの。わたし、サヨナラも言えなかったのに」


「それは、悪かったよ。

 でも、きみはぼくの世界に来て、ぼくに会えるじゃないか。ちがうかい」


「わたし、……わたし、もうそっちの世界に行けなくなっちゃったみたい」


「なんだって。……そういえば少し変わった感じがするね」


「わたし、ほかの力も無くしてしまって……。まぁ、そっちはママに理由を教えてもらったんだけどね」


「そうか……、教えてあげよう。きみがこちらの世界に来れなくなったのはね」


「どうしてなの」


「来れなくなったんじゃなくて、こちらで存在できなくなったからだよ」


「存在できない……」


「ぼくのいるのは思考の世界なんだ。肉体と感情はそこでは消えてしまう。

 強い自我を持ち、そして思考し続ける。その条件を満たしていなければ、僕のいる世界には存在し続けることはできないんだ」


「強い自我……」


「きみは今〈探るもの〉としての自我を失っているみたいだね。感情が思考を圧迫しているのがわかるよ」


「どういうことなの」


「その答えはきみの中にあるんじゃないかい。きみの思考の中に、きみの選択の中にさ」


「わたしの選択……。わたしが今考えている進路のこと?」


「前にも言ったはずだよ。

 未来は何通りも用意されている。きみが選んだその先の道は確率的に存在しているだけで、きみが選ぶことによってはじめて確定するんだ」


「わたしは力を失う選択をしているってことなの」


「独占も競争も無縁な探究心、無私の好奇心が、きみの本質だと思っていたんだけどね。

 でも、それと引き換えるだけのものを、きみが手に入れたんだったら、力を手放すこと――それもまた選択のひとつだと思うよ」


「わたしが選んだ選択肢は、わたしの本質を失くすことに繋がっている。このまま次の選択をしてしまえば、もう戻れなくなる。わたしの本質を、失くしたままの未来になってしまう。そういうことなんだね」


「そう考えるのは自由だが、それが正しいのか、間違っているのかは、きみにしかわからないってことだよ」


「そんな……」


「ぼくに会って話したいことは、このことだったのかい?」


 わたしはドキッとした。

 そう、わたしは何をハルトに話したかったのだろう。それが曖昧なまま、ただハルトに会わなくちゃと、それだけを思ってチャネリングしてもらったんだ。


「……。そう、かも……しれない。

 わたしは、ハルトにちゃんと、さよならしたかっただけなのかもしれない。

 もう会えなくなるけど、わたしはわたしが選んだ道を生きていくから。

 さようなら、ハルト。今までありがとうって……」


 ハルトに話しているうちに、少しずつわたしの考えが固まっていく。

 わたしが最後のチャネリングで望んだのは、このことだったのかもしれない。


「だから……。もう会ってお話しはできないけど、……一方通行でもいいから、時々わたしの夢に出てきてね、ハルト」


 わたしが流す涙を、ハルト――白石くんはじっと見つめていた。

 その瞳の奥に、ほんの少しだけ、あたたかい光が揺れている気がした。


「……結、きみは選んだ未来を楽しみなさい」


「え……」


「ぼくは本来、見ているだけの存在なんだけどね。

 きみたちの選択を裁くことも、背中を押すこともしない。

 ただ、観察し、考察するだけの存在のはずだった」


 そう言うハルトの声は、少し震えているように聞こえた。


「でもね、きみと出会って、ぼくは感情というものを経験したから、

 喜びや哀しみが、こんなにも強い力を持っていると初めて知ったから」


「ハルト……」


「だから最後に、ほんの少しだけだけどさ、

 見守るだけの存在を越えて、きみに言葉を贈ろうか」


 ハルトは微笑んだ。白石くんの顔なのに、どこか違う――やさしくて、永遠そのもののように思えた。


「選んだ道を恐れずに進むんだ。

 きみの未来は確率ではなく、きみが生きることで確かなものになる。

 そしてその未来は、楽しむためにあるんだ」


 わたしは声にならない声で「ありがとう」と呟いた。

 涙が頬を伝って落ちるたびに、胸の奥が少しずつ軽くなっていくのを感じた。





(つづく) 9月1日 07:00投稿予定

最後まで読んでいただきありがとうございます。完結まで、毎日朝7時に投稿しますのでお楽しみに。

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